技術の発達過程1 | 宇宙とブラックホールのQ&A

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2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

これまで何回か坂本賢三著『先端技術のゆくえ』(岩波新書、1987年)の内容を紹介してきましたが、技術そのものについては十分に触れられませんでした。
『先端技術のゆくえ』1 : https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471782780.html

そこで今回は同書の第2章「技術の技術」第5節「技術の発達過程」を紹介したいと思います。
引用としては長くなりますが、絶版本なのでご容赦願いましょう。
「・」印は小見出しです。
私のコメントは、「k:」で始まる斜体文字の行です。
図が4枚出てくるのですが、グラフとはいえ目盛のない概念図ですし、いつもどおり文章で説明することで勘弁してください(勘弁してもらえないかな(^^;)。

5 技術の発達過程
・技術と生物の比較
さきに見た計画・設計・製作・運搬・据付・運転・保守というのは、一つの技術の時間的プロセスを示しているので「技術過程」と呼びたい。
いわばこれらのすべてが技術なのであるが、同様に時間軸の中で技術の特性を調べると、複雑な様々な局面が見えてくる。

k:技術を時間軸の中で見るのがこの節です。

たとえば、ある製品について、使用中の故障率をみると、初期には一般に故障が多い。
しかしある段階までくると、故障率は低くなり、もちろんゼロにはならないが、偶発的なしかも一定の故障率を示すようになる。
しかし時間がたち磨耗してくると再び故障が増大する。
横軸に時間をとり縦軸に故障率をとってグラフを画いてみると洋式の風呂のような形になるので、これは「バス・タブ曲線」と呼ばれている(図1)。
k:「図1 バス・タブ曲線」は、横軸が時間、縦軸が故障率で、Uの字の上端を左右に引っ張ったような曲線1本のみのグラフです。
(バス・タブ曲線は、横軸に装置の大きさをとり縦軸に費用をとったときにも見られる。
ただし標準化すると右上りの直線になる。)
k:大きな装置を作るのにはその分費用がかかるが、装置をコンパクト化するのにも余計な費用がかかるということです。
故障を病気や障害と見ればこの曲線は生物にあてはまり、幼年期・壮年期・老年期を示していると見ることができる。
技術も生き物なのである。

k:この前後では技術を生物になぞらえて見ることの有効性が語られています。
k:個々の製品をみるとその故障率は、幼年期には低下し、壮年期には低位横ばい、老年期には再び上昇するということです。


しかし個体については、故障の多い老年期があり寿命があるとしても、類としては続いて行く。
k:類とは人類の類で、生物だと種や属のことです。
k:技術では同じ型式の製品群を意味します。

この点でも技術は生き物である。
ただし、技術を生き物になぞらえてみたとき、われわれが見ている自然の状態とは大きく違う局面がある。
それは、生物では新しい種や属の発生を見ることができないのに対し、技術の場合、いつでも新しい種類のものの発生と成長と継続を見ることができることである。
k:技術的に進歩した製品が次々と登場し、その生産量が増えていくということです。
もちろん消えて行く技術もあり、すべてが続いて行くわけではないが、つねに新種の発生を見るところが自然の生物とは非常に異なっているのである。
つまりつぎつぎに追いかける成長曲線の集まりになる。

・技術の成長と頭打ち
技術の成長の仕方はきわめてめざましくて、現存する技術のこれまでの経過をたどってみると、だいたい指数関数的に伸びて行っていることがわかる(図2)。
k:「図2 技術の成長」は、横軸が時間、縦軸が性能で、低いところからゆっくり立ち上がりその後どんどん加速的に高まっていく曲線が、隣合わせに3本並んでいるグラフです。
縦軸に生産量をとってもこの曲線が現われるが、それは経済的な面を示しているので、技術の成長を見る場合は縦軸に性能をとる。
たとえば、望遠鏡なら口径をとり、原動機なら単位出力(一基あたりの出力)、加速器ならビーム・エネルギーをとってみる。
すると、きれいな指数曲線になる。
(半対数目盛のグラフを使えば直線になる。)
性能は幾何級数的に成長するのである。
k:幾何級数的というのは指数関数的と同じ意味で、時間が経っても同じ率で成長するものです。平たくいうと、ネズミ算式に増えるということです。
k:幾何級数の例は、1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, ・・・、また1, 3, 9, 27, 81, ・・・などで、各項に同じ数を掛けたものも幾何級数です。

(原動機の場合、単位出力を採るべきことの指示は石谷清幹氏による。
加速器についてビーム・エネルギーをとって指数関数的成長のグラフを最初に描いたのはフェルミである。)
k:石谷清幹氏(いしがい・せいかん、1917~2011年)は機械工学者で、特にボイラの研究で知られ、エクセルギーという概念を提唱しました。エクセルギーは有効エネルギーというような意味で、外気などの環境と異なる温度の物体は(より冷たくても)正のエクセルギーをもつとされます。エンリコ・フェルミはいわずと知れたイタリア出身の核物理学者でノーベル物理学賞受賞者。
指数関数的成長は、成長率が一定のとき、増加分が加えられるため起こる複利と同じで、一定期間に倍々と増える。
たとえば成長率7%ならほぼ10年で倍になり、成長率10%なら7年で倍になる。
k:これについては昨年末「豆知識1:70年ルール」としてご紹介しました。
https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471784078.html
経済成長も同じである。
この場合、同じ成長率なら、時間的にあとから追うものは絶対に追いつけないことになる。
競争に勝つためには、後発のものが先進技術より高い成長率を持つか、先進技術の成長が鈍るかしかない。
k:後発技術と先進技術という用語を対にしていますが、私は先進技術より先発技術という方が誤解を招かないと思います。後で出てくる新技術と旧技術というのも同じ意味です。

