Kanon's diary -2ページ目

Kanon's diary

雑記帳である。

友人,知人。彼をなんと呼ぶべきだろうか。

この雑記帳を前から見てくれている方はご存じのとおり,私はバレエバレエした人間とはつるまない。

バレエの大学に通いながらバレエ団に通いながら月曜日は休みなので劇場ちかくの国立大学の経済,法律学部の英語科に通っていた。そこで知り合ったというか同じクラスになったジーマである,彼は兵役を終えている

彼がどこの課で徴兵中過ごしたかまでは聞いていない,日本的には彼のことを私は友人と呼んでもいいであろう。彼が誕生日に自分の家でホームパーティーを開いたので,みんなで行った。それ以外に彼との思い出は何もないのだが。

それでも彼のことは覚えているし,そんな彼に赤紙が渡され,徴兵されてしまったというのは,なんとも。

 

ロシアは平和だったのだ。そのロシアはもうなくて。

いつもそう。この投票ごっこも,いつものことだ。

みんながみんな逃げられるわけではない。大半はパスポートさえ持っていない。

 

 

私には親友がいる。私には友人は少ないだろう,だけど親友がいるのです。彼もジーマといいます。

愛称です。本名ドミトリー。でもジーマ,たまにドミちゃん,たまにジームカって呼んでいた。

ジーマもパスポート持っていない。持っていなくても逃げられるカザフスタンなどはあるだろう,しかし逃げられたとして一か月だし,国境のところで赤紙渡されてしまう可能性がある。だから彼は動かない。

 

彼に対して何かしらの恋愛感情を抱いたことは本当に,まじで一度もありません。結婚式にも呼んだしなんなら娘の洗礼父です。

 

そうじゃなくて,本当にジーマが連れていかれることは無理。

 

ジーマが連れていかれるのだけは勘弁。もうここのところはずっとジーマのことばかり考えている。

木許さんが,あとになって気が付くことがある,それは解ではなく謎だと仰っている。そうなのかもしれない。

この状況になって,私にとってジーマが謎めくほど大切な友人だったのかもしれない。と気づく。

 

夫といえよう人は私の金で9月上旬にロシアに帰りました。彼は兵役経験がないし,まあ

プーチン賛美しているので,,もう話すことはなにもありません。

 

5月に私は元恋人なくした。戦死だった。志願してしまった。田舎なので,国営放送を信じていた彼は。私よりも若いのに。

あんなおじいちゃんおばあちゃんしか見なくてもいいようなものを,,なぜ見ていたのか,でも彼はきっとそんなロシアの中で幸せに生きていたのだろう,

これ以上だれも失いたくありません。

できることなら今すぐにでもロシアに行って,友人たちに一目会いたい。

夫婦になって5年過ぎた。

仲は悪くない。そもそも、交際ゼロ婚で(過去のどうしようもないこの雑記帳のコアファンの方はご存知ですね、ありがとう。いやこれ読んでるあなたも相当な私のコアファンだと思いますけどね)

お互い、友達と住んでいる感覚なのである。我々に至っては、本気で「キミ恋人つくれし、そしたらもうすこし家でもお洒落するだの風呂入るだのするよね」と本気で言い合っている。

しかし仲はいいのだ。腹心の友とよべるのだろうか、これを。


ロシアではよくあることで、離婚しても同棲していることは普通。単純にカネがないからと、子どもがいる場合はそのほうが便利だからだ。

お互いカレシカノジョがいたって問題ないし、なんなら惚気噺もしてしまうのがロシア人なのである。もちろん全員ではないが、金がないゆえに合理性が勝つ傾向がある。


私たちは今日本にいるので、離婚がなかなか難しく(配偶者VISAというものがありましてね)、

友達同士で子どもを育てている感覚にある。だから喧嘩もなければ、いたって普通。それは新婚のときから変わらない。急いで離婚する理由もない。


彼がプーチン洗脳されていることは婚姻前から知っていたし、べつにロシア人がロシアの与党ベッタリであることが悪いとも思わなかったし、というかプーチン以外にあの大国の党首が務まる人もいないと考えていたので、別にどうでもよかった。どの、政党を支持しているかどうかは友達になるときに考えないよね。


