かんみろぐ -9ページ目

かんみろぐ

ファミコン世代の現役高校生という謎の属性を持つちょっぴりヲタクな
UMA甘味堂という人物のどたばた日常記録という名前の日記。
+ポタリング記録とさいたま市某区の空記録がメイン?

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ライターってなんだろう?

「トラウマ克服出来ないと情報発信するな!」
そんなことをいう人間の言論にFavする。
有名になりかけのライター。

PTSDって…簡単に克服出来る筈もなく。
傷の痛みヒトリで抱えてたら社会的には楽だろうが。

「社会に声も出すな!」

そう言われたら、私は生きる価値すらないと宣言されたようなもので。

四半世紀のトラウマ。
犯罪被害者のトラウマ。

誰が放置してきた?
誰が追求した?

誰が犯罪被害者を放置した。

国も民もだけれど。
知らせる義務を怠ったメディアだ。
メディアは犯罪被害者本人と人生をスキャンダラス的に消費すれど救いはしなかった。


うん。嫌われ者歴ながいからさ、わざわざエゴサーチなんてしなくてもいくらでも
「嫌ってる人の予測、動きが見えるんですよね。」

それに日本人は影で揶揄るのが大好きなんですよ。
それだから村八分が未だにあるんですけれどね。
後ゴシップ雑誌も売れるんだよねー。
匿名掲示板での悪口大会・晒しスレもそう。

日本でサービスをする外国の会社の皆さんはそのへんの対策をしたほうがよろしいです。

最近ではLINE弾き・悪口を言い合ってたりしているようなのだとか。

これがさ、被害妄想とかならいいんですけれどねー。
被害妄想ではない過去のリアルないじめ、殺されかけたり、自殺強要を、電車の中で、ただ立ってるだけで殴る蹴るの襲撃されて、誰も助けが来ないなど、記憶が色々と、フラッシュバルブ記憶として蘇っております。

その上で、嫌ってることやバカにしていることそのこともWWW(World Wide Web)にあげているのでまー見事に、すべて可視化されています。

可視化される社会がネット社会とも言えるでしょう。
Information TechnologyというかWorld Wide Webというものは世界にオープンにされているネットワークです。

世界中に他人の悪口を言ってるのですからちょいっと検索掛ければバンバン情報入ります。
鍵をこじ開けるクラッキングを用いない方法もありますし(正確にはスプリクト自身の脆弱性によりロボットが入り込んでしまうケースだが)

それに、Web魚拓は「晒し」ツールとして主に使われてたりしています。
(だから魚拓には通報して消すということもできるんですよ)
アーカイブツールならわざわざ魚拓にしなくていいのです。
魚拓にするということはオープンにしかもアクセス解析されずに晒すという行為です。

いやー、嫌われ者歴が長くて、その上、晒しを行う側のツールの使い方などネット知識にある程度長けてると碌な知識が身につかない気がする。


ほんと、これだと猿のほうがいいやなんて思います。
過去最悪! “鉄道自殺年間647件”が道連れにしているもの (1/2) - Business Media 誠 http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1005/06/news033.html

関東圏に住んでいると、1日幾度も、「人身事故」という単語を聞く日もある。
件数は大体以下のとおりの件数である。

関西の友人曰く「そっちは毎日なんだね」
私「まぁね。人身事故と聞くと調子悪いとふらふらさまよいたくなるよ。レールの中を」
友人「おいっ!」

てな訳で、「鉄道自殺をよく考える人間」があえてこの記事について書いてみようというわけである。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1005/06/news033.html

過去最悪! “鉄道自殺年間647件”が道連れにしているもの (1/2) - Business Media 誠 via kwout


まぁ、こんな不思議話から始めようか?
御存知の通り、私は京浜東北線や埼京線・武蔵野線をよく使う埼玉県民である。

で、以前京浜東北線に乗り大宮駅に向かっていたが、終着駅になってもお経を唱えている人が居た。
その後私は帰宅のため、埼京線に乗り換え家の向かったのだが・・・



写真でお察し下さい。である。
しかし当然のごとく、私がこのお経を唱えてる人を見たのはこの情報前である。
私はスマホをいじってたため、一旦座って用事をしませてから、乗ってた京浜東北線は終着駅の大宮から出発しているのを見送っている。

