プールサイドの人魚姫 -7ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

 

 

 鳩山会館のバラ園は中庭にあるため、撮影や鑑賞する場合は洋館の入口に設置してある券売機で入場券を購入し、それを受付の女性に渡し部屋の中を通って中庭に出る。因みに入館料は大人600円、障がい者400円となっており団体割引きもあるようだ。庭園自体はさほど広くはないが程よく手入れされた薔薇が綺羅びやかなドレスを纏って咲き誇っている。1時間もあれば全ての薔薇を鑑賞出来るが、それだけで帰路に着くのは勿体ない。
 洋館内は2階まで見学が可能で、鳩山ファミリーに興味があるのであれば東京に来た際は是非とも立ち寄って欲しい観光名所でもある。建物はヨーロッパの古い城をイメージした作りとなっており、バラ以外にも見どころは数多くある。令和から大正へタイムスリップしたかの様な雰囲気が館内一面に広がっており、ステンドグラスや美しい装飾が施された調度品に魅了される事だろう。
 そんな中で私が最も興味を抱いたのはやはりバラなどの花たちの存在。テーブルの至る所に飾られている花々を私は全て本物だとばかり思っていた。然し、庭園に咲いているバラなどと比べると余りに整い過ぎているよう気がした。撮影する前に目を凝らしてグッと近づいて見ると、本物の花にはない生地の様な縫い目を発見!「あ、これ造花なんだ!?」と心の中で驚きの声を上げてしまった。遠目には全く気付かなかったが、新たな発見と思わぬ被写体との出会いに飛び上がるほど嬉しくなりレンズを思い切り近付けてシャッターを切り捲った。所謂「アートフラワー」と言うものであるが、作り方は知らないけれど私のような手先の不器用な者には無理だろうなぁと、作った人の職人技に拍手を贈った。館内の花が全て造花と言う訳ではなく中には勿論、本物もあった。ただ、本物か造花なのか見分けるのが結構難しく、答えが出なかった花もあった。投稿したこれらの花は全て造花だと思うが、皆さんはどう思いますか?
※退院から一ヶ月が経ち13日はペースメーカー外来であった。ペースメーカーの動作チェックは驚くほど簡単でほんの数十秒、あっと言う間に終了。診察も私の場合は僅か5分も掛からなかったが、その割に待ち時間が2時間と長く疲れてしまった。3ヶ月に1度のチェックなので次回は12月。再入院なんて事の無いよう細心の注意を払って撮影ライフを愉しみたいと思っている。

 7F循環器病棟の病室から眺めた東京の風景(スマフォ撮影)。

 

 

残暑お見舞い申し上げます。
「心停止」の記事では皆様から沢山のお見舞いコメントを頂きありがとうございました。本人も皆様の有り難い励ましの言葉に勇気を貰い、今後も前向きの姿勢を貫き通す覚悟が出来たようです。これからも当ブログを宜しくお願い致します。
 体外式ペースメーカー装着が成功し、徐脈の危機を脱したこの日、4年ぶりの隅田川花火大会が行われた。同室の患者さんも花火が気になるらしく、何処か見える場所はないかと、看護師に訊いていた。心優しい看護師さんはその思いを叶えようと、病棟のあちこちを調べて回っていたが、結局7階から見える場所は残念ながらなかったようである。私は最上階の19階なら見えるだろう事は知っていたが、そこは一般庶民が入る事の出来ないVIP専用の病室。特別室は一日8万8千円の費用が掛かる。よほど経済的に余裕がなければ入る事は出来ないようだ。
 私はYou Tubeの隅田川Live映像で花火の様子を愉しんだ。入院さえなかったら、今年こそ花火をカメラに収めたいと春頃からずっとその想いを温めていたが、結局それは叶わぬ想いで終わった。花火を撮りたくて始めた一眼レフだったが、3年が過ぎた今でもそれは達成出来ていない。この悔しい想いを来年の夏にぶつけて発散したいと思っている。
 ところで、前回の記事では触れていないが、徐脈が始まったのは入院前の7月22日からである。前日に撮影した写真を整理しようと午前中、パソコンの前に座り作業を始めようとした時、突然めまいが起こり頭がクラクラして、ほんの一瞬だったが気を失ったようだ。その時に机の角に頭をぶつけた事は覚えている。その後も断続的に酒を飲んで酔っ払ったようなフラフラする感覚になり、よろけそうになったりとかなり不安定な状態だった。ネットで症状を検索してみると「のぼせ」「自律神経失調症」「更年期障害」等の言葉しかヒットせず、徐脈だとは全く気付かないでいた。その日もふらつく状態のまま、撮影に出掛けており、気が遠のく感覚の中でファインダーを覗きシャッターを切っていた。今思うと相当危ない状況だった事は察しがつく。結局、入院するまでの4日間は数秒の心停止を起こしつつも、失神もせず辛うじてやり過ごせたのは奇跡的でもある。
 さて、過去を振り返り自分の入院履歴を見るとその殆どが「心不全」そして脈が100を超える頻脈である。だからそれを改善するための薬であるβブロッカー(メインテート)や強心剤のジゴキシンを使って来た。然し今回の徐脈の原因はこの2種類の副作用によるものである事が分かった。その為、入院と同時にこの2つの薬の服用を一旦中止した。心臓を守る為の薬が諸刃の剣となってしまったのである。
 ペースメーカー植込みが成功し、次の日からメインテートを再開、いきなり元の量に戻すのは危険なため、最低量から開始、暫く止めていたワーファリンもすこしづつ増やして行き、採血の結果を見ながら調整して行った。ジゴキシンのみ中止としたが、退院から2週間以上経っても心不全の兆候は見られない事から強心剤は無用となるであろう。薬が少しでも減ってくれるのは腎臓への負担も軽くなる事から大いに歓迎すべき点である。