ただ、この戦争が開始してから事態は変わった。

夫が戦争を美化し、戦死してるロシア兵を報道で見ては「国のために捧げてくれている」とか「脳無しゼレンスキーのせいだ」とか

戦死または殺されているウクライナ人を見ては

「脳無しゼレンスキーのせいで彼らはもっと泣くことになる」「早く降伏しろしウクライナ人」

と言っている。私は頭がイカれそうである。


いや、私は生まれながらにイカれているが、

最近はしばしば、思考停止に陥り、言葉として声で発するのも億劫になり、この夫の戦争美化にはもう反論する元気もなく、ただラジオ放送のように聞いている。

きっとこの状態が何年も続けば私も洗脳されてしまうのだろう、と思うことがある。

先日はNHKのドキュメンタリーで、ウクライナ戦争の映像を見た。大きな液晶で見るから、日本語がわからない夫も、映像を見ては口を挟む。


「これは演技だ」、「あたかもロシアが悪者」、「ウクライナは物資がないから冬になれば凍死する。さっさとロシアの言うことを聞け」、「バイデンは冬の大統領選のために気張っているだけだ」、「半年後世界が一変する、全世界がロシアが正しいと気がつく、ウクライナに騙されていたのだとね」、「ロシアが本気になればロンドンにだって侵略可能だ、世界は第3次世界大戦を始める準備をしている、ロシアを割譲だなんてムリに決まっているだろう」、「プーチン万歳」、「ナチはウクライナ人」


などなど、もう私は聞いていられない言葉を大きな声で発する。それはまるで、映像でしかみたことないけれど、ヒトラーの演説。そしてテレビを勝手に消しては、国営放送のYouTubeを見せてきた。そこには頭を割かれた男が映っていて、これはウクライナ人?と私が聞くと、

「ほら!おまえもか!可哀相な立場にあるのがウクライナ人だというプロパガンダが世界中で成り立っている!これはロシア兵だ!」

と騒ぎ立てた。私は思考停止しているので、返すことばもなにもなく、流していた。

アタマのどこかで、これが夢であってほしい、あるいは白黒映像の映画ワンシーンであってほしい。と思っているのだろう、きっと私は。


娘の洗礼父は私の親友で、夫とは小・中学校一緒だったがあまり仲が良くない。

それはやはりその洗礼父は戦争反対で

ロシアが日々日々世界から隔離されていることを感じられる頭があるからなのか

いや、夫が頭が悪いと言っているわけではない。なぜ、国営放送を鵜呑みにしてしまうのか。ロシアの国語教育は教科書を見ていても、悪くない、日本より格段に難しいし、深い。読解力が鍛えられる、なのになぜ、国営放送だけを信じてしまうのだろうか。


洗礼母は、「早くロシア兵が勝って戦争がおわらないかしら」と言う。同じようなもんだ。。


取り留めのない文書をここに残しておくことにした。この戦争が終わることはあるのだろうか、あったときにこの記事を自分で読もう。どういう心境にあるだろうか、そのとき。


戦争は八年続いているが、プーチンが引き起こしたこの過ちを、国民が理解することは永遠に無さそうだ、夫然り。









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ワガノワメソッドに特化しています。重厚感たっぷり、ゆっくりで長くて、本場のきっついレッスンができます。

 

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プリエはロシアバレエの鉄則、3/4で輪をかけて重いです。2つ目のタンジュはジュテに繋がるのでフリックフラックなどで方向転換して左右続けて逆から行えます👍️バーのグランバトマン終了後のルルベで頭冴えます💪

…書ききれないのでこれくらいにしておきます。バレエ団、ロシアの留学先でレッスンしてるような気分になれることでしょう😊

 

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“ロシアのワガノワメソッドのように上半身を大きく使うことは、我々日本人のアンディオールの利かない身体には不向きだから、チェケッティメソッドで指導している“ という言葉をよく耳にするようになったのは、日本で教室を構えてからである。

