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プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


プールサイドの人魚姫-ユッケ

 農業や漁業を中心に栄えて来た日本の食文化には、生肉を食べるという習慣が根付いていない。生で食べる物といえば、野菜や海で摂れた新鮮な魚介類或いは生卵や果実くらいのものだろう。

 牛や豚、鶏肉などは必ず加熱処理して食べるのが一般常識となっている。とかくウイルスや菌といった眼に見えないものに対しては、過激過ぎるほど敏感に反応し、部屋中に除菌スプレーを撒き散らす現代人の免疫力は低下する一方である。

 さて、前置きはこの位にして本題に入ろう。数日前に起こった焼肉チェーン店「焼肉酒家えびす」が客に提供した生肉「ユッケ」による集団食中毒問題が日本各地に波及し、「生肉」を巡る議論が活発化している。

 カイワレ大根で一躍脚光を浴びたO-157(腸管出血性大腸菌)で、その恐さを思い知らされていたが、今回の主役はその親戚であるO-111であった。

 現在報告されている患者は死者4人を含め、計104人に上っている。運営する「フーズ・フォーラス」社は北陸に拠点を置きつつ、全国にチェーン店を展開し日本一の焼肉店を目指すと豪語していた堪坂康弘社長の土下座や謝罪会見が逆切れなどと批判を浴びているが、その点にだけスポットが当たってしまうのは、批判好きな(わたしも含め)日本人の悲しい習性である。

 数年前、大企業による食品偽装が大問題になり、20062007年は様々な食品会社の企業モラルが問われた時代であった。

 雪印グループの乳製品による食中毒や牛肉偽装事件で「雪印」という伝統あるブランドが傷つき、そしてまた洋菓子の老舗である不二家が起こした消費期限切れや賞味期限切れの問題では、このブログでも取り上げ、その時の記事タイトル「閉店ガラガラ、ペコちゃん謝る」がアップした動画とともに読者に大うけしたことを思い出す。気になる方は20071月の記事を参照して頂きたい。

 人間は優れた学習機能を持っているにも関わらず、過去の教訓を全く活かし切っていない。わたしから見れば、これは猫の方がよっぽど優秀だと思ってしまう。

 捜査段階にある現時点では責任の所在が何処にあるか解明されていないものの、責任の擦り合いが「えびす」と卸売り業者の「大和屋商店」の間で既に始まっているが、諸悪の根源はこれまで曖昧にして来た厚生労働省にあるとわたしは思う。

 国全体が「喉元過ぎれば熱さを忘れる」では、これからも同様の過ちは繰り返されるのである。そしてまたこの事件の背景に見えて来るものは加速する価格競争であり、商品を何処よりも安く提供する裏側に潜む手抜き管理や、サービスの意味を大きく逸脱した経営体質が結果的に企業を弱体化してしまうのである。

 安全という言葉に惑わされ、それ故過敏なほど安全を求める人々。本当の落とし穴はあなた自身の心の中に潜んでるのかも知れない。

 

プールサイドの人魚姫-デンコ

 

 

 原発事故発生から一ヶ月半が経過して漸く公開された放射線量分布マップ。このような最も重要と思われるデータを何故にこれまで明かす事なく密封し続けたのであろうか。

 

 放射線の影響を受けている人々誰もが最も知る権利のある内容であり、事故が発生した時点で即座に公表すべき情報であった。

 それが例えシュミレーションであったとしても、放射線の動きを予測し、それに備える為の謂わば緊急地震速報と同じ類のものであり、安全と安心を先取りする意味ではリアルタイムな情報公開が最優先されるべきである。

 約100億円という巨費(税金)を投じて作成された「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)という優れた技術を持ちながら、それを全く活かし切れていないその背景には、データ公表が混乱を招く結果になりかねないといった原子力安全保安院や政府の弱腰対応がシステムそのものを無能状態にしてしまったという、とても迅速とは思えない鈍速システムに作り変えてしまったのである。

 このように東電や政府の隠蔽体質は今更という感もあるが、やはり限度というものがありその場で頭を下げて済む問題ではない。

 つい先日、1号機原子炉建屋内に空気中の放射線量を減らす為の換気装置を設置する為、水素爆発以降初めて作業員が数人建屋内に入り設置作業を終えた。その後の東電による記者会見で「命がけという状態ではなかった」旨の言葉をためらいもなく使っていたが、これは現場を全く知らない人間のいう言葉であり、わたしは実に不愉快な思いをした。