しかし、この成長は無限には続かないで、かならずどこかで頭打ちがある。
したがって、性能について曲線を描いてみると図3のようになる。
これは「ロジスティック曲線」と呼ばれ、動物の身長・体重、植物の高さなど、あらゆるところに見られる成長のパターンで、元来は人口の成長を調べるなかで見出された。
成長にブレーキがかかる場合にこの曲線が現われる。
k:ロジスティック曲線は、低いところからゆっくり立ち上がりその後加速的に上昇しますが、途中から上昇が鈍って、最後は横ばいに近くなります。S字を上下に引き伸ばして時計回りに少し回転させたような形をしており、点対称です。
k:「図3 ロジスティック曲線」は、横軸が時間、縦軸が性能で、実線がロジスティック曲線、途中から分かれて伸び続ける鎖線が指数曲線、同じく途中から分かれて実線を中心に上下の波動を描く破線が現実に見られる曲線です。三者の関係はこの後で説明されます。

これと指数曲線(鎖線)とをくらべてみると、重なり合うのはその初期の一部である。
したがって、幾何級数的成長はロジスティック的成長の初期の近似であるということができる。
逆に言えば、性能が指数曲線を描いて成長している間は、まだ頭打ちがくることはないと言ってよいのである。
これについては、テレビ受像機の生産台数や電話機の台数であざやかな予測がなされたことがある。
k:昔経済企画庁が出していた『経済要覧』に多数の耐久消費財の普及率グラフが載っていて、いずれもきれいなロジスティック曲線を描いていました。

頭打ちに近づいているかどうかは、変曲点を過ぎたあたりから、波動が起こることでわかる(破線)。
縦軸が性能だと現われてこないが、生産量をとって見ると波動は明確になる。
k:変曲点とは、上昇が加速から減速に移る点で、ロジスティック曲線の点対称の中心です。
非鉄金属の産出量は20世紀半ばになる以前にすでにこのサイクリングを起こしていた。
k:サイクリングとは周期的変動のことで、波動と同じ意味です。
しかし、成長が下がってしまうことはなくて、全体としては少しずつ増大し、最後までバイアスは残るにしても漸近線に限りなく近づいて飽和状態に達する。
k:耐久消費財普及率だと0%~100%の範囲の値しか取れないなので、頭打ちになることは自明です。90%を超えるものが多いですが、それ以下で頭打ちになるものもいくつかあります。

・後発技術と先進技術
このように成長に限界があるとすれば、後発技術が先進技術を追い抜くことがある、というより、つねに後発技術が先進技術を追い抜くのは技術の宿命である。
そのときは、おおむね図4のようなパターンで起こる。
これは「エスカレーション」と呼ばれる。
k:「図4 エスカレーション」は、横軸が時間、縦軸が性能で、ロジスティック曲線が三つ横並びで描かれており、左側の(古い)ものほど低いところで頭打ちに(横ばいに近く)なり、より新しいものは古いものの横ばい部分を突き抜ける形で伸びてより上で頭打ちになります。
つまり後発技術が頭打ちになった先進技術を追い抜いて成長する形である。
これで見ると、新技術というものは突如として現われるのではなくて、性能はよくなくても旧技術の成長の時期にすでに芽として現われていることがわかる。
それが次第に成長して旧技術を追い抜くのである。
旧技術の方は、消えることもあるが、大抵は生き残って最適規模のところで安定した技術になる。
家庭におけるナベやヤカンなどはこうして生き続けているのであって、高性能のボイラが出現してもヤカンはなくならないし、高出力のタービンが開発されても、軽量のガソリンエンジンは自動車用に生き続ける。
k:最適規模というのが重要です。
k:ナベ、ヤカンのような家庭生活に溶け込んだものからボイラ、ガソリンエンジン、高出力タービンまでをすべて技術として位置づけているというのは、やはり坂本技術論の凄いところだと思います。


・信頼性の向上
技術を見るとき、最新の技術・先端の技術やそのめざましい成長ぶりについ目が奪われがちなので、安定した技術は過去のものとして忘れられることが多いが、実は、技術にとって重要なのは性能だけではないのであって、性能で頭打ちになる以前から他の重要な面が成熟してくる。
その一つは「信頼性」である。
新製品登場の頃は、競争が激しいから、価格と性能に開発のウエイトがかかる。
低価格と高性能で競争が行なわれ、信頼性は犠牲にされることが多いのである。
とくに急速な成長期には、すぐ陳腐化するから、メーカーもユーザーもあまり信頼性の高さを要求しないということになる。
しかし、ほかならぬこの競争の過程で信頼性の向上が行なわれ、同じ性能なら信頼性の高いものが生き残って行く。
信頼性の高いものは安全性も高くなるから、そういうものは生き残る。
20世紀後半に入ってからは、すでに見たように信頼性の面での競争も激しくなった。
しかしそれも大体、性能がある程度確保されたうえでのことである。

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