書名:おとぎカンパニー 白線以外、踏んだらアウト
作者:田丸雅智
出版:光文社
内容:満月の夜、道路の白線の上を縦一列で歩く集団。子供がよくやる遊びと思って見ていると、全員が白装束なうえにラクダまで連れている。妙だと思った「おれ」は声をかけるが「あなたには関係のないことです。あちら側へお戻りなさい」と突き放される。そこで自分も白線の上に立ってみたら分かるんじゃないかと考え、立ってみた。何かがビビッとした直後、景色が変わった。今までの風景が透けたようになり、道路の黒いアスファルトが底なしの深い穴になっていた。「層が完全に移ってしまったようですね」先ほど会話した若い女性が話す。「あなたが元いたあちら側とこちら側は同じ空間上にありますが、基本的には別の層になっています。ときどき重なって、あなたのように迷いこんでこられる」彼女は「白線の上に生きる、白線の民」だと言うが……(『白線の民』)。営業部の新人である「私」は、一人で初めての訪問に向かう。いつもはあがり症対策のおまじないとして「人」という字を手のひらに三回書いて飲み込むが、今日はそれでは緊張をほぐせない気がして何十回と書いた。いざ飲み込もうとした時、「まだ飲みこまないで」という声がする。「まだ心の準備ができていなくて……」と、ぶつぶつ言う声の主は手のひらにいた。二本の足で立つように、左右のはらいで立った「人」の字。「あなたが生みだした」という〝人″は、「飲みこまれることを想像すると、緊張してきて……」と言い、ぶるぶると震えはじめた。同じあがり症らしいことに親近感を感じ、自分の緊張がほぐれた「私」はバッグに〝人″をしまって商談に向かった。その日から〝人″との生活が始まり……(『緊張の〝人″』)。一人旅をしていた「おれ」は、木の根につまずいて山の斜面を転がり落ちて気絶した。意識を取り戻した時には古民家に運ばれており、飛痛師(ひつうし)だという老女がこちらに人差し指を突きだす。「痛いの痛いの、飛んでいけ」という言葉とともに、何かを飛ばすように指をひょいと払う。すると、レモンイエローの蝶が現われて飛んで行く。あれは身体の外に飛ばされた痛みの蝶だというが……(『イタミの蝶』)。学校帰りにおばあちゃんの家に行った「私」は、チャイムを鳴らしてもソファーで眠っていた祖母の姿に慌てる。身体を揺すると直ぐに目を覚ました祖母は、「魂を抜いてただけよ」と答える。おばあちゃんが最近ハマっているという「魂交流サービス『ソウルスペース』」は、スマホのカメラで自分を撮って魂を抜いて、あっちの空間で自由に過ごせるらしい。「身体にとらわれずに好きなように過ごせる」と聞いて興味をもった「私」は、とりあえず登録してみる。自撮りした瞬間、私はスマホの画面に吸い込まれ……(『ソウルスペース』)。誰もがどこかで聞いたことのあるシチュエーションをテーマにした現代ショートショート10編。
<収録作品>
●緊張の〝人″(手のひらに三回「人」と書いて飲むと緊張が解ける)
●白線の民(白線以外を踏んだら死ぬ)
●机の工房(給食のパンを机にため込む)
●三秒以内に(食べものを落としてもすぐに拾えば大丈夫)
●牛さん(食べてすぐ横になると牛になる)
●イタミの蝶(痛いの痛いの、飛んでいけ)
●原稿中(締め切りに追われる)
●てるてるの仕事(てるてる坊主、明日天気にしておくれ)
●鳩の通信(ベランダに鳩が巣を作る)
●ソウルスペース(写真を撮ると魂を抜かれる)
書名:精霊を統べる者
原題:A Master of Djinn
作者:P・ジェリ・クラーク(アメリカ作家)
出版:東京創元社
内容:1872年、スーダン人魔術師アル=ジャーヒズが秘術によってジン(精霊)の世界の扉を開き、世界に変革をもたらした。ジンの魔法と科学の融合によって急速な発展を遂げたエジプトは列強大国となる。だが、アル=ジャーヒズは1873年に忽然と姿を消し、彼の機械と著作は全て失われた。1912年11月、エジプトの首都カイロ西南の都市ギザで、大魔術師アル=ジャーヒズを信奉するイギリス人の秘密結社のメンバー24名が、黄金の仮面をつけた謎の男に惨殺される。被害者は全員、衣服はそのままに肉体だけが焼かれた異様な焼死体になっていた。事件の担当者は錬金術・魔術・超自然的存在省の特別調査官ファトマ・エル=シャラウィー。ファトマは弱冠二十歳でアカデミーを卒業し、首都カイロに配属されて二年で特別調査官になったエリート。南部出身者の浅黒い肌を持ち、調査官の制服は着用せずに舶来のお洒落なスーツで男装して山高帽を被り、ステッキを握って闊歩する変わり種。魔術省の指示を受けてファトマは事件現場である英国人太守アリステア・ワージントン卿の邸宅に赴く。カイロ警察所属で旧知のアアシム・シャリフ警部と顔を合わせたファトマは事件の概要を聞く。被害者の一人は邸宅の主であるワージントン卿だという。ワージントン卿はイギリス=エジプト条約を仲介し、エジプト新政府により特別な権利を与えられた英国人で、エジプト王の和平首脳会談に協力することになっていた。ファトマはスペクトラル・ゴーグル(霊視眼鏡)で魔法の痕跡を調べると、目撃者だというワージントン卿の令嬢アビゲイルに事情聴取をした。得られた証言は、事件現場から去る黄金仮面の男を目撃して気絶したことと、父親が秘密の友愛団のメンバーだったこと。大した成果もなく邸宅から退出しようとしたファトマのところに、新しいパートナーだというエージェント・ハディアが押しかけてきた。新人エージェントの彼女は履歴書を持参しており、それによると名前はハディア・アブデル・ハーフェズ。アレクサンドリアの中流家庭出身の24歳で、大学卒業後はアメリカの女子大で2年間教鞭をとり、帰国してアカデミーに入学、卒業して今ここに居るということらしい。魔術省はペアで仕事することを推奨しておりアミール局長の指示だというが、ひとりで仕事したいファトマには不本意な事態だ。とりあえず翌日話し合うということにして、ファトマはカイロの自宅に帰宅した。マンションの自室に戻ると、窓から侵入したという恋人シティが待っていた。昨年の夏、ある事件で出会ったシティの本名はアブラで、エジプト南部から植民地であるスーダン北部にかけての地方ヌビア出身で、古代宗教の女神ハトホルの信者である。超人的な身体能力を持ち、手袋に取り付けた銀の爪であらゆるものを引き裂く残忍さも持つ美女だ。シティはギザで起きた事件を知っており、神殿からのメッセージを伝えに来たという。ファトマは事件の被害者に神殿の関係者がいるのだと気付く。翌朝、ファトマとシティはハトホル神殿の巫女メリラに会いに行く。その場には殺害された女性の夫であるアハマドがいた。アハマドは古代エジプトの神セベクの高位神官だという。被害者二人も神殿の巫女と神官で、アル=ジャーヒズ秘儀友愛団に参加していて殺害されたようだ。友愛団についての情報が提供され、殺害犯はイフリートではないかと仮設が立てられる。だが、実際にイフリートを見たことのある人間は誰一人いない伝説の存在だし、動機も不明だ。メリラの館を出た二人はデートの約束をして別れ、ファトマは魔術省に出勤する。ファトマのオフィスにはハディアのデスクが運び込まれており、アカデミーの同期生で同僚でもあるハメドから職場ではファトマがいつ新しいパートナーを追い出すか賭けをしていると教えられる。アミール局長にひとりで仕事がしたいとファトマは訴えるが、女性エージェントを増やすためにもパートナーを受け入れるようにと言われる。オフィスに戻ったファトマは、書類仕事が好きだというハディアが用意したレポートと警察から届いた報告書を確認し、二人で情報を共有した。夜、デートを楽しんだファトマとシティが裏路地を歩いていると、二人を尾行している人間がいた。捕まえてみると正体はアハマドで、彼は自分が見つけた手がかりに案内すると申し出る。案内された先は古い工場区画で、今は工場廃墟とスラム街になっている場所だ。夜だというのに昼間のように人々がいて、スラムの中心近くの古い工場に向かって皆が歩いている。其処で金の仮面をつけた人が奇跡を起こすというのである。目的地に三人が到着すると、空き地に人だかりができており、壁の上で男が話をしていた。アビゲイル・ワージントンが語ったとおりの男だった。黄金の仮面に黒いローブを着た長身の男だ。男は社会の不平等と富の不均衡を説き、不満をかこつ貧民たちを扇動していた。民衆は男のことを「アル=ジャーヒズが戻ってきた」と噂している。ファトマが茫然と眺めていると、壁の上の男と視線が重なる。すると、男に付き従っていた黒づくめの男がファトマに襲い掛かってきた。黒い仮面をつけた男は、一人から二人に分身していた。ファトマとシティが応戦している間に、問題の男は炎で壁面にメッセージを残し、仮面の男たちは去って行った。焼け焦げた煉瓦には「われはアル=ジャーヒズ」と書かれていた。それからも神出鬼没の黄金仮面は人々の前に姿を現わして政府が欧州列強と組んでエジプトを再び属国化しようとしていると告発し、カイロは大混乱に陥るが……。歴史改変スチームパンク・ファンタジー。