 高濃度に汚染された現場で作業する人々はみな命がけである。そして原発周辺の避難者も家畜も全て毎日が命がけなのである。

 あばら骨が浮き出るほどやせ衰えた牛たちは、自分の身を削ってまで生きているのだ。酪農家たちの慟哭にも似た悲鳴が聞こえないのだろうか。

 土地を追いやられ、生活を捨てるという事は彼らに「死の宣告」を告げているようなものだ。事故現場では東電社員がクローズアップされるが、作業の殆どは下請けの作業員たちで成り立っているようなもの。

 現場には医者さえ常駐しておらず、過酷な環境下に置かれている現場の声は尽く遮断され、わたし達の所に届く事はない。

 国や東電に対する不信感と疑問は募るばかりで、一年後の海や空や土が事故発生前の状態に戻る保障は何処にもなく、虚しく響く牛の鳴き声だけが恨み節となって木霊しているだけで…。


プールサイドの人魚姫-ビンラディン

 5月2日オサマ・ビンラディン殺害の一報が世界中を駆け巡ると、このニュースを聞きつけた人々がグランド・ゼロに次々と集まり、歓喜の雄叫びを上げていた。

 コードネーム「ジェロニモ」と称された如何にもアメリカらしいこの電撃作戦は、米海軍の特殊精鋭部隊「シールズ」によって決行され、作戦そのものは僅か40分と言う短時間で終結した。

ビンラディン死亡の確実な情報が伝えられ、ほぼ同時に公式の場に姿を現したオバマ大統領の演説は「正義」を貫いたアメリカの勝利宣言と受け取っても差し支えない内容だった。

 作戦そのものは約2年前から極秘裏にCIAを中心にして、ビンラディン包囲網が敷き詰められ、入念な作戦成功へのシュミレーションが幾度となく行われていたが、ビンラディンの身柄確保か殺害かで意見は分かれていたようである。

 9.11同時多発テロの犠牲者や遺族の立場から見れば、殺害と言う結果は決して喜ばしい内容ではなかったのではないだろうか。

 サダム・フセインの時のように、やはりここは身柄確保を優先し、然るべき形で裁きを下す事こそが真の正義であり民主主義であるとわたし思う。

 半ば強制的に行われた作戦の裏にはアメリカの大儀と立場を揺るがすような9.11への疑問も見え隠れするのである。

 同時多発テロの首謀者とされる本人を殺害すれば、まさに「死人に口なし」。事件の真相は永久的に解き明かされる事なく、陰謀説だけが一人歩きし都市伝説となって人から人へと語り継がれて行くだけだろう。

 彼の死によって世界に平和が訪れ、より安全になったと思うのは早計過ぎる。逆説的に捉えればこの死によって彼自身が彼の熱狂的な支持者たちの手で「神格化」され、恒久的にイスラムの神として崇拝されて行くといった、オサマ伝説の始まりを意味するものとして捉える事も出来る。

 そのように考えて見れば、今回の「ジェロニモ」作戦はアメリカを窮地に追い込む結果となり、ビンラディンの亡霊に怯える日々が今後も続くという事であり、決して楽観視出来るものではない。

 七つの顔を持つ男と言われたビンラディンには、その名の通り多くの影武者も存在する。深夜に決行された作戦そのものは暗闇の中であり殺害された男が本人であったかどうか疑問も残る。

 報道ではDNA鑑定によりビンラディン本人と断定しているが、水葬と言う形で葬られた今となっては遺体の検証すら出来ない。

 ソ連によるアフガン侵攻時、ビンラディンはCIAの庇護下にあった。そしてまた彼に武器を与え、義勇兵として訓練したのもアメリカ自身だった。アメリカのシークレットを知りすぎた男、それもまたオサマ・ビンラディンのもう一つの顔だったのである。

 何れにせよアメリカを悩まし続けた男が法の裁きも受けず、アメリカの流儀によって抹殺され、アメリカ自身が抱き続けてきた忌まわしい過去とともに海の藻屑と消えた事だけは確かである。


プールサイドの人魚姫-ゲーム機

 家庭用ゲーム機の中で人気を二分するのが、任天堂とソニーである。ゲームソフトの豊富さで言えば歴史の長い任天堂が一歩リードしているが、パソコンや携帯電話と同様にゲーム機本体もまた日進月歩であり、2000年以降に登場したゲーム機はその高性能や3Dと言う新たなモジュールを駆使した新世代のゲーム機へと変化して行った。

 そこに登場したゲームソフトがオンラインゲーム。ゲーム機をインターネットに接続して、リアルタイムで複数のユーザーと遊べるMMORPGや対戦型のFPSと言ったゲームが人気を独占して行った。

