あれほど気丈な方であったのですが、お付き合いをしてから30数年経つのに、一度も弱音を吐いたことを聴いた覚えが無く、いつも元気にされていることが、当たり前にその方とイコールで結びついていました。

お酒も好きですし笑顔で大きな声を張上げて、時にはカラオケで楽しんでいる姿もありましたし、とっても気前が良くて、何度ご相伴に扱っているのか数知れないほど、大変にお世話になってきた方です。

こうした人徳がある方ですからかなりの信望も厚くあって、幅広く交流関係をお持ちでいらして、ご商売や交友関係が豊で、話題も知恵も頓知も全てを学ばさせてもらっています。

何処にいても明るく元気が取り得で、張りのある声を聞かせてくれていたのですが、今日始めて涙声を聞くことになりました。

長年連れ添ってきた大切な奥様を亡くされて、午後に葬儀が執り行われたのですが、その葬儀会場での喪主としてお礼を述べるときに、語る声も張りも元気が無く、思い出を遡っている時に、感無量の限度がきてしまい、声を詰まらせてしまいました。

このときばかりは視線を送ることができなく、こちらも下を呆然として見入るだけでしたが、耳に聴こえる鼻声や語る言葉のつまり具合が辛くて、じっと我慢をするばかりでした。

奥様が発病をしてから約40年間も看病や介護をしてあげて、若きときの寝たきりの奥様を、確りと支えてあげてきた自負があって、お礼の言葉にも気丈な一遍が見え隠れしていました。

暫し途切れてから、走馬灯のように40年間の看病の大変さや辛さが堰を切ったのでしょうか、身内や親類の心温まる看護があったからこそ、長い闘病の生活ができたことと、ご近所の方が面倒を診てくれていたことを、溢れるようにして吐露されていました。

聞く側の参列者も、かねがね長い闘病生活と看護の一端を聞いていましたので、自分なりの思いをこめて同情をもってしまい、わが身を思い起こしても、お袋さんを7年間看護をした体験を重ねてしまいました。

お袋も同じ病の寝たきりになってしまい、年ごとに身体が利かなくなって、ついには寝たきりとなってしまい、年々介護をする内容が厳しくなってきたものでした。

その大変な看護を理解しているからこそですが、全ての生活の様子が目に浮かぶことができるのでした。

寝たきりの家族がいることは、どんなに細かく説明をしようとも、どんなに上手く語れても、その真実を伝達するには、並大抵の伝達能力をもってしても、十分には伝えることができないものです。

人の命を護り精神的な負担を和らぎ、安心して療養をしてもらいたくて、家族が一生懸命に介護をするのですが、家族だから甘えることもあって、感情の行き違いができることがあるものです。

世話をする側も、色々と疲れる仕事をしたうえでの看護となって、十分な誠意を示すことができないこともあります。

お互いの日常にそれぞれの事情が違ってある毎日ですから、家族間の食い違いは、大きな甘えとなってしまいがちです。

そんな家庭内の事情を理解できながら、気丈な方の涙声を貴重な存在として受け止めて、しっかりと脳裏に納めることができました。

いつものジョークを聞かせてくれて、元気良く声を掛けてくれる日を待ち望んでしまいますし、奥様のご冥福を心からお祈りをさせて頂きながら、献身的に介護をした仲間として、お互いを信望してしまいました。
気圧の変化があったのでしょうか、太平洋の高気圧が南に下がったために、すっかり秋らしい爽やかで凌ぎやすい陽気が戻ってきましたが、日中はまだまだ半袖で丁度良く、就寝がすっかり楽になったことがとっても嬉しいことです。

透き通った夜空に満月が浮かぶ情緒が間も無く目に出来ますが、中秋の名月をお祭りにして、大切にお参りする習慣が韓国には残っているようです。

毎月のように訪問していた時があって、四季それぞれの祭事とか風習を目にすることが出来、隣国の異文化をと入りいれた先人の思いに、心を馳せていたことがありました。

夕刻になってから、古いお付き合いがある韓国の先達から宅配便が届き、中秋の名月を愛でながら食する干し菓子を一箱届けて頂いたのですが、2年ほど前にも同じ箱が送られてきたことを思い出しました。

風土習慣が違うのですが、半島から文化が渡来してきたわが国の歴史にあって、干し菓子をおめでたに頂く習慣があるのでしょうか、思いつかない頭の中で試行錯誤の模索をしてしまいます。

