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演劇人生

今日を生きる!

お店をやるとしたら何屋さん? ブログネタ:お店をやるとしたら何屋さん? 参加中
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願ってもないブログネタ!

「演劇づくり」を始めたいと思い始めたのは高校時代!
この頃は、「お店」まで考えていた形跡はない。

高等学校は現在の東京電機大学付属高等学校。

現在大学は同じ場所(千代田区錦町)にあるが、
高等学校は小金井市に移転して久しい。

入学当初は電気のエンジニアになろうと思っていた。

劇団生活
 
      当時の正門(神田錦町)

クラス担当教諭の影響は大きい。

劇団生活
   当時は男子校(これは2年生のとき)

劇団生活
   運動会の仮装行列で僧侶に扮した佐藤教諭

1年次はプリンストン大学出で英語の宮坂教諭、

2~3年次は哲学を説く国語の佐藤教諭。

クラス対抗で始めた出し物で、

ゲーテ作「ファウスト」

山本有三作「同士の人々」

のそれぞれで主役になり、何時の間にやら電気から

演劇に魅せられ、大学は早稲田の演劇専攻へ・・・


大学時代はフランス演劇専門の劇団を再生し、

J・P・サルトル、J・コクトー、J・アヌイ等々を上演。

その劇団を解散して卒業、劇団民藝に・・・

ここで偉大な人物に師事することになる。

すでに何度か書いてきたが宇野重吉氏である。

劇団生活
 「星の牧場」で宇野さん(右から2人目)とぼくは左から2人目)

以後、退団後も演劇づくりを続けて今にある。
そして、いま・・・
「演劇の店」を作りたいと思っている。
商品(作品)はいくつかある。
にも掲載したが、更新が遅れているので、
このブログが最新の商品ニュース発信基地だ!

「どうぜB級グルメだろう」とおっしゃるお人がいるかもしれない。

観もせず、食べもせずに・・・それはない!

まずは、こんど9月に再演する「母」初演の感想を・・・
再演の感想は・・・
そして、中学生にも・・・
劇団生活
      三浦綾子作「母」息子多喜二の屍を前に・・・

そしてこちらは、横浜開港150年記念に上演した。
劇団生活
         芥川龍之介作「雛」のプロローグ

再演可能な作品は他にも・・・

三浦綾子作「この重きバトンを」
同      「壁」
神尾哲人作「そして河童は消えた」等々・・・

数々の名品が並んでいる。


豪(劇団アドック)の

「演劇のお店」

オープン間近ッ!

よろしくお願い致しま~す!!