で、この写真は埼京線から武蔵野線に乗り換える際、武蔵浦和駅で撮ったものだからだ。


なんて、多分そのお経を唱えてた人は偶然(の筈)だが、ミステリーとなってしまうのが日常である。

なんてことだろうね。

後もう一つ話をしよう。この春ぐらいだろうか?京浜東北線に乗っていた時だ。
「次の停車駅で人身事故が発生したのでこの電車はここで一旦停止し、次の駅で終点と致します」
「え?」である。

なんとか駅に着けたのが当然「事故が起きた次の停車駅」なわけで、降りたらそこにはガラスにヒビが入り、返り血を浴びて変な位置で止まっている山手線と人だかりが・・・
降りたらうっかりご遺体を見ました…
中にはスマホでご遺体撮影をしてる若者も多く私は驚かされたものです。

もう日常の一つなんだろうか? 鉄道自殺が。

この記事の2ページ目にこのような指摘がある。

江口昇勇(のりお)・愛知学院大教授(臨床心理学)は、「多方面に影響を与える鉄道自殺を選ぶ背景には『自分の存在を何とか知ってもらいたい』との思いがあるのではないか」

私は、なるほど。とも思ったが、記事にあるように「後先を考えずに飛び込んでいる」指摘も捨てがたい。
しかし、本当はどうなんだろう?と思うと私はどちらも違う気がするのである。

自分が「人身事故という言葉に引きずられて、飛び込みを考える時」の心境を自己分析してみようと思う。

自分がこの言葉に引きずられて魅惑を感じてる時、たいていは「人に傷つけられて、社会に生きていることが心底、今すぐ投げ出したいほど嫌になっている時」である。
どうせ、社会に居て役に立たないと散々、言われ、嫌われている人間。
そして、頑張っても報われず、社会に棄てられてきた人間だ!
飛び込んでちょっとの間首都東京の機能を麻痺させるぐらいいいじゃないか。

と思っている事が多い。

私は「希死念慮」を持って生きてるからかもしれないが、生きてることが罪深く思っている傾向はある。
この「罪深き人間」「穢れた人間」という部分が辛うじて鉄道自殺を止めている。
「罪深き人間・穢れた人間」が他の人様の生活を邪魔してはいけないのだ。
だから鉄道自殺を選ばない。確実性が高いのに。

では私から見て、自殺を防止するには?

って考えるとホームドアはある方がいいと思う。寧ろ必要。
まずはこれで絶対に転落は防げれるようになる。

しかし、積極的に自殺を選ぶ層へのアプローチは?となる。
精神病院に閉じ込めてもまずは意味が無い。
もちろん薬を処方するだけでも意味が無い。

話を聞いて、伴走する人ではなかろうか?
死んで、心から悲しむ仲間ではなかろうか?

しかも「社会福祉士・精神保健福祉士・カウンセラー」等、援助職を生業としてる人ではない。
自殺を選ぶ人は彼らを頼らない・頼れない。なぜなら「仕事だから」と判っているのだ。

自殺を選ぶ人には何処かしら孤独を抱えているもんだ。
孤独を和らげる必要がある。
しかし職業人は休みがあり決まった時間がある。
友人や家族が居ないひとはここで孤独を抱え引き篭もるのである。

場合によっては死刑(確実に殺してもらえるから)を求め「間接自殺」と呼ばれる現象を引き起こす場合もある。
秋葉原連続殺傷事件や心斎橋連続殺傷事件がそうである。
故・永山則夫氏の連続殺傷事件も広義では「間接自殺」なのかもしれない。

「間接自殺」の原因に深く絡んでいるのは「孤独」だと私は分析する。
職業人ではないんだ。救いは。

故・永山則夫氏が生きようと決心する理由も職業における支援者ではなかった。
ただの一般人たちが彼を慕い、彼に生きる力と、そして彼は才能も認められ、手記を出すチャンスも得た。
初めて永山則夫氏が「社会から必要とされたと感じた瞬間」ではなかろうか?
それを知ってからの死刑である。

残酷と私は思う。素直に。

犯罪被害者である私の視点でも残酷と思う。
救いが必要なのだ、加害者も被害者も。

そして日本で一番の自殺リスク群は「生活保護受給者」と「精神障碍者」であることも記しておく。
私は生まれながらの嫌われ者である。(えっへん)
親にすら妊娠発覚時に【死産】を望まれて生まれてきたのである。

ま、今日も相変わらず喧嘩を売られてきたぜ。

ってことで今回は、嫌われ者による「嫌われ者はこうやって作られてゆく。」をテーマとしてみようというわけである。

ちょいっと心理学的な話をしようか?