※2021年初版
※作者フェンザーソン・ジェリ・クラークは、1971年ニューヨーク市クイーンズでトリニダード・トバゴ移民の子として生まれる。赤ん坊の頃に祖父母のいるトリニダード・トバゴに送られ、8歳でアメリカに戻り、12歳の時にテキサスに移るまでスタッテン島とブルックリンで暮らした。南西テキサス州立大学(現テキサス州立大学サンマルコス校)で歴史学の学士号と修士号を、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で同博士号を取得。現在はコネチカット大学で教鞭をとる。ペンネームの由来は、Phendersonは祖父の名前、Clarkは母親の旧姓、Djeliはフランス語でグリオとして知られる西アフリカの語り部のこと。
アーチー:アーチボルドの愛称
アビー:アビゲイルの愛称
パーシー:パーシヴァルの愛称
書名:ラッキーボトル号の冒険
原題:The Lucky Bottle
作者:クリス・ウォーメル(イギリス作家)
挿絵:クリス・ウォーメル
出版:徳間書店
内容:帆船が往来し、海賊がいた19世紀の大西洋。10歳の少年ジャック・ボビンは年齢をごまかして働いていた船ウェセックス号が嵐で難破し、ひとり孤島に流れ着いた。ジャックが砂浜で見つけたのは頭蓋骨、島の高台へ行く途中で遭遇したのは巨大な亀。高台から島を見渡したジャックは家も畑も無く、島の周囲には海が広がっていることに打ちのめされる。それでも泉を見つけ、水を飲もうと其処へ行くと人間の大きな足跡を発見した。ジャックが足跡を辿っていくと、大きな縦長の岩に囲まれた中庭のような場所で大男が本を読んでいる。ジャックが咳払いすると、大男は本を読み終えてから挨拶した。ジャックが名乗ると、大男は20年近く名前を使っていなかったせいで忘れたと言い、今読んでいた本『ロビンソン・クルーソー』にちなんで「ロビンソン」と名乗ることにすると言った。ロビンソンの洞穴で暮らすことになったジャックは、其処に贅沢な家具や道具が置いてあることに驚く。翌朝、二人はジャックが見つけた骸骨をきちんと埋葬するために浜辺に行った。ロビンソンはいったん骨を掘り出すことにして、しゃれこうべの胴体の骨が埋まっている砂をどけた。現われた人骨の側には、海賊がよく使うカトラス(短剣)がある。ロビンソンは改めて墓穴を掘り、骨を拾って移し始めた。その時、ジャックは骸骨の右手が蠟を塗って防水した紙を握っていることに気付く。紙切れをつまみあげて広げてみると、言葉と数字が書いてある。数字は緯度と経度と分かったが、『アセルナミ』という言葉は意味不明だった。さらに骨の間からスペインの古いダブロン金貨が一枚出てきた。骨を埋めたあと、墓石にする平たい石に『ビリー・ボーンズ』という仮名を刻んで埋葬を終えた。このあと二人は嵐で漂着した船の残骸を拾って歩いた。ジャックは洞窟の豪華な家具についてロビンソンに訊ねた。秘密の港と船を期待していたジャックだが、あれは浜に打ちあげられた物だと教えられる。もともとはロビンソンが密航していたニューホライズン号の積み荷で、海賊が船を襲った時に木箱に隠れていたロビンソンごと海に捨てられたのだという。夕食のあと、ジャックは漁師町に住んでいるラロックばあさんから聞いた「ぶちぎれボブ」という海賊の話をする。ぶちぎれボブは、一つ目で一本脚で腕も一本の海賊だ。どうやらロビンソンが遭遇したという海賊も、鉤形(かぎがた)のフックの手に義足と眼帯をつけていて、そっくりだという。おまけにブースビー卿という名のオウムを連れている点も同じだ。ロビンソンがアメリカから孤島に来るまでの話を聞いたあと、今度はジャックが故郷イングランドのコーンウォールでの家族と農場の暮らしについて話をした。家に帰りたいとジャックが泣いた翌朝、ロビンソンはビンに手紙を入れて海に流すように勧める。読み書きの出来ないジャックは嫌がるが、ロビンソンは毎日『ロビンソン・クルーソー』の本を二ページ読み聞かせてから破り、文字を教えて破り取った紙に手紙を書かせ、それを詰めたビンを海に投げた。実はジャックの家出の理由は、自分より先に本が読めるようになった妹の本を豚に食べさせて両親に叱られた事だったのだ。ジャックは毎日朝食のあと、ロビンソンに読み方を習い、教わった文字で手紙を書いた。ついに本を読み終えると、ジャックはもうビンの手紙は止めると宣言した。ジャックが島に流れ着いてから一年が過ぎた頃、ラロックばあさんから聞いた物語をロビンソンに話した。それは『ぶちぎれボブと宝の地図』の物語で、赤毛のロジャーが隠した財宝をぶちぎれボブが見つけられないでいるという粗筋だ。その時ふとロビンソンとジャックの頭には同じ考えが浮かんだ。海賊らしき骸骨を埋め直したときに見つけた金貨と紙切れ。二人は宝さがしををすることに決め、ジャックが島の地図を作った。毎日毎日ジャックとロビンソンは土を掘った。ある日、大きな黒い石のある嫌な雰囲気の場所をジャックが掘っていると、石の下に干からびた手があった。ショックを受けたジャックを落ち着かせると、ロビンソンは大石を持ちあげてどかせた。石があった場所にはミイラが横たわっていた。ミイラの服の下に隠れていた本に気付いたロビンソンが手に取って開くと、酷い悪臭がした。とりあえずミイラのために石積みの墓を二人は作った。この出来事があって以降、二人の宝さがしの熱は冷めてしまった。宝さがしをやるのは一日おきになり、やがて一週間に一回、そのうちたまにやるようになった。ロビンソンは凄い臭いの黒い本を調べ、驚いた。これは魔女シコラクスが書いた魔法の薬と呪文の本だったのだ。一方、ジャックは紙切れに書かれた海賊の言葉の謎で頭がいっぱいだが……。果たしてジャックは故郷に帰れるのか?奇想天外な海洋冒険ファンタジー。
※2022年初版
※『訳者あとがき』によると、紙切れの文字については、作者の許可を得て日本語の謎ときに変更したとのこと。
「ミスター・ボーンズはどう?骨(ボーンズ)しかのこっていなかったから」
クラブコーヴは、その名のとおり「カニ(クラブ)」がたくさんいる「入り江(コーヴ)」
書名:魔笛の調べ2 消えたグリフィン
原題:A Vanishing of Griffins
作者:S・A・パトリック(イギリス作家)
出版:評論社
内容:ドラゴンやグリフィンが棲み、笛ふきたちが音楽を魔法のように使う世界。パッチ・ブライトウォーターは笛ふきの元訓練生で、魔法でネズミにされた女の子レン・コブルを助けるためにドラコグリフのバルヴァー・ノップファーケアキルと行動を共にしている。三人はティヴィスキャンで邪悪なハーメルンの笛ふきと戦ったあと、マーホイール修道院に戻った。毒に倒れた守護隊の英雄ランデル・ストーンは、ジェムスパー山の魔女アリーア・コーリガンが解毒して修道士トビアス・パラフォックスとともに看病していた。パッチはティヴィスキャンで起きた事件をアリーアとトビアスに話した。ハーメルンの笛ふきが、竜石または黒ダイヤと呼ばれる魔力をひめた物質を使った巨大なパイプオルガンで笛ふきたちを操ろうとした。バルヴァーがオルガンに体当たりして破壊し、企みは阻止されたが、がれきの中にハーメルンの笛ふきの死体は無かったこと。そして、以前アリーアから聞かされた裏切りの予言のことも話した。そのせいで、パッチは見習い守護隊士であるアーナー・ウィットロックを裏切り者だと思い、バルヴァーの背中から湖に突き落としたのだ。しかし、事件の後になって、あやしいのはドレヴィスをのぞく評議会の議員たちだと分かった。とにかくアーナーの消息をつきとめなければならない。アーナーは湖岸に泳ぎついたところで雇い兵に捕まり、東の海賊に売られていた。その噂は守護隊にも届いていたが、ハーメルンの笛ふきを追う任務にあたっているため人員をさいて調査する余裕がないという。怒るパッチをトビアスがなだめ、オルガンにつっこんで翼を傷めたバルヴァーの治療をしつつ、ランデル・ストーンの意識が戻るのを待つことになった。だが、ランデルが目を覚まさないので、東の海の島々にツテのあるバルヴァーが救出計画を提案する。ランデルを看るためにトビアスは残り、パッチ、レン、バルヴァーに付き添ってアリーアも出かけることにする。アーナーが囚われているペンガーシック島は古い要塞で、王と呼ばれる海賊の首領アルピー・ノスが砦の中央に居をかまえていた。バルヴァーの翼はまだ治っていなかったので、パッチたちは船でペンガーシックにやってきた。