演劇人生 -215ページ目

演劇人生

今日を生きる!

ブログネタ:銃って必要ですか? 参加中

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銃はいらない。

包丁もカッターナイフも、
カミソリも何もいらない。

人に向けるソレなら何一ついらない。

中でも銃やマシンガンやピストルはいらない。

人を傷つけるものは何もいらない。

銃口を人に向けたその時、人は人間ではなくなる。

15世紀ごろ銃は誕生したと言われる。
最初は狩猟を目的としたらしい。

猟師には申し訳ないが、
動物からすれば、
「人間は卑怯だ」
…と思っているに違いない。

鉄砲を持つことによって、
人間は、自分より強いものを恐れなくなった。
また逃げ足の速い動物でも、
ズドン…と一発、仕留めることができるのだ。

つまり鉄砲を持つことによって、動物界では最強になれるのだ。
的を射るために銃を使い、
兎をしとめるために銃を使い、
ライオンや虎、象を、人を殺すために銃を使う。

いや鉄砲は大きすぎて持ち歩きに不便だ。
拳銃が生まれた。

もっと強力なものが欲しくなり機関銃や大砲が作られた。
一度に何10人と殺せるじゃないか。

ロケット弾だ、ミサイルだ…
ついには原水爆まで持った。
何10人の時代ではない何10万、何100万だ。

地球に数千メートルの穴を掘り、
原爆を詰め込み
「爆発させるぞ!」と脅かせば、
たいていの国は言うことをきく…
馬鹿なことを言う政治家まで出てくる始末だ。

地球には、人類を何度も殺せるだけの武器弾薬が揃ったのだ。

このすべては、人のためだと言って人がつくったものだ。

自分を守るために人殺しの道具を身につける。

銃を持って遠い国にわたり、
大勢の人々を殺し、
自分も撃たれて死んだが、
銃は離さなかったという英雄は歌う・・・

戦争1
♪…しゃれこうべがラララ言うことにゃ…
♪…お袋にも…会わずに死んだ…

アメリカを象徴的に銃社会という。
しかし日本でも発砲騒ぎが頻発している。

テロや殺戮も一向に収まる気配がない。
殺し殺される世の中はいつまで、どこまで続いて行くのだろうか。

道端に落ちている縄一本も、
使いようによっては荷を運ぶ道具にもなれば
首を絞める殺人道具にもなる。
…だから銃も使いようだと言う。

銃をなくすだけでは悲惨な事件はなくならないが、

兎からも「人間は卑怯だ」と言われる銃は、
この地上にはいらないとは思わないか?

生まれて一、二ヶ月頃の写真もあったのだが、わけあって失い、
父や母が持っていた数枚のみが残るという寂しい状態である。
記憶に残る情景は脳裡にあるのだが、それだけではやはり寂しい。
昔の写真は勿論モノクロだが、時を経る毎にセピアに変色して、
懐かしさを際立たせてくれたりもする。

高校時代、父にねだって買ってもらったカメラがあった。
ミノルタの二眼レフで、結構値のいいカメラだった。

母親が山形の従兄弟にやったという話を聞いたことがあるが、

その後の行き先は定かではない。

そのカメラで撮影した何枚かの写真は残っている。
中でもお気に入りは、父と母が談笑している1枚である。
先日、部屋を片付けていて、メモなどと一緒に雑記帖に挟んであったものだ。

思わず、「お~ッ…こんなところに」と声を出したが、
気に入ったので引き伸ばし、父や母に見せたのを覚えている。

父と母

父は照れくさそうに一瞥した程度だったが、
母は、「写真では、仲のいい夫婦に見えるね」と言った。
すかさず父は、「見えるって?」
…と言ったが、後のことばはなかった。
そのような光景を思い出しながら、写真に残された一瞬の光景だが、
我ながらいいチャンスを捉えたものだと、今更ながら満足感に浸っている。

貧しかったに違いない当時だが、心豊かな…何かが見えてくる。
このような、当時の思い出も脳裡をよぎる。

埼玉県の飯能という町に住んでいた頃の思い出の写真である。

ブログネタ:お世話になったあの人に一言 参加中

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人と人のコミュニケーションは、

ありがとうで始まり、ありがとうで終わります。
だからまた始められる…そのように思えます。

窓を開けて空気を吸う時、
僕が吸っている空気はいつ生まれたものだろうか…
そう思う時があります。

数億年前に生まれたものかもしれません。

いや、若しかして、ほんの数分前、
原宿の駅付近…
明治神宮の林の中で生まれ、
表参道を抜け、青山墓地の上を通り抜け、
六本木交差点で芋洗い坂に抜ける仲間と別れ、
東京ミッドタウンを迂回して、
檜町公園で一休みしてやってきたのかもしれないのです…

このようなことを想像するだけで、
呼吸の一つにも大きな意義すら感じられて楽しいじゃありませんか。

さあ、ここで何か言おうと思えば…
「ありがとう」じゃないですかねェ・・・

なぜ僕はここにいるんだ?
いま…こうして生きていることを考えてみます。

何十年と生きてきて、
いまこうしてパソコンのキーボードを叩いているのです。

奇跡じゃないのか・・・

僕を生んでくれた親父もお袋も、もうこの世にはいない。
…その親父とお袋がいなかったら僕も生まれていない。

不思議だなァ…
どうして僕じゃなければならなかったのか、
いくら考えても答は出てこない。

だが僕はここにいる。
そして生きている。

相当の年齢だ。
そしてこんなことを考えている。

人生には老後は無い。
きょう生まれた命と、今ある僕の命とは共通するものだ。
その共通するものは、生前という人生なのであると…

だから一緒に生きられていられるのではないだろうか…

だから、僕は自分の存在そのものに、
「ありがとう」をいいたい。

そして、僕のまわりのすべての人や、あらゆるものに、
「ありがとう」を言おう。

みなさんにも、
「ありがとう」
そして…最後に自分にも…ありがとう!
ニコニコプンプンガーンかおショック!しょぼんシラーにひひえっラブラブ!得意げ!!
人生に老後はありません。

きょう生まれる命と、
いまあるあなたの命と共通するもの…
それが生前なんです。
だから共に生きられるのです。

すてきな新年をお迎え下さい!音譜ニコニコ音譜