韓国の先達からの手紙に寄れば、中盆のお祝い菓子と書かれていますので、日本式に言えば中秋の名月にあたりますし、関東近辺の風習を思い返してもお月見団子しかないのですが、満月を神格化された崇拝する文化とは、あくまでも精神的な安堵を求めて、手を合わせ幸せを願う心は、おそらくは人種や国境は関係がないのでしょう。

異国の地で見る満月は、一層神秘的に心の中に染み込んできて、澄み切った夜空が美しく、夜空に吸い込まれるほどの魔力を感じたものでした。

天空を仰ぎながら、同じ満月を眺めている人を思い、どれほどの国のどれほどの人間が眺めているのだろうか、そんなドラマチックにロマンスを願ったことも、若い時のよき思い出の一ページでした。

なぜか心身が清涼に洗われて、実に素直な心を形成することができたのですが、こうした美しい心を忘れずに持ちたいものですし、清き心こそ若さの源泉ですし、生きる人生の源流を自ら構築させる心構えが認識させられます。

おそらくは韓国から送られてきた干菓子ですが、季節限定の銘菓なのでしょうし、貴重で高価な一品に思えます。

大きなダンボールに袱紗で包まれたお菓子の箱があるのですが、なかなか手に入らないであろうことを懸念してしまいますと、安易に口に入れることができない気がします。

行きなれた街を思い描きながら、先達が気遣ってくれたことは、おそらくは縁起物のお菓子を賞味して、幸運を呼び戻すことを一心に念じてくれたのでしょう。

先達のありがたい心遣いの期待に応えるためにも、無我夢中で努力をして、誠心誠意世の中の為にを優先しながら、自然界にも神仏に手を合わせる清らかな心を誇って生きたいものです。

日頃は鬱積が溜まることばかりですが、ありがたいことに多くのお仲間がいてくれることが、どんなにも大きな力を下さって、励みにしてくれているかを、存分に享受しているところです。

もてる能力不足ですし、それだけの人間の器ではないことを知っているのですが、ことあるごとに話の輪の中心にいれることが嬉しくて、ついつい皆さんの友愛に甘んじさせて頂き、多くのお仲間の交流を楽しむことができています。

みなさんがご自身を弁えていて、ある程度の距離感をもって、一歩も二歩も引き下がっての友愛を発揮させてくれることが、非常に嬉しく心強く感じております。

何でも話せるからといって全てに許しを得るのではなく、お互いの立場を優先させて、お互いを尊敬しあって、無理で法外な会話はしないことを心得ているところです。

土足で他人の家に入り込む、そんな乱暴な言動も無く、あくでも紳士に節度を持った交流は、お互いを尊敬しあうことができますし、お互いを本当の仲間として受け入れることができように、自然に心豊かになるものです。

誠の心をもって正直さを発揮させるならば、おのずと自然的に仲間や友人が増えてくれるのですが、節度をもった親友や仲間との交流からは、一層深まる友愛を感じますし、許しあいできる懐の深さを感じることがあります。

毛嫌いする人がいたとしても、簡単に気にしない程度のお付き合いができるようになりましたし、気があわない方とも、無駄な気配りや労力も掛けない省エネ的な交流がされることで、自分の精神的な負担がなくなりました。

友人の輪が広がれば広がるほどに、色々な方との出会いがされて、どうしても利害関係の土坪にはまりやすいのですが、割り切る考えをもってすれば、非常に安易にことが進みますし、仲間との関係もスマートにされることを気付いています。

強い気構えをもってこそ、平身低頭にもなれて、無視することでなくても物事が上手に流れていくことができて、ある意味、効率のよい人間関係に結びついているようです。

それでも、その全てが上手く行くのではなく、知恵者である人間族との交流では、中々一筋縄ではことが進まないもので、気苦労や創意工夫の努力が終えることは無いようです。

皆さんとのコミュニュケーションでは、先ずは情報の交流とお互いを少しでも理解するように、心配りをする中で、相手側も心変わりをしてくれことがあることを知らされました。

嫌な気苦労をするよりも、少しでも爽やかな環境の中でお付き合いがされることが、どんなにか気分が好いかを判断すれば、長老でも若輩でも年齢や交友暦に関係なく、それなりの進化をもってくれるものです。