 その結果、オンラインゲーム依存と言った社会現象まで現れ、後にこれは社会問題にまで発展し、ゲームに熱中するあまり日常生活そのものが大きく崩れ、「ネット廃人」などの言葉をも生み出した。

 引きこもりやニートと言った若い世代を中心にネットゲームの影響がマスコミ等に大きく取り上げられるまでに至った。

 MMORPGの草分け的存在の「ウルティマオンライン」は米国のオリジン社が制作を担っていたウルティマシリーズの発展系であるが、後にエレクトロニックアーツ社に買収され成功を収めている。

 わたしはオンラインゲームに興味がさほどある訳ではないので、日本のオンラインゲームについて余り詳しくはないが、代表作と言えば「ファイナルファンタジー」「リネージュ」「モンスターハンター」等ではないだろうか。

 ハードの進化と共にゲーム内容そのものは表現力のリアルさに加え、過激な場面が過度的に集約されているが、このある意味廃退とも思えるゲーム機とゲームソフトに歯止めが掛からない事に一抹の危惧を抱かざるを得ない。

 さて、本題から大きく外れてしまったが、先日ソニーの配信サービスから史上最大規模に及ぶ、7700万人分の個人情報が流出したとされる問題では、世界中からソニーバッシングが起きているようだ。

 流出元となったのは、ソニーの子会社であるソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が運営しているゲーム配信サービス「プレイステーションネットワーク」それに音楽・映像等の配信サービスを行っている「キュリオシティ」。

 2011年4月17日~19日にかけて利用者の個人情報である氏名・メールアドレス・パスワード、クレジットカードの番号が流出したとされているが、ソニーの正式な発表は一週間以上経った後の27日だった。

 これについて国外のメディアは対応の遅れに危機感を強めており、プレステ離れが今後加速すると思われる。

 ソニーと言えば日本が世界に誇るブランドであり、その安全性は折り紙付きだったが、今回の史上最悪に発展する個人情報流出で、ソニーの安全神話は大きく崩れさる事になるのは間違いなさそうだ。

 ソニーのセキュリティレベルは世界でも定評があり、強固なネットワークシステムを構築している筈のソニーがハッカーの手によって突破された事は、ネットワークの情報化時代に大きな暗雲を齎した。

 不正アクセスについての犯人の特定はいまだ不明のままであり、おそらく個人ではなく複数の人間が関与している事は間違いなさそうだ。

 因みにわたしはXBox360を使用して時々ゲームを楽しんでいるが、ネットワークには接続していない。犯人たちの目的は入手した個人情報を悪用するようなレベルではなく、世界のソニーを超越した事による頭脳の誇示が目的なのだろうが、目的がそれだけに留まってくれる事を願うばかりである。

 

 

プールサイドの人魚姫-時計

 

 
 

夜が深く沈み

静寂が辺りを包み込む

人の呼吸が止まる時

時計も一緒に止まる

秒針はもう動かない

白い点滴だけが

空しくぽとりと落ちていく

もう戻らない時

先へは進まない時間だけが

化石のように

固まってしまった

 
 

 


プールサイドの人魚姫-キャンディーズ

 21日夜、元キャンディーズのメンバーだったスーちゃんこと田中好子さん(55歳)が、乳がんのため死去した。

 女優としての実力も映画「黒い雨」で実証済みであり、現在の映画界やTV界になくてはならない存在だっただけに彼女の突然の訃報に業界関係者のみならず、多くのファンが悲しみの淵に佇んだ。

 わたしは特にキャンディーズの大ファンと言うわけでもないが、3人のうち誰が好きかと問われれば「スーちゃん」と応える。

 それと「やさしい悪魔」「アン・ドゥ・トロワ」の2曲はお気に入りだ。この2曲とも吉田拓郎の作品でもあるからだが、拓郎自身もまたキャンディーズのファンであった。

 拓郎のアルバム「大いなる人」の中に収められている「アン・ドゥ・トロワ」は、キャンイデーズのそれとは若干異なっている。ラストの「も~戻~れ~ない~」の部分を「さよなら~キャンディ~ズ」と置き換えており、拓郎のキャンディーズに対する熱い想いが伺われる1曲だ。

 キャンディーズやピンクレディと言ったアイドルグループと共に同じ青春時代を送った人々にとって見れば、彼女らのファンでなくとも、記憶の底に焼き付いている数々のヒット曲を知らず知らずの内に口ずさむ事もあっただろう。

