お酒も好きですし笑顔で大きな声を張上げて、時にはカラオケで楽しんでいる姿もありましたし、とっても気前が良くて、何度ご相伴に扱っているのか数知れないほど、大変にお世話になってきた方です。
こうした人徳がある方ですからかなりの信望も厚くあって、幅広く交流関係をお持ちでいらして、ご商売や交友関係が豊で、話題も知恵も頓知も全てを学ばさせてもらっています。
何処にいても明るく元気が取り得で、張りのある声を聞かせてくれていたのですが、今日始めて涙声を聞くことになりました。
長年連れ添ってきた大切な奥様を亡くされて、午後に葬儀が執り行われたのですが、その葬儀会場での喪主としてお礼を述べるときに、語る声も張りも元気が無く、思い出を遡っている時に、感無量の限度がきてしまい、声を詰まらせてしまいました。
このときばかりは視線を送ることができなく、こちらも下を呆然として見入るだけでしたが、耳に聴こえる鼻声や語る言葉のつまり具合が辛くて、じっと我慢をするばかりでした。
奥様が発病をしてから約40年間も看病や介護をしてあげて、若きときの寝たきりの奥様を、確りと支えてあげてきた自負があって、お礼の言葉にも気丈な一遍が見え隠れしていました。
暫し途切れてから、走馬灯のように40年間の看病の大変さや辛さが堰を切ったのでしょうか、身内や親類の心温まる看護があったからこそ、長い闘病の生活ができたことと、ご近所の方が面倒を診てくれていたことを、溢れるようにして吐露されていました。
聞く側の参列者も、かねがね長い闘病生活と看護の一端を聞いていましたので、自分なりの思いをこめて同情をもってしまい、わが身を思い起こしても、お袋さんを7年間看護をした体験を重ねてしまいました。
お袋も同じ病の寝たきりになってしまい、年ごとに身体が利かなくなって、ついには寝たきりとなってしまい、年々介護をする内容が厳しくなってきたものでした。
その大変な看護を理解しているからこそですが、全ての生活の様子が目に浮かぶことができるのでした。
寝たきりの家族がいることは、どんなに細かく説明をしようとも、どんなに上手く語れても、その真実を伝達するには、並大抵の伝達能力をもってしても、十分には伝えることができないものです。
人の命を護り精神的な負担を和らぎ、安心して療養をしてもらいたくて、家族が一生懸命に介護をするのですが、家族だから甘えることもあって、感情の行き違いができることがあるものです。
世話をする側も、色々と疲れる仕事をしたうえでの看護となって、十分な誠意を示すことができないこともあります。
お互いの日常にそれぞれの事情が違ってある毎日ですから、家族間の食い違いは、大きな甘えとなってしまいがちです。
そんな家庭内の事情を理解できながら、気丈な方の涙声を貴重な存在として受け止めて、しっかりと脳裏に納めることができました。
いつものジョークを聞かせてくれて、元気良く声を掛けてくれる日を待ち望んでしまいますし、奥様のご冥福を心からお祈りをさせて頂きながら、献身的に介護をした仲間として、お互いを信望してしまいました。