王の世話になっているという知人をバルヴァーが訪ねている間に、パッチたちは食事をしていた。だが、アリーアがうっかり失言したために守護隊の密偵と思われて捕まってしまう。三人はアルピー・ノス王のもとに連行された。玉座の隣の檻の中にはアーナーがいた。友人を助けに来たという訴えに王は耳を貸さず、床に仕掛けた落とし穴に三人を落とす。洞窟に落ちたパッチたちを、岩壁の桟敷席からアルピー王と手下、それにアーナーが見ていた。洞窟の暗闇から鋭いとげに覆われた獣が現われ、パッチとアリーアが殺されるかと思われた時、地面の穴からバルヴァーが出てきた。さらに獣の飼い主であるラークウェザーばあさんが現われて獣を止めた。バルヴァーが会いに行くと言っていた知人はラークウェザーばあさんの事だったのだ。そこへアルピー王が怒ってやって来て、ラークウェザーばあさんを詰って持っていた杖で肩を突いた。すると、主人がいじめられたことに腹を立てた獣がアルピー王を噛み殺してしまった。王の取り巻きたちがアルピーの死体を持ち上げて退散すると、バルヴァーは王の相談役だったスクリープと交渉してアーナーを解放させ、ラークウェザーばあさんたちもお咎めなしですんだ。アーナーを助け出した一行は、漁業の盛んなソルキル島へ移った。衰弱したアーナーではマーホイール修道院までの旅に耐えられないため、一週間ほど療養させることにしたのだ。一行はコテージを借り、アリーアに買い物を頼まれたパッチ、バルヴァー、レンは埠頭でグリフィンに出会う。船の案内役である水先が仕事のグリフィンに挨拶したバルヴァーは、同じ水先だったという父親のことを話した。シャニー・プレッジャーと名乗ったグリフィンは、バルヴァーの父親と一緒に働いたことがあるという。気を利かしてパッチとレンは先にコテージへ帰った。アーナーの様子を見に行ったパッチは、目を覚ましたアーナーに首を絞められる。すぐに正気にかえったアーナーが手を放したが、パッチは自分が彼を傷つけたことを改めて感じ、彼の為に距離を置くべきだと考える。日が沈んだ頃に帰ってきたバルヴァーは、誘拐されたグリフィンのアルケランについてシャニーに頼んだと話した。アルケランの友人は魔法使いアンデラスである。そして、レンをネズミの姿に変えた魔法使いでもある。アンデラスはさらわれたグリフィンを連れ戻せば魔法を解くと約束しているのだ。ある朝、ランデルが目を覚まして修道院を出たという手紙がアリーアに届いた。一行は移動先に合流すべく船に乗った。アリーアに導かれて到着したのは魔法技師ウラル・カシミールの生家だった。かつてハーメルンの笛ふきを捕らえて英雄となった『八人』の一人であるウラルは、この家の書斎で殺されたのだ。ランデルは殺害犯の調査を再開させるために犯行現場に戻って来ていたのだ。トビアスとランデルと合流した一行は今までに起きた事件と情報を共有した。いま評議会はハーメルンの笛ふきの大追跡に躍起になっていて、通常の任務が放棄されており、そのせいでオースティングの大森林で幽霊兵団が商人を襲っているという噂も放置されているという。ランデルは殺人事件の調査協力を一同に要請した。犯人はウラルが手に入れた奇書が目的だったと思われるため、ランデルの案内で皆は本の隠し場所に向かった。屋敷の裏手にある「追憶の庭」と呼ばれる墓地に建つ霊廟に皆で入り、ランデルが仕掛けを動かしたことで開いた「カシミールの地下室」へ降りた。大きな洞窟には壁にそって棚が置かれ、何千冊もの本や様々な工作物が並んでいる。ランデルの指示のもと皆で手分けして本を調べることになった。調査が始まって三日目、屋敷に三匹のグリフィンが飛んできた。メルタ・ストライフと名乗る長老格のグリフィンが、トビアス修道士の力を貸りにきたと話す。漁船の水先をしていたグリフィンのクランバー・ホーンが、魔法にかけられたグリフィンとその背中で死んでいた人間の女を網で引き上げたと説明した。すぐにアルケランのことだと察したバルヴァーたちは、瀕死のグリフィンを救うためにアンデラスを迎えに行くが……。
※2021年初版
※作者は北アイルランド、ベルファスト出身。オックスフォード大学で数学を専攻。作家になる前は、ゲームプログラマーとして13年間働く。イギリスのコーンウォール在住。
※本書は、1284年に起きた「ハーメルンの笛ふき男」の事件を下じきにした物語。
※ドラコグリフ:ドラゴンとグリフィンのハーフ
書名:暗黒 18世紀、イエズス会とチェコ・バロックの世界 下巻
原題:Temno -- Historický obraz 『暗黒――歴史的情景』
作者:アロイス・イラーセク(チェコ作家)
出版:成文社
内容:ヤン・ネポムツキーの列聖を前にイエズス会(カトリック)による隠れフス派への宗教弾圧が最高潮に達したチェコ。1725年、プラハの馬市場にあるビール醸造所兼ビアホールのウ・ブジェジヌーの主人ヤン・ヴァーツラフ・ブジェジナは三年前に妻を亡くした男やもめで四人の息子がおり、長男と次男は聖職者になり、三男は仕事に就いていて、末の息子のイジークは聖クリメントのイエズス会神学寮のレトリック(修辞学)学級に通っていた。子供たちは成人したのでブジェジナは五十歳を超えていたが再婚することに決めた。ブジェジナよりニ十歳も若い花嫁アントニエ・モニカは、ビール醸造業者の組合長でビアホールの所有者でもあるカレル・ヴィシーン・ズ・クラレンブルクの娘だ。5月の終わり、盛大な結婚式が行われた。婚礼の宴席で仮装舞踏が始まると、17歳のイジークは屋敷を抜け出し、母方の祖母レルホヴァー夫人の家に向かった。レルホヴァー夫人は聖ハシュタル教会の近くのビール醸造所ウ・プラジャークーの女主人である。ウ・プラジャークーにはレルホヴァー夫人の従兄弟にあたるイエズス会士ダニエル・スク神父も出入りしていて、イジークのことを気に入り可愛がっていた。宴席を抜け出して訪問したイジークを、レルホヴァー夫人は諭して帰らせた。家に戻ったイジークは舞踏会場に顔を出して知人と話した後、自室にこもって本を読んでいた。すると、継母になった花嫁が部屋に誘いに来た。継母の暖かい心遣いが伝わってきたので、イジークは彼女と一緒に部屋を出た。1725年9月、イジークは引っ越ししたフランチシェク・フバーチウスを訪問した。フバーチウスはかつての彼の家庭教師で、優秀な音楽家で法学部学生であった。イジークはシュトゥパルツカー通りから神の目屋に入り、フバーチウスが住む最上階にあがったが、二つの扉のどちらが彼の部屋か知らなかった。すると五十歳位の小柄な男が部屋を教えてくれた。彼はフバーチウスの隣人で法務局の読み上げ官ヨハネス・スヴォボダといい、フバーチウスのヴァイオリン演奏をよく聴きに来るのだという。イジークがフバーチウスと一緒に演奏すると、読み上げ官ズヴォボダは「美しい二重奏だ」とほめた。イジークは帰宅すると、継母と一緒に演奏した。若いブジェジノヴァー夫人はイジークと同様に音楽が好きで、二人は音楽によって親しくなった。継母がリュートを奏でて歌う時、イジークはヴァイオリンで伴奏した。ムラドタ男爵に呼ばれていたブジェジナが帰宅すると、男爵から買った隷属民の兄妹について話した。兄妹の父親は異端の信仰のために国外に逃亡し、兄妹の救済を心配した男爵の叔母がプラハに送ってきたのだという。扱いに困った男爵から話を持ちかけられたブジェジナは兄妹を買い取った。狩りのホルンを上手に吹くという17歳の男の子トマーシュは葡萄畑に送り、16歳の娘ヘレンカは妻に仕えさせようとブジェジナは考えていたが、ブジェジノヴァー夫人は必要ないと断った。翌日の午後、イジークが祖母を訪ねると、すらりとした容姿が目立つ田舎娘が控えの間に立っていた。イジークはこれが異端の娘だろうと考えた。娘はすぐに祖母に呼ばれて別室に行った。レルホヴァー夫人のところで働くことになったヘレンカは、ウ・プラジャークーに訪問するダニエル神父からカトリック信仰を説かれる。ヘレンカはカトリックの祈祷書とロザリオ(数珠)を渡され、日曜日になるとレルホヴァー夫人に指示された職人の妻に付き添われて教会のミサに出席しなければならなかった。あるときウ・プラジャークーにユダヤ人が訪ねてきた。ユダヤ人はスカルカの行商人で、ヘレンカに叔父からの言付けを伝えにきたのだった。スカルカから逃亡した父親が捕まらずに国境を越えたと聞いてヘレンカは安心する。ヘレンカが故郷を出る時に祖母や叔父に挨拶できなかったと聞いたイジークは同情する。イジークは神の目屋に出入りしているうちに読み上げ官ズヴォボダと親しくなり、彼の所蔵している本を借りたり、収集している古書の修理の様子を見せてもらう。ときどき読み上げ官の言動に不審を覚えつつもイジークは彼との交流を続け、世間話で自分の家に仕える異端の兄妹の話をしたりもした。