 

 

 

 

 

 

体外式ペースメーカーを装着し、死の影から解放され安堵の表情を浮かべている私。

 

 

 昨年10月の心臓手術から一年も経たない内に再び手術室へ入る事になるとは…。7月26日、徐脈性心房細動(不整脈)で三井記念病院へ緊急入院。前回と同じ16階の4人部屋に入るも、脈が一時的に18まで下がるなどし、看護師たちが「怖い、怖い」を連発!その為、直ぐに駆け付けられるナースステーションの前にある個室へ移動。それにしても18とは徐脈のレベルを越えて心臓が止まってしまった状態に近い。だがこの時は意識を失う事なく保つ事が出来ていたのだが…。
 それは27日の早朝だった。採血の最中に看護師と冗談交じりの会話を交わしている時だった。「神戸さん、神戸さん、しっかり!」看護師の大きな叫びにも似た声が病室に響いていた。約15秒間に亘り心停止。私は失神した。三途の川一歩手前で呼び戻され意識を回復。戻った瞬間の事はハッキリと覚えている。自分に何が起こったのか、此処が何処かなのか?頭の中はグチャグチャでパニック状態だった。死の恐怖に怯え顔は蒼白、冷静な自分を取り戻すのに30分は掛かったと思う。
 この失神の後も断続的に脈が30を切り気が遠のく感覚に襲われた。危篤ではないにしても予断を許さない状況にあるため、体外式ペースメーカーの装着が急務となり、朝、早い段階から首の静脈からペーシングカテーテルを挿入するもワーファリンの影響で出血が止まらず、血腫も出来てしまったため1回目は失敗。そのまま16階には戻らず、常時監視体制の整っているHCUへ移動。失敗で途方に暮れる医師たちにお構いなく、4~7秒の心停止が30~15分間隔で襲って来る。脈が下がり始める度にモニターの警告音が鳴り響き、看護師たちが数人駆け寄り「大丈夫?」と声を掛ける。私は言葉が出せず「うん、うん」と頷くのが精一杯だった。心停止する時は背中から首、後頭部の辺りに火傷のような激しい熱さが「ゾゾー!」と走り抜けて行く。そして目眩を起こし気が遠くなるのだ。
 今度また10秒以上の心停止がおこれば失神は免れない。最悪は戻る事が出来ず死に至る事である。一刻の猶予もないため、夕刻、再度、体外式を決行する事となった。昨年の心不全でお世話になった医師が担当るす事になり、1回目と同じ首の静脈からアプローチ。2回めはすんなり成功し、迎えに来たHCUの看護師が泣きそな声で「よかった、よかった!」と声を掛け励ましてくれた。その晩、初めて安心し熟睡する事が出来た。
 体外式は感染リスクもあるため、出来るだけ早い段階で植込み手術を行う必要がある。入院から6日後、昨年オペした時のリード線が腹部に残っているため、それが使える可能性があり、心臓外科、循環器内科の合同オペチームで結成された。これは後にも先にも前代未聞の出来事である。7月31日、合同チームが待機するオペ室へ。全身麻酔で行う事になったのだが…。
 結果は無惨にも失敗に終わった。心外が担当した腹部はリード線が筋肉に埋もれて使用不可、そして循内チームの方も右鎖骨下の血管が脆すぎて挿入出来ず断念。麻酔から覚め結果を聞いた私はかなりショックではあったが、それよりも辛かったのは、麻酔と痛み止めの副作用が酷く激しい吐き気と身体中がガタガタと痙攣を起こし凍てつくような寒気に襲われ、このまま死んでしまうのではと思うほどだった。病棟へ戻ってから外は猛暑だと言うのに、電気毛布2枚で身体を包み温めた。手術は失敗、それに加えて身体が引き裂かれるような苦しみ。昨年の手術の時の方がよっぽど楽だったように思った。夜になって循環器内科の責任者がスタッフと一緒にやって来て、辛い思いをさせてしまった事への謝罪をと頭を下げた。
