ケプラー『宇宙の調和』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A

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2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

未完の書評ですが、残念ながら当面手を入れられそうもないので、書けたところだけアップしておきます。

ヨハネス・ケプラー著、岸本 良彦 訳 『不朽のコスモロジー 宇宙の調和』 工作舎 A5判上製624頁 2009年4月10日発行 本体価格¥10,000
http://www.kousakusha.co.jp/BOOK/ISBN978-4-87502-418-7.html

ケプラー(1571~1630)は、近代の科学革命を担った天文学者の一人で、同様に位置づけられるガリレオ・ガリレイと同時代であり、二人は交流もありました。
彼の職業は、活動分野からすると、天文学者、宇宙論哲学者、数学者、占星術師と並べるのが適当かと思います。
本書は書名からして宇宙論を論じてはいますが、以下でみるとおり数学、占星術、天文学も含んでおり、ケプラーの学識を全面展開した内容になっています。
詳細は、ケストラーによる伝記をご覧ください。
・『ヨハネス・ケプラー』1:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471778449.html

 

岸本良彦さんは科学史家。
1946年生まれなので、今年69歳。
「上代中国思想史および古典ギリシア語・ラテン語による哲学・医学・天文学関係の著作の翻訳研究に従事」ということですから、その研究対象は洋の東西を問わないようです。
http://researchmap.jp/read0029843/
本書出版時は、明治薬科大学教授(史学・医療倫理・薬学ラテン語担当)ということでしたが、その後退職されたようです。

工作舎は1971年に松岡正剛さんらが創業した出版社で、オルタナティブな知を唱えた雑誌『遊』で有名になりました。(雑誌『遊』は1982年に休刊し、松岡さんも退社しています。)

本書の底本は、1940年に出版されたマックス・カスパーMax Casper編のヨハネス・ケプラー全集第6分冊全5巻です。
その本文はラテン語ですが、注はドイツ語とのことです。

ケプラーの最初の著書『五つの正立体による宇宙形状誌  宇宙の神秘』が、同じ岸本さんと大槻真一郎さんの共訳で工作舎から1982年に出ています。
すでに30年以上経つわけですが、『宇宙の調和』出版に合わせてそちらも新装版を2009年4月に出しています。
A5判上製 376頁 本体価格¥4,800(税込5,040円)
http://www.kousakusha.co.jp/BOOK/ISBN978-4-87502-417-0

ここで、岸本さんが訳したケプラーの3大著作、その出版年、3法則初出の書を確認しておきます。
 1596年   『宇宙の神秘』
 1609年   『新天文学』    第1法則と第2法則
 1618年   『宇宙の調和』   第3法則

本書は上製つまりハードカバーで栞紐(しおりひも)も付いていますが、これほどの厚さと値段だと箱も欲しいような気がします。
しかし、これ以上値段を上げないためには、それは無理なのでしょうね。

出版社のサイトには次のような紹介文が載っています。
>ピュタゴラス、プラトンの音楽的調和に満ちた宇宙像を継承し、かつニュートン力学への端緒をひらいたケプラーの集大成。科学史の分水嶺に立つ歴史的名著、ラテン語原典より本邦初の完訳。

「分水嶺」という表現は、もともとはケストラーによるケプラーの伝記が使っていますが、本書の訳者解説でも使っています。
「ラテン語原典より本邦初の完訳」という点がきわめて重要です。

出版当時、新聞等に載った書評は、出版社のページで読むことができます。
http://www.kousakusha.co.jp/DTL/keplerchowa.html#review
科学史家の村上陽一郎さん、占星術師の鏡リュウジさん、芥川賞作家の三田誠広さんら有名人が書いていますね。
本書は、2009年度日本翻訳出版文化賞を受賞しています。
この賞はその後ヘーゲル『大論理学・上』の翻訳も受賞しており、大部の学術書・古典の地道な翻訳に対して出されるご褒美のようですね。

本書の値段は1万円もしますが、これほど高い本は私の蔵書の中でもこれだけであり、2009年に出版されたときはとても買う気にはなれませんでした。
本書には、平面図形、立体図形の図や楽譜が多数掲載されているほか、文字大の見かけない記号も組み込まれており、それらも値段を吊り上げた要因でしょう。
実は、出版直後に一度本ブログで取り上げています。
ケプラー『宇宙の調和』:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471779425.html

「永遠に書評を書くことはないと思う」、「古本屋で数百円の値札が付くまでは買わない」、「こういう誰も買わないような本の書評こそ本当に価値があるといえる」とまあ、どこの誰だか知りませんが言いたい放題ですね(^^;;;