イジークの家が所有する葡萄畑で働くトマーシュは、あるとき街から来たらしい男に声をかけられてフス派の本を見せられ、「欲しいですか」と訊ねられた。思わずトマーシュが本をもぎ取ると、見知らぬ男は姿を消した。仕事の合間にヘレンカを訪ねたトマーシュは、ひそかに二人でフス派の本を読み、これをくれた謎の男について語る。ヘレンカは祖母を訪ねてくるイジークと顔を合わせることはあっても、ほとんど話したことはなかったし二人きりになることもなかった。あるとき、付き添いとはぐれて街で迷子になったヘレンカは、偶然イジークと出会い道を案内してもらう。イジークはヘレンカを意識しており、彼女の姿を見たさにウ・プラジャークーに通っていた。そんなときイジークは病に倒れ、彼の継母も流産してしまい、衰弱した二人を療養させるために葡萄畑にある夏の別荘へ転居する。別荘でブジェジノヴァー夫人を世話する女性が必要になり、ヘレンカが差し遣わされる。毎日ヘレンカの身近で過ごせることになったイジークは喜び、機会があれば二人きりで話すようになる。またトマーシュも葡萄畑での仕事が終わったあとにヘレンカに会いにくるようになった。葡萄畑の働き手のなかには隠れフス派が幾人もいて、トマーシュは彼らの集会に参加するようになっていた。そして、信仰の兄弟姉妹を援助するため各地を訪ねて回っているヴォストリーが、ジタヴァに亡命した父親のもとへ兄妹を連れに行くために迎えにくる。トマーシュから知らせを聞いたヘレンカは、イジークを想って苦しむ。ある夜、醸造小屋での礼拝にイエズス会士と役人たちが踏み込み、お尋ね者になっているヴォストリーは逃げ出す。ヘレンカは兄に言いつけられた場所で毎晩待っており、そこへトマーシュと追っ手から逃げているヴォストリーが迎えにくる。だが、ヘレンカは一緒に行くことを拒み……。
※1915年初版
※作者は、1851年にチェコ東北部のフロノフに生まれ、プラハ・カレル大学で歴史を学ぶ。卒業後リトミシュルとプラハのギムナジウムで教師を務めながら歴史小説を執筆してこの分野の第一人者となった。後年病が悪化して筆を断ち、1930年にプラハで没したが、チェコスロヴァキア建国とその後の発展に立ち会った。
※ヤン・ネポムツキー:ヤン・ズ・ネポムク(1340年頃~1393年3月20日)、ヴァーツラフ四世の時代に、プラハ大司教代理としてヴァーツラフと大司教の争いに加わり、そのためヴァーツラフの怒りにふれて拷問にかけられ、カレル橋からヴルタヴァ(モルダウ)川に投げこまれて殺された僧であった。時のローマ法王によって彼は1721年に福者となっていたが1729年に聖人に認定され、プラハでそれを祝う列聖式が盛大に行われた。これはチェコにおける反宗教改革の頂点をなすものであった。
※スカルカ:プラハの東方約130キロメートル。フラデツ地方。ズラティー・ポトクの小川に突き出した丘の岩(skalka)のうえにある砦を、16世紀末にルネサンス様式の館に変え、この建物が本書前半の舞台になっている。
※隷属民:チェコ(ボヘミア)の農村は1848年の革命期まで領主の司法的・行政的支配に服した。この隷農制下の農村住民は、領主権力に服するものとしての隷農身分にあった(『近代ボヘミア農村と市民社会』)。土地を持たない隷農は賦役を課せられ、さらに結婚、移動、職業選択などに様々な制約を受け、その土地に付属する領主の財産の一部で、売買の対象にもなった。本書のマホヴェツとその一家も森番ではあったが隷属民のため、マホヴェツが逃亡したことは義務違反であり、彼の子供たちも隷属解除契約によって、ムラドタ男爵からブジェジナに売り渡された。
※『訳者まえがき』によると、チェコが独立を失った1648年以降、チェコ人が民族意識に目覚め民族復興運動が始まる1780年代までの時期は、ハプスブルク家の専制とイエズス会による再カトリック化の中で、チェコ語とチェコ民族文化が衰退していった期間であった。このような社会状況の中で無学な大衆に直接働きかけ改宗を迫るため、「明快で分かりやすく、写実的で、情動的」な(R・ウィトカウアー)芸術が生まれ、ヨーロッパでも特異なチェコ・バロックの文化が発達した。という物語の背景がある。
※本書は歴史小説だが筋はフィクション(虚構)である。史実としては、隠れフス派に対する宗教弾圧の中で、1728年にコピドルノで森番のトマーシュ・スヴォボダが偽りの宣誓をした罪で処刑された事件と、1735年にマホヴェツ某という一家が逃亡の理由を書いた手紙を残して国外に逃亡した事が上げられる。この二つの事件に幾つかの変更を加えた上で結びつけ、本作が書かれた。また本書には数多くの歴史的エピソードが挿入されているが、確認が取れるものはほぼ正確に描写されている。
ヤン:ヨハネスのチェコ語読み
トニチカ:アントニエの愛称
書名:暗黒 18世紀、イエズス会とチェコ・バロックの世界 上巻
原題:Temno -- Historický obraz 『暗黒――歴史的情景』
作者:アロイス・イラーセク(チェコ作家)
出版:成文社
内容:ヤン・ネポムツキーの列聖を前にイエズス会(カトリック)による隠れフス派への宗教弾圧が最高潮に達したチェコ。1723年6月、戴冠式のためにカレル六世がプラハに入城した。スカルカの領主アントニーン・ヨゼフ・ムラドタ・ゼ・ソロピスクは、借財であつらえた華麗な衣装と豪華な装飾馬具でこの場に臨み、プラハ城に王を先導する騎乗の五百人のチェコ貴族の一員であった。8月末日、スカルカの領地から支配人であるカレル・ヘンリッヒ・ルホツキー・ゼ・プテニーが領地の産物を届けにプラハへやってきた。齢七十を数えるルホツキーは独り身の没落貴族で、スカルカ付近にあった自身の屋敷は賭博の借金を返すために売り払い、今は親戚であるムラドタ家の領地で暮らしていた。ルホツキーは戴冠式の後、スカルカに戻る準備をした。スカルカの領主の叔母でルホツキーの姪でもあるポレクシナ・リドミラ・ムラドトヴナに頼まれた買物や、領主の高価な馬具と鞍を収めた箱を荷馬車に積み、ルホツキーと同じ頃に帰着できるように前もって送り出した。戴冠式の四日後の9月9日、ルホツキーは馬に乗って家路についた。帰路の途中、フラデツ・クラーロヴェーの近くでイエズス会の神父二人と出会った。貴族出身のマテジョフスキーと釘を打ち付けた靴で有名なフィルムスは、スカルカに異端は居ないかと訊ねてきた。皆カトリックを信仰していますと答えて別れたルホツキーは、馬を進めて先行している下男のあとを追った。黄昏時にルホツキーが館へ帰り着いた時には荷馬車も既に到着しており、彼は皆の出迎えと挨拶を受ける。ルホツキーは翌朝の狩猟を森番ヴァーツラフ・マホヴェツに命じて土産のタバコをやろうという一方で、管理人マチェイ・チェルマークの挨拶にはぞんざいな対応をして館に入った。玄関の間では初老の姪ポレクシナと挨拶を交わしたルホツキーは、運ばれた荷物を開くために部屋に入った。姪を喜ばせたいと様々な土産を持ち帰っていたルホツキーは、福者ヤン・ネポムツキーの小さな像の包みを開け、「これは聖別されているよ」と言った。ポレクシナは喜んで像に口づけした。それからルホツキーは、老嬢に仕える森番の娘ヘレンカにも土産を渡した。リボンと聖別された絵を渡されたヘレンカは、老嬢に促されたので聖ヤンの絵に口づけするふりをした。支配人の態度に腹を立てている管理人チェルマークは熱狂的なカトリックで、自分たちの行う礼拝への参加を断った森番に疑いの目を向けていた。1725年の春、老嬢のために花を探していたヘレンカは、庭の奥のユダヤ人墓地に接した塀のところで行商人ヴォストリーに声をかけられる。右まぶたに疣(いぼ)のある男が同じ信仰の兄弟であると知ったヘレンカは、ひそかに父親に取り次ぐ。夜になるとマホヴェツはユダヤ人墓地でヴォストリーと会い、互いの近況や宗教活動について話し合い、情報を交換する。6月、ヘレンカは母方の祖母の見舞いに行く許可を老嬢から得て、兄トマーシュとともに伯父の家があるメジジーチーへ向かう。実は見舞いというのは口実で、兄妹は同胞同盟の集会に参加することになっていた。夜、森の中で秘かに行われた礼拝で初めて両形色による聖体拝受を受けたヘレンカは感動する。7月、ドブルシュカに宣教団がやって来て、町の広場で説教をした。イエズス会士コニアーシュ神父の説教を聞いたマホヴェツは、自分の信仰を偽っていることを罪だと感じて苦悩する。管理人チェルマークが宣教団に密告したため、スカルカの館に宣教師二人が捜査にやって来る。宣教師が来ると聞いたマホヴェツは亡命を決意し、森に通じる裏門から出て行った。ルホツキーとポレクシナに面会した宣教師たちは、許可を得て森番小屋を家宅捜索した。フィルムス神父とコニアーシュ神父が家探しした結果、床下の隠し場所からフス派の本を発見した。また机の引き出しから森番の残した手紙を見つけた。逃亡した森番に追っ手が手配されたが捕まらず、残された子供たちはイエズス会士たちに尋問される。何も知らなかったと判断された兄妹は、宣教師たちが去ると管理人から別の仕事につくようにと言い渡された。宣教団のドブルシュカ滞在最後の日、没収された異端の本が教会の裏の墓場で焼却された。9月、ポレクシナは異端の子供たちをマホヴェツが連れ去りに来るのではないかと心配し、また子供たちを正しい信仰に連れ戻すことを考える。そこで老嬢の一存で、トマーシュとヘレンカの兄妹は領地の産物を運ぶ荷馬車と一緒にプラハのムラドタ男爵の所へ送られた。隷属民の兄妹がプラハの屋敷に到着すると、ムラドタ男爵は扱いに困り、自分が借金している裕福な市民ブジェジナに売却してしまう。兄妹を買い取ったヨハネス・ブジェジナは葡萄畑と醸造所と酒場を経営しており、トマーシュは葡萄畑で働くことになったが、ヘレンカのほうは仕事がなかった。そのためブジェジナの前妻の母親レルホヴァー夫人の家で女中として働くことになるが……。
