ブログネタ:徴兵制~大事な人が戦争に・・・~
稽古場への行き帰りに通る道に
有名な千駄ヶ谷トンネルがある。![]()
全国に知れ渡る心霊スポット…またの名幽霊トンネルだ。
暗闇の中では見えにくいが、壁一面は落書きで一杯だ。
以前に曼荼羅の絵が描かれていたはずだが、
何処へいてしまったのだろうか。
またここに住んでいたホームレスがいなくなったと思ったら、
また一人住みついている。
同じ人だろうか。![]()
前にいた人がいなくなり、
しばらくして牛乳瓶に野の花が飾られていたので、![]()
他界したものとばかり思っていたのだが・・・・
病気でもしていたのが回復して戻ってきたのだろうか。
それとも彼は幽霊なのだろうか・・・???
今度会ったら聞いてみよう。
まえに、「こんなところで体こわすなよ」と声をかけたことがあったが、
胡散臭そうな表情を返してきたので、
次を継がずに帰ってきてしまった。
その後に姿を消したので、
多分に気にかかっていたのだ。
今度こそ、ちゃんと聞き出そう。
「幽霊でいらっしゃいますか?」
・・・・これじゃ、駄目だな。
「以前いた方と同じですね」
・・・・これが良さそうだ。
一歩外へ出ると、
クリスマスイルミネーションに輝いているのだが・・・。
トンネルのライティングがよくない。
赤色が土色になり、他はほとんどグレーになる。
人の顔色も土気色になるのだ。
それが一層、「幽霊トンネルの夜」の演出を際立たせている。
この色…幽霊だって、好きじゃないはずだ。
だって、一層不気味な幽霊にされるからだ。
いま三浦綾子さんが、パーキンソン病になってから服用する薬のせいで、
幽霊の幻覚を見るというエッセイを読んでいる。
その幽霊達とフレンドリーなお付き合いをしている話である。
考えてみれば、買い物の路上で、いきなり斬りつけられたり、
寝込みを襲われて殺される事件が起きている。
噂話の幽霊さんより、現実のほうがずっと怖~い世の中なのかもしれない。![]()
インド南端の海沿いにケララという州があります。
千の顔を持つ神々の住む土地だそうです。
実は行ったこともないのですが、
日本ケララ友好協会が、
GRIPケララ社というNPO法人としてスタートすることになり
理事長をしている友人の誘いがあり
祝賀会に行ってきました。
今年は友好協会設立10年にもあたり、
現地でも第一回「日本祭り」が開催されたそうです。
ケララ地方の伝統舞踊を見たり、
スパイスの効いた料理を頂いたり、
楽しいひと時を過ごしました。
帰りには、カレーのスパイスセットを2つお土産にもらいビックリ!
以下の18種類のスパイスでしたァ!
いずれ作って・・・・
Red Chilly
Coriander
Mustard Seed
Poppy Seed
Ani Seeds
Cumin
Turmeric
Dry Ginger
Nutmeg
Nutmace
Green Pepper
White Pepper
Blac Pepper
Staranise
Cinnamon
Clove
Cardamon
Fenu Green
カレー好きの方には珍しくもないのかも知れませんが、
大好きな我輩もこれ等スパイス全部をブレンドして作ったことはありませんでした。
いつか・・・作ります。
そして…アップします。
孔子のことばである。
先日仙台から友人がやってきた。
勿論用事があってのことであるが、
それまでの時間が1時間程度あるので、
時間があったら会うか・・・・
とのメールが来た。
これだけでも嬉しい誘いである。
5分でも1分でもいい。
折角の時間を工面して会いたい…と言ってくれる
友人は格別の大切さを感じさせてくれる。
さらに友人は、
大きな荷物を持って来たのであろうが、
ホテル行きの荷物をロッカーに入れて、
お土産だけを手にして、
改札口の向こうから手を振ってくれた。
写真の冊子もその一つだ。
仙台の「演劇鑑賞会50年の歩み」記念誌だった。
僕が1968年前後に公演に訪れた思い出も写真で収まっていた。
懐かしいものだった。
それに旭川の菓子「氷点」と、
名物ホヤの乾燥珍味…
その彼女に、
僕は空手で会い、
「ごめんね、仙台からのお土産をもらっていながら、
僕からは何のお返しもなくて・・・」
こんな色気のないことばしかかけられない。
それでも喜んで、小一時間も付き合ってくれた彼女には、
心からの感謝の気持で一杯だ。
友、遠方より来る有、また楽しからずや・・・
この一節をしみじみと実感した時間である。
飲まなくても付き合うよ。![]()
えッ…いや、多少は飲めるよ。![]()
ま、普通に付き合えば、ビールは大ジョッキ一杯くらいかなァ…![]()
酎ハイなら3杯くらいで、ワインならボトル3分の1…![]()
そんなものだよ。
「だったら飲める方だよ」![]()
いやァ・・・酔うのが好きじゃないからね…
ま、付き合いで、グレープフルーツハイ1杯で、
2時間くらいは最後まで付き合うよ。
その代わり…っていちゃ何だが、食べるよ…![]()
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嫌いなものはないからね。
みんなが飲んでいる間は話もするし、
聞きもするさ・・・
実を言うと、
酒に関しては、自分で封印をした側面があるんだ。
おれの親父は酒が好きだった。![]()
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焼酎をストレートで、
一リットル瓶3分の1くらいは一晩に飲んでいたからね。
その席におれがいると…
「どうだ、ビールでも飲むか?」
と聞かれることがあった。
おれは自分からビールを出したこともなければ、
「一杯付き合おうかな…」
なんて言うこともなかった。
親父が、何らかの拍子に、一緒に話をしたいと思ったときだと思う…
「どうだ・・・」
とすすめるのだが、たいていはビールで、
焼酎を一緒に…などとは一度も言ったことはなかった。
そんな親父と、
刃を交わすような口論をしたことがある。![]()
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口角泡を飛ばして言いつのっている最中に、
「悪いのはオレだ」
…と思いながらも、後には引かずに言い募り、
以後、絶交状態になり、
家を出た。![]()
その後半年後に、
父は倒れた。
心臓だった。
しかし発見が早かったために回復したが、
入院中に見舞いに行った。
親父は目を合わせてくれなかった。
数日後、母から来た電話で、
親父が、「よく来てくれたな」
…と、言っていたと聞いた。
退院した後、
たまには帰ったが、
親父は、「どうだ…やるか」と言ってくれることはなかった。
ほぐれない感情の絡まりが、
ずっと残り続けて、
ある日、親父の死を知らされた。![]()
仲直りが目に見える形にならないまま、
親父は逝った。
2月の寒い朝に、
2度目の心臓発作だったらしい。
可哀想なことをした。![]()
「お兄ちゃん(母はずっと、おれのことをこう呼んだ)、
父さんは、あれ以来一升もの焼酎を飲むようになったんだよ。
身体に悪いからと言っても聞いてくれなかった。
お兄ちゃんのことを悪くは言わなかったけれど、
寂しかったんだと思うよ」
この話を聞いてから、
おれは酒を手にする途端に親父を思うようになった。
だからある時から、
人と楽しく酒を飲に交わすことを封じることにした。![]()
飲む時は、親父の面影を偲びながら、
静かにひとりで飲む。
…それでも、缶酎ハイ一本も飲まないまま終る。
今日のような曇り空の寒い日は、
親父の位牌を前にして、
しみじみと飲む一杯もいい・・・![]()
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