学生時代から疑問に思っていた、現状の「ワガノワメソッドが日本人に不向きなのか」という議題について、小生の勉強不足から発言することができなかった。

ここのところは、チェケッティメソッドのディプロマ課程を映像にて独学ながら研究しており、縁あって鶴谷美穂氏の直接講義を拝聴、また当メソッドの曜日、年齢別の段階ごとのレッスンを見学させていただくことが可能となった。鶴谷氏へ敬意を表するとともに、一人のバレエを愛する者の感想文として、ここに掲げておく。

 

(鶴谷美穂氏―英国チェケッティ・ソサエティ奨学金による招聘で再渡英。日本人3人目のエンリコ・チェケッティ・ファイナル・ディプロマ(http://cicb.org/diplomas/)。

教師育成資格を合わせ持つ英国ISTD認定教師資格ライセンシエイト(チェケッティ上級教師資格)を保持)※英国ISTD認定バレエスクールThe Ballet Garden公式サイトより引用

 

結論から述べると、チェケッティメソッドもワガノワメソッドも知らなければならないと考える。男性は女性より双方のメソッドにおいてより高度なテクニックと筋力・スタミナが求められる。カナダ・ナショナル、ABTなど北米のいくつかのバレエ・スクールではチェケッティで育て、ワガノワで仕上げるという。

そもそもチェケッティメソッドについて我々の業界市場で出回っている情報は多くない。

「それはロイヤルバレエスタイルの礎であり、シンプルで反復運動をすることでとりわけ足や軸の強化を促すエクササイズ」とは誰もが頷くだろう、しかしワガノワメソッドと比べれば実情は周知されていないに等しい。

先述したディプロマ課程の映像から、ワガノワメソッド(とりわけボリショイバレエ学校提唱2008年改訂版プログラム)の第八学年課題よりも上回るテクニックの難易度に圧倒された。ひとつひとつのパで見れば名称が異なっていたとしても、その動き自体に大差はない。しかしコンビネーション基準、腕のポジションやエポールマンの特徴、プレパレーションの入り方、とくに上半身の使い方には大きな差が垣間見えた。ワガノワメソッドよりも、はるかに上半身を大きく使うことが求められていた。正直これには驚きを隠せず、何度も動画を見直し、鶴谷氏のレッスンで実際に見て確認するまで確信が持てなかった。レスリー・コリア他チェケッティメソッドのダンサーの踊りと、ロシアバレエダンサーの踊りを何度も比較して見返したが、全幕作品を見ただけでは上半身がロシアバレエよりも大きく使うとは、思いもしなかったからだ。

特記したいのはグリッサード・マミというエクササイズについて。マミとはチェケッティの愛猫で、膝の上に座っていたマミが「ピョン」と飛び跳ねてしまったところでインスピレーションを受けたチェケッティが作ったエクササイズだという。

鶴谷氏は、数にして500を超えるエクササイズの中からこのコンビネーションを見せてくれた。表現力を養うことを目的とした金曜日のアダジオはグリッサードから開始するのだそうだ(アダジオは軸を鍛えることにフォーカスしたものと、表現力を養うことにフォーカスしている2種類に分類されている)。ここではアシュトンのように上半身を大きく折り曲げる、それは手が床に触れるほど。ここまで大きく使うことはワガノワメソッドでは、ありえない。これを見て、ワガノワメソッドのほうが日本の「習い事」としてのバレエには、向いていると考えた。チェケッティは足首の交差を好んだことも有名で、即ちアントルシャなどのバットゥリー*(ワガノワメソッドでは、一部のパの名称を除き、バットゥリーという表現を使わない) がワガノワを超えて追及される。そうなると当然のことながら、確立したアンディオールが重要となってくる。我々農耕民族の身体には、ハイレヴェルなメソッドであると実感したことはここで述べておく。

チェケッティメソッドでは使用音楽まで、曜日ごとのエクササイズに対して決まっている。一部のエクササイズのプレパレーションは、時間の無駄を省くために無いとの説明を聞いたところで、チェケッティ自らがヴァイオリニストで、ダンサーに合わせて弾いていたと大学で学んだことを思い出した。

鶴谷氏のレッスンでは、ワガノワメソッドでは考えられないような美しい言葉を使ったレッスンが展開された。「チェケッティの愛猫」、「薔薇の花一輪を摘む」、「キスを投げる」、「チューインガム」といった具合に。 