 翌日の8月1日、再び植込み手術を開始。2度めは局所麻酔で行われたため、医師たちのやり取りは全て耳に届いていた。右鎖骨下へ再度アプローチするもやはり血管が使えず断念し、左鎖骨下への植込手術に切り替え、約1時間30分ほどで、無事終了した。今回の手術なんだか随分遠回りになった気がする。メスを入れる前に検査で分からないのだろうか?首、腹部、左右の鎖骨下と私の身体は傷だらけとなった。ベッドから起き上がるのに傷のあちこちが痛くて参った。
 心不全を起こしていない私は徐脈が治まればいたって元気であったが、ヘモグロビン値が正常な人の半分しかない事が分かり、貧血を改善するため輸血が行われた。その輸血のお陰か分からぬが胸の動悸が治まり少し元気になった気がした。血液は臓器の一部だから輸血はある意味臓器移植の部類に入る。
 貧血を起こした要因は判明しなかったが、腎不全や肝硬変を抱えているため、それらが今回の失神とオペによってダメージを受け、複合的に重なり発症したのかも知れない。今後、どのような試練が私の未来に待ち構えているか分からぬが、明確な目的がある以上、このまま人生を終わらせる積りは毛頭ない。どんな試練であろうとこれまでのように乗り越えてみせるつもりだ。それにしても失神した場所が病院のベッドで本当に良かったと思う。やっぱり私には幸運の女神が付いているような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 隅田川公園で紫陽花を撮影した日、公園から両国橋方面へ30分ほど歩くと隅田川テラス沿いに小さな花壇がある。その場所にも紫陽花が咲いている事を以前から知っており、一眼レフを始める前、スマフォで初めて紫陽花を撮影した記念すべき思い出深い場所。
 今回もおそらく咲いているだろうとその場所に思いを馳せ、少し祈るような気持ちで両国橋を目指した。この辺りには以前紹介した流線型の美しい両国ジャンクションがあり、絶好の夜景撮影スポットでもある。花を撮るならやはりマクロレンズが好ましいと思うが、私自身は余りマクロ撮影は得意ではない。MC105mmは中望遠なので、被写体にぐっと寄らずに、少し距離を置いて撮るようにしている。
 この日はもう1本単焦点40mmを用意しておいたので、使い分けながら撮影に臨んだ。想像通り、花壇の壁側に沿って青いガクアジサイが密生していた。花壇の中に足を踏み入れても大丈夫なように石を並べた細い道が出来ており、他の花を踏み付けないよう最新の注意を払い、シャッターを切った。
 川沿いの街灯が点灯し始め、黄昏の時を迎えていた。それらのライトが昼とも夜とも言えぬ、妖しい時間をプレゼントしてくれたように思う。それらがアジサイの一つひとつをより一層際立ててくれ、美しい背景ボケとなりファインダーを覗き込んでは、自己満足の世界にどっぷりと浸っていた。
 今年は紫陽花だけで、3回場所を変えて撮影に行った。先ず最初は江戸川河川敷の小岩菖蒲園、ところが全くの空振りに終わりあじさいの「あ」くらいしか撮れず、肩を落として帰宅。やはり慣れている場所の方が撮れる確率は高いだろうと次は隅田川公園へ。そしてそれでも物足りず、次は白山神社へ。然しこちらも期待外れで終わった。白山神社そのものは800年以上の歴史があり、あじさい祭りも有名で時季には多くの観光客で賑わっているし、文句の付けようがないのだが、やはり時季が遅すぎた感があり、隅田川の時の様なワクワクする感覚を持てず、亀戸天神の藤の花と同じ思いになってしまい残念だった。
 今年に入り、心臓の調子も良くなるに連れて撮影に出掛ける機会も格段に増えた。が、然し残念な結果で終わる事も増えた。こればかり仕方ない事と割り切って、納得の写真が撮れるまで何度でも同じ場所に出掛けている。