※1915年初版
※作者は、1851年にチェコ東北部のフロノフに生まれ、プラハ・カレル大学で歴史を学ぶ。卒業後リトミシュルとプラハのギムナジウムで教師を務めながら歴史小説を執筆してこの分野の第一人者となった。後年病が悪化して筆を断ち、1930年にプラハで没したが、チェコスロヴァキア建国とその後の発展に立ち会った。
※ヤン・ネポムツキー:ヤン・ズ・ネポムク(1340年頃~1393年3月20日)、ヴァーツラフ四世の時代に、プラハ大司教代理としてヴァーツラフと大司教の争いに加わり、そのためヴァーツラフの怒りにふれて拷問にかけられ、カレル橋からヴルタヴァ(モルダウ)川に投げこまれて殺された僧であった。時のローマ法王によって彼は1721年に福者となっていたが1729年に聖人に認定され、プラハでそれを祝う列聖式が盛大に行われた。これはチェコにおける反宗教改革の頂点をなすものであった。
※スカルカ:プラハの東方約130キロメートル。フラデツ地方。ズラティー・ポトクの小川に突き出した丘の岩(skalka)のうえにある砦を、16世紀末にルネサンス様式の館に変え、この建物が本書前半の舞台になっている。
※フラデツ・クラーロヴェー:プラハの東100キロメートルにあるチェコ東部の中心都市。
※両形色:カトリックではミサに際して、キリストの体の象徴として聖体(イーストで発酵させてないパン)を司祭から受けるが、聖書の伝える最後の晩餐では、これがパンと葡萄酒になっている。初期のローマ教会ではパンと葡萄酒で聖体拝受をしていたが、後代では俗人にはパンだけで行うようになった。これに対してフスが存命中の1414年の末ごろから、チェコの神学者ヤコウベク・ゼ・ストシーブラは、パンと葡萄酒の二つの形色で俗人にも聖体拝受をさせ始めた。これが両形色説である。この教義はフスとは直接関係しないが、葡萄酒を入れる聖杯が両形色派のシンボルとなった。
※同胞同盟:イフラヴァの協約(1436年)で両形色派は異端ではなく、カトリックの一員と見なされた後、両形色派が形骸化し堕落していく中で、それを批判しそこから発展したのが同胞同盟であった。
※ドブルシュカ:フラデツ地方オルリツェ山地のふもとの町。フラデツ・クラーロヴェーの東北東25キロメートル。
※隷属民:チェコ(ボヘミア)の農村は1848年の革命期まで領主の司法的・行政的支配に服した。この隷農制下の農村住民は、領主権力に服するものとしての隷農身分にあった(『近代ボヘミア農村と市民社会』)。土地を持たない隷農は賦役を課せられ、さらに結婚、移動、職業選択などに様々な制約を受け、その土地に付属する領主の財産の一部で、売買の対象にもなった。本書のマホヴェツとその一家も森番ではあったが隷属民のため、マホヴェツが逃亡したことは義務違反であり、彼の子供たちも隷属解除契約によって、ムラドタ男爵からブジェジナに売り渡された。
※『訳者まえがき』によると、チェコが独立を失った1648年以降、チェコ人が民族意識に目覚め民族復興運動が始まる1780年代までの時期は、ハプスブルク家の専制とイエズス会による再カトリック化の中で、チェコ語とチェコ民族文化が衰退していった期間であった。このような社会状況の中で無学な大衆に直接働きかけ改宗を迫るため、「明快で分かりやすく、写実的で、情動的」な(R・ウィトカウアー)芸術が生まれ、ヨーロッパでも特異なチェコ・バロックの文化が発達した。という物語の背景がある。
※本書は歴史小説だが筋はフィクション(虚構)である。史実としては、隠れフス派に対する宗教弾圧の中で、1728年にコピドルノで森番のトマーシュ・スヴォボダが偽りの宣誓をした罪で処刑された事件と、1735年にマホヴェツ某という一家が逃亡の理由を書いた手紙を残して国外に逃亡した事が上げられる。この二つの事件に幾つかの変更を加えた上で結びつけ、本作が書かれた。また本書には数多くの歴史的エピソードが挿入されているが、確認が取れるものはほぼ正確に描写されている。
はしばみの鞭:しなやかで丈夫なその枝を束ねて枝鞭にした
食卓に、獣脂ろうそくを灯して
メジジーチー:川の間を意味するこの名前は、各地にある
「主人がフォン(貴族:ドイツ語のvonは貴族の出身地を示す)ならば良いのだけれど。花嫁は貴族の出身(チェコ語のズはvonと同じ)だ」
書名:プラハの墓地
原題:Il cimitero di Praga
作者:ウンベルト・エーコ(イタリア作家)
出版:東京創元社
内容:1897年3月24日、パリのモベール広場から路地裏に入って袋小路の怪しげな骨董店の二階で日記を書き始める老人がいた。老人の名はシモーネ・シモニーニ。昨日、自分の記憶が欠落していることに気付いたシモニーニは、自宅の寝室で僧服とかつらを見つける。自分自身がいつも付けひげで変装していたことに気付いたシモニーニは、欠落した記憶のせいもあって自宅の家探しを始める。その結果、隠し通路でつながったメートル・アルベール通りに面した部屋にダッラ・ピッコラ神父という人物が住んでおり、シモニーニの寝室にあった僧服は彼のものだと判明した。ダッラ・ピッコラ神父の書き付けを読んだシモニーニは、神父は誰なのか、変装した自分なのか、あるいは自分が二重人格なのかと考える。シモニーニはふと十年以上前に会ったフロイド医師との会話を思い出した。「昔の出来事を誰かに話している最中に、忘れていた些細なことを思い出す」文書偽造を生業としているシモニーニは、他人に身の上を語ることは出来ない。そこで、シモニーニは日記を書くことにする。その日記を覗いたというダッラ・ピッコラ神父が割り込んで書き込みをしたり、シモニーニ宛の手紙を残したりする。どうやらシモニーニが眠っている時に現われる神父は、シモニーニが書かなかった出来事を記すことで回想録を進める手助けとなる。シモーネ・シモニーニは、トリノ出身の父とフランス人の母のあいだにトリノで生まれた。シモニーニは幼くして母を亡くし、カルボナーリ(炭焼き)党だったという父は家を空けてばかりいたので、退役将校の祖父に育てられた。シモーネ・シモニーニはユダヤ人嫌いの祖父が語る昔話を繰り返し聞かされていた。祖父はシモニーニを公立学校に入れなかったので、彼は同年代の子供たちと遊ぶことなくイエズス会の神父と部屋にこもって勉強していた。シモーネ・シモニーニの先生たちは美食好きで、大人になった彼も美食家になった。1848年、18歳のシモーネ・シモニーニは弁護士にしたいという祖父の意向で家を出て大学に通うようになる。同じ年にミラノで反オーストリア暴動が発生してオーストリア人は追い出され、解放されたミラノをピエモンテに併合するためにピエモンテ軍が戦いはじめた。両シチリア王国で革命騒動が勃発し、翌年初めにローマ共和国が宣言された。シモーネ・シモニーニの父はローマ共和国の防衛戦に参加し、フランス軍の銃弾により致命傷を負ったという知らせが届く。1855年、法学の課程を終えた25歳のシモーネ・シモニーニは、食事中に息を引き取った祖父を看取った。祖父の葬儀がすむと、シモニーニは家族の公証人を務めているレバウデンゴという男に会った。公証人の説明では、祖父は下手な投資を重ねていたために財産は何ひとつ残っていないということだった。公証人は「あなたがよければ私の事務所で働き口を用意しましょう」と言ったが、シモニーニは祖父の財産の大半は公証人の懐に入ったのではないかと疑う。だが証拠はない。そこで、公証人のもとで仕事をすれば、横取りされた財産を取り返せるだろうと考えてレバウデンゴのもとで仕事を始めた。レバウデンゴの主な商売は諸契約を証明することではなく、むしろ現実には存在しなかった契約を証明することだった。