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プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


プールサイドの人魚姫-ジャーナリスト

 日本がメダリストたちの凱旋パレードに熱狂している頃、遥か彼方、最果ての地シリアで一人の女性が命を絶った。

 美人女性ジャーナリストの山本美香さんである。内戦が続くシリア北部アレッポで取材活動中に銃撃戦に巻き込まれ、ほぼ即死状態だったと言う。

 一人の日本人が亡くなったところで、熱狂する50万人が集まった銀座パレードの大歓声で、彼女の悲鳴は掻き消され、誰一人その地に視線を向ける事はない。

 くどい様だが、オリンピックが「平和の祭典」ならば、シリアの内戦を食い止めてみろと言いたい。スポーツに酔いしれるだけがオリンピックの役目なのか?そのメダルは平和のシンボルだろう。

 オリンピック開催中にも、シリアでは多くの子どもや女性たちが戦争に巻き込まれ犠牲になっている。戦場ジャーナリストや戦場カメラマンたちは、命を賭けて世界中の紛争地帯に足を踏み入れ、戦争の悲惨さや愚かさをわたしたちに伝える「平和のメッセンジャー」でもあるのだ。

 シリアでは既に27人ものジャーナリストが命を落としており、山本さんが銃撃戦に巻き込まれた当時の様子を、パートナーであり事実上の夫でもある佐藤和孝氏は、その状況を沈痛な面持ちで静かに語っていた。

 政府軍、反政府勢力、そしてイスラム過激派が活動する現地では3方面から攻撃を受ける可能性が非常に高い。

 銃撃事件発生時は、政府軍の戦闘機が上空を飛び交い空爆の真っ最中だったとも言う。シリア政府が自国の住民を無差別に攻撃すると言う、テロと何ら変わらない想像を遥かに超える権力と言う暴力がシリアでは日々平然と行われているのだ。

 異常なまでの執念で反政府勢力を弾圧する国家、それがわたしたちと同じ人間なのである。山本美香さんは幼い頃に新聞記者であった父親の背中を見て育って来た事から、報道の道へと自分の人生を賭けたのであろう。

 平和に対する情熱を人一倍持ち、紛争を通して平和の尊さを世界中に発信し続けた彼女の願いは届いているのだろうか。

 報道の自由を擁護する民間団体の「国境なき記者団」は今回の山本さんの死に伴い、ジャーナリストを攻撃しないよう訴えてはいるものの、争いの当事者たちには自分たち以外は全て敵なのである。

 個人の立場でボランティア活動に勤しんで来た「高遠菜穂子」さんを思い出してしまったが、皆さんの記憶からはすっかり消えている事だろう。

 イラクで過激派の人質に合い、からくも無事に解放されたものの、そのイラクに再び戻りたいと発言したため、世論や当時総理大臣であった小泉純一郎氏からも批判を浴びた。

 彼女はその後、PTSDに悩まされ続け眠れない日々を送っているという。わたしと同じ文芸社から「愛してるって、どう言うの? 生きる意味を探す旅の途中で」が出版されいるので、興味のある方は読んでみるとよい。

 それにしても日本人の「平和ボケ」も此処まで来たかとつくづく思う。銀座のパレードには50万人もの人々が集まるのに、原発再稼働反対デモにはせいぜい10万人。

 国の将来を左右する最も重要と思われる課題に対して、国民自身がこの程度の関心しか示さないのであれば、敗戦のどん底から不屈の精神で立ち上がった国民の意志は、きっと何処かに置き忘れてしまったのではないだろうか。