人間の心理として【共通の敵】というのが一人でもいるとコミュニティの治安が保たれるのだ。
それは上司でも、先輩でも、先生でも、友達でも、近所のオバちゃんでも誰でもいい。異国籍でもいい。
【共通している敵】というのが大事なポイント

日本で【共通している敵】と言うと…
1:生活保護受給者本人と家族
2:私生児・婚外子
3:精神障碍者
4:在日コリアン
5:低学歴層
6:性犯罪被害者


このあたりが筆頭ではなかろうか?
(※これらは筆者の主観でありもっと沢山の【共通している敵】が潜在してると思われる。)

【共通している敵】ってやつがいると楽なのよ。
本当に権力側にとっても、うっせきがたまっている人々にとっても。
だって考えてごらん、【共通している敵】を叩くことは許されるんだぜ?
暗黙の了解で。
【共通している敵】だから、普段いい人で通っている人も、バッシングして許されるの。
これって便利だよねー。

もちろんと【共通している敵】されてる人にはかなり辛いことなんですがね。
【共通している敵】を叩いてる間、自分たちは正義のヒーローになれるんです。
スカッとしちゃうんですね。

だから江戸時代にも「士農工商」の下に「穢多」と「非人」という差別階級がもうけられたのさ。

「スケープ・ゴート」がまさに【共通している敵】現象なんですよね。

で、Twitter界隈での【共通している敵】の話
有名人のばあい、信者が多いから有名人を敵に回す結果となるとそれだけで「攻撃対象となる。」
つまり、有名人の信者の人たちは「有名人に歯向かうヤツ=【共通している敵】」なのである。
これを逆手に利用して有名人は【気に入らない自分にとっての人間を【共通している敵】と仕立て言論封鎖を行う。】
これが所謂OTK・Z砲やHRKZ砲と呼ばれる現象で、個人ユーザーが凍結・又はTwitterアカウント削除の結果となるのである。


まぁ、私は何かといえば【貝にならない】【権力にごまをする気もない】【偏屈】【うるさい】挙句に【売られた喧嘩は買う】故に嫌われもの=【共通している敵】である。

もうね、生きた年齢+10月10日=嫌われ者歴なら慣れたもんですよ。
いつの日にか人は去ってゆくもの、って感じでね。慣れっこになるんです。

ええ、死にそこないですしね。それにです。
日蓮宗の尼僧に「芯でください」と袈裟を着て言われましたぐらいです。



こんな虫けらのように扱われてきた人間にも一応ポリシーは有りましてね。

他の人には死んでほしくないんですよ。

他の人は今は苦しいかもしれないけれどね、
悲しむ人がかならずいるんですよ。
それは自殺をした友人や、
がんで早く逝った友人を見送ってきたからなんだけれど。

みんな葬式で泣いてるんですよ。
残された人々が。

だから「過激派を自称する人」も実は私の友人に数名いるが、
この友人にも死んで欲しくはないわけで。

でも自分の葬式は来る人も居ないし
多分、行旅死亡人として公示されて、
さいたま市の霊園に安置されるんだろうな。
と、今は思う。
片山さつき議員は生活保護当事者の「敵」か それとも「無関心層の代表」か ――政策ウォッチ編・第37回|生活保護のリアル みわよしこ|ダイヤモンド・オンライン
 http://diamond.jp/articles/-/40951


一部の方とのツイッター上の議論に基づき赤字で示した部分は原文より書き改めております。

実 はこの記事をみて、「みわよしこ」さんのTwitterで出てきた一部の生活保護当事者差別等の問題もありますが、彼女もまた「電動車いすを使う身体障碍 者」であることを鑑みて、精神障碍者の視点なんてこの「みわよしこ VS 片山さつき」の対談には全くないのだろうな。