日々あらたに、日にあらたにして、また日をあらたにする精神を学び、日ごとに新しい時間を迎え入れる気分にすれば、人間的にも最高の精神環境が出来上がります。

メールでも電話でも、何かと相談を持ちかけてくれる友の存在は至宝です。

理屈抜きで様々な仲間との交流と、知人との交流と、袖刷りあう人との交流も含めて、まだまだ学びをさせて頂くことばかりですが、お互いが切磋琢磨の励みをして、お互いに成長できる感化をしていきたいものです。

日々心掛けることは、最善の素晴らしい結果をお思い描いていくことだと思いますし、そうあるべきことを確信しているところです。

先輩も同輩も後輩も、最近富に親しく学びあえる仲間が増えつつあることが、実に嬉しくありますし、いきる励みになってくれていますが、皆さんの表情が一段と年齢よりも若く感じられることが誇りになっています。

何かの本に書いてあったのですが、何事も無く淡々と暮らせる日常は単純すぎて、生きている価値や意味が薄いことが書かれておりました。

波乱万丈があってこそ生き甲斐があり積極果敢にして、日々を挑戦して生きていくことこそ意義深く、強い意味があることを説いてくれますが、気弱な身では、なかなか思うような力が発揮させることができません。

色々なことを経験して生きていますと、様々な厳しい境遇を味わうことになるのですが、想定外の、まさか、なことも多くなるのが、必然的に年齢が嵩んできてからのようです。

定年退職をめでたくして、のんきに隠居生活をされている方がいますと、とっても羨ましいのですが、我が同胞を観ていますと、過去の人生に疲れ果てて、気概がまったく感じられない方がいたり、同じ年齢には到底観えない老けた人になっていたりするものです。

もっと人生をアグレッシブにさせて、波乱を乗り切っていけるパワーを全開にさせて、自身の歩む人生を闊歩して楽しんでいけるだけの、心強い活力を出していきたいものです。

ついつい辛い時には、視線を下に下げがちになるのですが、こんな時にこそ堂々と闊達にして、大変な身であることを消してしまうほどに、こころ丈夫な元気をだしたいものです。

今日は残暑が非常に厳しい一日でしたが、朝からありとあらゆる仕事に携わって、なんとか一つ一つを終えようとした夕刻になって、携帯電話に知り合いの奥様の訃報がとどきました。

まったく予想していない方でしたから、一層精神的に大きな負担となってしまったのですが、心配事が重なっているときには、こうした追い討ちがあるものだと理解をして、こんな時にこそ平常心をより心得ておく必要があります。

そのことを絶えていけるからこそ、その人に与えてくれる天命の艱難なのですから、まともに受けてこその、天命の剛毅な生き方ができる要素が醸成してくれるのだと、そんな風に理解をしています。

どんな場面でも威風堂々として、屈強な男としての格好よさは表現することができなくて、頼りがいがある人間形成を、少しは心がけてみたいものです。

訃報はまったく予定外のことですから、様々な困難と直面して、対処をしているときには大きな負担になりますし精神的な重圧は、予想外の負担となってくることがあります。

様々なことが起こりえて過ぎ去るのが、この世の中の仕組みであり常になっていますから、どんなことでも何でもあって当たり前と度胸を決め込んで、時流に流されていくのも、人生の一つになります。

所詮は世の中に生かされている身ですから、粋がる必要もないのかもしれませんし、太っ腹な誠意をもてる人間を演じていきたいものです。

公平な立場で正直にする態度は、誠意を発揮させることができます、心掛けるこころの豊かさと人格の磨きを誇りにさせることができれば最高でしょう。

好き嫌いの判別をするのではなく、心の豊かな人間を心がけ演じることから、全ての人生は力強く継続されていくのです。
中国や韓国や台湾が主になりますが、ネパールとかバングラデッシュから、日本に勉強に来ている若者の支援をする組織として、大学生への奨学金の提供があるのですが、4月から受給されている学生との懇親会が行われました。

まだ数ヶ月の関係が経過されただけなのですが、中国吉林省から留学してきたナイスガイですが、家族で食事も何回か楽しみ、徐々に家族としての付き合いが深まってきたのですが、家庭のこととか、今後は家族同様にプライベートな話題ができることを、今後の楽しみにして環境作りに工夫をしていこうと思っています。

来年には修士課程を修了して、日本国内のIT関連の仕事をしたいとのたっての希望もあって、ただ今就職活動の真っ最中ですが、一日も早く希望通りに決まって欲しいものだと願っています。