つまり大金と引き換えに、他人の筆跡を真似て偽の証書を作成し、証人を駆り集めていたのだ。シモニーニは事務所の秘密を教えられて文書偽造に関わるようになり、すぐに見事な能力を発揮した。働きながらシモニーニは気付いたが、レバウデンゴは完全に合法とは言えない活動が当局に知られた場合の用心として、公安当局のためにも働いていた。政府の秘密情報部のお偉方のひとりであるカヴァリエール・ビアンコはシモニーニの手腕に満足し、あるとき個人的な相談があると言って店に呼び出した。「君がカルボナーリ党に属する友人と付き合っていることは知っている。若者が無謀な行動に出るのは、望ましくない。そこで、しばらく牢屋に居れておいて、必要とされた時に、彼らを解放してやる。君は彼らに指導者からの指令を届けて、どこか一か所に集合させるだけでいい。警察がその場に到着して一網打尽にし、すべて片付く」この提案に対してシモニーニが要求した報酬は「あなた方が公文書偽造の重犯で公証人レバウデンゴに有罪宣告を下し、寿命が尽きるまで収監する。私は彼と交わした契約書を持ち出します。私が彼の事務所を買い取って所有者となったと記されている」。こうして取引は成立し、事は計画した筋書き通りに進んで終わった。1860年、トスカーナ大公国、モデナ公国、パルマ公国で君主が追放され、エミリアとロマーニャの教皇領が、教皇の管轄から離脱した。4月、パレルモで一斉蜂起が起き、ガリバルディが援軍に駆けつけた。6月初旬、カヴァリエール・ビアンコに呼び出されたシモニーニは、作家アレクサンドル・デュマに同行してシチリアへ派遣されることになる。シモニーニの身分は代議士ボッジョの編集する新聞の特派員で、ガリバルディ派の青年士官ニエーヴォ大尉に接触しろと命じられる。パレルモに到着したシモニーニは地元民から情報収集をする際に、家庭教師だったベルガマスキ神父の残した僧服で神父に変装して行動する。紹介状を持参したシモニーニは、新聞記者としてニエーヴォ大尉に近づいた。9月、シモニーニは報告書を届けるためにトリノに戻る。報告書を読んだカヴァリエール・ビアンコは不満をあらわにし、主計官であるニエーヴォ大尉が持つ帳簿を処分しろとシモニーニに命じる。9月末にシチリアに戻ったシモニーニは、ニエーヴォの帳簿を手に入れようとしたが出来なかった。翌年3月、ニエーヴォは蒸気船エルコレ号でパレルモからナポリへ出発することになった。そこで、ふたたび僧服を着て聖職者を装ったシモニーニは、戦争で虐殺された村の生き残りブロンテやブルボン軍の元兵士で火薬庫の守衛をしているニヌッツォ親方を騙し、ニエーヴォの乗船したエルコレ号を爆破させて沈没させた。そしてニヌッツォ親方を刺して口封じすると、シモニーニはトリノへ戻った。だが、カヴァリエール・ビアンコはニエーヴォまで消したのはやりすぎだと言い、シモニーニにトリノから姿を消してパリへ行くようにと指図する。パリに到着したシモニーニに、帝国の秘密情報部のクレマン・ファーブル・ド・ラグランジュが接触し……。陰謀渦巻く、混沌とした19世紀ヨーロッパを舞台に、偽造の腕を買われたシモーネ・シモニーニは各国の秘密情報部との接点を持つようになり、個人的な書類から政治的な文書を偽造するようになっていく。そして行き着いたのは史上最悪の偽書と言われる『シオン賢者の議定書』だった。捏造であることが判明した後も、ナチのホロコーストの根拠とされ、アラブ世界ではいまだに読まれ続けているというこの文書の陰には……。本書の登場人物中、シモーネ・シモニーニ以外はほぼ全員、実在の人物である。ピカレスク歴史小説。
※2010年初版
カピタン・シモニーニ、このフランスで、ガリバルディのミッレ(千人隊)でのあいまいな軍歴を提出して、カピターノ(隊長)だった祖父を偲んだこのカピタンの称号を手に入れた。
カヴァリエール・ビアンコ
※カヴァリエールは騎士を意味する称号の一種。
書名:魔笛の調べ1 ドラゴンの来襲
原題:A Darkness of Dragons
作者:S.A.パトリック(イギリス作家)
出版:評論社
内容:笛ふきが音楽の力を魔法のように使い、世界の秩序を守る別世界。冬は雪に閉ざされる山深い村パターフォールに、氷の魔物が現われた。逃げ遅れた子供を守ろうとした村長グレタにショベルでひっぱたかれた魔物は雪の中に倒れた。見れば、叩かれたところの雪と氷がはがれ落ち、下から人間らしき姿が現われる。村人たちが雪と氷の塊をはがすと、十枚以上重ね着して着ぶくれしたうえに帽子と手袋とマフラー、さらに顔は目と鼻と口をのぞいて布で覆っていることが分かった。暖炉の前で服をはがすと、13歳くらいの黒髪の少年が現われた。コートのポケットには木製の笛が入っており、少年が笛ふきだと判明したことで村人みんなは歓声をあげた。目を覚ました少年は記憶を失っていたが、グレタにコートの刺繡を見せられて自分の名前を思い出す。笛ふきの少年パッチ・ブライトウォーターは、「あんたが村に来た理由を知っている」とグレタに言われて不安になった。何か大切な事を忘れていると思いつつパッチは話を聞いた。パターフォール村はネズミの被害に遭っている。ネズミは賢くて毒餌にも罠にもかからない。このままでは冬の食料を食いつくされた上に人間が襲われるかもしれないという。10年前にハーメルンの町でネズミ退治に雇われた笛ふきが子供をさらうという事件が起きたこともあり、怖がる村人がいて仕事の依頼が遅れたという。パッチが穀物倉庫の中を調べると、巨大なネズミの大群が眠っていた。パッチは害獣退治によく使われる『夢』という曲を吹いてみたが、此処のネズミには効果が無かった。パッチは仕方なく禁じられた曲を吹くことにした。ハーメルンの笛ふきが事件を起こして以来、違法になった曲『舞踏』を。『舞踏』の演奏を始めると、ネズミたちは踊り出し、パッチの導くまま川へ向かった。だが、ネズミの群れの半分が川に入ったところで、村人たちも踊り出していることにパッチは気付く。このままでは村人たちまで溺れてしまう。ネズミと人間を区別するためのフレーズを演奏に足したが効果がなく、パッチはやむをえず笛をへし折った。音楽が止むとネズミは逃げ帰り、村人たちは騒ぎ出してパッチを非難した。思わず逃げ出したパッチを村人たちが追いかける。雪に足をとられて転んだパッチがあわやと言うところで、守護隊の笛ふき二人が現われる。若い男の笛ふきの顔を見たパッチは全てを思い出し、気絶した。次に意識を取り戻したパッチは、鎖付きの足枷をはめられて閉じ込められていた。そこへ若いほうの笛ふきであるアーナー・ウィットロックがやって来た。15歳のアーナーは、パッチと一緒に修行した仲間だった。アーナーはハーメルンの笛ふきを捕らえた『八人』のひとりであるランデル・ストーンの弟子になっているという。見習い守護隊士となったアーナーは、師匠と一緒にある事件を捜査している。あちこちで『舞踏』を演奏する正体不明の笛ふきを捕縛するために探しているのだ。噂の笛ふきの正体は、パッチだ。笛ふきをめざす者の学び舎(や)であるティヴィスキャン城を出奔したあと、食うに困ったパッチは楽隊を渡り歩いて『舞踏』を演奏していたのだ。アーナーが行ってしまったあと、一人になったパッチのもとへ尻尾に赤い輪のあるネズミがやって来た。ネズミは小石で壁に字を書いた。『たすけて。わたしはきぞくのむすめ。まほうつかいにネズミにされました』涙をこぼすネズミを守ることにしたパッチは、ストーンの演奏する『消滅』に対抗して『曲返し』を吹く。パッチに助けられたネズミは、自分が13歳の少女レン・コブルだと文字を書く。パッチはふと思いついてレンに手話を教える。ティヴィスキャン城に戻る旅の間に、ストーンが食料調達に出かけると、パッチのポケットに隠れていたレンが姿を現わし、アーナーに事情を説明する。アーナーはレンのことを秘密にし、魔法の解き方を調べると約束する。ティヴィスキャン城に到着すると、パッチは裁判にかけられる。『舞踏』を演奏した罪は10年の禁固刑だが、未熟な訓練生だということで半分の5年とする判決が宣告された。ところが、ランデル・ストーンが異議をとなえ、刑の加算を求めた。その結果、五百十年の判決がパッチにくだされた。判決に同情した牢番は、城の外に面した窓のある独房にパッチを入れる。翌日、面会に訪れたアーナーは、差し入れとレンを連れてきた。パッチは牢獄の中でレンに手話を教えたり、ボードゲームで対戦して過ごす。あるとき大雨が降り、地下牢が浸水した。そのため囚人の移動が行われ、曲封じの鉄仮面をかぶせられたハーメルンの笛ふきが隣りの独房にやってくる。ハーメルンの笛ふきは、夜になると声が枯れるまで「ない」と叫び続ける。数日後、数千匹のドラゴンが現われ、ティヴィスキャン城を襲撃する。