ケプラー『宇宙の調和』2 | 宇宙とブラックホールのQ&A

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2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

ケプラー『宇宙の調和』1:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471786800.html

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第1巻と第2巻に出てくる正則図形というのは(平面図形では)正多角形と(立体図形では)正多面体のことですが、いずれも星形のものを含みます。

第1巻で扱っている「正則図形の可知性」は、正多角形の作図可能性と同じ意味になります。
ここで、図形の作図は、ユークリッド以来の伝統にのっとり定規とコンパスだけを使って行います。
ケプラーは、可知性(scientia)には8つの段階があるとしていますが、その詳細は省略します。

p.65では、正7角形および辺の数が7より大きい素数である正多角形およびその星形は作図できないと述べ、その証明を行っています。
つまり、正7角形、正11角形、正13角形、正17角形、・・は作図できないという主張です。
しかし、ケプラーよりおよそ2世紀後に活躍した天才数学者ガウスは、群論を用いて辺の数が素数であっても正17角形、正257角形、一般に2^(2^n)+1角形は作図できることを証明しました。(n=0が正3角形、n=1が正5角形、n=2が正17角形、n=3が正257角形となります。)

第2巻で扱っている造形性とは、その正多角形によって正多面体をはじめとする立体図形を構成できるか、ないしはタイル貼りができるか、という意味です。
タイル貼りtilingとは、無数の平面図形(この場合は正多角形)を重ねずに敷き詰めて平面を覆い尽くすことで、漢字では「平面充填(じゅうてん)形」といいます。
造形性の原語はcongruentiaで、幾何学用語としては通常は「合同」を意味します。
これは「結合する」「重ね合わせる」を意味するラテン語の動詞congruereに由来し、ケプラーはこの本来の意味で用いているので、「調和的な組合せ、結合」であり、造形性はその意訳とのことです。

ここで出てくる正多面体と半正多面体については、とりあえず次の記事をご覧ください。
正多面体のご紹介1:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471786136.html

半正多面体のご紹介1:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471786164.html

 

p.93では、空間を埋め尽くすことができる単一の規則的立体は、立方体と斜方12面体しか存在しないと述べています(後者についてはp.110の箇所を参照)。
p.96では、平面をタイリングできる正多角形は正3角形、正方形、正6角形の3種類だけであることを証明しています。
p.97以降では2種の正多角形を用いるタイリングについて、またp.101以降では、3種の正多角形を用いるタイリングについて説明しています。
場合分けをして、場合を尽くそうとしていますが、抜けているものがあるように思います。
また、星形多角形を用いたタイリングにも触れています。

p.94では、アルキメデスの角柱(正n角柱)とアルキメデスの反角柱(正n角反柱)について、造形性が完全なのは、前者では立方体(n=4)、後者では正8面体(n=3)だけだと述べています。
p.104以降では、正多面体が5種類しかないことを証明しています。
p.106以降では、アリストテレスの説に基づき、5種類の正多面体と5つの元素の次のような対応を紹介しています。
 火 - 正4面体、
 空気- 正8面体、
 水 - 正20面体、
 土 - 立方体、
 天 - 正12面体
しかし、ケプラー自身はその説を採用しません。
p.109では星形正多面体を2種紹介しています。
それらは今日、小星形12面体と大星形12面体と呼ばれるもので、いずれも星形5角形12枚からなり、ケプラーが初めて発見したものです。
なお、ケプラーは「正20面体の3人の子供たちの親縁関係について」という生前未刊の草稿において、両者をそれぞれ「ウニ」と「カキ」と呼んでいるとのことです(第3巻訳注016)。
カキはピンと来ないけど、ウニはよいネーミングだと思います。
p.110では斜方多面体を2種紹介しています。
斜方12面体と斜方30面体と呼ばれるもので、いずれも面は菱形(ひしがた)からなります。
なお私見では、訳語は「斜方」ではなく(そういう訳もあるけど)菱形12面体、菱形30面体の方が適切だと思います(こちらの「菱形」は「りょうけい」と音読みします。)。
また、彼は菱形を半正則図形と呼んでいます。
p.112以降では13種のアルキメデス立体(k:あるいは半正多面体)を紹介しています。

本文の内容とは直接の関係はないのですが、第2巻訳注003の最後に、ケプラーの20歳年上の友人で皇帝顧問のヴァッカー・フォン・ヴァッケンフェルスが、ガリレオが自作の望遠鏡で新たに4つの惑星を発見したと知らせてくれたとき、ケプラーはいち早くこれが惑星でないと断言し、これらの星にsatellesつまり衛兵の星、「衛星」と命名した、とあります。
結果的にケプラーは正しかったのですが、それは自らの宇宙論に基づいて惑星が6つしか存在しないという強固な先入見をもっていたからだと思います(後述)。