そんな彼の仲間が大勢集ってくれて、懇親会の開催となったのですが、今後はこうした仲間の輪を大切にして、年々増えていく奨学生の仲間の定例会を開催できるように、集まった皆さんの意識を共有する組織の相談もされました。

約20数名の奨学生が集まってくれて、それぞれにカウンセラーの親代わりの方がご一緒で、和やかな一時が楽しく過ごすことができました。

県内各地から様々な大学の学生が参集してくれて、自由闊達な意見交換と親睦を深めてくれて、少しずつ親代わりの役目が果たせることになったのか、集まったカウンセラーの皆さんもゆとりをもっていらっしゃるように伺えて、カウンセラー同士も仲良く情報交換をすることができたのです。

話が進むうちに、お互いの苦労を交えた経験談を披露することになり、お国柄が違うと人様々な披露話となってきて、なかなか貴重な体験談を聞くことができました。

一様に思うことができたことは、実の親子以上に交流が深まってきたそうで、なかなか良い感じの親子関係になってきていることが、言葉を裏打ちさせるように、親密に語り合っている様子から窺えました。

同じ境遇にある仲間の集まりから、自分が持っていないことを感じて、その足りないものを充足する場として、仲間の素晴らしいところを見つけ出してほしいことを、心から念じてあげたのでした。

奨学生同士のお互いがもっと切磋琢磨をして頂き、人格形成を留学先の日本で成長をして欲しいものであることを希望して、期待感をもって頑張ってくれることを願っているのです。

自分の家族以上に気を使いながら、どうしたら効率よく最善な効果が発揮してくれるかを思慮しながら、更には日本国家や文化のよさや日本人の素晴らしさを学び取ってくれることを、期待して願っています。

あわせて思うことは、彼らや彼女らから尊敬してもらえるカウンセラーでありたいし、自然にそうした相互信頼できる仲間でありたいしと、我欲ばかりが強くなってくるのが大きな反省点になっています。

今後も奨学生との意思の疎通をはかって、小さな親切を積重ねていき、お互いが同じ人間として遥かな交流ができるように、創意工夫をしていかなければなりません。

日本の大自然を味わってもらいたく、来年にも富士山近辺のドライブを企画していますが、彼との機縁が中国との大きな架け橋になってくれて、一期一会の良縁になってくれることを、今から願ってしまうのです。
65年も生きてきて、県内地元の訪問したことの無い町も結構あるものだと、県内の地図を思い描きながら、ふと思い描いてみたのですが、普段ご縁が無い方角が決まってあるもののようです。

最近になったら殆どがJR線が主流であり、行き先も東京であるために、丸の内線の地下鉄を併用するのが定番となっています。

東京に向かう駅々には、各私鉄が接続されていて、最近は随分と便利になってきた鉄道事情ですが、目的が都内のですと、必然的にJRが主流となってしまいます。

今までの殆どが、JR駅から分かれて始発する私鉄に興味を持っていたのですが、なかなか利用するご縁が無くて、今までは視線を送るだけの状況でありました。

数えただけでも、JR駅と直結している私鉄は、タウンライナー都市モノレール線・京成線・新京成線・東武線・地下鉄東西線・西武線・つくばエキスプレス線・京浜急行線・小田急線・都営や営団地下鉄線・・・等々移動する範囲だけでも結構あるものです。

ローカル的なものでも、いすみ鉄道や小港鉄道や銚子電鉄が接続されていますが、その殆どが名ばかりの親しみがあるだけで、同じ県民としては、ほぼ利用する機会がありません。

JR線からそれぞれに特徴をもって、私鉄沿線の景色を作っていくのですが、東京に向かっている途中駅の、乗り換えの私鉄沿線は、どんな風景が待っているのかと、時々センチメンタルなことを考えることがあります。

それこそ今までの人生で、何回こうした経験をしながら東京行きの電車内で思うことがあったのか分かりませんが、初めてJRから乗りついて東武野田線を利用する機会ができました。

乗り継ぎのJR駅は慣れ親しんでいるのですが、東武線の駅もホームも初体験でして、戸惑うことばかりがあったのですが、今の時代は共通カードを利用して改札ができることが嬉しいものです。

