チェケッティメソッド寄稿 | Kanon's diary

Kanon's diary

雑記帳である。

 

 

“ロシアのワガノワメソッドのように上半身を大きく使うことは、我々日本人のアンディオールの利かない身体には不向きだから、チェケッティメソッドで指導している“ という言葉をよく耳にするようになったのは、日本で教室を構えてからである。

学生時代から疑問に思っていた、現状の「ワガノワメソッドが日本人に不向きなのか」という議題について、小生の勉強不足から発言することができなかった。

ここのところは、チェケッティメソッドのディプロマ課程を映像にて独学ながら研究しており、縁あって鶴谷美穂氏の直接講義を拝聴、また当メソッドの曜日、年齢別の段階ごとのレッスンを見学させていただくことが可能となった。鶴谷氏へ敬意を表するとともに、一人のバレエを愛する者の感想文として、ここに掲げておく。

 

(鶴谷美穂氏―英国チェケッティ・ソサエティ奨学金による招聘で再渡英。日本人3人目のエンリコ・チェケッティ・ファイナル・ディプロマ(http://cicb.org/diplomas/)。

教師育成資格を合わせ持つ英国ISTD認定教師資格ライセンシエイト(チェケッティ上級教師資格)を保持)※英国ISTD認定バレエスクールThe Ballet Garden公式サイトより引用

 

結論から述べると、チェケッティメソッドもワガノワメソッドも知らなければならないと考える。男性は女性より双方のメソッドにおいてより高度なテクニックと筋力・スタミナが求められる。カナダ・ナショナル、ABTなど北米のいくつかのバレエ・スクールではチェケッティで育て、ワガノワで仕上げるという。

そもそもチェケッティメソッドについて我々の業界市場で出回っている情報は多くない。

「それはロイヤルバレエスタイルの礎であり、シンプルで反復運動をすることでとりわけ足や軸の強化を促すエクササイズ」とは誰もが頷くだろう、しかしワガノワメソッドと比べれば実情は周知されていないに等しい。

先述したディプロマ課程の映像から、ワガノワメソッド(とりわけボリショイバレエ学校提唱2008年改訂版プログラム)の第八学年課題よりも上回るテクニックの難易度に圧倒された。ひとつひとつのパで見れば名称が異なっていたとしても、その動き自体に大差はない。しかしコンビネーション基準、腕のポジションやエポールマンの特徴、プレパレーションの入り方、とくに上半身の使い方には大きな差が垣間見えた。ワガノワメソッドよりも、はるかに上半身を大きく使うことが求められていた。正直これには驚きを隠せず、何度も動画を見直し、鶴谷氏のレッスンで実際に見て確認するまで確信が持てなかった。レスリー・コリア他チェケッティメソッドのダンサーの踊りと、ロシアバレエダンサーの踊りを何度も比較して見返したが、全幕作品を見ただけでは上半身がロシアバレエよりも大きく使うとは、思いもしなかったからだ。

特記したいのはグリッサード・マミというエクササイズについて。マミとはチェケッティの愛猫で、膝の上に座っていたマミが「ピョン」と飛び跳ねてしまったところでインスピレーションを受けたチェケッティが作ったエクササイズだという。

鶴谷氏は、数にして500を超えるエクササイズの中からこのコンビネーションを見せてくれた。表現力を養うことを目的とした金曜日のアダジオはグリッサードから開始するのだそうだ(アダジオは軸を鍛えることにフォーカスしたものと、表現力を養うことにフォーカスしている2種類に分類されている)。ここではアシュトンのように上半身を大きく折り曲げる、それは手が床に触れるほど。ここまで大きく使うことはワガノワメソッドでは、ありえない。これを見て、ワガノワメソッドのほうが日本の「習い事」としてのバレエには、向いていると考えた。チェケッティは足首の交差を好んだことも有名で、即ちアントルシャなどのバットゥリー*(ワガノワメソッドでは、一部のパの名称を除き、バットゥリーという表現を使わない) がワガノワを超えて追及される。そうなると当然のことながら、確立したアンディオールが重要となってくる。我々農耕民族の身体には、ハイレヴェルなメソッドであると実感したことはここで述べておく。

チェケッティメソッドでは使用音楽まで、曜日ごとのエクササイズに対して決まっている。一部のエクササイズのプレパレーションは、時間の無駄を省くために無いとの説明を聞いたところで、チェケッティ自らがヴァイオリニストで、ダンサーに合わせて弾いていたと大学で学んだことを思い出した。

鶴谷氏のレッスンでは、ワガノワメソッドでは考えられないような美しい言葉を使ったレッスンが展開された。「チェケッティの愛猫」、「薔薇の花一輪を摘む」、「キスを投げる」、「チューインガム」といった具合に。 

それは鶴谷氏が考案した表現ではなく、そう教えるのが道理であると―たしかに西欧でこのメソッドが流行るわけだと、納得せざるを得ない。哀愁漂うロ短調をこよなく愛し、ジャガイモを比喩に使っているロシア民族とは似ても似つかない雰囲気を感じた。

 

そしてチェケッティ・ポールドブラの特徴と理論は、ワガノワメソッドの男性教育プログラムにそのまま適応されていて、ワガノワは女性だったことから、男性プログラムのポールドブラは改訂しなかったのかもしれない。私はバレエメソッドに性別を与えるとしたら、チェケッティは男性名詞で、ワガノワは女性名詞、あるいはチェケッティの男性のバレエメソッドというように、形容詞とするだろう。

腕は身体の中心となる軸を通らず、あくまでも「身体の自然な動き」を追求し、アロンジェなどの女性的な動きを省いた、この理にかなったポールドブラは、ワガノワメソッドにおいては男性に適応されている。(例; 第六ポールドブラ、グランプリエ、ピルエット等のアームス)

 

「西欧で踊りたいならチェケッティ、東欧ならワガノワメソッドを学ぶのが良いのではないか」鶴谷氏は言う。

“バレエ教師は医者の処方箋のように(動作を)調合すべきだ”―とチェケッティが遺した言葉がある。

だからと言って、メソッドを乱用していいものではない。生徒を混乱させてはならない。「今日はこのメソッドから、このパを、当メソッドに基づいて呼称した上で稽古しましょう」とするのがベストではあるが、日本国内のバレエ状況において教師がたった一人でそれを実行するのは非常に困難である。

 

それを可能とするためには、教師がテーマを定め、一定の期間ごとにレッスンを行うことで

生徒たちは躍りや監督の指示に対して臨機応変に対応できる力が身に付くことだろう。


砂原伽音