それは鶴谷氏が考案した表現ではなく、そう教えるのが道理であると―たしかに西欧でこのメソッドが流行るわけだと、納得せざるを得ない。哀愁漂うロ短調をこよなく愛し、ジャガイモを比喩に使っているロシア民族とは似ても似つかない雰囲気を感じた。

 

そしてチェケッティ・ポールドブラの特徴と理論は、ワガノワメソッドの男性教育プログラムにそのまま適応されていて、ワガノワは女性だったことから、男性プログラムのポールドブラは改訂しなかったのかもしれない。私はバレエメソッドに性別を与えるとしたら、チェケッティは男性名詞で、ワガノワは女性名詞、あるいはチェケッティの男性のバレエメソッドというように、形容詞とするだろう。

腕は身体の中心となる軸を通らず、あくまでも「身体の自然な動き」を追求し、アロンジェなどの女性的な動きを省いた、この理にかなったポールドブラは、ワガノワメソッドにおいては男性に適応されている。(例; 第六ポールドブラ、グランプリエ、ピルエット等のアームス)

 

「西欧で踊りたいならチェケッティ、東欧ならワガノワメソッドを学ぶのが良いのではないか」鶴谷氏は言う。

“バレエ教師は医者の処方箋のように(動作を)調合すべきだ”―とチェケッティが遺した言葉がある。

だからと言って、メソッドを乱用していいものではない。生徒を混乱させてはならない。「今日はこのメソッドから、このパを、当メソッドに基づいて呼称した上で稽古しましょう」とするのがベストではあるが、日本国内のバレエ状況において教師がたった一人でそれを実行するのは非常に困難である。

 

それを可能とするためには、教師がテーマを定め、一定の期間ごとにレッスンを行うことで

生徒たちは躍りや監督の指示に対して臨機応変に対応できる力が身に付くことだろう。


砂原伽音 

 

探られるのもいやなんで言っちゃいます。
私は留学生クラスではなく、四年間、
ロシア人クラスで学びボリショイバレエ学校を卒業しました。

それはそれは、脚しかない!みたいな体型ロシア人のなかで、しかも校長に次ぐ偉い先生のクラスで入学以前からの優等生、学校全体のお気に入り、その学年の精鋭ばっかり。
あそこまで脚しかないと、色々とどうでもよくなります。

ボリショイ劇場とかに顔パスで入団していくような子達しかおらず、私は見切り品70円台食パン袋にたまるパンくずくらいの存在でありました。どんなに私がアンディオールがんばって爪先をのばしたってそれは、なにもしなくても脚あげればプロってるボリショイ顔パスロシア人の寝てる時の脚にもなりませんです。

短足にはバーが高すぎて、グランプリエしたら傾きます。

しかし、ポアントテクニックとかアレグロがすこし強かったのでそれでパンくずはそこにあり続けました。先生にも認められました。
そうして留学生クラスに落とされないためにがんばりました。(こう書くと美談だな)

大学はトータル5年間です。それは自分で言っちゃいますが、寝てても便座の上でも勉強はできたので優等生で首席卒業でした。あの、経歴詐称はしません、それはドストエフスキーがのし掛かってくるから。

ある日大学長に売られた喧嘩買ってしまい、言い負かしてしまってから、反抗期到来でロシア語できないふりしたり授業中キレてピアノ弾きだすこともありましたが、パンくず精神と、日本人どうしのけいこ、モイセーエフのナージャに支えられ私は戻りました。


勉強は脚の長さ関係ないんでね、性格ですな。

あと割りと確信しているのは、
踊り天才よりも、踊り非天才のほうが教えられる、ということ。
天才じゃないから、かんがえたり努力します。
努力は天才には任意だ。そんなことしなくても最高ですから。天才ってそういうこと。
パンくずであり続けるため、私には考えたり努力することが必要でした。

でもなんだろう、
私はひねくれずに済んだ。
自分のことを早い段階でわかった。
そりゃ、いまクレムリンのトップ、ミハイロフのトップ、ボリショイのトップ(あ、これは隣のクラスの男子でした、はい)
がいましたので、わかるか笑~