 

 

 コロナが5類に分類されマスクの着用も個人の判断に委ねる方針へと切り替わった。それに連れて巷ではマスク無しの姿が目立つようになって来ている。行動制限が解かれ、解放感溢れる新たな夏がスタートしたように思うが然し、コロナが消滅した訳ではない。専門家たちの声を聞けば既に第9波の入り口に差し掛かっているようだ。
 このコロナに翻弄された約3年間ひたすら耐え忍ぶ生活を強いられ、社会生活の最も基本であるコミュニケーションまでも制限を受け、職までコロナに奪われ路頭の迷い子となってしまった人々も多くいる。そんなコロナの嵐にもいつか終わりが来る事をわたし達は知っている。『止まない雨はない』と言われる様に、ウクライナとロシアの戦争も結果はどうあれ、いずれ終わる。総ての物事には始まりがあれば必ず終わりもあるのだから、希望に満ちた未来が訪れる事を信じて今を生き抜く事が大切であると思う。
 浅草寺の写真とは全く関連性のない話題から始まったかに思えるが、そうでもない。コロナが解禁されて国外からの観光客も日毎に増え、浅草と言えば都内では有数の人気観光スポットである。これを撮影した雨の日でなければ、多くの観光客で賑わう浅草寺。雨の中で光る浅草寺をいつか撮ってみたいと言う思いは以前から懐いており、この日、それが実現した訳である。自分の読み通りこんな雨の夜に訪れる人は殆どなく、周囲を気にせず撮影に没頭する事が出来た。
 浅草に着いた時は傘も不要なほどの小雨だったのだが、撮影を始めて30分も過ぎた辺りから雨足が強くなりだし、おまけに風も吹き出して来た。差していた傘は風で後方に飛ばされ、カメラをその場に放置して傘を追い掛けたりと別な意味で苦労した。もし周りに人がいて飛ばされた傘が当たってしまったら撮影どころではなくなる。人がいなくて本当に良かったと安堵している。
 撮影するのに傘が邪魔になって来たので途中から傘なしで撮影。頭が濡れて風邪でも引いたらまずいと思い、フードを被っての撮影となった。自分もカメラもずぶ濡れとなったが、こんな雨の日にしか撮れないライトアップされた雨に煙る神秘的な寺院をカメラに収める事が出来て満足している。『雨ニモマケズ風ニモマケズ…』とどこかの有名な詩人の言葉通り、カメラ魂を爆発させてやった。それにしてもNikonのカメラとレンズはタフである。

 

 

