幽霊が見えるようになった母。笑 | Talking with Angels 天使像と石棺仏と古典文献: 写真家、作家 岩谷薫

幽霊が見えるようになった母。笑

 YouTubeで「死期が近くなった人は、幽霊が見えるようになる」なんて言っている人もいて、あぁ、それは理解できる…
 まぁ、私の希望では、あと10年は生てほしいのですが…どうなることやら…
 私の母が幽霊を見られるようになったのは、たぶん、2年前、ベランダで転倒して、血を流した頃だと思う…
 昭和のテレビのように、なんだか調子が悪ければ、叩けば、調子がよくなったり、チャンネルが変わる感じ…?笑 (註:心のチャンネルの変換、調整の話は、『コート・ダジュールの天使達』で、引用した長谷川潔氏の言葉通り)
 私の遠い記憶では、宜保愛子さんも、一度、死にかけてチャンネルが変わり霊能力が発揮できたとか…こういう霊能力者も結構いる。

 母はひどい、外反母趾と膝関節症で、歩行能力はボロボロですが、1年前に、私が運動を卓球から、歩行に切り替えて、やっとなんとか、私が手を引いて歩けるようになりました。 

 同じ頃、私は、企業の回し者ではないですが、少なくとも、膝関節痛にはこの薬が劇的に効いています。今までどの薬も効かず、手術するにも高齢過ぎてムリ…と言われていたのですが。 今では膝が痛くて、眉間にシワがよるような場面は皆無です。さらに驚く事に、1年前は、外反母趾と膝関節症で、O脚がヒドク、後ろから見ると円になっているような足でしたが、今では、なぜか、両足が真っすぐになっています!!

 ●お年寄りにとって、「歩く事って、とても大切だと知りました」卓球じゃなかった。笑 (卓球は目と反射神経にはいいけどね!)お年寄りは、歩かせようネ。

 卓球の頃からなんだけど、転倒以来、母は、ウチの応接間に、今も亡きお爺さんとお婆さんらしき人が居ると言い出していました。またウチの玄関に、男の子が座っているそうです。笑
 こんな事、言われても、私はビビリません。笑
 私は「中国古典怪談」の人ですから…プロっすよ…笑

 そして、私は幽霊は見えませんが「イヤな気」だけは解るので、母が見えるという幽霊に、私が「イヤな気」を感じないので、放置しています。笑
 ●実際、幽霊なんて、どこにでも居ます。べつにビビることではない。
 
 昔、知り合った霊が見えるというカメラマンは「渋谷の交差点では、どれが人間でどれが幽霊か解らず、困る」と言ってました。
 また別の見えるカメラマンは、ロンドンでは、生ている人の肩に、幽霊が2本脚で普通に立っているとか、言ってました。笑

 清の時代では、幽霊が見える人として羅両峰という文人画家が有名でした。彼は『亡くなる心得』でも紹介した『子不語』や『閲微草堂筆記』にも登場します。
 彼も述べていますが「幽霊はどこにでも居る」と。

 この羅両峰。サスガ、芥川龍之介さんも御存知のようで、へぇ~ と思いました。
 3~4年前まで、羅両峰の見た幽霊の絵を紹介したサイトがありましたが、いまでは、これだけかな…?

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 話を母に戻すと、今、例の問題の寺の近くまで、母の手を引いて歩行訓練をしているワケだけど。(広場がここしかない故だが…) こんな事もあったね

 母によると、いつも廃車が放置されている場所に、着物を着たオバサンが立っているそうだ。笑 それは昼も夜も…

 私は、そのオバサンに「イヤな気」を感じないので、よく母に「今日もオバハン居る?」と聞きます。母は決まって、ニコッと笑って「居る!」と答えます。笑
 時には「話かけてみんか!」とまで。笑
 母によると、彼女は何かを待っているそうです… 亡くなっても何十年、ことによると何百年も待っているのは悲しい話です………
 こうならないように『亡くなる心得』をしたためました……

 またある日は、この広場の塀は2m ほどもあるのですが、その塀の向こうから女が顔を出してスグニ引っ込んだ! とも言いました。そもそもそんな長身な女は居ない…

 これは「悪い気」で、私は見えませんが、実は「悪い気」として母に言われる前に、私は気付いていました…

 気だけは解るので、ある日、「あの塀の女、居ると思うけど、今、居るのか?」と母に聞くと「居る!でも、すぐに引っ込んだ」との返事。笑

 面白いよね…やはり、自分の気を感じる能力だけは正しいと感じました…笑

 そりゃ、こんな因縁のある寺ですもの… 怨みを持っている悪霊系も居るに決まってんじゃん…

 私は、「なんとか、救ってあげようとしていたんですけどねぇ…」
 
 ただ、これでも私はビビリません。悪霊系の退散方法は『新釈 中国古典怪談』でP186「狐や幽霊に取り憑かれない方法」として記した通り……この良書も、悪い出版社の為に、潰されましたが……

 ちなみに、問題のはるかぜ書房には、3体の、見えない悪い者が感じられました。
 こんな痛い社長でも、なんとか、私が力になってあげよう…と思ったのは、このトンデモナイ経験があったからです… ここは『亡くなる心得』で紹介した「小桜姫神社」です。 このクズ出版社にあえて関わろうとしたのは、このお礼の気持ちでしたが、礼を仇で返すあたりは、間違いなく救いようがありません……… 私がこの礼を決行するにあたり、どれだけの葛藤があったことかぁ………この場合も私は、「なんとか、救ってあげようと手を差し伸べていたんですけどねぇ…」 そこまで私は、親切だったのに………
 さらに詳しく知りたい御仁はコチラから。

 これは、人間界故、仕方がございません……… 先の芥川龍之介の『蜘蛛の糸』と同じなのです……「救いの手をさしのべるだけは、差し伸べた……」 でも、受け取る側に、重度のカルマと問題が………………

 そういう事なのです………

 先の、塀の女は、この2度の出現以来、2度と我々の前には現れません。
 我々が清いからなんですよ。笑 

 実は『亡くなる心得』でも原稿段階で「幽霊について」1章を設けて説明していた時期もあったのですが、「幽霊って、結局のところ、この世に未練、たらたらで、この世に居着いてしまっている、迷える魂の姿なので」実のところこのたった1行の説明で終わるので……もっと語るべき、大切な内容が多々あったので『亡くなる心得』では、その幽霊の1章を削除した次第です。実は、幽霊は、長々と語るほどの事ではないのです。どこにでも居ます。我々は基本、見えないダケです。
 どうして幽霊が、基本的に見えないのかも『亡くなる心得』でも説明しました。
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