バレエ団ではそんなボリショイのトップはいませんでしたし、振付覚えるのが早かったのと、ポアント強めアレグロ強めってだけでソリストとか主役踊れました。まあ、そんなんだと上に気に入られます、ラクだから、爆笑。
めちゃくちゃ女監督のお気に入りでした。めちゃくちゃかわいがられました。めちゃくちゃ嫉妬ありました、まあそれはどこにでもある。移籍したら嫉妬しかありませんでしたが使われることは使われました笑

スタイルはきかないでくださいだめですよ、痩せたって細くなるだけで脚は伸びません。


痩せても脚は伸びません
これ名言かもしれない?😂

遺伝子大事










大変だよね。

みなさんそれぞれ、おつかれさまです。



私の夢は

はやく生徒たちに20歳になってもらって

みんなでビール飲んで、

みんなに介抱してもらいながら

生徒だれかの相棒の車で送ってもらって(生徒の運転する車に乗るのも夢だけれど、酔っぱらってるオバサン連れてるということで補導でもされたら困るから生徒本人の運転ではない事が重要。)その酔っぱらってる私の隣で生徒も酔っぱらってるいることも重要で。



しかしでも、二日酔い無く

また、みんなでおいしく飲むために

朝を迎えることです。








【ユダヤ人の友人を失わずに済んで安堵した話】

ユダヤ人の友人にメールを出した、私にとっては文章をよく考える必要があった。相手が傷ついてることを知っていながら、その話題を振ることは、いつだって緊張するものでしょう。

君(私)ほど心の広い人は居ない、こうしてメールがきてとても嬉しく想う、本件に関しては
神への祈りが足りなかった
神への尊敬が足りなかった
だから世界はこのようなことになっていてセグリゲーションが勃発している。

ああ、よかったよ、ジェーニャ
よかったよーーーー泣泣泣




過去のユダヤ人問題についてをネタにした日本人が、東京五輪で起用されることを知ってしまい、とてもとても悲しくて悲しくて泣いています。

五輪に関わる人間だから、ではありません。

日本人が、この世界的な問題について笑いにしたという事実が悲しいのです。


五輪のことも、全てがどうでもよくなりましたので、腹も立たないです。ただただ悲しくて悲しいです。涙が止まらないです。



ユダヤ人の友達が数人います。彼らの言語も何一つわかりませんが、ロシア語で会話することができていました。劇場の同僚にユダヤ人がいて、私は彼女とすぐ打ち解け、ユダヤ人博物館や街のシナゴーグに行き、牧師からも話を聞きました。


ホロコースト問題については本を何冊も読んだからか、昨日書いたような日記のようなその文面の中で、登場人物が重複していることがよくありました。さまざまな登場人物の視点から別の人物を読むことができます、そしてとても悲しくなったし、あってはならないことだとページをめくるたびに認識します。


アウシュヴィッツへ行ったとき、もう70年以上も前のことなのに、ガス室では異臭が微かに残っていました。靴も、髪も空になったチクロンの缶も何もかもがそこに残っていました。


ワルシャワでも、ゲットーが残っています。

そして、ドイツ人たちも、いけないことだと認識しています。


こんなに悲しくなったのはひさしぶりでした。



バレエはエンタメです。芸術とは、王政時代の宮廷人のものであり庶民のものではないので、今エンタメとして残してくれた人々がいてくれているから、民主主義の我々もバレエ習えます、だから5歳からのコンクールも存在しています。

かのヨーロッパやロシアではバレエは皇室の庇護でしたが、今のバレエは民営化された形です。だから、だれもパニエ着て踊らないで済んでます。それでもって、パリオペラ座は戦前から国際化計画を目指して発展しています、ロシアは古典の中で、現代人の身体的能力を最大限に生かすことを目的としていますが、最近、ネオクラシックの若い振付家も出てきました。
それでも、まだ国民の求めるものが古典に特化されているため、世界は広いねという感想を、持つことができます。

ロシアが古典を重んじるのは、バレエだけではありません、胎児に害悪だからとエコーしないし流産したら立っていないといけない、自然分娩ならその後3日間座ってはならないというのと同じです。それは溶鉱炉の論文を見てもわかります、70年前と変わっていません。そういう国民性です。国民にエンタメとして根付いているから、国民性によってそのエンタメも変化します。