感覚的にはJRの延長に思えるし、安心して乗換えができることが、少しは気を安らかにして行き先のホームを探すことができました。

JR以上の新型の車両も明るく快適で、初めて聴く駅名や沿線の風景を楽しみながら、生まれて始めての野田の町に到着することができました。

古くから味噌と醤油の製造する町として有名なのですが、町を流れる江戸川の渡船の利用があったお陰で、江戸との交流が盛んになって、繁栄できた町であることを教えて頂きました。

会合でお会いできた方が、誇らしく野田の歴史を教えてくださり、合わせて情け深い人情をもった人々が、古くから献身的に社会貢献をされている風土を語ってくれました。

確かに風格を残して独特な町並みを垣間見ることができますし、同じ県内でありながら、風土や人間味を感じることができる、歴史の深さを体感することができました。

方角的には埼玉県と茨城県の県境が目の前にある特異性もあって、他県に来ている感じがしたのですが、たまには私鉄沿線の利用をして、脳の活性を図ることも必要であることを思いました。

開放的な最新型の電車内で、のんびりと一日乗車している時間も乙なものであることを知り、新幹線の点移動するだけの無味乾燥から、町の空気を感じ取りながらの間合いできる私鉄の旅を、これからの人生の中でも、貴重な体験とさせていこうと念じています。
本当に人間の能力の奥深さは計り知れないものがあり、一見したものの判断では、他人の評価などいとも簡単にはできるものではなく、決してすべきことでないことを確認できました。

めったにお目にかかることは無いのですが、定期的に10年間に亘っての交流がされてきて、普段は冗談を言い合って、和やかな談笑をしていたのですが、その殆どが宴席であったために、その方の一面のみで自分なりの評価をしていたようです。

その方とは、本当に何年ぶりになるのでしょうか、つい最近になって偶然にも再会することができ、懐かしいご無沙汰のご挨拶をして、旧交を温めることができました。

相変わらず昔のイメージをもって、そのままの人として接して、宴会時の延長の雰囲気をもって交流をしたのでしたが、今日の本性を知って、一瞬言葉が出なくなったほどでした。

前回再会の日から2週間を置いて、またお会いできたのですが、頭の中の評価が狂いだしてしまったのは、重要な会議に入ってからのことでした。

今までの交流で窺っていた一面では、きっと討議には参加してくれないであろうと、勝手な解釈をしていたのですが、結構難題な問題提起に、核心をついた持論を得々と熱弁をしだしてくれました。

それまでは、比較的気楽な受身をもって対処していましたから、本気で討議に加わってきて、その的確な判断と歴史的な背景を確りと把握されていることに、はなはだ感嘆をするばかりでした。

さすがに、脳ある鷹は爪を隠すとは、昔の人ほど言い得て妙であると、実際にある本当のことなのだと納得をしたのですが、一気呵成に持論を語りだした時には、心底驚いてしまいましたし、こちらの頭の回転が追いつけないほどでした。

その方がすべてに語る持論が正論であって、隙いる暇も無いくらいの熱弁を披露してくれて、開いた口が塞がらないほどでしたが、視線を合わせるごとに熱がはいってきて、ついつい、こちら側が視線をそらすことになり、しどろもどろで終えてしまいました。

心の中では絶対的な降参をしてしまい、腑の中でこそ批判や軽蔑をしてしまっていたのですが、とんでもない誤解と無見識な見解を、ただただ心から反省をするばかりでした。

これほど深く物事に精通していて、理論をもって理路整然に評価をしてくれることが嬉しくて、今までのお付き合いの時間の中で、何故に本音を披露してくれなかったのでしょうかと、大いに訝ってしまいました。

それにしても、視線を合わせながら議論ができたことが嬉しいのですが、何分にも呆気に捕られてしまい、かえって、自分自身の不勉強さと知識の浅はかさを露呈してしまい、反省だけが寂しくつのるばかりでした。

最初にお会いした時から、ここまでも博識をお持ちであったのでしょうか、最近になってから心変わりがされたのでしょうか、真相は聞けずにおりますが、驚くほどの勉強家であることは間違いがありません。

少しばかり詮索する中に、親炙していた方がいらっしゃって、きっと日頃のお付き合いの中で、日薬のように感化されていたのかもしれなく、漸くにして開花できる機会に恵まれているのかもしれません。

おそらくは、彼自身本気で自己勉学をした結果であり、こつこつと自習をしてきた成果があるのでしょうし、今後は正々堂々と披露をしてもらい、良き指導者としてリードをする立場になって欲しいものです。

