演劇人生 -241ページ目

演劇人生

今日を生きる!

婚礼は、おめでとうだけの世界でない。


こんなことは、

誰にでも分かっているはずだが、

様々なクスブリが、


笑顔の陰に隠されてしまうのも

婚礼の特徴である。

これを知らないと、

大変な目に合うこともある。


以前あるホテルで、

僕が、

爆弾処理班などと呼ばれたこともあった。


難しいお客様の披露宴司会に指名される。


親に反対されているカップルがあると、

予定通り婚礼が出来るようにしなければならない。

衣裳が合う合わないで機嫌が悪い。

試食の時間が合わずに、ごねている。

対応が遅れたら機嫌を損ねた。
・・・等々。


「そんなことは司会者の仕事ではない」

と断わることも何回もあった。

だが、「何とか頼むよ」

と言われると引き受けてしまう。


最近は、問題が沢山あったホテルとも離れ、

司会者としての仕事に集中していたが、
ここのところ、

またまた難しいお客様に出会った。

例として書くには慎重さを有するが、

このようなケースに出会うかもしれない人のために

2~3の例を挙げてみよう。


例1.打合せのために席に座った途端に、
     『
こんなホテルに決めたのは間違いだった。

担当者は全員病院送り』
       
聞こえよがしに大声でわめきたてるお客様。
    
「そうですか。お気に召さなかったことがありましたか?」
   『全部よ、全部。司会者は大丈夫でしょうね』
    
「このホテル全部がお気に召さないようでは

司会者もどんなものでしょうか」

このような会話が飛び交う打ち合わせで、

当日のプログラムとして、

ノートの切れ端に主賓の肩書きと名前を書いたものが一枚、

ポイとテーブル上に投げ出される。

   「・・・」(ムッとするが顔には出さない…僕ベテラン司会者)

   「ほう・・・お父さんも、新郎もドクターですか?」

   「えッ・・・新婦もですか!」

   「お母様も・・・! はァ、これはすごいですね」

   「もうここまで来れば、ドクターストップですね」

   『は?』

   「いえ、つまらない駄洒落です」

この打合せでは新郎新婦には会わずじまい。

当日になって「初めまして」の挨拶を交わす披露宴は開闢以来。

現場スタッフの神経もピリピリしている。

「○○のお母さんに注意してサービスを」

本日の注意が交わされる。

●結果は、「最高の披露宴になったじゃない?」

「・・・だったら最初から、和やかに行こうよ!」

≪続く≫





婚礼司会の憂鬱・・・


「うちはホワイトカラーだが、あっちはブルーカラーだからね」

「こんな結婚は反対だったんだ」

「今でも反対さ」

「あっちの女にたらしこまれたんだよ」

「家柄が合わないのを気づいたら身をひくのが筋」

「相手の素性は隠して欲しい」


・・・こんなことを言いまくられて、

「当日はお任せください」

言えるものではない。


様々なしがらみさえなければ・・・

「こんな司会はお断りします」

即刻お断りするところだが・・・


婚礼司会の憂鬱のひとつである。

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本文はここから
「丸々としていて健康そうなお子さんですね」
・・・は過去の誉め言葉。

「丸々と肥えて、不健康そのもののお子さんですね」
「まァ、丸いお父さんそっくり! 親子の血はあらそえませんね」

可哀想なのは“子ども”

僕は、どちらかと言えば、昔うまれなので、
前者の誉め言葉に、
「可愛い」
をプラス・・・されて育てられた。

おかげで、今もってぽっちゃりタイプのお爺さんだ。
膝が痛いといえば、
「体重落としたほうがいいですよ」
食べ放題の店では、
「加減したほうがいいですよ」
お茶を飲んでいれば、
「お茶より運動ですよ」
・・・だと!むっ

ヘルシア緑茶から黒ウーロン茶、今はコーヒー好きな僕…香るブラックを飲んでいる。

でも、「体型は、もともとコレなの!」シラー

これが、ヒョロヒョロになったら、
「どうしたんですか?」プンプン
「癌?」プンプン
「もう帰って休んだら?」プンプン
・・・と言われるのがオチ。
だから、この状態を維持することを生涯の課題に決めた。

が、メタボは生活習慣病としての認識が必要なようだ。
自覚症状は・・・僕が保とうとしている「太り気味かな?」程度で、
合併症が恐いらしい。叫び
動脈硬化、心筋梗塞など。