 スクールメイツから抜擢され、その後にNHKの新番組「歌謡グランドショー」のマスコットガールとして「キャンディーズ」は誕生した。

 デビュー当時のメインヴォーカルは最も歌唱力のある「スーちゃん」田中好子であった。

 キャンディーズ解散後は3人がそれぞれの道を歩んだが、「女優」として開花した彼女の存在は低迷する日本映画界に明るい兆しを齎すものであったが、結婚と言う最大の至福とも言える人生の岐路の途中で病魔が芽生え、彼女の身体を蝕み始めていた。

 人生とは想定外の連続である。今日と同じ明日は二度来ることはない。スーちゃんの死によって、また一つわたしの青春が終わったのだと思う(合掌)。


プールサイドの人魚姫-東電副社長

 福島第一原発事故の事態収束に向け、東電からロードマップ(工程表)の発表があった。勝俣恒久会長の会見内容によれば、1~3号機の原子炉を安定的「冷温停止状態」に6~9ヶ月程度の時間が必要とし、「放射線量の着実な減少」に3ヶ月、「放射性物質の放出管理と線量の大幅抑制」に3~6ヶ月とう、2ステップの工程表を明らかにした。

 これにより原発事故の見通しとして一歩前進という評価はあるにしても、原発周辺の人々の不安が払拭出来るものではない。

 工程表の作成は東電と政府によるものであるが、事故発生からこれまでの彼らの対応を省みれば、不信感は依然として根深く、青写真のようにそれを素直に受け入れる事は容易でない。

 巷の声は既に工程表の目標達成に危機感を抱いており、裏づけとなる根拠が脱落した工程表はその場凌ぎの電子レンジでチンしたレトルト食品とも受け取れる。

 工程表作成に現場の声が反映されているのかと言った疑問もあり、現場無視という安全圏の中で議論を交し、事務的に処理された内容を見せられてもそれには何の説得力もない。

 東電社員による記者会見を見ても切実な筈の緊張感すら伝わって来ず、ある社員は笑みさえ浮かべながら書類に目を通している。

 東京電力がどのような社員教育をしているか知らないが、その場の空気すら読めないようでは、事故の収束どころか、社員教育から始めて行かないと「東電」と言うブランドは原発と共に廃炉の道を辿ることになるやも知れぬ。

 ロボット大国である筈の日本が、アメリカから遠隔操作ロボット「パックポット」を借り入れなくてはならないというのも皮肉な話しである。

 東京電力の最も致命的なミスは、福島第一原発着工の時点で既に明確になっていた。想定外の津波を考慮していたとは到底思えない海側への非常用設備の設置、そして外部電源が無ければ非常用発電機が稼動しないと言う、どう考えてもこれは設計ミスとしか思えないのである。

 これから季節は雨の多い梅雨を迎え、更には台風といった自然の猛威が待ち構えている。気温が上昇すれば、現場の作業員たちは高濃度の放射線に加え、暑さとも戦わなければならない。作業着の上に防護服を纏い、防護マスクで呼吸がままならないし、雨が降れば更にゴム合羽も必要になるだろう。

 そうなれば去年の猛暑時のように熱中症で倒れる人も出るだろう。机上で淡々と設計図を作るのとは訳が違う過酷な現場に本当の春はいつ訪れるのだろうか。

 敢えて、東京電力に通信簿をつけるとしたら、皆さんは何点さし上げますか?まあ、これは東電に限ったことではなく、役立たずの民主党や保安院にも言えることなのだが。


プールサイドの人魚姫-やっぱり枝野

「食べても平気か?」って言うと、

「食べても平気だ」って言う。

「汚染されてないか?」って言うと、

「汚染されてない」って言う。

「影響ないか?」って言うと、

「影響ない」って言う。

そうして後で心配になって、

「本当は不安だろ?」って言うと、

「本当は不安だ」って言う。

こだまでしょうか?

 いいえ、やっぱり枝野です。


プールサイドの人魚姫-綱渡り

 事故発生から一ヶ月以上が経った今でも、依然として収束の見通しが立たない福島第一原発の新たな展開は更に不安を煽る結果となった。

 先日行われた原子力安全・保安院の会見は原発事故の深刻さを裏打ちする内容だった。事故発生当初から執拗に尺度を「レベル5」と位置づけて来た東電であったが、一ヶ月が経った現在になって漸く事故の評価を「レベル7」とした事で、危機管理意識の未熟さがまたしても露呈する形となった。

 原発大国フランスでは、既に事故発生の数日後には、レベル6、或いは7と言う厳しい見解を示しており、日本と諸外国との間に大きな温度差があることを示す格好となっている。

