第二章「親の態度で子どもも変わる」
子どもと読書―その(2)
勤め先の中学校で「読書1万ページ運動」という取り組みを試みたことがある。国語科の教師が相談して、どの学年とも授業の初め10分は本を読んでもよい、ということを基本にしてカードを作る。そのカードには、家で読んだ本や朝の始業前に教室で読んだ本など、その題名とページ数をすべて記入することになっている。「お友達へのおすすめ本」という欄もあった。1万ページ達成ごとに「表彰状」を用意し、学年の集会で披露する仕組みだ。2万ページ・3万ページと区切りのよいところでも認定証を渡す。私は校長としてこの活動を推奨し励まし、賞状を渡しながら短い話を添える役回りとなった。
だがこの読書運動への取り組みに対して、当時配属されたばかりのスクールカウンセラーが「読書って、運動を起こして読ませるものなんですか?」と疑問を呈してきた。学校現場の様子や生徒の実態をまだ把握していないための、素朴な疑問である。カウンセラーにしてみれば、読書は個人的な作業であり、他人から強制されてするものではない、という論理が固定観念としてあったものと思われる。
それはそれで一理あるあるのだが「残念ながら現代では、教師が何もしなかったら本を読まない生徒は増えるばかりなんですよ」と私は答えた。「強制」と捉えるのではなく、「キッカケ」を与える必要があると考えていたからである。いま全国のあちこちで行われている「朝の読書運動」も同じであろう。子どもたちは登校後、小学校なら「朝の会」、中学校なら「朝の学級活動」の始まる前に教室に座って本を読む活動なのだが、「読ませられる」と感じる子どもは確かにいると思う。そういう子どもへのケアを、強制ではなくどうしたらよいか。家庭でも適時適切なアドバイスがあった方がよい。
日本経済新聞に「学校で『朝読』本好き育つ」という見出しの記事が掲載されたことがある。定期雑誌等の廃刊・休刊が相次ぐ出版不況の中で、児童書の出版は7%も増えているのだそうだ。集英社「みらい文庫」副編集長は「今、いちばん本を読んでいるのは小学生」と答えている。記事によれば「背景にあるのは十数年前から徐々に広まった各自が毎朝好きな本を読む読書運動。始業前に全校一斉の読書活動を実施する小学校は2010年は87.4%で、約10年前と比較して20ポイント以上高まった。」との分析である。学校と家庭がうまく連携して読書活動をすれば本好きの子どもが育つという、ひとつの証左と言えそうである。
東京都江戸川区では、「読書科」という時間を設定すると発表した。歓迎したい気持ちと心配な気分とがないまぜになって、江戸川区の教員に尋ねてみる。「教科となったら、『評価・評定』をしなければいけないよね?」「まだ具体的な指示は降りてきていないので、よく分かりません」「職員の間では話題にならないの?」「うちの学校の先生たちは、そういうことにあまり問題意識が無いんです」。
そう答えたのは、学校幹部としての主幹教諭である。「うちの学校の先生たちは・・・」と教員仲間を見下しつつ、自分自身の問題意識はどこに行ってしまったのか、少しも答えることがない。その先生は「新聞研究会」という教員の研究団体に関与していながら、実は自分は新聞をとっていないと言うし、本もめったに読まないという教員だから、その問題意識の低さもうなずけはするが、こんな調子で「読書科」の行き先はどうなるのだろうか。今のところ、期待と不安が混在のままである。このような新しい試みでも、学校や行政は、親といっしょに考え、共に手を携えて歩を進めるべきと思う。