昨年7月に公演した「壁」の感想文を発見しました。

一昨年の横浜開港150年記念に公演した

芥川龍之介作「雛」(赤レンガ倉庫ホール)公演で

薩摩琵琶を演奏して参加いただいた塩高氏です。

劇団生活

先日、野方区民ホールにて、

劇団アドックの「壁」

(脚本 神尾哲人 演出 伊藤豪  原作 三浦綾子「壁の声」)を見てきました。

劇団生活

ぐっと骨太の社会派の内容で大変満足しました。

音楽でも演劇でもこの満足感は久しぶりでした。
一昨年辺りから演劇にも関わるようになったのですが、

昨年、横浜赤レンガ倉庫で音楽を担当した「雛 (脚本 神尾哲人 演出 伊藤豪 原作 芥川龍之介)」を超える素晴らしい舞台でした。


アドックとのお付き合いは

昨年から本格的に始まったのですが、

昨年の公演では地味で目立たなかった、

若手の関根秀直君が大大大成長していて、びっくりしました。
今回は彼が主役。表情といい、台詞といい、

動きといい、あの関根君が!!!と驚くほどの成長ぶりで、

以前の彼を知る仲間も驚いていました。
劇団生活
関根君は今年の新年会で、

「この道でやっていきたい」とはっきりと宣言していましたが、

きっと精神的に大きな決断と変化があったことだろうと思います。

今回は本当に素晴らしかった。今やアドックの若手看板俳優です。

見ていて本当に嬉しくなってしまいました。

今後もぜひとも精進を重ねていただきたいと思います。

こういう若手に私がしてあげる事など実際はほとんどありませんが、

何か機会があったらどんどん応援してあげたいと思います。

そして次世代に向けた逸材として、

ぜひまわりの先輩達も暖かく見守ってあげて欲しいと願うばかりです。

さて、内容は三浦綾子原作の「壁の声」。

相変わらず伊藤豪さんの演出も冴えていて、

内容がグイグイとこちらに迫ってきました。

無実の吃音症の青年が死刑となって行く話しなのですが、

「人を裁くとは何なのか」「裁かれるとは・・」「生とは、死とは・・」

深く深く問いかける充実した内容の作品でした。

今は、何処を見てもエンタテイメント。

何でもかんでもエンタテイメント。

ほとほと嫌になる事がたまにあるのですが、

そういう時代に流されずに、

且つ仲間内だけで盛り上がる観念的な前衛に逃げることなく、

ブレない信念を持って、この世の中に腰をすえて演劇活動しているアドックに賞賛を送りたいと思います。

今日から劇団の本格的な稽古が始まる。

考えてみれば、

うちの劇団員は怪我に弱いのではないかと思う。

 

旗揚げ公演の芥川龍之介作「雛(ひな)」においても、

2回目の三浦綾子作「母」でも、

「新しき鍵」「にんじん」「最後のひと葉」「壁」等々・・・

劇団生活
どの作品でも好評の感想文をもらい、

会う人からも「素晴らしい舞台だった」

「アドックならではの作品」などと、

「面白くなかった」「つまらなかった」と言われる作品は

一つもない。(自己満足ではないと思っている)

 

自分がチケットを一枚も売らなくても、

赤字も埋められている。

初演でつくった380万円を越える赤字も、

2回目の「母」での180万の赤字も

何となく埋められた。

このところの赤字は少ないが、

「壁」や「劇団祭り」も赤字だった。

劇団生活

が、それにつまずいて怪我をした劇団員はいない。

 

ほんとうは怪我をしてもいいのではないか。

そろりそろりと恐々歩いて怪我をしてもたいしたことはない。

一心不乱に全力疾走して転んでする怪我の傷は大きい。

大きな怪我ほど一生懸命、全力を尽くした証拠だと

言えなくもない。

人生も同じだろうと思う。

 

また一つ・・・

怪我を怪我だとも思わず、

「何とかなる」と、後先考えず突っ走り、

気づいた時は身動きならぬ満身創痍、

複雑骨折という再起不能状態でも困るのだが・・・

 

