『科学の本一〇〇冊』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

書評です。
村上 陽一郎 著 『科学の本一〇〇冊』 河出書房新社 四六判232頁 2015年12月発行 本体価格¥1,600(税込¥1,728)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309253381/

村上陽一郎さんは1936年生まれなので、今年80歳。
科学史家・科学哲学者。
東京大学・国際基督教大学名誉教授。
2010年~2014年に東洋英和女学院大学学長を務める。
2015年春、瑞宝中綬章。
著書多数。

このブログの書評では、次の本を取り上げています。
『宇宙像の変遷』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)

また、共著では次の本を取り上げています。
『改訂新版 思想史の中の科学』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)

しかし、村上さんの執筆部分は特に紹介していません。

本書は、科学史家・科学哲学者として功成り名を遂げた著者がご自分の研究生涯を振り返って、大きな影響を受けた書物を100冊選び、各2ページあるいは4ページで解説したものです。
2と4という偶数になっているのは、見開きになるようにとの配慮からです。
100冊という数なので、書名をすべて書き写すだけでも大変です(^^;

さて、本書は通常のブックガイドと大きく異なる点があります。
それは、100冊のうちの相当数は今では図書館でしか読むことができなくなっているということです(「まえがき」による)。
したがって、本書を見て本屋の店頭あるいはアマゾンで購入というわけにはなかなかいかないと思います。
通常のブックガイドであれば、読んで自分が面白そうな本を買うところですが、それが難しいのであれば、村上さんの思想形成に興味をもっている村上ファン以外は、本書の評価文自体から学ぶ・を楽しむというのが目的になります。
後者の目的は果たすことができると思います。

100冊の掲載順は、著者名(名字)のあいうえお順になっています。
各書評間に何の関係もないので、どこから読み始めても大丈夫です。
しかし、これでは並び方に何の秩序もありません。
たとえば出版年順にすれば時代による移り変わりが反映して、もう少し印象が違ってきたのではないかと思います。
以下に掲載する出版年は初版のもの、翻訳であれば原著の出版年です。

分野は、自然科学の各分野(物理、生物、情報科学)、数学、科学史・科学哲学・科学社会学、哲学、宗教、文学にまたがっています。
分野分けは難しいのですが、無理に行えば次のようになります。(見返すとかなり無理があります(^^;)
なお、科学者の評伝、自伝は、その科学者の専攻に入れています。
 ・科学に関する学問 42
科学史      15
科学哲学     6
科学論      6
科学社会学    2
技術論      1
哲学       9
日本科学史    2
日本技術史    1
 ・個別科学 46
物理       12
生物学      12
分子生物学    4
古生物学     1
医学       5
天文学      4
化学       1
環境       1
数学       3
論理・計算機科学 3
 ・人文学他 11
心理学・精神分析 2
歴史       2
宗教       2
文学       2
時間論      1
その他      3
科学史と科学哲学も区分しづらいのですが、たとえばトマス・クーンはここでは科学哲学に分類しています。
科学史とも科学哲学とも別分類にした科学論というのは、同時代あるいは20世紀の政策・事件・人物に関する著作です。
環境は次の1冊。
・13 カーソン 『沈黙の春』 1962
論理・計算機科学は次の3冊。
・7 ウィーナー 『サイバネティックス』 1948
・19 クワイン 『論理学の方法』 1950
・40 チューリング 『アラン・チューリング伝』 1959
文学は次の2冊です。
・47 夏目 漱石 『三四郎』 1909
・74 宮沢 賢治 『グスコーブドリの伝記』 1932
その他というのは、次の3冊です。
・5 イームズ 『パワーズ・オブ・テン』 1982
・14 ガードナー 『自然界における左と右』 1964
・83 ユング、パウリ 『自然現象と心の構造』 1952

