演劇人生 -106ページ目

演劇人生

今日を生きる!

「おばあちゃんは?」

近所のばあちゃん・・・と言っても、

我輩のちょっと先輩のご夫人から聞かれた。


祖父(じじ)ちゃんや祖母(ばば)ちゃんは

想い出の中でも遥かにページを繰らなければならない。


祖父ちゃんはぼくが6歳の時に亡くなった。

胃癌だったらしい。

祖父ちゃんの亡くなる前に枕元に呼ばれた。

母が、

「ずんちゃんはお前に言っておきたいことがあんなだと」

といった言葉が、今でも耳に残っている。

肝心の祖父ちゃんが死に際に残してくれた

言葉の方は覚えていないが、

後になり、母に聞いたことがある。

が、母も覚えていなかった。


祖母ちゃんが亡くなったのはそれから十数年後である。

祖母ちゃんの死に目にはあっていない。


祖母は字を読めなかった。

「ばばちゃん、不便だろう?」

 ※ ばばちゃん・・・親しみをこめた呼び方


「読めればいいとは思うけど、

自分の名前は書ける」

それに住所も電話番号も言えるし

不便はないという。

「ただ耳の聞けね人さ、しゃべった時は

困ったけなァ・・・」

 ※耳の聞こえない人には困った

という。


このばばちゃんが、

石鹸をシャボン、帽子をシャポーといっていた。

「ばばちゃんはフランス語をしゃべってる」

というと、しこたま怒られた。

「おれが字を読めねがらって、バガにすんな」

「バカにしてるわけじゃない」

と、何度言っても分かってもらえなかった。

辞書を持っていっても分かってもらえなかろう・・・

生前にはそれを証明し得る工夫はできなかった。


ばばちゃんは、

「いいか・・・」と真面目な顔で、

「シャボンだのシャポーとか言うなよ。

こんな言葉を使うと田舎者だと思われるからな」

・・・と言っていたのを思い出す。

風邪が流行り出した。

「熱が出たので休ませてください」

少ない稽古を休まれたくはないのだが、

無理して出てきて悪化されても困るし、

他のものにうつされても困る・・・


ぼくのような老化した人間(老齢者)は、

肺炎にでもなれば命取りにならないとも限らない。


APECに集まる世界首脳たちは元気そうだ。

国疫(コクエキ)という菌に汚染されているVIPと、

保身という身を守ることに気をつかっているVIPが

入り混じって握手をしたり手をふったりしている。

しかし、いずれも体調は万全のようだ。

先日新婚旅行から帰ってきた友人の息子夫妻が

デング熱と診断され隔離されたと聞く。

まぁ、いろいろだ・・・


またインフルエンザの発症も話題になってきた。

我輩も明日には予防注射をうちに行こうと思う。

今年の予防薬は、

季節性と新型両方に効くらしい。


が、効力を発揮し出すのは3週から4週後だと聞く。

そして4~5ヶ月は効き目を継続するというから、

みなさんも早めの接種がいいのかも・・・

劇団アドックは創立以来ノルマ0を貫き通している。

これは劇団アドックのコンセプトからきている。

公演積み立てや負担金も0(ゼロ)である。

私たちは、自分の仕事に自信と誇りを持ちたい。

身内ばかりではなく、知人、或いは、

道で会い、行きかう人たちにも

「観て下さい」といえる舞台を創ろうという思いから、

ノルマや負担金は課していないのだ。


劇団費の¥3,000も、

倉庫代が出ればいいではないか・・・

事務所経費は代表と演出が何とかしよう・・・

公演赤字も同様で行こう・・・

劇団アドックで創る演劇はこれだ・・・

皆さん観て下さい・・・


この考えこそが本道だという考えを貫いてきて

きょうがある。


10年の中で借金に押しつぶされそうにもなった。

旗揚げ公演で抱えた赤字が300万円を超えた。

次も100万をゆうに超えた。

文化庁(独立行政法人の振興財団)に

助成を申請しても却下され続けている。

多くの人に「何故通らないのか不思議」と言われながら、

