第三章「学校に関わりを」
学力低下?体力低下?その(1)
学力低下論議がかまびすしい。しかし体力低下についての話題は、それほど大きくはならない。少々不思議に思う。体力は、社会の活力を生む源である。私は体力低下こそ、日本の将来を左右しかねない重要な問題だと思っている。
短期の養育家庭(里親)として、小学校1年生の女の子を我が家に迎えて、1ヶ月生活させた。腕も足も細く、体重は20キロに満たない。食も細く、小さな茶碗一杯のご飯が食べきれないほどだ。おかずを食べきれずに残すこともあるので、「作ったものがいけないのかしら」と妻は自省してしまう。スープやシチューなどを作ってあげると、その度に「このお味噌汁、おいしい。」と言う。どうやら温かい汁物をあまり食べたことがなく、汁物はすべて「お味噌汁」と思っているようだ。よく聞いてみると、コンビニから買ってきたものが「主食」だったらしい。母親は病弱のためもあってか、食事の支度ができなかったのかもしれない。この子本人にしてみれば、今までの食べる量と差異はないのだろう。
小学校に入学してから7ヶ月経つのに、1ケタの足し算引き算も覚束ない。漢字も危うい。そこで私たちは、丁寧に教えることにした。だが分からない問題に出会うと「習ってない!」と言いわけをするか、またはちょっとしたかんしゃくを起こす。子どもは理解できないものに出会うと苛立つものだ。
胃袋が小さくなっていたということがあるのだろうか。一週間ほどすると、我が家の食事にも慣れ、食べる量が増えて、きれいに見事に「完食」するようになった。ちょうどそのころ、学校の担任の先生から「給食を全部食べて、お代わりもしたんですよ。こんなこと初めてです!」と嬉しい連絡を受けた。食べ過ぎてお腹をこわしたこともある。顔立ちも、心持ちふっくらしてくる。
2週間の生活を経たころ、食事の量に比例して、勉強への態度が激変した。「この字、書けるよ。」「この計算、合ってた!」こんな言葉が出てくるようになり、ついには「オジサン、もっと問題出して!」とせがむようになったのである。
「衣食足りて礼節を知る」という格言があるが、さしずめ「衣食足りて学習を知る」と言ったところか。満足な食事もとらない環境で体力のつかない身体では、何事にも意欲は湧くまい。子どもはやはり、体力あっての学習である。
文部科学省による「体力・運動能力調査」という全国調査結果がある。それによれば子どもの「体力・運動能力」は、ここ20~30年の間に明らかに低下している。調査の数値は、身体の能力が運動によって引き出された結果であり、運動に必要な体力が、どれだけ高いか低いかを示していると解釈できる。
50メートル走の小学校6年生の平均では、昭和62年・8秒60、昭和63年・8秒65と少しずつ遅くなり、平成19年には8秒91まで落ち込み、多少持ち直したとは見られるものの、平成20年は8秒80である。
8秒60から8秒80へ、わずかコンマ20の差ではないかと感じる人がいるかもしれないが、大学の陸上部の学生に言わせれば、相当な落差だと言う。50メートルを8秒台で走れば、1秒間に6メートルくらい走るわけだから、コンマ20の差は距離にすれば1メートル以上の差がつくことになる。私は中学校校長時代、毎年中学1年生と50メートル走の勝負に挑んできたが、負けなかった。負けない理由は、生徒諸君の「体力・運動能力」の低下によるところが大きかった、ということになるだろうか。
一方ソフトボール投げでは、これも小学校6年生の場合、昭和62年・33.41メートル、昭和63年・32.99メートルだったのが、平成20年には30.37メートルしか投げられないまでに落ちている。昭和50年代では、常に34メートル以上を記録しているので、その差は4メートルにも及ぶ。
路地裏や空き地でのキャッチボールの機会が極端に減少したから、当然ともいえる数字ではある。体育のソフトボールの授業を眺めていると、何せ中学2年生の男子生徒が、目の前に転がってきたゴロに対して、下からグローブですくい取るのではなく、グローブを上からかぶせてバサっと押さえつける。そういう光景を目にする時代となってしまっている。その生徒の学習成績は極めて優秀である。男の子なら誰でもキャッチボールぐらいはしたものだという時代に育った私としては、転がってきたゴロのボールをバサッと押さえつけて捕球しようとする中学2年生の姿はずいぶんアンバランスな成長に見え、その子の将来がどう展開するのだろうと気にかかるほどの光景に思えるのだが、本人を責めても仕方のないことである。
山梨県の大学で5歳児によるボール投げの実態調査をしている。「右投げの場合、左足を前に出して投げられるかどうか」というものである。左の足をキチンと前に出せる子は、わずか3パーセントだったそうだ。両足を揃えたまま投げる、または右の足を前に出して投げる子が圧倒的なのである。5歳児にそんなこと要求するのは間違ってるよ、という声も聞こえて来そうではあるが、幼児ではあっても、ボールを投げる動作に親しんでいる子どもは、自然とその態勢を身につけることができるはずだと思う。
右利きの人が右から左に体重移動するのは、さまざまな運動での基本である。たとえばバレーボールのサーブを教えるとき、この体重移動がなかなか習得できない中学生がいて驚かされる。テニスや卓球でボールを打つときも同じである。
「ころんだ時に地面に手をつけないで、顔面にケガをしてしまう子ども」「高さ30センチの丸太から跳び降りることができない子ども(怖さを感じてではあるが運動に慣れていればその程度で恐怖心は生じない)」さらには「鉄棒で懸垂ができない子ども」、その中には「鉄棒にぶら下がることができず!!懸垂結果ゼロ回となってしまう子ども」等々がいる。いずれも小学生の例である。時代はそこまで来てしまったということである。