プールサイドの人魚姫-糸電話



切れてしまったら

もう二度と

聞こえない

恋の糸電話

あなたとわたしを繋ぐ糸

か細いけれども

しなやかに

あなたの声が届くまで

わたしは耳をそばだてる

微かに聞こえる

あなたの声が

わたしを好きだと

言ってくれるまで

恋の糸が途切れぬよう

願いを込めて

待ってます




プールサイドの人魚姫-メダル

 7月27日に開幕し、17日間に渡って各種競技が行われたロンドンオリンピックが先日、13日に幕を降ろした。

 参加国は204、約1万1千人のアスリートたちが参加し、26競技302種目に渡り熱い熱戦が連日行われ、時差の関係から日本では深夜に競技が行われる事が多く、テレビに釘付けになり寝不足に悩まされた人たちも多かったのではないだろか。

 日本は、金メダル7個を含む合計38個のメダルを獲得し史上最多となり、日本国民に輝かしいプレゼントを齎してくれた。

 これ程までに日本選手が活躍出来たのは、おそらく昨年に日本を襲った未曾有の大震災と、それに続き起こった福島第一原発事故で大ダメージを受け、その灼熱地獄の中ら這い上がる日本人の不屈の精神力と最後まで諦めない一種の執念が多くのメダルを呼びこんだのではないだろうか。

 世界に日本の底力を見せ付けた思いであり、なでしこジャパンは宿敵アメリカに惜しくも敗れたものの、内容的には一歩も劣らない金メダルにも匹敵するほどの銀メダルだったと思う。

 男子サッカーも快進撃を続けたが善戦及ばず、3位決定戦で韓国に敗れメダル獲得には至らなかったが、未来の男子サッカーに希望を与えた事は確かである。

 それにしても、オリンピックを政治の舞台に利用してしまう韓国には呆れ果ててしまったが、尖閣諸島や竹島などの領土問題が燻る中、これが韓国のやり方なのかと、余りにも下品なやり方を見て、如何にも韓国らしいと苦笑してしまった。

 そして、わたしが最も注目して見ていたのが、女子卓球。わたし自身この重い病気の身でありながら唯一得意なスポーツが卓球だからである。

 福原愛選手のファンでもあり、彼女が幼い頃から応援して来ており、一度でいいから冥土の土産に福原選手と一戦交えたいとさえ思っている。

 シングルスは残念な結果であったが、女子団体ではなんと初の銀メダルに輝いた。これもまたなでしこJAPAN同様に金メダルに匹敵するほどの価値があると思った。

 4年に一度開催されるオリンピックを幾度となく見て来て思うのだが、メダルを手に出来る選手はほんの一握りの選手たちだけである。

 その殆どの選手たちはメダルに縁のない人たちだ。マスコミがスポットを当てるのはメダリストたちだけであり、その影には多くのアスリートたちの流した涙が溢れている事を忘れてはならない。

 そしてまた、オリンピックが『平和の祭典』『スポーツの祭典』と呼ばれて久しいが、昨今のオリンピック裏事情を見ると、『金満オリンピック』と思えてならないのである。もちろん、オリンピックが齎す経済効果は莫大なものであるが、それを目当てに各国が開催地として名乗り出てオリンピック開催候補地がオリンピック招致として金塗れになるのを見てしまうと、この何処が平和の祭典だろうと疑問を抱いてしまうのである。

 メダルを獲って当たり前のオリンピック、それは本当の意味でスポーツの祭典なのだろうか?それが各選手たちにプレッシャーとなって圧し掛かりその結果、実力の半分も出せないまま惨敗してしまうと言うのはよくある事で、今回では男子柔道がそれを如実に表しているのではないだろうか。

 国民もマスコミも「メダル・メダル」と騒ぎ過ぎる。『オリンピックは参加することに意義がある』と言う有名な言葉は既に過去の遺物となり、メダルに執着するあまりメダルの為のオリンピックになり果ててしまったのである。

 メダルはあくまでも目標や結果であり、スポーツ本来の精神を忘れてはいないだろうか。平和の祭典が真実ならば、世界一貧しい国と呼ばれている『バングラディシュ』でボランティアオリンピックでも開催してみればよい。