少なくとも、前の2つは自ら破ったわけです。
私のこの文章が本当に価値のある書評になっているかどうかは、本ブログ読者の皆さまのご判断に委ねたいと思います。[と書きましたが、今現在大事な部分が欠けているので、価値はないかもしれません(^^;]

本書の原題はケプラーの他の著作同様にかなり長いのですが、「宇宙の調和」に相当する部分は”Harmonice Mundi”となっています。
調和に当たる単語は英語のハーモニーharmonyでしょうから、音楽でいう和声、和音も意味します。
バロック音楽でヴィヴァルディの協奏曲に「調和の幻想」という曲がありますが、「和声のための霊感」と訳すべきだという文章を読んだことがあります。
本書の題名の後半は「宇宙」に当たるはずですが、処女作『宇宙の神秘』は”Mysterium Cosmographcum”となっていて、「宇宙」は別の単語です。
フランスの有力紙「ル・モンド」”Le Monde”は世界という意味だそうですから、本書の表題は「世界の調和」と訳すこともできるかもしれません。
ちなみに、ケプラーにやや先行するジョルダノ・ブルーノの主著の一つ『無限、宇宙および諸世界について』” De l'infinito universo et Mondi”では、宇宙と世界という単語が使い分けられていて、世界には『宇宙の調和』と同じ系列の単語が使われています。
ブルーノの場合の世界は太陽系という意味で、宇宙には太陽系(と同様の惑星系)が無数に存在するという主張をしています。
ただし、私はラテン語はもちろんフランス語などのラテン系言語もちゃんと勉強したことはないので、以上の解説はまったく当てにならないことをお断りしておきます(^^;(語幹のMundとMondの違いも分かりません。)

本書の目次とページ数は次の通り。
献辞                           ・・・ 1
第1巻 調和比のもとになる正則図形の可知性と作図法から見た起源、等級、相違  ・・・ 74
第2巻 調和図形の造形性              ・・・32
第3巻 調和比の起源および音楽に関わる事柄の本性と差異              ・・・ 165
第4巻 地上における星からの光線の調和的配置と気象その他の自然現象を引き起こす作用
                              ・・・ 116
第5巻 天体運動の完璧な調和および離心率と軌道半径と公転周期の起源     ・・・ 132
訳注                           ・・・ 67
解説 岸本良彦                    ・・・ 9
索引                           ・・・ 4

最初に通常通り日本語の扉がありますが、その後に原著の扉(もちろんラテン語)が続いています。
その裏には1610年に描かれたケプラーの肖像画(画家不明、クレムスのベネディクト修道院所収)が載っています。
よく見かけるものですが、大きいので迫力があります。
あごひげ、口ひげ、頬ひげが立派で、髪の毛も黒々としていますが、かつらではないように見えます。
右手にはコンパス、左手には四角い棒のようなもの(定規かな?)を握っています。
その次に、原著扉の訳があります。
目次とは少し違った書き方をしていて、各巻の要約にもなっているので、参考までに写しておきます。
【第1巻】 幾何学の書。調和比を構成する正則図形の起源と作図法
【第2巻】 幾何学図形の組合せによる造形の書。平面もしくは立体に展開する正則図形の造形性
【第3巻】 本来の調和つまり音楽の書。図形にもとづく調和比の起源および歌唱に関わる事柄の本性と差異
【第4巻】 形而上学、心理学および占星術の書。調和の知的本質と宇宙における調和の種類。特に天体から地球に下ってくる光線の調和および自然つまり地上にある物と人間の精気における調和の作用について
【第5巻】 天文学および形而上学の書。天体運動の完璧な調和と調和比にもとづく離心率の起源

つまり、各巻はそれぞれ、
 1.正多角形の平面幾何学
 2.幾何学的造形すなわち立体図形の幾何学
 3.本来の調和である音楽
 4.形而上学、心理学および占星術
 5.天文学および形而上学
を扱っていると宣言しているわけです。
今日のわれわれはケプラーを天文学者としてのみ評価していますが、天文学は本書においては一部にすぎないことが分かります。

その次に「献辞」が翻訳で4ページあります。
その相手は、イングランド王ジェームズ1世(1566~1625、在位1603~25/スコットランド王ジェームズ6世、在位1567~1625)です。
ケプラーは神聖ローマ帝国皇帝付の数学官なのに他国であるイギリスの君主に献呈するというのは不思議に思えますが、ケプラーはジェームズ1世が信仰の点からヨーロッパに平和をもたらしてくれる君主だと考え、20年ほど前に初めて本書の構想を立てたときから献呈するつもりでいたとのことです。


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