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演劇人生

今日を生きる!

親子向けの1時間程度のお芝居なのに、

ウン10年の演劇人生の中で、

いちばん手を焼いている。


「そして…河童は消えた」

という民話劇。


「分かり易い話なのに、君たちが分かりにくいものにしている」


頭が痛い。。。。。


芝居づくりって、こんなに大変なものだったかなァ・・・・

劇団は苦しい・・・

貧乏劇団は、芝居の中身まで貧しくなるものだろうか・・・?

役者の根性まで・・・?

貧すれば鈍す・・・


これじゃいけない


むかし、僕と同じ姓の女性が、

夫を殺害し、

身体を切り刻んで捨てた、

いわゆる

バラバラ殺人事件だ。

数十年前になるが、

同姓だったということも衝撃だったが、

そのおぞましさに戦慄を覚えたものだった。

吉信(?)ちゃん誘拐殺人事件も同様だった。

先日、報道のあり方が、

この事件を契機にして変化したのだという番組があったが、

その事件のいずれもが、

滅多に起きない残虐事件だったのである。


それが、今はどうだろう・・・


殺人事件の報道は日常茶飯事になった。

草むらで死体が見つかったの、

玄関に女性の死体があり、夫が指名手配されたの、

子が親を殺したの、親が子を殺した・・・等々。


そしてテロだ虐殺だ・・・


これ等の中には、

傲慢がある。


こんな世の中、

いいと思っている人間は、ごく少数に違いない。


だが変らない。


でも、何とかしなければと思わない限り気持がすまない。


何とかしたい・・・

こんな世の中を何とかしたいと思っている人間って、どんな人だろう・・・?

僕と一緒に芝居づくりをしている劇団の連中がそうだ…と思う。

まだ沢山いるはずだ。


だって、「コレでよし」と思っている連中は、

数にすれば少ないはずだから・・・


連中は、人を食える。

貧困で飢え死にしている人を見ると、

如何にも尤もらしい顔をして、


「可愛そうに」

というだろう。

施しもするだろう。


実は、施しながら…よだれを拭っている。


施しの数万倍、いや数億倍を、

奴等は飢えた人間からむさぼっているからだ。


僕らは貧しい。

施しを貰っていないが、貧しい。


でも、これでいいとも思う。


だからこそ、矛盾をも感じ取れるのじゃないかと思う。


数百万…否、数千万の車に乗り、

勝ち組を名乗って六本木を闊歩する連中には、

本当の人の“痛み”を感じることは困難だろう。


明日をどう生きようか…

悩みながらする演劇・・・

これでいいのだと思う。


ただ気をつけなきゃならんのは、

貧すれば鈍する…これだろう。


「窮すれば通ずる」にしなければならない。


そのためには、やはり…おにぎりくらいは食べないとなァ・・・

さ、これからまた稽古・・・だ!

稽古が本格的になって来た…気配を感じる。

でも、芝居って難しい。

でも、難しいけれど面白い。


かつて○○という劇団にいた頃は役者専門だったが、

今は役者より演出にまわっている。

そこで感じることは、

「あゝ、おれもこんなに下手だったのかなァ…」

ということだ。


大根役者でも役者の内である。

下手でもいいし大根でもいい。

ただ、刻一刻と成長するところが見えてくれればいい。

同じところを5度、6度と繰り返して、

段々最初に戻っていく悲しさ…


素人でいい。


へたに経験はないほうがいい。


変な癖がないだけいいのだ。


みなさん、一緒に「演劇」しませんか?


そして一緒に悩みませんか?