プールサイドの人魚姫-しぐれ


蝉しぐれが

あなたの声を

掻き消していく

初夏に出逢った

わたしたち

まだ ほんの少しの

時間だけれど

ネットの向こうに

あなたの笑顔

でも 片思い

わたしはひとり

恋しぐれ

蝉のように

儚い恋は

短い命を

咲かせるの





 恋愛をテーマにした曲は数多くあるが、その中でわたしが最も気に入っている歌が、高杉さと美が切々と歌う『百恋歌』である。
 彼女は、映画『西遊記』のイメージソングに使われたシングル『旅人』で歌手デビュー。2007年に日本有線大賞・新人賞、日本レコード大賞・新人賞、ベストヒット歌謡祭2007新人アーティスト賞などを受賞し、新人歌手としては出来過ぎるほどの輝かしいデビューを果たした。
 『旅人』はオリコンチャート10位、『百恋歌』は20位とヒットしているので、この曲を聴いた事がある人多いのではないだろうか。
 2枚目のシングルとなった『百恋歌』は四季折々の自然を背景にして、切ない恋心を胸の奥に秘めながら、哀愁たっぷりに歌い上げる彼女の艶のある美声に人の心を魅了するメロディが重なり合って、恋に落ちている人ならば瞳に涙が溢れてくるのではないだろうか。
 わたしも恋愛をテーマにした詩は得意分野であり、『詩集・天国の地図』に収められている中にも恋愛を率直に表現した作品が幾つかある。
 『雨』『過ち』『偽りの蒼い空』『優しさ』などはその代表である。天国の地図には4人の女性が登場するが、わたしは女性と一年以上付き合った試しがない。
 このように書いてしまうと、わたしが如何にもプレイボーイ(遊び人)のように思われてしまうが、決してそうではない。
 天国の地図はわたしが20歳から28歳の間に書いた62篇の作品からなる、わたし自身の青春そのものである。
 20歳と言えば多感な年頃でもあり、一目惚れするタイプのわたしは恋多き時期でもあった。一旦好きになると相手にのめり込む性格で、恋の渦に巻き込まれ自分自身を見失ってしまう危うい部分も持っていた。
 意外と相手の女性の方が大人であり冷静さを保っていたりする。おそらくこれはわたし自身が母親の愛情を知らずに育ってしまったため、相手の女性に母親像を重ねてしまった結果ではないかと思われる。
 男女関係の難しさを自分なりに説いている作品が『男と女』である。恋の数が多い分もちろん失恋も多かった。
 記事タイトルにある『作詞に挑戦』と言うのは、詩は書けても詞が書けないのはどういう事かと、自分に問いただし、この分野も自分の持てる言葉をぶつけてみようと思ったからである。
 この『百恋歌』を何度も聴いているうちに、これは自分の持つ詩世界にも通じていると思われた。作詞が出来あがった時にはそれにメロディも付けてみたいと思っている。幸いわたしはギターが弾けるので、それほど難しい事ではないが他の方が作曲をしてくれても構わない。
 そして、それを歌ってくれる人物が現れれば尚一層うれしく思うし、CD化されれば作詞家としてもデビュー出来るのではと、大それた野望すら抱いてしまう。
 自分の命がある限り、人は様々な事に挑戦してみるべきだと思う。失敗や成功などの結果は関係なく、それをやり遂げる事に意義があると思う。
 この『百恋歌』のPVも実によく出来ており、曲のエンディングでは高杉さと美が、水の中を泳ぐシーンが出て来る。それはまさに『プールサイドの人魚姫』だと勝手に感動してしまった。


プールサイドの人魚姫-健康診断

 夏が勢いを増して照り付ける太陽が眩しい季節。連日の猛暑で外に出る気分にはなれずにベッドに横たわっていた午後、スマフォの呼び出し音に猫が驚いていたのを見て笑ってしまった。