 今年の紫陽花は咲く時季が早かったのだろうか?5月が春と言うより初夏を思わせる高温の日が続き、花たちもすっかり慌てて咲き始めたのかも知れない。あじさいに似合う梅雨時のタイミングを見計らって撮影に赴いた積りが若干遅すぎたたような気がしている。
 移り行く季節に合わせて様々な花たちがその美貌を覗かせてくれるのだが、カメラを向けた時に躊躇していると花にそっぽを向かれてしまう。花は多分こちらの思惑通りに咲いてはくれないし、こちらの意図を見透かしているような気さえする。これまで何度も言って来た事だが、被写体との向き合い方が大切である。人と会話する様に花にも言葉は必要であるし、ただ黙ってシャッターを切るだけでは相手にさえしてくれないのである。
 昨年の今頃は心不全の繰り返しで入退院に突入した時季でもある。それは5月に始まり、同じ年の11月まで続いた。私にとっては激動の一年だったし、今後の運命を決定する大事な年でもあった。入院中も撮影の事が頭から離れず、主治医に「撮影出来る身体に戻して欲しい」と懇願したのが懐かしい。2022年のほぼ半分は入院生活だったが、多くの人たちの援助を受けて再び撮影に臨む日々を送る事が出来るようになった事に心から深く感謝している。
 被写体と向き合う時、感謝と尊敬の念をカメラに込めて日々シャッターを切り続けて行こうと思う。

 

 

 舎人公園で撮影したネモフィラの続編。この公園は都心の高層ビル群に囲まれた公園とは大きく違い、周りには殆ど建造物がない。ここが東京?と思ってしまうほど、ローカルな感じの大きな公園である。短い期間ではあったが浮間公園と同様にライトアップされたネモフィラを見る事が出来たようだ。私がそれに気付いた時は既にライトアップは終了していたので夜のネモフィラ撮影は叶わなかったが、夕暮れ時のネモフィラ畑をカメラに収める事が出来て予想以上の収穫だったと思っている。
 この日は天候にも恵まれていたので、おそらく美しい夕陽を眺める事が出来るだろう事は察しがついていたが太陽が西の空を赤く染め上げ始めると、高鳴る期待でテンションはマックス状態に。前回の記事で話した通りカメラはほぼ地面に置いた状態での撮影。ファインダーを覗くのには無理があったため、モニターを見ながらの撮影。私は視力がかなり悪く、モニターに写った被写体がよく見えず、ピントが合っているのかも分からず適当にシャッターを切る状態だった。ピンボケだったら諦めよう位の気持ちでシャッターを切り続けた。後で写真を確認するとピンボケは僅か1枚のみだった。
 西に沈みゆく夕陽を浴びた青いネモフィラがそれはまるで全くの別の花に見えて来た。何とも言えぬ幻想的・神秘的とも思える青い花…。夕陽の赤が花びらを透けてこちらに話し掛けてくるような、何とも不思議な花の写真を撮る事が出来た。ピントが全てネモフィラに合っていたので、夕焼けそのものを撮った写真が1枚くらいあってもよかったかなぁとそれのみが反省点となった。因みにレンズはNikonの単焦点40mm、タムロンの70-300mm望遠レンズを使用した。

 

 

 亀戸天神社(通称:亀戸天神)は、一眼レフを始めて間もない頃(3年以上前)にNikonのD700 を携えて撮影に一度訪れているので、今回が2回めとなる。当時はカメラに慣れるため、形振り構わず我武者羅に撮影していたと記憶している。まったくのカメラ初心者で夜景を撮ってみても失敗の連続だった。本格的に夜景撮影を始めたのはD810にアップグレードしてからの事となる。それでも手持ちでの撮影に限界を感じ、やはり夜景は三脚必須だと理解するに至った。3年前の撮影では梅がそろそろ咲き始める時季だったが、花自体にさほど興味もなかったので、お社とその背景に映り込むスカイツリーを撮っただけで終わった。昼間の撮影で目を引く様な特徴もなく、作品として残すようなものではなかった。
 神社と言えばやはりパワースポットの存在である。この亀戸天神は学業の神様で有名。特に藤の花が咲く時季には多くの観光客で賑わう人気の観光地。境内自体はさほど広くはないが、その中に3つのパワースポットがある。その1つが『太鼓橋』だ。人生を橋に例え、過去・現在・未来を表し、橋を渡るごとに身を清められるとされ、開運のパワースポットとして知られている。そして触れると病気治癒のご利益があるとされている本殿横の神牛。3つめは筆箱や筆記用具を納めると学業アップのご利益があるとされている筆塚。そして更には恋愛成就のご利益がある境内の花園神社。
 一つの神社でこれだけのご利益が齎されるのも人気の一助となっているのだろう。ところで、ひとつ気になっていたのだが、藤棚で有名な神社ではあるのだが、その藤がどうも元気がないように私には見えてしまった。藤の花と言えば私の故郷である藤枝市のシンボル花。私が子どもの頃よく遊んだ『蓮華寺池公園』の藤まつりは有名で県外からも観光客が訪れ、見事な藤棚が人々の眼を楽しませてくれるようだ(私自身は一度も見た事がないけれど)。
 亀戸天神の藤棚を見たのは今回が初めてであったが、撮影意欲を掻き立てられるほどのものではなかったので、神社のスピリチュアルな夜景撮影に徹する事となった。ライトアップされた神社を見ていると、眼には見えない何か?が降りて来るような気がして、神秘的な体験が出来ると思ったが何も起きなかった…。