測定してもらったが、
「この体型ですから、きっとコレステロールも高いだろうと思ったのですが・・・」
大丈夫だといわれた。
「当てにならないわよ、それ。計りなおしてもらったら?」
大抵の人にいわれる。
「寝たきりになってみんなに迷惑は掛けたくない」
いま、まともに生きている積もりでいても、まァ、
沢山の人に随分迷惑を掛けているんだから、
死ぬときくらいポックリと逝きたい。ドクロ
そして、それまでにはやらなければならないことも沢山ある。
よく食べ、にひひよく眠りぐぅぐぅ・・・は若い頃の「掛け声」。
いまは、加減して食べ、加減して眠り・・・これは違うかと思うが、
年取って、オシッコのせいで早起きになった。

グダグダ書いてきたが、油断大敵・・・ということ!
脂肪を燃焼させろ!メラメラ
適当な運動をしろ!dash
腹6~7分!にひひ
香るコーヒー!
・・・かな・・・?!
ほとんどのブラックは物足りなかったが、コレ…コクがありいい感じだから。

また、以前ショートホープ60本だった僕がやめて10年以上になる。
タバコを止めることは、みんなにすすめたい。
得意げ
苦労だなァ・・・と思う人に、やめ方を伝授します。
禁煙をしても駄目、嫌煙しなければ戻ります。


書きすぎたかな?合格

エスカレーターからホームへ出ると、

河童殿は山手線に乗った。

にひひ

僕は京浜東北線で浦和まで行くので、

一緒の車輌に乗り込んだとしても、

日暮里、田端・・・と二駅しか同乗できない。

得意げ

しかし二度とないチャンスかもしれない・・・

「ドアが閉まります。ご注意下さい」

の声を聞きながら乗り込んだ。


見よ・・・

河童殿は、

空いた席に堂々と座っている。ニコニコ


運良く両脇が空いているので、

「失礼します」と右隣に座ろうとすると、


「こちらへどうぞ」

と、左側を指す。

「は、ありがとうございます・・・?」


言われるままに河童殿の左に腰を下ろそうとすると、

「右側はしずくで濡れちゃったんです。すみません」

汗

はにかみの表情を見せながら、小さな声で言う。

「そうでしたか・・・、教えていただいてありがとうございます」

「いえ、わたしが濡らしたんです。申しわけありません」

やはり囁くような小さな声だ。


「風邪でもおひきですか?」

これに、思い切って・・・

「河童さん」

と続けた。


河童殿は驚いたような表情で、丸い目を一層丸くして、

「分かりますか!」目

今度は普通の声だった。

「はい」

「やっぱり」

そこから始まった話が長かった。むっ

河童は想像上の生き物ではなく、人間以前に地球に棲みつき、

河童文化の花開いた時期もあったのだそうだ。


但しそれは川中文化といい、

川の中で築かれたという。


ところが、インダス川やユーフラティス川が人間に侵食され、

こぞって日本に渡ったが、

ここでも川は人間によって占領され、

童口(人口に対していう河童の個体数)は減少を続け、

江戸時代に入ると、

悪者として迫害を受け、

霞ヶ浦に姿を隠したり、

十和田に隠れ、

八郎潟を最後の棲み家に決めた途端に干拓がはじまり、

それ以後、隅田川の某所に、小さな村落を形成していたのだという。


生存の危機に直面していることから、

以前は田中角栄さんにも陳情したそうだが、

折悪しく、ロッキード事件が発覚し、

その後は、当時の検察官だった堀田力さんにも頼もうとしたが、

人間の介護や福祉に方向を転換したために諦め、

馬力のある鈴木宗雄さんにもターゲットを変更したが、

電話でも「河童」と名乗った途端に、


「いたずら電話」

扱いで、話にもならず、

ほとほと困った末に行き着いた所が、

東京ミッドタウン裏のガーデン内の人工池だというのだ。


ときどきは山手線を一周しながら、

人々の河童に対する意識調査をしているという。


「あ、西日暮里まで戻ってしまいました」


河童は、千代田線で赤坂まで戻るという。


「あなた様の考えていたように、私たちは東京ミッドタウン裏の、

檜公園内の池におりますので、会いに来て下さい」


と言うなり、閉まりかけたドアから、

あしサッっと降りていってしまった。


「喋りっ放しで、山手線一周・・・!」


1時間の余裕をもって出てきたので、

浦和へ行く用事に支障はないが、

   ショック!


疲れたァ!!!

≪続けます≫


斉藤くんのおかげで人気急上昇の早稲田。

僕の在学時代も優勝したことがありました。


ず~~ッと昔のことですが、当時安藤という

ピッチャーがいたからです。


イケメンの齊藤君とは違い、

大隈重信に似たようなワセメンでした。


優勝したとなれば、

今頃の新宿は大賑わいでしょうね・・・


僕も、飲めない酒を飲んで、

○○交番に宿泊させて頂いたことが・・・

もう、忘れましたが。。。


とにかく メデタイ メデタイ!