今のわが身はこれに近いのかもしれない。


あるいは、それぞれ大怪我をしているのに

ぼくが気づいていない・・・とすれば大きな問題なのだが。

「役者になるつもりはありません」

でも、ちゃんと、相手に伝わるようにしゃべりたい。


これまで何十人という人を前に話してきている人から

打ち明けられた悩みである。


日常生活でも同じことが言えるようで、

「あなたの話ってわかりにくい」と言われるそうだ。


「いま話を伺っていて、それ、わかります」

「あ、そうですか」

どうわかるかという質問もなく、即座に「そうですか」は

ないでしょうと言いたかったが止めた。


「落語を聞きに行くといい」といわれて、

随分寄席にも通ったが効果がなかったという。

「そうでしょうね」

聞いて直せれば誰でもおしゃべり上手になるだろう。


日本語の音の作り方を知る必要がある。

これは役者になるつもりはなくても、

同じ勉強をすることになる。


「早口ことばとかやるんですか?」

「あなたは早口ですよ。それ以上早くなってどうするんですか」


・・・では3~4倍ゆっくりしゃべってください。

「こんにちは。今日は寒いですね」

これを、よ~いドンで、一緒にいきましょう。


ぼくが「こんんいちは・・・」といい終わる前に

もう言い終わっている。

「3~4倍遅い言い方ですよ」

と、何回確かめても・・・光と音だ。

「あなたは光でしゃべっている」


まァ、このような話し合いの末、修行することになった。


俳優になるつもりはないという彼だが、

全く同じところからの学びが始まったのである。


日本語は難しいというと、

これは「ことばの遣い方」の場合が多い。

だが、彼の場合は、

それ以前の問題である。

「音」そのものの問題なのだ。


余談だが、うちの劇団に韓国生まれの女優がいる。

今はアメリカに行っているが、

「わたしは、すすきまりこです」

「すずき」と直そうとしても「すすき」としか聞こえない。

だったら「すずき」の「ず」を、「だぢづでど」の

「づ」だと思って「すづき」と言ってみてというと、

すんなり「鈴木」と言える。

それ以後、言えなかった「湖」も言えた。

ちょっとした発見によって大きな変化もあり得る例である。


俳優は、よりよい日本語をしゃべる(れる)必要がある。

生きたことばを使う(える)必要がある。


わたしたちは子どもの頃から、

「読み・書き・そろばん(?)」を習った。

字は読めるし書ける。

だが表現することではなく、字を読め、字を書ければよかった。

字はことばではない。


話し方に表現力が連動しない問題はこの辺にないのだろうか。


間もなく始まる劇団の稽古でも、

そのスタートはここから・・・


日常生活における話し方も、まったく同じなのである。

人をほんとうに愛したい・・・


今年9月に公演する三浦綾子作「母」について、

様々な角度から考えてみたいという意味で、

「母」として20回のキャンペーンと

「母」その声を聴くとして、10回目の記事を掲載してきました。

劇団生活
 
      小樽文学記念館所蔵小林セキ肖像画

ここで、劇団員と、この作品にかかわる全ての人に

当然といえば当然のことですが、少なくても一度は

思いを巡らせて欲しい内容をブログを通して記してみたい。


この作品は、一人の女性を描いた作品ですが、

この作品を通して、ひと一人生きるには、

何万、何十万・・・いや、何百万人という人々との

つながりの中に、その人生は営まれているのだということを

気づかされます。


小林セキさんは、既に亡くなって久しい。

しかしそれは、「母」という小説によって、

多くの人生にかかわりを持ち、演劇として舞台にのせることで、

更に多くの人々の生き方にもかかわっていきます。


演劇作品ひとつ創ることから生まれる私たちに課せられる

責任も劇場という空間内に止まるものではないのです。


「母」に登場する人たちは、

明治、大正、昭和の時代を生きた人たちです。

たとえ実在しなかった、作中に生まれた役の人物も、

あるいは演出によって登場させられる人物も、

すべては命を主張している存在であることを忘れてはなりません。


劇団生活  劇団生活
   小樽市立文学記念館 小林多喜二コーナー
劇団生活  劇団生活
   2002年「母」初演に向けての取材で三園ゆう子
劇団生活
     母セキのことばから

劇団生活

     母セキのことばから

じっと息をひそめて・・・その息を吹く返し、

心臓に鼓動をよみがえらせ、頬に血が通い、

喜怒哀楽の感情までが豊かによみがえる、

その日を待ちわびているのです。


このような世界を劇界といいます。

その世界に魅せられた多くに人々がいました。

演劇を愛する上での条件・・・それは、

人をほんとうに愛せないようでは成り立たない。

劇界には、このような人がいました。


劇団生活
     宇野重吉氏


ぼくはこの人を挙げたい。

宇野重吉さんです。


「この人(役の人物)はね、ここでは、

そんな声でモノ言わないんだよ。もっと、こう・・・」

ドレミファソ・・・の「ソ」の音だという。

「音だけでもダメなんだよ」

呼吸が違うという。

大きく吸った息を吐き出しながら、

「その終わりのところで、搾り出す声だよ」

俳優は懸命にトライします。

「汚ェ声だなァ。そんなんじゃないよ」


民藝に在籍中、

こんな稽古が繰り返されていたのを思い出します。

その声音を聞き漏らすまい・・・

一挙手一投足を見逃すまい・・・

耳をそばだて、

目を皿のようにしていた時期がありました。

ひとをほんとうに愛した演劇人として、

そして演劇をほんとうに愛した人として、

ぼくは宇野重吉さんを挙げたいと思います。

民藝を退団して後、

「俳優は、死ぬまで勉強だよ。それだけは忘れずにな」

NHKのスタジオ前の化粧室でいわれたひと言を、

今でも忘れない。


いい演劇作品を創る。

そのためには、

人をほんとうに愛せることしかないのかもしれません。

そして、絶やさない勉強と・・・