歴史的な背景をもって、事実を把握してことの判断を性格にされる能力が、いまとなってはとても羨ましい限りですが、決して良き仲間としての切磋琢磨と感化し合える友愛を、今後共に育てて生きたいものです。
何かと厳しい状況が立て続いている環境がある身であるのですが、本当に世間の皆様には、温かなご支援やご理解を頂いていることが、理屈抜きにありがたく身に受け止めております。

ここ近年は、ことある毎に家族を巻き込んでの困窮を味わっているのですが、全ては自分が撒いた種ゆえ、自責の念を強くしているのですが、問題の根本解決をするには、甚だ力が及ばないことが多々あります。

それでも世間並みに、日々の家族一同が健康で暮らしをしていける状況をもっていることが、実に摩訶不思議なことになっているのですが、全てに世の中と人様の温情であると心得ています。

世間では厳しい世情をもって、随分と悲惨な報道がされておりますが、わが身とて悲惨さは変わりありませんが、できるだけ正々堂々と生きる信念をもって、かつお世話頂いている世間や人様に、できるだけの報恩をしたいものと強く念じているところです。

感謝の心をもって、常に謙虚に素直な心をもって対応できるように、無心を心掛けているのですが、心がけだけでは、ことは簡単に円満解決にはしてくれません。

案ずるは生むがやすし、と言われますが、一面の厳しい自律の精神があるからこそで、自分で出来えることを精一杯してから、厳しい世相を超越してから達観できることになのでしょうか。

全ては自分自身だけで、完遂できることではありませんが、無理を承知で工夫し頑張っている姿があればこそ、許しあえる現実として、提供される寛恕の場ができるのだと理解をしています。

全てに甘えているのではありませんと、しっかりと強くアピールできる矜持と、自信をもつことから、世間の人様から助けの手が差し伸べられるのでしょう。

以外にも自虐的な評価と違って、自己評価を超えて認めてくれることを、改めて知ることになった現実で、案ずるは生むが安し、の対価として自己評価がされるのかもしれません。

苦しい時の神頼みも、まったく同じような考え方が通用していくべきで、苦しみの中にあえぎながら苦心する姿があればこそ、神様のお加護が授かるのだと思っています。

断崖絶壁の際どい生き方とか、瀬戸際の苦しい時の現状を表現できる言葉がある中で、常に変わらぬ謙虚さと従順さを至宝のようにすべきだと、独自の観念をもつことができています。

大きな壁を砕くことができない自己能力を良く理解をして、あきずに支持支援を継続してくれている大きな魔力をありがたく受け止めて、感謝・感謝の生き様を誇示してみたいものです。

世間とその人々に、生かされているのだという日常を、良く承知をして、毎日気付きの合掌をし、手を合わせることで、心からの報恩を誓ってみたいものです。

心新たに、謙虚さをもって正直に誠心誠意のこころを育成して、家族共々真正面を見つめながら歩み続ける心がけをしたところです。

神仏の加持力を信じて、お加護をありがたく身に受け止めていますが、何時かは必ず報恩できることを現実とするために、刻苦勉励の厳しさを忘れずに身に付けていこうと念じています。

天変地異ではありませんが、一転して大雨になってしまい、車の乗り降りにも足元から土砂降りになって、靴の履き替えやズボンや上着の着替えで大変な思いをしています。


夕刻のテレビニュースを観ていたら、猛暑が照り返す画面でなく、いたる街が水害になっていて、濁流の中に取り残されている人々の救助が、報道の時間制限一杯にされていました。


降水量が全国で最高の水位があり、中心街では地下街の水害が大きくあったそうで、同じ県都に住む住人としても、テレビの報道でことの経緯を伝えてもらいましたが、鉄砲水の排水量を処理できる満足な施設は度外視のようです。


台風一過が過ごしやすい秋を招いてくれれば良いのですが、果たして予報通りに自然が動いてくれるのでしょうか、1週間の猛暑のあとには、期待感をもって秋を待ちわびてしまいます。


えてして、長い猛暑の時期が続いた後には、水害になるようなお天気が激変をするもので、今までの体験にしても、台風や雷雨がもたらす季候異変は、予想外の効果や被害を残してきました。


地球全体が温暖化になって、干ばつや氷河や凍土の解凍があったり、この先の自然災害が心配されてきますが、海水面の上昇の兆しもあって、湾岸に埋め立てされた新興街が、本気で心配されます。