 

 

 

 ツツジを撮る予定で新宿御苑へ再び出掛けてみたが、思い描いていたツツジに出会う事が出来ず撮影意欲を削がれそうになっていた。もう少し探して見ようと広い園内を歩いていると、視界に飛び込んで来たのが春バラ!。その薔薇たちを見て一気にテンションが上がり、ツツジの事はすっかり忘れてシャッターを切り捲った。
 数年前まではバラを目の前にしてどの様に撮ったら良いのかさっぱり分からず、いつもバラの前を素通りしていた自分が妙に懐かしく感じた。もしかすると花の撮り方を教えてくれたのはこのバラ達なのかも知れない。花に興味を持つようになったのもやはりバラが切っ掛けであると言えよう。
 苦手意識を克服すると、後は只管、花の持つ魅力を如何に引き出すかそれだけに専念するようになった。レンズ選びにも気を遣うようになり、夜景や風景とはまた違ったアプローチが楽しく、撮影風景を誰かが見たら大好きな玩具で夢中になって遊ぶ子供のように見えるかも知れない。
 新宿御苑のバラ園は正方形の形をしており、様々な種類のバラが咲いているのだかれど、相変わらず花音痴の私にはどんな品種なのかさっぱり分からないが今はそんな事も気にならなくなった。それぞれに皆特徴があり、中にはバラ?と首を傾げるような品種もあったりする。きっと人間と同じように花たちにも性格があるんだろうなぁと思うような咲き方をしており、紅いバラは花言葉通り情熱的な気質に違いないなんて勝手に想像している。

 

 

 自宅から徒歩で約45分の所に『浮間公園』がある。西台駅前から浮間舟渡駅行きの国際興業バスが出ているので、それに乗って行けばよいものを天邪鬼な私は敢えて徒歩を選んだ。新河岸川を渡り荒川土手沿いを東へ20分ほど行くと、水と緑に囲まれた公園が姿を現した。この公園にはシンボルとなっている風車がある。その周りを囲むようにチューリップやネモフィラが咲いている。休日ともなれば大きな池で釣りを楽しむ人や、風車の下に広がる芝生にシートを広げランチや会話に興じる人々で賑わっている。
 この公園の存在を割りと最近知ったばかりで、自宅近くにこんな素敵な場所がある事に気付かないなんて灯台下暗しだなぁと思ったりした。ネットで詳細を調べるとチューリップや風車に人気があるようで、期間限定で夜は花や風車がライトアップされるという。桜が満開になる頃にはさらに神秘的な要素も加わる。これは何としても撮影に行かねばと意気込んだ。アップした夜景を撮るのに実は3回も足を運び、3回目にして漸く納得出来る夜景を撮る事が出来た。
 1度目は風車の周りが工事中でまともな写真が撮れず、然もカメラのバッテリーが2本とも切れてしまい夜景は断念。バッテリー切れなどと言う初歩的なミスは一眼レフを始めて以来始めてだった。多分、充電を忘れていたのだろう。2度めはレンズ選択のミス。これはミスと言うより天気が良すぎて気に入らなかったというのが本音。そして3回目にイメージ通りの夜景が撮れた訳である。この時は遠回りになるが電車を利用した。出掛けたのが帰宅時間帯で、埼京線の想像を絶する混雑ぶりを体感する事となった。帰りは気分も高揚していたので徒歩で自宅に戻った。納得の出来る写真が撮れると疲労感すら心地よく感じるものであるが、気分が昂ぶったままベッドに入っても頭が冴えて眠れないのは困りものである。