次に、100冊を年代別に分類すると、次のようになります。
11世紀以前  9  (ギリシャ・ローマ6、神話・宗教2、アラビア1)
16~19世紀 12
20世紀   70
21世紀    9
当然のことながら、20世紀のものが圧倒的ですね。
21世紀の9冊を年代順に挙げておきます。
・37 鈴木 淳(編) 『工部省とその時代』 2002
・77 村松 秀 『論文捏造』 2006
・24 小林 傳司 『トランス・サイエンスの時代』 2007
・58 日高 敏隆 『セミたちと温暖化』 2007
・76 宮田 親平 『毒ガス開発の父 ハーバー』 2007
・26 佐藤 勝彦 『インフレーション宇宙論』 2010
・11 大栗 博司 『重力とは何か』 2012
・78 村山 斉 『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』 2012
・91 渡辺 賢治 『漢方医学』 2013

村上陽一郎さんの自著が95~100の6冊(著者名略)。
・95 『近代科学と聖俗革命』 1976
・96 『科学史の遠近法』 1982
・97 『ペスト大流行』 1983
・98 『ハイゼンベルク』 1984
・99 『時間の科学』 1986
・100 『安全学』 1998
この中で私が読んでみたいと思うのは、『時間の科学』です。
このブログの経緯もあるし、書評の分類に時間論もつくってあるし・・・

また、村上さんの訳書は次の5冊です。
・5 イームズ 『パワーズ・オブ・テン』 1982
・31 シャルガフ 『ヘラクレイトスの火』 1978
・57 ハンソン 『科学的発見のパターン』 1958
・61 ファイヤアーベント 『方法への挑戦』 1975
・83 ユング、パウリ 『自然現象と心の構造』 1952

同じ著者の本を2冊以上取り上げているのは次の2組。
・21 アーサー・ケストラー 『ヨハネス・ケプラー』 1959
・22 アーサー・ケストラー 『偶然の本質』 1972
・83 ユング、パウリ 『自然現象と心の構造』 1952
・84 ユング 『ユング自伝』 1961

分類はこのくらいにして内容の紹介に入ります。
村上さんの書評自体が100冊の要約ですが、その一部のさらなる要約を以下に掲載します。
ただし、私が重要だと思っても、残念ながらうまくまとめられなかったものは含まれていません。
番号は著者のあいうえお順で、『一〇〇冊』の掲載順。
著者名、書名、出版年(初版、翻訳は原著の出版年)と続きます。
字数の関係で村上さんの慎重な言い回しを断定に変えているので、ご注意ください。

・3 フランセス・イェイツ 『薔薇十字の覚醒』 1972
従来の西欧・近代中心主義の歴史観に従えば、ルネサンス(15~17世紀)は、「近代の曙」、つまり暗黒の中世から人々の理性が解放され始める時代として定義される。
イギリスの女性歴史家である著者は、これを批判して、ルネサンスを再評価する。
「薔薇十字」とは何か。
クリスティアン・ローゼンクロイツ(Christian Rosenkreutz,1376~1484)なる聖者の名を冠した一種の宗教的秘密結社に「薔薇十字団」がある。聖者の苗字は「バラ」と「十字架」。バラは象徴的には「神意」を意味する。
ルネサンス期が、近代的な合理性を理想に掲げた新しい時代の幕開け、という捉え方は一方的に過ぎる。
ルネサンス期は確かに前代に対する新機軸を打ち出した時代だが、著者はその新しさを「薔薇十字啓蒙(enlightenment)」と表現する。「近代に向かって<啓(ひら)かれた>のではなく、薔薇十字的なものに向かって<啓かれた>のだ」。

・4 五十嵐 一 『イスラーム・ルネサンス』 1986
出色のイスラム学者五十嵐氏の主著。
イスラム理解にとって必須の『クルアーン(コーラン)』の内容の解釈はもとより、イスラム諸国の国際的な役割や、先進諸国との軋轢の状況など、幅広く視野をとって、鋭く適切な解説を施す。
しかし、著者は1991年筑波大学構内で刺殺される。サルマン・ラシュディの『悪魔の詩』を翻訳したため、ホメイニーの死刑宣告に抵触し、イスラム関係者のテロに逢ったものと推測されるが、犯人は捕まらず。
イスラム世界は、日本におけるもっともイスラム世界に理解と共感を持つ有為な研究者を、自ら抹殺したことになる。