いまでこそ高台の街に住み移ってきたのですが、子供のころに育った東京湾の一角の海辺では、年何回か必ず高潮がやってきたり、台風の影響で海水が陸地まで上がってきていたものです。


海岸沿いにある国道からは、神社が一段と高くなっているのですが、高潮が来たときには5メーターは海水の位置が高くなって、国道を大きな波が押し寄せて、神社の階段まで海水が上がってきていたものです。


怖いもの知らずの子供時代は、神社の狛犬の塔によじ登って、この高潮の様子をみていたのですが、恐怖感ではなく、自然の力の頼もしさを驚嘆して、波の見学をしていた記憶が残っているのです。


その国道からは2キロも先まで埋め立てがされて、昔は深い海の底であった新しい住宅地には、高層や戸建の多くの建物があって、新しい役所や病院や学校の公共施設が、近代的に構築されて、まったく近代的な新都心を形成しています。


万が一ですが、子供のころの自然災害がやってきたら、それこそ、輝かしい新都心が全滅になってしまうわけで、子供のころの水害を実際に体験している身では、恐ろしいことを考えてしまいます。


不思議に思うことがあるのですが、毎年定期的にやってきた高潮や台風は、なぜ急になくなってしまったのでしょうか、今になっても実に不可解でなりません。


自然災害とは何時どのように襲来するかは、またくの未知数ですが、平和に営んでいる家族を犠牲にすることだけは、是非に避けてほしい願いですし、行政の協力をもって安心できる生活環境を構築することを念じてしまいます。


台風の威力が衰えて熱帯低気圧になったそうですが、以前風雨が強く残っていますが、是非に台風一過のすがすがしい秋を満喫できたらと、願う人々がほっとする笑顔を共有できたら心底から喜ばしいことです。


おなかの奥にある腑の本音とは、どのようにしたら話すことが出来るのでしょうか、言葉の中では、本音ではなすとか、腹をわって話すとか言われますが、現実になると難しいものがあります。


いつも顔を合わせている仲間であっても、余計な詮索になると心構えてしまい、相手の方の名誉や矜持に思いをはせて、気遣いの遠慮をしてしまいがちです。


どんな場面の会合でも言えることですが、過剰な思い遣り精神が発揮されて、素直な言葉がなくて、正確に物事を聞き出し伝言することができない、厳しい現実があるものです。


いつも願っていたことがあって、今日はそんなことが実現することを期待して、予定されていた会合を興味深く待つことができました。


顔なじみのお仲間が手を貸してくれて、20名ほどが参加する会合が始まったのですが、お互いが顔を見合わせることが出来るように、丸いテーブルに向き合って企画をしてみました。


前もっての会合の意味合いを広報していましたから、ある程度はそれなりの理解をもって集まってくれて、皆さんが積極的に話しの輪に入ってくれたのですが、お互いが信頼しあっての会話とは、ある程度の時間が必要なことが理解できています。


一人でおしゃべりを延々とする人や、勝手な意味ないことを話す人がいたりして、最初は空回りの空論があったのですが、一つの発言をきっかけにしてから、堰を切ったように話し合いがされてきました。


お互いの会話がなくとも、日常からその人となりを観ている事が理解でき、尊敬に値する身であれば、その恩恵として腹をわった話しができることを体験することができたのです。


何人かの方々が言葉にしていたのですが、そのリーダーとしての認知を如何にしてもらえるかが、深い信頼につながることを認識して、結果的には優れたリーダーを共有しあうことなのです。


お互いが尊敬し合えるリーダーを鑑にして、お互いに信頼をして心を許しあえる時間が必要なことと、普段からの醸成の分かち合う間が必要なことを感じ取ることができました。


会議の時間が経過するうちに、最初はなかなか本音の部分が言い出すきっかけがなかったものが、一人の発言を機会に堰を切った討論となりましたことが、リーダーの見習いを辞任すれば、好い学びの機会になりました。


一人一人が優れたリーダーを自認することができれば、おのずと腹を割った本音が出てくるわけですから、結果的には人格を磨きあう仲間が大勢いればいるほど、磨かれた本音が出やすいのかもしれません。


とするならば、まだまだ荒削りな仲間達が、一層学び励み自身を研鑽していくことを自認して、相手の方を思い遣ってあげる必要性を弁えてあげることが、大きな意義であると思っています。