「そして・・・河童は消えた」


今日は日曜稽古です。


13:00~21:00まで缶詰になります。

・・・が、その前に郵送で赤坂本局に行き、

・・・あ、書かなきゃならない手紙もあった。


何だか時間が足りない。


みなさん・・・身体、大事にしよう・・・

クチコミ番付参加中

本文はここから
僕ら(劇団)が参加している恒例の祭りがある。
親子で楽しむ伝統文化…というと大げさだが、
江戸時代から伝わる子どもの遊びを復活させたり、
普段の遊びの中に取り入れる工夫をしたり、
紙芝居やお芝居を楽しむ祭りである。

昨年までは7月に行っていたが、
今年は8月になった。
(時期、方法を含めて模索中なのだ)

明治神宮の中で行われる「杜の中の伝統文化祭」である。

明治神宮…と聞くと、神社の“まつりごと”かと思って、
敬遠する人もあるようだが、
場所を借りているだけで、無関係。
…言い換えれば明治神宮は、
趣旨に賛同して場所を提供してくれているという関係。

今年の「杜の中の伝統文化祭」は8月18日、19日に行う。
準備は5月から始まる。

江戸風鈴絵付け あめ細工 針金細工 貝がら遊び
紙芝居 みんなで歌おう 民話劇公演 沖縄島歌
・・・等々が2日間にわたって行われるが、

僕らは、「みんなで歌おう」「紙芝居」「折り紙遊び」
そして、「民話劇」公演を受け持っている。

今年は、創作劇(オリジナル)
「そして・・・河童は消えた」
を上演する。

いま、その稽古中だ。
苦悩の毎日を送っている。
むっ「やる気あるの?」
むっ「セリフを言うな」
むっ「お前、プロか?」
むっ「生きて動け」
・・・等々、悪たれ口(?)を叩く毎日だ。

「子どもの目線?」
…知ったようなことを言うな。

大人が、何処からどの角度で見ようが、
子どもでない限りは“子どもの目線”など持ち得ないのだ。
自分の中にある“子どもの目線”なる尺度を、
伸ばそうが縮めようが、
「帯びに短しタスキに長し」だということを認識した上でかからないと
大変な間違いをするぞ・・・。ドンッ

「相手の立場に立って…云々」
なる言葉を美徳と例えるが、
あり得ないことだ。
数日前、中越沖で地震が起きて、
多くの被災者が出た。
「被災者の気持になって…」などと軽々な言葉が行き交っている。
被災者からすれば、寝言にしか聞こえないのではないか。
「水道の水を飲んでいる人なんていないでしょう」
「水素とか、何とか還元水」
…を飲んでいて、ソファに座り、ジャグジーの風呂に入り、
フレンチのフルコースを食べながら、
被災者の立場に立つって・・・?

懸命に近づこうとする「姿勢」を持つ・・・
演技以前の問題がここにありはしないか。

今日は、装具の買出しに行く。
装置に使うハギレ探しもある。

ホームセンターから浅草寿町回りだ。
この夏は忙しくなるだろう。

そういえば、みんなの休む時に活動していることの多い僕たちだ。
昼夜が逆転する時もある。(飲み明かして?・・・No!むっ
この夏もきっとそうなるだろう。

「そして・・・河童は消えた」
あゝ、俺が消えた・・・
そんなことにならないように、
稽古場では意地悪で、陰険で、人を人とも思わない口を利かなきゃならない。
演出の宿命だ。
数時間のお芝居の後に来るかもしれない“歓び”など、
いまは何処を探してもない・・・
ただひたすらに、8月18に向けた葛藤があるだけ。

この記事をご覧になった、
「8月18日(土)、19日(日)は暇だなァ」しょぼん
と、嘆いている紳士淑女諸君…ビックリマーク
そしてお坊ちゃんお嬢ちゃん…ビックリマーク
お爺ちゃんお婆ちゃん…ビックリマーク
お父ちゃんお母ちゃん…ビックリマーク
よい子のみなさん!!!

東京原宿に拡がる神社林、
明治神宮に遊びにいらっしゃいませんか?
鬱蒼と茂る林に包まれるだけでも、
心身ともにリフレッシュできると思いますよ~!ドキドキ
お待ちしていま~す!ニコニコ
勿論無料です。

おっと、時間だ…
さ、出かけよう・・・目