 電話の相手は7月6日に2次面接を受けた、池袋のサンシャインシティ60内にある某大手IT企業だった。

 「神戸さんの電話でよろしかったでしょうか?」歯切れの良い健康な若い女性の声である。「実は是非当社と致しまして、神戸さんと一緒に働きたいのですが…」。

 事実上の内定である。「メールアドレスをお持ちでしたら早速、内定通知書と関連書類を送らせて頂きますが」。

 「やった!」とわたしはベッドの上でガッツポーズをしていた。失業手当を貰う為に、5月から就職活動を始めていたものの、主治医からはドクターストップがかかったままであり、体調も余り思わしくなかった。

 然し、生活のためには現金収入がなければ食べては行けない。詩集などの印税は微々たるもので、何の足しにもならなかった。

 正直なところを言えば、この身体で就活はかなりしんどいものであった。失業給付の期間は一年あるので、来年の5月まで仕事がなくとも何とかなると、いつもの『ケセラセラ』だった。

 6月末に受けた面接は4社、何処も名の知れた大手企業。前職の時もやはり某大手オートリース会社で、総務部に配属されていた。

 然し、長い期間に渡り病床にあったわたしの身体は僅か3ヶ月で悲鳴を上げてしまった。心不全の再発とそしてそれに伴ううつ状態でわたしの身体は見事なまでに沈んで行った。

 ただ、会社の善意でリハビリ出勤が許された。つまり期間を設けてフルタイム出勤出来るように、トレーニングする事である。

 午前11時までに出社すれば給料は保障されるが、午後になってしまうと出勤扱いにはならなかった。そして2010年12月に三井記念病に緊急入院となる。

 これ以上の仕事は無理だとドクターストップがかかったのである。昨年の2月に退職届を出し、暫くは傷病手当金で生活を凌いだ。

 自宅療養を続けていても心臓病は改善されず自分の未来を諦め始めていた。傷病手当の期間が終了し、失業手当に切り替える。失業保険の延長申請を出していてよかったとつくづく思った。

 自分の身体の事を考えてみれば、とても働けるとは思っていなかったし、失業手当を貰う為の就活ポーズだった。

 内定は頂いたものの、最終判断は入社時前の健康診断の結果にかかっている。結果が悪ければ内定は取り消し、それは仕方のない現実であり病気だらけの身体で良い結果が得られる訳がないのである。

 2年前に受けた同じ板橋区内の病院へ行った。数か月前からわたしは食生活を大幅に変え、外食は出来るだけ避け、一日の摂取カロリーも1000キロカロリー以内に留めた。

 豆腐、もやし、卵、メカブ、モズクなどの海藻類をメインとし、肉類は一切止めた。炭酸飲料も糖分の含んでいるものを止め、ノンアルコールビールに切り替えた。

 そしてその効果が漸く現れ始めたのが6月の中旬からであり、体重が見る見る内に落ちて行き、かなり心臓が楽になって来た。

 少し歩くだけでも息切れがし、階段を見ると恐怖心さえ抱いていたのだが、今では短い階段であれば一気に走って登ってしまうほどである。4月に東洋大の法律学科に入学した娘が新潟から東京へ移って来たこともわたしの回復に繋がっているが、それだけでは説明が付かない診断結果なのである。

 画像の数値を見て頂ければお分かり頂けると思うが、γ-GTP(ガンマGTP「肝機能数値」)の値が若干高めなのは大量の薬剤を服用しているからである。

 それ以外の数値を見れば健常者と何も変わらない。むしろわたしの方が健康的と言っても良いくらいだ。心電図はやはり正直で心臓の状態を正確に表している。心房細動、期外収縮などの不整脈はつき纏ってはいるものの、更に驚いたのは胸部レントゲンの画像であった。