(※みわよしこ氏が精神障碍者でもあることは片山さつき氏には知られていなかったようです。)
そりゃ、「精神障碍者の視点」が抜けた感じの対談になりえるなぁ。という感想です。

もしかしたらみわよしこ氏が精神障碍者でもあることを片山氏に告げられていたならば、この対談が実現しなかった事も考えられます。
また仮に、みわ氏が生活保護受給当事者であれば尚のこと対談の内容はバッシング的な内容に終始ししただろうとも考えられます。


私自身は「ダイヤモンド・オンライン」のジャーナリズム的記事の一つとしての「生活保護のリアル」を読んでいたに過ぎず、筆者であるみわよしこ氏については深く知らずに記事を読んでいました。


オンライン版の元である、「週刊・ダイヤモンド」という雑誌は企業経営者向けの雑誌です。
その雑誌のオンライン版(基本的にはオンライン版もやっぱり企業経営者向け、上昇志向あるビジネスパーソン向けの記事が多い)が、社会的問題・社会的病理でもであり、そして雑誌とは全く方向性がちがう「生活保護問題」というものに切り込んだ珍しい記事で、よくこの記事を書き、ダイヤモンド社に持ち込んだライターとこれを載せたダイヤモンド・オンラインは勇気あるなー。
という感想を持ち好意的に読んでいました。


ダイヤモンド社に関しては、このような社会的病理である、生活保護のリアルというジャーナリズム的な記事を上げて頂き本当にありがとうございました。
これからもこのような方向性と違う記事を上げていってほしいと思います。

しかしながら、Twitter上でみわ氏と討論をした結果、ライターであるみわ氏に対して好意的な印象を持てなくなりました。


そう思い立ってTwitterで連続シリーズ的に書いていたものですが、ブログ用にまとめ直しててみることにしました。


日本国にとってあるべき姿とは、精神障碍者は隠しておき、一箇所か何処かに閉じ込めて見えないものにしておくべき 厄介な存在なのだろう。

例えば昔の座敷牢。今で言えば精神病院だ。だから、宇都宮病院事件のような悲劇が起きても、知らん顔してきた日本国民とマスコミと政治家達である。


正直、右派団体も左派団体も「障碍者との連携」を面に出していても、身体障碍者だけではないかと思われる。

(障碍者との連携を上げている左派団体で、「全学連(伍代委員長)」があるが、精神障碍者との連携は表立って発表は行われていないので現在のところ皆無とさせていただくことにする)


ちなみに救援を行ってる団体等を私は今回の「障碍者との連携」や「差別」に対する話にだす必要はないと思って出していません。
なぜなら救援会等が精神障碍者差別を行った事例を聞いたことがありませんし、それこそ「生活保護のリアル」の方で取り上げるべき方向性だと感じております。


私が出したのはどちらかと言えば、政治活動団体や政党のあり方です。


実際問題、右派(行動する保守などと呼ばれているが)では

在特会(在日特権を許さない市民の会)と対峙している「レイシスト・シバキ隊」があるのだが、

レ イシストシバキ隊の面子や支持者には「キチガイ」という長い間精神障碍者・精神病者に向けて放たれてきた差別用語を用い、その上で当事者からも反発があれ ば、「精神障碍者・精神病者の社会的排除。」を言い出している始末であり、ここまで行くと「日本国という社会病理」の一つに「精神障碍者への偏見・排除」 があるとしか思えないのである。


左派政党となると、日本共産党が精神障碍者に対する問題には積極的である。


民主党は大敗後自民党と連携したりして全く「元与党の影も潜めてしまったように見える。」
あと、生活の党(未来の党)と迷走している政党(小沢チルドレンズ)もあるがこれも大敗後の民主とあまり変わらない。

とは言え、後述するが一応民主党の与党時代は光があったのだ。

まだ、宇都宮病院事件を機にWHOから、日本の精神医療に対し勧告が入った。

しかし日本国は無視し続けてた。平成に入っても。其処で精神障碍者を外に出そうと努力した国内政府がただ一つ存在した。民主党が与党となった時だけだった。


そして、自民党に政権が戻り、与党になってから行った精神障碍者への政策はたった一つ。

保護者制度を廃止し、三親等だれでも訴えれば、入院させることができることとなった。

(しかもその時に入院は、一番院外に出やすい「任意入院」ではなく、その1つ上の「処置入院」となり、出づらくなっている)