ドラゴンの使者はハーメルンの笛ふきの引き渡しを求めるが、城の警備兵は問答無用で使者を撃ち落とした。ドラゴンにぶつけられた岩で城の岩壁が無くなっていた。崩れた壁から脱獄しようとしていたパッチは、隣りの独房のハーメルンの笛ふきの様子が見えた。半ばがれきに埋もれたハーメルンの笛ふきの仮面が外れ、血を吐いた男は「わたしはハーメルンの笛ふきではない」と言った。そのときドラゴンたちが飛んできて男を引きずり出し、上空に放り出した男に向かって炎を吐いた。男の体が灰になって風の中に消えると、ドラゴンは飛び去った。脱獄したパッチとレンは岩肌の裂け目に隠れ、人目のなくなる夜まで待つ。夜になって辺りが静かになると、パッチは勇気を出して崖を下りた。パッチは面会に来たアーナーが言っていた魔法に詳しいというトビアス修道士がいるマーホイール修道院を目指すことにした。森の中を歩いていたパッチとレンは、墜落した使者のドラゴンを見つける。死んだ仲間を置いて行ったドラゴンたちに怒りをおぼえたパッチは、レンに勧められてお祈りの言葉を唱え始める。ところが、死んだと思っていたドラゴンは生きており、しかも自分はドラゴンではないと言い出す。実はドラゴンとグリフィンのハーフであるドラコグリフは「バルヴァー・ノップファーケアキル」と名乗る。脱獄囚と魔法をかけられた人間だと知られた二人は、秘密を守るというバルヴァーを仲間に加える。こうしてはみ出し者たちは旅を続けるが……。
※2018年初版
※作者は北アイルランド、ベルファスト出身。オックスフォード大学で数学を専攻。作家になる前は、ゲームプログラマーとして13年間働く。イギリスのコーンウォール在住。
※本書は、1284年に起きた「ハーメルンの笛ふき男」の事件を下じきにした物語。
「村の名前はこの滝に由来するの」
「パターフォール(パラパラ落ちるという意)だっけ?名前からは、もっとおだやかなものを思いうかべるけど」
「この村ができたのは三百年前。当時はこの川もほんのせせらぎだったそうよ」
書名:文明交錯
原題:Civilizations
作者:ローラン・ビネ(フランス作家)
出版:東京創元社
内容:第一部『エイリークの娘フレイディースのサガ』。赤毛のエイリークの娘フレイディースは、仲間たちと一緒に故郷のグリーンランドを出港して西に向かい、ヴィンランドに上陸して探検する。あるときフレイディースは仲間内の兄弟二人と仲違いした。フレイディースは夫のソルヴァルズを唆して、彼らを家族もろとも皆殺しにした。自分の蛮行が責められるのを恐れてフレイディースは帰郷しないでいたが、ヴィンランドに居る仲間たちからの冷たい視線を感じ、彼女は夫と一部の仲間たちとともに南へ船出した。陸に沿って南下したフレイディースたちは、とある入り江から上陸して内陸へ足を踏み入れた。そこで遭遇した原住民と仲良くなり、フレイディース一行は彼らの村の近くで暮らすようになる。原住民によると此処は「夜明けの地」で、彼らは「夜明けの民」だという。グリーンランド人は鉄製造の方法を教え、夜明けの民からは現地の農業を教えてもらう。ところが疫病がはやって夜明けの民が次々と倒れ、遂には族長までも亡くなったことで、フレイディースたちはその土地を離れて船出した。今度も船は南下し、とある島(キューバ)に上陸した。この島で遭遇した原住民たちはグリーンランド人が連れてきた馬に興味を持ち、試しに乗せてやると大喜びした。原住民の村に招かれたフレイディース一行は現地の狩猟を学び、原住民は乗馬と製鉄を学んだ。お互いに親しくなった結果、グリーンランド人と原住民の間で何人もの子供が生まれた。だがまたしても村で病が流行し、原住民が次々と死んだ。同じ村で暮らしながらグリーンランド人は一人も病にならなかったので、フレイディースたちも悟った。これは自分たちが持ち込んだ病なのだと。仕方なくフレイディース一行はこの島から離れることにした。その際、何頭かの家畜を原住民への置き土産として残していった。今度は西に船を進めたフレイディース一行は、とある半島(ユカタン半島)に上陸したが、その地で遭遇した原住民に捕らえられてしまう。捕虜として連行されたフレイディース一行は、強制的に球戯の試合に参加させられた。試合には勝利したものの、フレイディースの夫のソルヴァルズが生贄に選ばれて首をはねられてしまった。フレイディース一行は奴隷にされるが、原住民の国に無かった荷車や有輪犂(ゆうりんすき)を作って馬か牛にひかせると耕作の効率が上がり、都市の発展に貢献したと評価されてグリーンランド人は奴隷の身分から解放された。やがてまた原住民が次々に病に倒れるようになり、このままでは自分たちが持ち込んだ病だと気づかれるのではないかと恐れたフレイディースは仲間と逃亡する。だが原住民の追っ手がグリーンランド人を捕まえようと迫って来ており、慌てて船出した一行は岸辺に身重の雌馬を残すことになった。一行は補給のためにあるところで船を岸に着けた。仲間たちは北に帰るべきだと主張したが、フレイディースは同意しなかった。翌朝、一行が目を覚ますと船は横倒しになって半分沈んでいた。一行は仕方なく沼地を渡り、森を抜け、山を越えていった。フレイディースが暮らしたいと思った土地はランバイエケと呼ばれていた。ランバイエケの原住民は、グリーンランド人がもたらした鉄と家畜を神からの贈り物だと思い、彼らのことを神の使者だと思った。なかでもフレイディースは女性神官として崇められた。フレイディースはいずれ病がはやることを知っていたので、あらかじめ病を予言した。すると本当に人々が病に倒れはじめたので、彼女の権威はますます高まった。やがて病人の一人が生き延び、続いて一人、また一人と回復する者が現われた。こうしてグリーンランド人が持ち込んだ病は力を失っていった。ようやくグリーンランド人は定住の地を得た。その後のフレイディースは貴族と結婚し、何人もの子を産み、栄光に包まれて世を去った。第二部『コロンブスの日誌(断片)』。1492年8月3日、コロンブスはスペインのサルテス島から出航した。主船サンタ・マリア号の他に、ピンタ号とニーニャ号の三隻からなり、乗組員は77人。10月12日、コロンブスはインディオの言葉でグアナハニと呼ばれる島に到着した。10月21日、インディオがクーバ(キューバ)と呼ぶ島を、コロンブスはシパンゴ(ジパング)ではないかと考える。11月12日、コロンブスは部下に命じて十数人のインディオを捕らえる。11月21日、コロンブスの意思に反して、ピンタ号が勝手に船隊を離れた。11月27日、インディオたちがバラコアと呼ぶ港から上陸したコロンブス一行。12月4日、土地を探検していたコロンブス一行の一人が飛んできた矢に当たって死ぬ。矢には鉄の鏃(やじり)がついていた。12月6日、コロンブス一行が船に戻ると、鉄の斧を持ったインディオたちにサンタ・マリア号を奪われていた。ニーニャ号の姿はなかった。12月7日、インディオの首長がニーニャ号まで案内すると言い、東を指したので、コロンブスは部下に命じて出航した。インディオたちは操船の様子を見ていた。東へ行くと海沿いの村の浜にニーニャ号が引き上げられていた。サンタ・マリア号の錨をおろし、コロンブスたちが下船しても、インディオたちは船から離れようとしなかった。浜に降りたコロンブス一行は五百人ほどの武装したインディオに囲まれ、さらに馬に乗った大首長が現われた。大首長はインディオを連れ去ったコロンブス一行を非難した。大首長はサンタ・マリア号とニーニャ号の乗組員の耳を切り落とした。コロンブスは船を返してほしいと言ったが、大首長が拒否したため、一行は森に入った。このときの人数は39人だった。12月16日、森をさまよったあとで、一行は砦を築く。傷がもとで命を落とした者もいる。12月25日、コロンブス一行はサンタ・マリア号が座礁する様子を目撃する。12月26日、船の座礁に衝撃を受けた部下たちは怒って浜辺の村に向かった。大首長の軍はもういなかった。すると部下たちは狂ったように村人を殺し、家々に火を付けた。1月3日、大首長の軍勢に囲まれる。1月5日、別行動をしていたピンタ号が水平線上に現われた。1月6日、コロンブスたちはひと塊になって砦を出て、ピンタ号を目指して浜辺を走った。ところが、ピンタ号の甲板にシパンゴの王カオナボが立っていた。一行は捕虜となり、カオナボ王の所へ連行されたコロンブスは、民を連れ去ったことを責められる。1月9日、コロンブスは服を脱がされ裸にされる。また銃の撃ち方を教えろと言われる。1月11日、カオナボ王は軍を連れて引き揚げていった。1月15日、病に侵されたピンタ号の船長マルティン・アロンソが大首長を殺し、捕虜を解放させて馬に乗って逃げた。3月4日、カオナボ王がアロンソの首と、逃亡した水夫たちの首を携えて戻ってきた。