宇宙の調和をテーマとする本書で正多角形や正多面体などの図形を取り上げるのは、一見不思議に思えます。
その理由を知りたいところですが、第1巻・第2巻の範囲では触れられず、第3巻以降で初めて明らかにされます。

第3巻は「本来の調和つまり音楽の書」です。
もともと中世ヨーロッパの自由7科(リベラル・アーツ)のうち数学4科として、算術、幾何、天文、音楽があり、音楽は幾何や天文と無関係とはいえない位置付けでした。(ただし、wikiにはここでいう音楽は現代の音楽とは異なるという記載がありますが、詳細は不明。)
先にみたとおり、ヨーロッパ諸語では調和という語は、和音や和声も意味します。
また、1500年前のプトレマイオスも『調和論』という題名の書物を書いており、その中で宇宙の調和について述べていました。
ですから、本書におけるケプラーの試みは決して前例のないものではありません。
しかし、プトレマイオスの時代には天文学の観測データが不足しており、また何よりも誤った地球中心説に基づいていました。

第3巻には、ヴィンチェンツォ・ガリレイ(Vincenzo Galilei、1520~91)の名が何回か登場します。
彼は有名なガリレオ・ガリレイの父で、音楽家であり、古代ギリシアの音楽理論の研究に従事して、その復興を支持しました。
ケプラーは、ヴィンチェンツォの著書『古代音楽と現代音楽についての対話』(Dialogo della musica antica et della moderna、1581/1602)を熱心に研究していたと伝えられます(訳注062、069)。

第3巻には楽譜が多数掲載されています。
これは、各惑星が固有の歌を歌っている・・・[第3巻については、ここで中断です。]

第4巻では、占星術が扱われます。
皇帝付数学官というケプラーの職務のかなりの部分は占星術を使ったものであり、当時彼が勝ち得ていた名声は実質的には占星術の成功によるものでした。
当時は、皇帝や諸君主でさえも占星術に頼る一方で、占星術を単なる迷信として徹底的に批判するピコ・デラ・ミランドラ(Giovanni Pico della Mirandola、1463~1494)などの議論も現れていました。
そういう中でケプラーは、旧来の占星術のかなりの部分を迷信として否定しました
が、迷信ではない占星術が存在していると信じていました。
その根拠がこの巻で示されています。
占星術で占われる対象は広範囲であり、戦争や要人の死など政治的事件から天候不順など気象問題まで扱いました。
現代の占いもそうですが、ある事柄について占うためにはその事柄と関連事項について十分な知識をもっていることが必要です。
ケプラーは決して天文や数学のことしか知らなかったのではなく、世俗の知識にも長けていたのだと思います。
[第4巻については、ここで中断です。]

第5巻は、それまでの巻で展開してきたさまざまな議論を総合し、さらに天文学的な議論とデータを加えて、本書の目的である「宇宙の調和」を展開するほか、いわゆるケプラーの3法則も登場しており、もっとも重要な巻です。
その扉は、次の文章から始まります。
>今日の完全に修正された天文学の水準に従い、コペルニクス説およびティコ・ブラーエ説による。
プトレマイオス仮説が廃れてしまった今日では、そのいずれかが正しい説として公に受け入れられる。

コペルニクス説は太陽中心体系(いわゆる地動説)、プトレマイオス仮説は地球中心体系(同天動説)であることはもちろんですが、第3のティコ・ブラーエ説とは、5惑星(水星、金星、火星、木星、土星)は太陽の周りを回り、その太陽と月は地球の周りを回るとする折衷的な説で、ケプラーの天文学の師であるティコ・ブラーエが唱えたものです。
ブラーエは、死ぬときにケプラーが自分の説に賛同することを希望していましたが、ケプラーはその生涯において一貫してコペルニクス説を支持していました。
しかし、ガリレオ裁判の結果、コペルニクスの『天球の回転について』は1616年にローマの検閲聖省によって禁書となり、ケプラーの『コペルニクス天文学概要』第1巻も1619年に禁書となりました。
そこで、彼は自分の調和論がブラーエ説でも成り立つことにあえて言及したと考えられます。
実際、ケプラーは太陽から見た惑星の視運動に調和を求めたので、コペルニクス説でもブラーエ説でも同じことになります(訳注022)。

「プトレマイオス仮説が廃れてしまった」とありますが、この時代の他の天文学者はまだまだプトレマイオス仮説を採用しており、この文章はケプラーの立場を露骨に示しています。