・7 ノーバート・ウィーナー 『サイバネティックス』 1948
副題は「動物と機械における制御と通信」。「サイバネティックス」という言葉は、著者の造語。コンピュータの開発より前、情報理論などが展開するより前に、そうした分野の基礎となる考え方や、その実地の応用など、多方面の可能性を内包した書物。
著者は数学、動物学、哲学、数理論理学など多方面の知識を身に付け、第二次大戦中は敵機の邀撃(ようげき)手法について研究を行い、それがサイバネティックスのアイディアの基となった。
その後、各分野の研究者を集めて、サイバネティックスの探求を始める。
例えば、敵機の邀撃を行う仕組みは、全体が一つの「システム」として捉えられ、そのシステムは「人間-機械系」(man-machine system)であり、そのシステムに配属される機械と人間の間には、情報の蓄積、呼び出し、やり取りがあって、それらは理想的な速さと正確さで運用されるべきであり、また最終結果は常にシステムに「戻され」(feedback)、システムの改良などに利用される。
そこでは、人間の情報処理の能力も、機械の性能と全く同じ基盤の上に査定され、しかも戦場であれば兵士は消耗品で直ちに代替可能である必要があるため、その能力は最大限発揮されるまで訓練されたレヴェルではなく、平均的と査定しておくことがシステムの運用には好都合である、などの斬新な主張を含む。

・8 エドワード・ウィルソン 『人間の本性について』 1978
著者は、1970年代くらいから顕著となった「社会生物学」(sociobiology)の指導者的存在であり、その名付け親。
本書は著者の代表的著作(ピューリッツァー賞受賞)。
通常の生物学がまったく論じない宗教についても、第8章で論じている。
事実の上で強いインパクトがある話は、オーストラリア東のタスマニア島でのこと。
>イギリスからの流刑者や入植者たちは、この島の原住民を「ヒト」と見なさず、狩り尽くし、一方「良心的な」聖職者は、虐殺という蛮行の代わりに「宗教的教化」をもって、原住民の絶滅に結局は手を貸し、原住民は19世紀半ばに、ついに文字通り絶滅した。
こうした出来事の解析に、彼は遺伝と学習という二つの基礎概念を駆使して、興味深い議論を展開する。

・9 上野 益三 『お雇い外国人 自然科学』 1968
維新後、明治政府は明治10(1877)年に、東京大学を設立。法科大学、文科大学、医科大学、理科大学の4つの大学(今の学部に当たる)を備える。東京大学の教授陣には欧米から然るべき学者を招いて、当分教授を務めさせるという戦略が採用された。
彼らは、「外国人教師」という身分で、特別の賃金制度(通常の官職の規定よりはるかに高額)で待遇された。その制度は、ごく最近まで続いていた。
本書はそのようなお雇い外国人の事績を克明に調べ、特に功績のあった人々を少し詳しく論じるという体裁の書物で、明治期ヨーロッパ科学を日本に移入する際の事情がよくわかる。
詳しく扱われている人々は、ブレキストン、サバチェ、ヒルゲンドルフ、アトキンソン、ナウマン、ミルン、モース、メンデンホールの8人で、いずれも日本の科学の黎明期にその基礎を築いてくれた恩人たちである(モースについては79参照)。
なお、医学や産業、土木・建築は別の巻で扱っている。

・13 レイチェル・カーソン 『沈黙の春』 1962
第二次大戦の敗戦後、「進駐軍」はDDTの散布により感染症を仲介するシラミやハエ、カなどの「害虫」を駆除した。
DDTや後発のBHCの効果は目を瞠るばかりだったが、その妙薬が乱用の結果、食物連鎖のなかで地球上の動植物に広く蓄積されていることを報告し、警鐘を鳴らしたのが本書。
科学や技術の成果が直接生態学的な危険を招いていることを世界に知らせた最初の作品。出版に当たって、化学薬品メーカーなどから強い圧迫を受けた。
一方、著者は「害虫」の除去に化学製品を使うことを戒めながら、雄性不妊というもう一つの科学的方法を使って、「害虫」を除去することには熱い支持を表明している。生態学による環境保全という概念がようやく浮上しかけている時期に、生物学的方法ならば「害虫駆除」は問題ないとした。
今でもこの問題は片付いているわけではない。

-------------------- 続 く -------------------

『科学の本一〇〇冊』2 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)