 2年前のデータが残っていたので、その画像と今回撮影したものと比較してみると、明らかに心臓が一回り小さくなっていた。

 つまり2年前よりわたしの心臓の状態が改善されていると言う事である。ナースセンターで血圧と脈を測定したのであるが、あり得ない結果が表示された。

 通常よりも低い数値とその脈拍数に唖然としたが、これは不整脈の為、機械が正確に動きを捉える事が出来なかったのだと思い、看護師に「この数字あり得ないですよ、頻脈なので安静時でも90~100です」と機械のせいにした。

 「そうかも知れないわね…」そう言いながら看護師がわたしの左手首に指を添え、脈をとり始める。「いや、そんな事もないみたいよ…」「えー!嘘でしょ!信じられない?」外来に響き渡るほど大きな声でつい叫んでしまったのである。

 脈拍が70台と言えば小学4年生の時に弁膜症になったが、それ以前の正常な数値だったからで、検診前夜は深夜まで起きており、寝着いたのが午前3時であった。睡眠時間が短く寝不足になるとそれは心臓に負担となって症状が顕著に表れる。

 不整脈に踊り狂う心臓はその場で胸を抑えたくなるほどに暴れ出す。ところが、その朝は妙に静かで、病院に着いた時もまるで借りて来た猫のように大人しく、病気の存在を忘れるほどであった。

 診断結果はもちろん『通常勤務可能』である。ただ、面接時に病気のこと、入院回数、心不全などの事は包み隠さず全て話し、フルタイムでの勤務は不可能と伝えてある。

 それでも尚、採用すると言うのだから余りにも話がうま過ぎて困惑するほどだ。10~16時の勤務で実働は5時間、給料は税込で25万円、月一回の病院外来時は休み、完全週休二日制、裁判員休暇まである。

 時給に換算してみると1時間2500円…。そして、夏の暑い時季は避けて、10月1日に入社でも良いとの事。強運の持ち主だと昔から多くの人たちに言われて続けて来たが、まさに『強運』としか言い様がない。

 過去の記事でわたしは自分の病気について「わたしの病気は、悪くなる事はあっても良くなる事はない」と言い切った。しかし、今この言葉を撤回しなければならないだろう。

 たかが紙切れ一枚であるが、それが齎した幸せを今噛みしめている。どんな病気でも大きな困難であろうとも最後まで諦めない、それが未来の扉を切り開いてくれることもあるのだ。『奇跡的』と言ってしまえば簡単だが、その奇跡は待っている者には訪れない。

 奇跡を生み出す努力をすることが大切なのである。10月までの2カ月間は、衰えた体力と筋力のトレーニングへ時間を充てようと思っている。前回の失敗を繰り返さない為にも…。


プールサイドの人魚姫-恋花火


愛しいあなたに向けて

今宵 わたしは

束の間の恋花火

夜空を色とりどりの

絵具で染めて

わたしから

儚い命の

メッセージが見えますか

やがて消えゆく

運命ならば

せめて わたしの

束の間恋花火

わたしの想いで

今宵 あなたを

焦がします



プールサイドの人魚姫-イチロー

 馬に乗って去って行く男の背中に向けて少年が叫ぶ「シェーン、カムバック」。西部劇の名作『シェーン』のラストシーンであるが、このシーンにつては様々な捉え方が存在する。

 つまりシェーン死亡説の話しであるが、それは置いといて、イチローの電撃移籍で多くのファンやそうでない人たちも一様に驚いていた。

 イチローのファンからしてみれば「イチロー、カムバック!」に違いない。シアトルのセーフコフィールドで行われた移籍会見を見て、彼の頭が余りにも白い事にも驚かされたが、38歳にしてこれほど白髪が多いのはメジャーリーグで活躍して来た11年間がわたしたちの想像を遥かに超える過酷なものだった事を窺わせている。

 身体の大きな大リーガーの中にあって、イチローはどちらかと言えば、小柄で華奢な体格であるが、その彼の何処に年間200本も安打を打つエネルギーがあるのだろうか。

 もちろん彼の優れたバッティングセンスと、ボールを獲物の如く狙い撃つ野生の鋭い眼光を持ち合わせているからであるが、それ以上に彼自身を支えて来たのは、人並みならぬ練習量にあるからだ。