スポーツ観戦に燃えるようにバレエ観戦するのは、本当に楽しいですよ。観戦とは、その競技の選手と同じ気持ちになるからできるのであって、それにはある程度の知識がないと、できません。私はスケートを鑑賞ではなくて、観戦させていただいているつもりのただのスケートファンのおばさんです。
アクセルとかサルコー、ルッツの違いがわかるから、さらにスケート見るのがたのしいのです。しかもバレエと比べてます。選手の気持ちになれるから燃えて鼻血も出るのです。もちろん、ルッツがわからなくても鑑賞できます、さらにテクニックがわかれば「観戦」できます。観戦、楽しいです。それでフィギュアスケートラブおばさん(おねえさん)の私はネットで勉強して、ロシアでスケートリンク通って子供スケート教室のレッスン見学していました、 結弦愛は増すし宇野も鍵山もりかちゃんもさっとんもリーザも昔のプリューシェンコもみんなみんな大好き出血応援しています。
スケーターからしたらバレエなんて朝飯前かもしれないと、いつも思っています、あんな美しい跳躍に回転に、フィギュアスケート大好きです、わたしはあんな、この世のものとは思えないほどの美しい回転一生できませんし、練習する気もないですけれど、美しいスケートをこれからも観戦させてもらいます。バレエもそうやって、観戦できたら、どんなに楽しいことでしょうか。けっけちゃんが大阪のロシアバレエガラで司会すると聞いて、納豆はタレなしの安いやつを買うしビールも安いやつで節約がんばってるぎりぎりおねえさんですけど、けっけちゃん目線のバレエなら、それらを削ってでも大阪へバレエ観戦に行きたいです。夢と愛にあふれた企画です。コロナでどうなるかな?開催されるとよいですね!


これはコスプレレッスンより
お題はピカピカの一年生!



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#コロナに負けない
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#けっけちゃんねる 
#けっけちゃん
#松浦景子 応援してます!!!

夫、三度目の外国免許切り替えの技能試験に落ちた。


ロシアで、酒飲みにーちゃんに頼まれて運転してみてから、ママには「さすが私の子、教習所なんて行かなくても自分で出来るわ黄金の才能」と真顔で褒められ育ち、そのあと教習所には1回行って、そのままテスト受けたら試験官が友達のパパだったから合格して(ロシアではあんまびっくりすることじゃないー笑)、そして初めて、にーちゃんから運転教えてもらったヤツが、日本の技能試験に簡単受かるわけがない。


近所の教習所でこれまでにも数回、試験官の言うことを私が通訳しながら練習してきた。だいぶ、慣れてはきたようだウィンカーとワイパーを間違えることは減ったようだ。


しかしテストでイレギュラーなことが起こり焦ったから、ワイパーをつけたら、試験官に「スタート地点へ」という試験途中終了=不合格の合図を食らい、板チョコ三枚は食べないと納まらないほどに悔しかったそうだ。

夫の運転、私が言っても説得力ないけれど、上手い。試験官にも、テクニックは問題ない、と言われている。ただ確認とか、鏡を見る順番とか、ほんとダメ。


三連続技能試験に落ちたから、また書類審査から。これは合格するだろうから、その二ヶ月後がまた技能試験。

書類審査は英語で10問、マルバツ形式のテスト。試験自体は五分で終わる。そのあと合格者は視力検査、これがおわれば、技能試験での走行コースが描かれた用紙を渡され、当日の予約を取ってから解散となる。

こうして書くとスムーズに見えるが、前回の書類審査の日は、7時間待った。


私はもう引率しないからいいのだけれど、夫がひとりで役場等の大事なところに出かけるとなると、持ち物チェックをしてあげないといけない、(しかも、してあげてもそのあと夫が自分でやって、これは要らないとか言いながら絶対必要なものを抜くから、三回くらいやり直す)


それで私がキレて、「君のことは産んでない」とか言うとマジギレして男女という生物はどうとか物事の道理について話始めるから、もう何も言わない。これは彼が日本語できないから、とかではなくてロシアにいるときと、まーったく変わらない。将来は頑固じじいかなあ!!


夫がどんどん、義父になってゆくー