 様々な情報が錯綜し、確実なデータが揃わない中での過大評価は、更なる混乱を招く結果になるとしても、「木を見て森を見ず」とも取れるような東電・保安院・政府の対応が国民に不信感を抱かせる要因となっている事は確かである。

 今回のレベル7については、わたしが既に過去の記事で触れているように、自分の中では想定内だったので、それほどの驚きを抱く事はなかったが、原発の地元に暮らす人々にとってみれば、青天の霹靂だっただろう。

 これまでに拡散された放射性物質の量が63万テラベクレルと言う途方もない数字になっているが、これは公表された時点での数値であり、原発は現在も深刻な状況にあり日々その数値は増え続けていることを踏まえれば、チェルノブイリを超えるのも時間の問題ではないだろうか。

 そしてまたそれに追い討ちを掛けるような問題も発生しており、4号機の使用済み核燃料プールからは400ベクレルの放射性物質が検出され、更には燃料プールの水温も90度まで上昇し、付近の放射線量も毎時84ミリシーベルトと非常に高い。

 これは充分な冷却が出来ていない事を裏付けるものであり、次から次へと新たな問題が発生する状況は、まさに綱渡りと言う表現が当てはまる。

 ところで、わたしが最も懸念と疑問を抱いている事は、ピットから大量に流れ出ていた汚染水がその後どのようになっているかである。

 試行錯誤の上「水ガラス」を使用して漸く高濃度の汚染水の流出が止まった訳であるが、ではその止まった汚染水の行方が明確になっていない。

 これはわたしだけでなく、おそらく多くの方が疑問に思っている事ではないだろうか。証拠がないため憶測の域を出ないが、止まった汚染水はその後行き場を失い、おそらくそこら中の地下に染み込んでいるのではないだろうか。

 その汚染水が地下を通して海底のある部分から流れ出ている可能性、或いは、河川に流れ出ているとも考えられる。これらの汚染水に対する東電からの説明は今の所明らかにされていない。実に不気味な話しである。

 直ちに影響は出ないものの、これから数年経った未来、ある所の井戸水から高濃度の放射性物質が検出されたり、水道水にもじわじわと影響が出て取水制限が東北・関東など広範囲に及ぶ可能性は否定できない。福島県内の土壌や植物からは「ストロンチウム」と言う新たな放射性物質が検出されているし、今後の展開によっては、予測を遥かに超えた更なる大事故に発展する可能性も含んでいる。

 そしてついには「レベル8」という人類最大の危機が日本はおろか世界中に拡散して行くのかも知れない。



プールサイドの人魚姫-ダイナモ

 大震災と原発事故の混乱が続くさなかで行われた都知事選。結果は大方の予想通り石原慎太郎氏が後続を突き放して4選目を果たした。

投票数では2位と善戦した東国原氏も、その知名度や宮崎県での実績を前面に出して戦ったが、力及ばず涙を呑んだ。投票数から見れば後だしジャンケンの石原氏が出馬していなかったら、ひょっとすると東国原都知事の誕生の可能性も有り得ただろう。

各候補とも節電などの影響で派手な選挙運動を展開出来ず、都民に向けてのアピールが充分に届かなかった事も選挙結果に反映されているのかも知れない。

 そんな中で、地震発生から直ちに防災服で身を固めた石原氏、選挙より震災と言った持ち前の饒舌振りをパフォーマンスに変え、選挙活動の代わりに節電や震災、原発事故に対する迅速な対応が都民への評価に結びついたのであろう。

 石原氏の持論や「津波は天罰」などの失言はともかく、国際的大都市東京はある意味一つの国家である。予算額はおよそ13兆円にも及び、それは韓国の国家予算に匹敵するほどだ。

 モンスターとも言えるこの東京を束ねて行く事は並大抵の努力では実現出来ない。そこには俊敏な判断力と叡智を結集した洞察力が要求される。

 石原氏がそれらを持ち合わせているかどうかは別にしても、3期都知事を務め上げて来た実績が都民の声に届いたのであろう。

 一時は勇退の話しもあったが、急遽出馬を決めた背景には様々な憶測が飛び交っており、日本の中心に立つリーダーを選択するには他の候補者の顔ぶれを見極める事も重要であり、それが出馬の後押しをしたのかも知れない。

 いずれにせよ、石原氏の言う「ダイナモ東京」の実現は彼の手腕に掛かっており、石原都知事の戦いは始まったばかり。これから向かえる夏場を如何に乗り切るかが都知事の正念場になるだろう。