ピンタ号は王の命令で陸に上げられた。日付のない日誌には、ただ一人生き延びたコロンブスが幼いヒゲナモタ王女の話相手になり、彼女にカスティーリャ語を教え、年老いていく様子が記されている。第三部『アタワルパ年代記』。異母兄ワスカルとの戦いに敗れたアタワルパは敗残の軍を率いて退却する。アタワルパは本拠地に逃げ戻るも、ワスカル軍が追跡を続けたため、未開の地へ逃亡する。アタワルパ軍はアンデスの山々を越え、湿地帯を渡り、砂浜で行き場を失った。行き詰ったアタワルパは船を建造して海を渡り、女王が統治するという列島の国にたどり着く。キューバ、ハイチ、ジャマイカという三つの大きな島と、無数の小島から成る国だ。女王の使者の出迎えを受けたアタワルパは、初めて銃を目にする。歓迎を受けたアタワルパは、女王の娘ヒゲナモタ王女と親しくなる。ヒゲナモタ王女は収穫四十回分前に、東の海からやってきた異国人の話をアタワルパに聞かせた。ある日、女王の密偵が隣りの島にワスカルの軍隊が上陸したことを知らせる。女王たちと話し合うアタワルパに、ヒゲナモタ王女が「東の海に出ろ」と勧める。アタワルパ一行は大型船を建造し、東へ向けて船出する。ヒゲナモタ王女も同行を願い出て船に乗り込んだ。長い航海のあと陸に近づいた船は、ある夜明け前に大波に持ち上げられて、そのまま吸い込まれるように大きな河口に入った。船が河岸沿いに進むと、異様な光景が現われた。水浸しの平野、崩れた石の建物、あちこちに転がる死体。アタワルパ一行の船は地震によって起きた津波によって運ばれたのだ。こうしてアタワルパ一行はレバントの国のリスボンに到着したが……。インカがスペインを征服する歴史改変小説。
※2019年初版
※作者は、1972年パリ生まれ。パリ大学で現代文学を修め、兵役でフランス語教師としてスロヴァキアに赴任。その後、パリ第三大学、第八大学で教鞭を執る。
※ジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』には、「カハマルカの惨劇」について書かれている。兵力二百足らずのスペイン軍を率いるピサロが、兵力八万のインカ軍に対して短時間に六、七千人を殺害し、皇帝アタワルパを捕らえて勝利したのは何故か?ダイアモンドは『鉄器・鉄製の武器、騎馬などにもとづく軍事技術、風土病・伝染病に対する免疫』等々をあげている。この著作のなかの、「なぜピサロがカハマルカにやってきたのか。なぜアタワルパがスペインに行って、征服しようとしなかったのか」というダイアモンドの問いに触発されて作者ローラン・ビネが書いたのが本書である。
※本作は「アタワルパがスペインに行って征服する小説」、すなわち旧大陸と新大陸の関係が逆になった歴史改変小説である。内容は四部構成で、第一部で史実逆転の種が蒔かれ(十世紀ごろ)、第二部で歴史の大きな歯車の一つが逆回転する(1492~93年)。第三部では逆転した世界でアタワルパがスペインを征服し、ヨーロッパの勢力図を塗り替えていく(1530年代から40年代)。そして第四部はその後の世界を舞台にした後日譚(1570年代)である。各部は語り口も異なっていて、何種類もの歴史的文書の形式を借りている。第一部は中世アイスランドの実在の「サガ」の抜粋ないし要約から始まり、第二部は実在の『コロンブスの航海記』の抜粋から始まっている。第三部が「年代記」で、匿名の年代記作家がインカ皇帝アタワルパの生涯を描いている『アタワルパ年代記』だ。第四部は小説で、第三部で勢力図が塗り替えられたヨーロッパを舞台に、主人公ミゲル・デ・セルバンテスの波瀾万丈の冒険が語られている。
※この小説のフランス語の原題がCivilisationsではなくCivilizations(本来のフランス語のスペルのsではなくz)なのは、シド・マイヤーの文明発展をテーマにしたシミュレーションゲーム『シヴィライゼーション(Civilizations)』に合わせてのことだそうだ。
※ヴィンランド:Vinland「ブドウの地(ないし草原)」の意味。かつてアメリカ大陸北東部にあった地名で、現在のどこに当たるかは、カナダのニューファンドランド島やアメリカのニューイングランドなど諸説ある。
※夜明けの地:カナダのケベック州からアメリカのニューイングランド地方にかけての一帯が、先住民の言葉でこう呼ばれていた。
※ランバイエケ:現在のペルー北西部
※インディオ:「インディアスの人」の意味。インディアスはアジアのインド以東の地域(インド・中国・日本など)の当時の総称で、コロンブスはそのインディアスを目指し、アメリカ大陸発見後もインディアスに着いたと信じていた。
※グアナハニ:コロンブスが新世界で最初に上陸したバハマ諸島の島。現在のサンサルバドル島のことだとされているが、確かなところはわかっていない。
※アタワルパとワスカル:史実においてはアタワルパ軍が勝利し、ワスカルは捕らえられ、その後暗殺された。
※レバントは地中海東岸地方(ヨーロッパから見た東)を意味する歴史的名称だが、この小説ではインカ人から見た東、すなわちヨーロッパを意味する。
※ポルトガルのリスボンは1531年に大地震に見舞われた。
「バルバロス」という言葉は『赤ひげ』の意味だとされることもあるものの、バルバリアの言語では明確な意味を成さない。
アラビア語で「赤」はアハマルと言う。
書名:処刑台広場の女
原題:Gallows Court
作者:マーティン・エドワーズ(イギリス作家)
出版:ハヤカワ・ミステリ文庫
内容:1930年1月、ロンドン。クラリオン紙の若き事件記者ジェイコブ・フリントは、素人探偵レイチェル・サヴァナクに興味を持ち、取材を試みていた。高名な判事の娘であるレイチェルは、突然スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁本部)にやって来てコーラスガール殺人事件の真犯人の名前を告げた。警察は取り合わなかったが、真犯人のクロード・リナカーが服毒自殺をしたことで証拠が発見され、レイチェルが正しかったことが証明されたのだ。レイチェルはインタビューを断る際、ジェイコブの詳細な経歴とプライベートな交友関係にまで言及してから追い払った。コメントを拒否されたジェイコブは、レイチェルが何かを隠していると感じた。ジェイコブを追い返し、忠実な使用人トルーマンの運転する自動車で出かけたレイチェルは、首切り殺人事件の犯人ローレンス・パードウを訪れてその罪を暴き、自らの命を絶つよう言い渡す。追い詰められたパードウは犯行を自白する遺書をしたためて拳銃自殺をとげる。警察は逃れられないと覚悟したパードウが自発的に死を選んだと判断する。一方、下宿に帰宅したジェイコブのもとへ匿名の手紙が届く。それには『スクープを提供する』という文面とともに住所と時間が記されていた。現場に駆けつけたジェイコブは知り合いのスタンリー・サーロウ刑事から首切り殺人事件の犯人が自殺したことを知らされる。ジェイコブは匿名の手紙を書いたのがレイチェルではないかと考え、自分の書いたスクープ記事の最後にわざと故人であるサヴァナク判事の名前を出す。レイチェルの秘密を暴こうとジェイコブは奔走するが、既に彼の先輩記者であるトマス・ベッツが彼女について探っている最中に自動車事故に遭い、瀕死の重傷を負って入院している。トマスの事故を調べたジェイコブは、現場を目撃した街路清掃人シアーの住所が架空のものだと分かり、シアーなる人物も捜し出すことが出来なかった。トマスの妻リディアを訪ねたジェイコブは、事故の前日に彼が妻に言った「処刑台広場」という謎の言葉を知る。レイチェルに関わった者が次々と奇禍に見舞われるなか、ジェイコブ自身もショーの上演中の焼死といったショッキングな事件を目撃する。また物語の随所にジュリエット・ブレンターノという少女が1919年に綴った日記が挟み込まれている。サヴァナク判事の甥の庶子である筆者は、両親がスペイン風邪で死んだという報せを信じておらず、『母と父は殺されたのだ』『悪いのはレイチェル・サヴァナク』と記した。日記からはレイチェルの恐るべき所業が明らかになってゆく。レイチェルは「処刑台のサヴァナク」と呼ばれた亡き父親の狂気を受け継いでいるのか?この一連の事件の真犯人はレイチェルなのか?
※2018年初版
「ギャロウズ・コート(処刑台広場)だったな。ずっと昔、あそこは処刑場だったんだ」
「わたしの名前はペイシェンス。忍耐(ペイシェンス)なんて柄じゃないけどね」
オリヴァー・マカリンデンは、そのオイリー(てかてかした)髪や顔と同じようになめらかで如才ない、オイリー・マカリンデン
「ユダヤ人の私立探偵、なんできみはそんなにシャイロック・ホームズに関心がある?」
トム:トマスの愛称
ヘティ:ヘンリエッタの愛称