「もう諦めた」と返事をした。


・・・ところで、

いま、このノルマ0に危機が忍び寄っている。

が、ぼくは「だったら解散しよう」と思う。

このような劇団は今の演劇界にはなじまないとすれば、

谷啓さんのお別れ会での仲間からの弔辞のように、

あの世でやればいいではないか・・・と思ってしまう。


この世で、うんざりした演劇人がいっぱいいるはずだ。


これの結論は来年中に出るかもしれない。

尖閣諸島をはじめ北方四島や竹島問題等の

領土問題・・・

かつての日本は、島のみならず大陸まで入り込み

国土の一部にしようとした。

資源の乏しい日本では、手に入るならば、

それが弱小国であれば何処でもよかった。

いま、そのしっぺ返しにあっているという人もいる。


いま、発展途上国が先進国に追いつき、

追い越そうとしている。


わが国がバブル絶頂期の頃、

ニューヨークの中心地を買いあさったように、

いまは日本の土地が狙われている。

またエコノミックアニマルなどという言葉も生まれた。

韓国やフィリピンに売春ツアー等といわれる

団体旅行まで生まれたものだった。


このような経緯をどのように振り返ればいいのか。

食えない、着るものもない、住む所もない・・・

そこから這い上がるのにも、

隣国の戦争を利用しなければならなかった。


何処かに不幸がなければ、

何処も豊かになれない。

全体が良くなるなんて幻想で、

自分たちが良くなるには、

何処かの不幸や災禍は不可欠・・・・

このようなことでいいのだろうか。


森羅万象ということばがある。

この地球は森羅万象によって成り立っている。

その全ての共生によってこそ人も生きられるのだ。

まず、その中の一つでしかない人間が、

枯渇しつつある化石燃料を奪い合い、

利権の争奪に明け暮れている。

何とも悲しいことではないだろうか。


わたしは、地方のタウン誌に、

この地上にあるものは全てに意味があると書いた。

ことによれば、道端の石一つにも

存在している意味があるかもしれないのだと思う。

歩く人の邪魔になるとすれば、

傍によけてやり、「ここにいてくれないか」と、

声をかけてやってもいいではないか。

・・・そう思う。

奪い合う時代から分かち合う時代へ。

刈り取ることばかり考えず

育てることへ舵を取るべきときにきてないか・・・

そんな思いがする。

埼玉県川口市のはずれ。

劇団の倉庫がある。

これから迎えに来る劇団員の車で向かう。

あ、電話だ・・・来た!

階下に下ります。

また後で・・・


帰りました。

上々の天気に恵まれる中、

目いっぱいに詰め込まれた倉庫を開ける。

まぁ、よくぞ此処まで入れたもの・・・


大型ダイニングテーブル180×90は

ずっしり重くて、「これ4人がかりでやっと」

という代物・・・

それようの椅子も手すり付の頑丈なもの。

「えッ、これ使うの?」

「・・・・・」声なし。

「着物は大概間に合いそう。・・・でも私に合う

サイズがない。やっぱり自前ね」という三井さん。

「でも貧乏な小作だから泥大島じゃダメだよ」

「でも色は地味よ」

「ダメ、見る人が見れば直ぐわかるんだから」

「そうかなぁ」

「これ何?」

「ピストル」

「本物みたい」

「今回はいらないからしまっておいて」

「巾着もあるし、草履もOK」

こんな会話を交えながらの中整理整頓・・・


これまでになく整理が出来ました。

「Oh、ちゃんと入れれば余裕があるじゃない!」


いやぁ~・・・劇団も10年経つと物持ちになる。

「たいした財産だね」

「我々にはね」

「ゴミになればすごい出費だろうなァ」


あっはっはははは・・・・

言いたいことを言っているよ。


行きに昼食を和風レストラン華屋与兵衛で。

帰りはびっくりドンキで・・・

おかげで今もお腹いっぱい・・・


あ、証拠写真撮り忘れたァ!!