狭義の天文学を扱う第5巻の本文は全10章、その付録は3つの章からなります。
第1章は「5つの多面体」、第2章は「調和比と正多面体の親縁性」と題され、第2巻の成果を引いています。
ケプラーは、5つの正多面体のうち、正4面体、立方体、正12面体の3つは基本図形で、正8面体と正20面体の2つは副次的な図形だとします。
基本図形はそれぞれ面の形が異なるとともに、1つの立体角(頂点周りのこと)は立体角をつくる最小数である3面からなります。
一方、副次的図形は面の形が同じ正3角形で、1つの立体角を作る面の数は4もしくは5です(訳注012)。
立体角が男性の象徴(尖っているからでしょう)、面が女性の象徴だと考えるので、立体角の数が面の数より多い立方体と正12面体が男性図形、逆に面の数の方が多い正8面体と正12面体が女性図形、両者の数が等しい正4面体が両性具有あるいは男女(おとこおんな)とされます。
先の記述と組み合わせると、男性図形は基本図形、女性図形は副次的となりますが、男尊女卑の時代制約を感じさせますね。
そして互いに双対的、つまり立体角の数と面の数とが互いに逆になっている、立方体と正8面体、正12面体と正20面体はそれぞれ夫婦をつくっており、正4面体は独身者だとします。

ケプラーは、処女作『宇宙の神秘』において「惑星の天球と天球の間には正多面体が挟(はさ)まっている」という宇宙論を展開しました。
宇宙は、恒星天を除き、外側から次のようになっているとします。
 土星-立方体-木星-正4面体-火星-正12面体-地球-正20面体-金星-正8面体-水星
ここで、土星とあるのは土星の天球を意味し、以下同様です。
天球間に挟まっている正多面体の外接球の半径(多面体の中心から頂点までの距離)と内接球の半径(多面体の中心から面をなす正多角形の中心までの距離)が、天球間の距離を決めているというのです。
各天球は厚みをもっており、その内面の半径はその惑星の近日点距離、その外面の半径は同じく遠日点距離に等しいとします。
ケプラーは、本書においても『宇宙の神秘』の宇宙像を基本的に継承しています。

ケプラーは、立方体をもっとも基本的な立体図形と考えます。
その根拠は次のとおりです。
立方体の頂点を一つ置きに結ぶと、正4面体になります。
正4面体の稜の中点どうしを結ぶと、正8面体になります。
これらの操作でできる正4面体の体積は立方体の1/3であり、正8面体の体積は正4面体の1/2です。
このような関係があることから、ケプラーは、正4面体を立方体・正8面体夫婦の仲人と呼んでいます。
また、立方体の各面に屋根形をうまく付けると正12面体ができ(図解を見ないと分かりづらい)、正12面体の各面の中心どうしを結ぶと正20面体ができます。

[ここまでは第5巻の最初の部分にすぎません。
この後、有名な3法則に触れた箇所を引用しようと考えていたのですが、とりあえず時間切れで見切り発車です。
第1法則、第2法則は『新天文学』が初出ですが、第3法則は本書が初出であり、肝心の部分が欠けていて申し訳ありません。]

本書の訳注は67ページもあって充実しています。
特に、初出の人名、書名、抽象概念などについては、訳注で丁寧に紹介しています。
また、数学的な事柄を文章で展開している箇所には、訳注で数式による整理を行っています。
これらの注は、ケプラー全集の編さん者の一人であるカスパーの独訳の注を参考にしているものが多いようです。
文学作品だと余計な注なしに本文だけ読んで意味が通じるように訳すのが理想かもしれませんが、学術書の場合には訳注が充実しているのは望ましいことです。

その一方で、索引が4ページしかないのは、600ページを超える大著としては少なすぎると思います。

  本書を読む上で参考にした文献
以上でみてきたように、本書を読むには古代からケプラーの時代までの科学・哲学思想、正多面体などの立体幾何学、音楽などの知識が不可欠です。
ケプラー以前の科学・哲学思想については、訳注で必要な都度丁寧に解説していますが、やはり事前に歴史的流れとして知っておく方が望ましいと思います。
次の本をお勧めします。
・ 坂本 賢三 著 『科学思想史』 岩波書店:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471784986.html

正多面体の幾何学については、次の本が基本です。

・ 一松 信 著 『正多面体を解く』 東海大学出版会
音楽については、次の本がピッタリです。
・ 小方 厚 著 『音律と音階の科学』 講談社 ブルーバックス:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471785478.html

 

[まとまった時間があるときに、この書評を完成させて再度アップしたいと思いますが、何年先になるかは分かりません(^^; 悪しからず~]