簡単にいえば「精神障碍者を病院に入院させやす くした」それだけだ。


出るために必要なセーフティネットの生活保護を減らす。そして、外にまた出にくくなる政策ばかり。

家族か身元引き受けが無ければ精神障碍者は基本病院から出れない。


つまり、入院のための入口は広がったが引き受け手がいなければ、社会的な理由での入院を余儀無くされる。これが社会的入院の正体。

で、社会的入院を促進しているのは家族依存主義福祉というシステム

(自民党は「家族はひとつの共同体」と掲げてるがまさのこれである)

日本に代表される東アジア型福祉システムと言われているのが「家族依存主義福祉レジーム」で、基本は儒教から発展した福祉システムで、簡単にいえば【家族・一族連帯責任で病人や障碍者の面倒を見る義務があり、一族は一蓮托生】という形と言えば判りますか?

※ 小泉内閣が…と自民支持者は思うが、彼が行ったのは「精神障碍者の家族へ負担を強いた」のと「働ける・社会にまだ適応できる精神障碍者を企業も雇うように努力しましょう」という努力目標にしたにすぎない。

実際に当事者サイドからは「障碍者自殺支援法」とまで言われ、障碍者自身がサービス負担料や家の家計を気にして引き篭もり、社会的自立には至らなかった。


この事を念頭においてこの話をお読みください。

自民党は、「民主党が行った事業は全て廃案」と言ってるので関連資料2もすべてパーになるのでこの資料を破棄するとしたら、家族連帯責任に戻る訳で、責任を取りきれない家族は入院という方向になるでしょう。


関 連資料3は赤旗ですが、資力または家族は資本がある障碍者は何とかなるのですが、それらが無い障碍者は生活保護受給者となります。アレ?と思いましたで しょうか?
障碍者年金は?となりますが、正直言いまして、お小遣い程度の収入となるのですが、独居生活者では生活不能です。

つまり、やはり生活保護が生きるのに必要となります。実際私のように、無年金障碍者も精神には多いため生活保護受給者は障害の中で利用率が高くなります。


精神障碍者の無年金問題に焦点を当てます。が、理由は本当に様々ですが簡単にいえば「払う能力」が無い状態の障碍者(=家族がいない・家族に見放された)が多いのも精神障碍者の特徴と言えます。で、ここでやっと長くなりましたが、

・社会的入院(面倒を見る人的・資力的パワーが無い)

・家族連帯責任型福祉システム(家族依存が過福祉レジーム)

・貧困(生活保護や障碍者年金と就労して得られるお金が少ない)

・社会(偏見・差別)

・政治(将来も納税者となれない人間の社会保障にはお金を掛けたくない)


が全て「社会的入院」に(だいぶ端折りながらですが、)リンクしたような説明ができたように個人的には思っています。


追伸:
ちなみに、関連資料1は「触法精神障害者・入院施設反対運動団体」のページでした。
ということでこちらから質問を該当団体のツイッターアカウントで投げていますが、返事はないようです。


ここで用いた資料です。

関連資料1
精神科病院の根深い問題③社会的入院患者

http://green-hill.info/2013/04/06/精神科病院の根深い問題③社会的入院患者


関連資料2
障害保健福祉関係主管課長会議資料 平成23年10月31日(月)
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/kaigi_shiryou/dl/20111101_03.pdf

これが作られたのは与党が「民主党」であった時期ということに注目してください。


関連資料3
2013年参議院選挙各分野政策 26、障害者・障害児

「基本合意」「骨格提言」にもとづいた障害者総合福祉法の制定をめざし、障害者権利条約を実効性ある批准にする国内法の整備をすすめます

より 「2006年施行の障害者自立支援法は、障害者が生きるために不可欠なサービスを「益」とみなし (略)「買う福祉」を障害分野に持ち込んだものです。

http://www.jcp.or.jp/web_policy/2013/06/post-525.html