河童がいたッ!【中篇】 | 演劇人生

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今日を生きる!

エスカレーターからホームへ出ると、

河童殿は山手線に乗った。

にひひ

僕は京浜東北線で浦和まで行くので、

一緒の車輌に乗り込んだとしても、

日暮里、田端・・・と二駅しか同乗できない。

得意げ

しかし二度とないチャンスかもしれない・・・

「ドアが閉まります。ご注意下さい」

の声を聞きながら乗り込んだ。


見よ・・・

河童殿は、

空いた席に堂々と座っている。ニコニコ


運良く両脇が空いているので、

「失礼します」と右隣に座ろうとすると、


「こちらへどうぞ」

と、左側を指す。

「は、ありがとうございます・・・?」


言われるままに河童殿の左に腰を下ろそうとすると、

「右側はしずくで濡れちゃったんです。すみません」

汗

はにかみの表情を見せながら、小さな声で言う。

「そうでしたか・・・、教えていただいてありがとうございます」

「いえ、わたしが濡らしたんです。申しわけありません」

やはり囁くような小さな声だ。


「風邪でもおひきですか?」

これに、思い切って・・・

「河童さん」

と続けた。


河童殿は驚いたような表情で、丸い目を一層丸くして、

「分かりますか!」目

今度は普通の声だった。

「はい」

「やっぱり」

そこから始まった話が長かった。むっ

河童は想像上の生き物ではなく、人間以前に地球に棲みつき、

河童文化の花開いた時期もあったのだそうだ。


但しそれは川中文化といい、

川の中で築かれたという。


ところが、インダス川やユーフラティス川が人間に侵食され、

こぞって日本に渡ったが、

ここでも川は人間によって占領され、

童口(人口に対していう河童の個体数)は減少を続け、

江戸時代に入ると、

悪者として迫害を受け、

霞ヶ浦に姿を隠したり、

十和田に隠れ、

八郎潟を最後の棲み家に決めた途端に干拓がはじまり、

それ以後、隅田川の某所に、小さな村落を形成していたのだという。


生存の危機に直面していることから、

以前は田中角栄さんにも陳情したそうだが、

折悪しく、ロッキード事件が発覚し、

その後は、当時の検察官だった堀田力さんにも頼もうとしたが、

人間の介護や福祉に方向を転換したために諦め、

馬力のある鈴木宗雄さんにもターゲットを変更したが、

電話でも「河童」と名乗った途端に、


「いたずら電話」

扱いで、話にもならず、

ほとほと困った末に行き着いた所が、

東京ミッドタウン裏のガーデン内の人工池だというのだ。


ときどきは山手線を一周しながら、

人々の河童に対する意識調査をしているという。


「あ、西日暮里まで戻ってしまいました」


河童は、千代田線で赤坂まで戻るという。


「あなた様の考えていたように、私たちは東京ミッドタウン裏の、

檜公園内の池におりますので、会いに来て下さい」


と言うなり、閉まりかけたドアから、

あしサッっと降りていってしまった。


「喋りっ放しで、山手線一周・・・!」


1時間の余裕をもって出てきたので、

浦和へ行く用事に支障はないが、

   ショック!


疲れたァ!!!

≪続けます≫