精霊を統べる者 | kanoneimaのブログ

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私的備忘録

書名:精霊を統べる者
原題:A Master of Djinn
作者:P・ジェリ・クラーク(アメリカ作家)
出版:東京創元社
内容:1872年、スーダン人魔術師アル=ジャーヒズが秘術によってジン(精霊)の世界の扉を開き、世界に変革をもたらした。ジンの魔法と科学の融合によって急速な発展を遂げたエジプトは列強大国となる。だが、アル=ジャーヒズは1873年に忽然と姿を消し、彼の機械と著作は全て失われた。1912年11月、エジプトの首都カイロ西南の都市ギザで、大魔術師アル=ジャーヒズを信奉するイギリス人の秘密結社のメンバー24名が、黄金の仮面をつけた謎の男に惨殺される。被害者は全員、衣服はそのままに肉体だけが焼かれた異様な焼死体になっていた。事件の担当者は錬金術・魔術・超自然的存在省の特別調査官ファトマ・エル=シャラウィー。ファトマは弱冠二十歳でアカデミーを卒業し、首都カイロに配属されて二年で特別調査官になったエリート。南部出身者の浅黒い肌を持ち、調査官の制服は着用せずに舶来のお洒落なスーツで男装して山高帽を被り、ステッキを握って闊歩する変わり種。魔術省の指示を受けてファトマは事件現場である英国人太守アリステア・ワージントン卿の邸宅に赴く。カイロ警察所属で旧知のアアシム・シャリフ警部と顔を合わせたファトマは事件の概要を聞く。被害者の一人は邸宅の主であるワージントン卿だという。ワージントン卿はイギリス=エジプト条約を仲介し、エジプト新政府により特別な権利を与えられた英国人で、エジプト王の和平首脳会談に協力することになっていた。ファトマはスペクトラル・ゴーグル(霊視眼鏡)で魔法の痕跡を調べると、目撃者だというワージントン卿の令嬢アビゲイルに事情聴取をした。得られた証言は、事件現場から去る黄金仮面の男を目撃して気絶したことと、父親が秘密の友愛団のメンバーだったこと。大した成果もなく邸宅から退出しようとしたファトマのところに、新しいパートナーだというエージェント・ハディアが押しかけてきた。新人エージェントの彼女は履歴書を持参しており、それによると名前はハディア・アブデル・ハーフェズ。アレクサンドリアの中流家庭出身の24歳で、大学卒業後はアメリカの女子大で2年間教鞭をとり、帰国してアカデミーに入学、卒業して今ここに居るということらしい。魔術省はペアで仕事することを推奨しておりアミール局長の指示だというが、ひとりで仕事したいファトマには不本意な事態だ。とりあえず翌日話し合うということにして、ファトマはカイロの自宅に帰宅した。マンションの自室に戻ると、窓から侵入したという恋人シティが待っていた。昨年の夏、ある事件で出会ったシティの本名はアブラで、エジプト南部から植民地であるスーダン北部にかけての地方ヌビア出身で、古代宗教の女神ハトホルの信者である。超人的な身体能力を持ち、手袋に取り付けた銀の爪であらゆるものを引き裂く残忍さも持つ美女だ。シティはギザで起きた事件を知っており、神殿からのメッセージを伝えに来たという。ファトマは事件の被害者に神殿の関係者がいるのだと気付く。翌朝、ファトマとシティはハトホル神殿の巫女メリラに会いに行く。その場には殺害された女性の夫であるアハマドがいた。アハマドは古代エジプトの神セベクの高位神官だという。被害者二人も神殿の巫女と神官で、アル=ジャーヒズ秘儀友愛団に参加していて殺害されたようだ。友愛団についての情報が提供され、殺害犯はイフリートではないかと仮設が立てられる。だが、実際にイフリートを見たことのある人間は誰一人いない伝説の存在だし、動機も不明だ。メリラの館を出た二人はデートの約束をして別れ、ファトマは魔術省に出勤する。ファトマのオフィスにはハディアのデスクが運び込まれており、アカデミーの同期生で同僚でもあるハメドから職場ではファトマがいつ新しいパートナーを追い出すか賭けをしていると教えられる。アミール局長にひとりで仕事がしたいとファトマは訴えるが、女性エージェントを増やすためにもパートナーを受け入れるようにと言われる。オフィスに戻ったファトマは、書類仕事が好きだというハディアが用意したレポートと警察から届いた報告書を確認し、二人で情報を共有した。夜、デートを楽しんだファトマとシティが裏路地を歩いていると、二人を尾行している人間がいた。捕まえてみると正体はアハマドで、彼は自分が見つけた手がかりに案内すると申し出る。案内された先は古い工場区画で、今は工場廃墟とスラム街になっている場所だ。夜だというのに昼間のように人々がいて、スラムの中心近くの古い工場に向かって皆が歩いている。其処で金の仮面をつけた人が奇跡を起こすというのである。目的地に三人が到着すると、空き地に人だかりができており、壁の上で男が話をしていた。アビゲイル・ワージントンが語ったとおりの男だった。黄金の仮面に黒いローブを着た長身の男だ。男は社会の不平等と富の不均衡を説き、不満をかこつ貧民たちを扇動していた。民衆は男のことを「アル=ジャーヒズが戻ってきた」と噂している。ファトマが茫然と眺めていると、壁の上の男と視線が重なる。すると、男に付き従っていた黒づくめの男がファトマに襲い掛かってきた。黒い仮面をつけた男は、一人から二人に分身していた。ファトマとシティが応戦している間に、問題の男は炎で壁面にメッセージを残し、仮面の男たちは去って行った。焼け焦げた煉瓦には「われはアル=ジャーヒズ」と書かれていた。それからも神出鬼没の黄金仮面は人々の前に姿を現わして政府が欧州列強と組んでエジプトを再び属国化しようとしていると告発し、カイロは大混乱に陥るが……。歴史改変スチームパンク・ファンタジー。
※2021年初版
※作者フェンザーソン・ジェリ・クラークは、1971年ニューヨーク市クイーンズでトリニダード・トバゴ移民の子として生まれる。赤ん坊の頃に祖父母のいるトリニダード・トバゴに送られ、8歳でアメリカに戻り、12歳の時にテキサスに移るまでスタッテン島とブルックリンで暮らした。南西テキサス州立大学(現テキサス州立大学サンマルコス校)で歴史学の学士号と修士号を、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で同博士号を取得。現在はコネチカット大学で教鞭をとる。ペンネームの由来は、Phendersonは祖父の名前、Clarkは母親の旧姓、Djeliはフランス語でグリオとして知られる西アフリカの語り部のこと。

アーチー:アーチボルドの愛称
アビー:アビゲイルの愛称
パーシー:パーシヴァルの愛称