 天才バッター、安打製造機と異名を取るその背景に、人には見せない彼の涙ぐましい努力があったからこそである。

 ヤンキースへの電撃移籍は、若手投手2人と金銭による交換であるが、会見では自らトレードを希望したと話している。

 然しながらその実情は若干異なっている。地元紙がイチローに対するアンケートを実施したところ、1番起用が28%、下位打順で使うが38%、クビ或いはトレードに出すが30%もあったと言う。

 地元での評価がそれだけ低いのが現実だったのである。ある意味でプライドが高い故、自分からトレードに出るという結果になったものと思われる。

 ブラッド・ピット主演の映画『マネーボール』を最近観る機会があったのだが、イチローが活躍しているシーンが盛り込まれていた。

 2000年代初頭のメジャーリーグに於いて、財力のある球団と貧困球団の格差を描いたストーリーであるが、日本のプロ野球に例えれば、読売巨人軍が一時、金にものを言わせ優良な選手ばかりを集めて選手全員が4番バッターと言う、打線重視のチームになったが優勝は出来なかったという苦い経験があり、9人野球のチームワークが如何に重要かを見せ付ける結果となった。

 つまり金の力で優れた選手を集めても、チーム全体が力を発揮する訳ではない事を実証しているのである。

 連続200本安打、ゴールドグラブ賞も途切れたイチローは、確かに衰えを隠す事は出来ない。年齢に付いて回る体力や気力などはスポーツの場合、顕著な形でそのプレーに反映されてしまう。

 されど、11年間マリナーズに貢献して来た彼の功績は揺ぎ無いものであり、誰も彼のプレーを真似する事は出来ない。

 今季で契約が切れるマリナーズにとってみれば、イチローのトレード志願は『大海で浮木に出会う』心境であった筈だ。

 球団は違えど、新天地のヤンキースでヒットを重ねて行く彼の姿を誰もが見たい筈である。イチローにとっての野球人生第3ラウンドのゴングが今、鳴ったのである。


プールサイドの人魚姫-オスプレイ

 脱・原発デモと同じように、このオスプレイ搬入についても岩国市の住民団体等が大規模な反対集会を開いたが、住民の声はヘリの騒音に掻き消されるが如くに届きはしなかった。

 米海兵隊の垂直離着陸輸送機『MV22オスプレイ』は老朽化した現在の輸送機である『CH46』の代替機と言われているが、過去に幾度となく深刻な墜落事故などを起こし、欠陥品として国内外から批判や疑問視する声が高まっている。

 民間から起用され注目を集めた『森本敏防衛相』であるが、軍事のエキスパートが存在しない日本の現状を打破する為に、国の安全保障が専門である森本氏の手腕に期待する野田総理の大英断だったかどうかは未知数である。

 このオスプレイについては、彼が民間人であった時期にその危険性を最も強く訴えていた筈である。然しながら、国の防衛を担う立場となると、民間人だった時の鋭い洞察力と指摘は影を潜め、言いたい事の半分も話せなくなるという永田町の論理に取り込まれてしまい、身動き出来ない状態だ。

 おそらく最も危機感を抱いているのは森本氏自身ではないだろうか。然し国の方針と日米安保という過去の亡霊によって金縛りに合い、米国の言いなりという現状に沈黙を貫き、教条的に為らざるを得ないのである。

 このヘリコプターとも飛行機ともどちらににも属さない様な飛行物体は、実に中途半端な輸送機であり、設計の段階で大きなミスを犯していると思われる。

 設計者はおそらくヘリと飛行機の優れた部分を合体して造ったつもりだろうが、『二頭追うものは一頭も得ず』と言われるように、欲をかき過ぎると悲惨な結果が待ち受けているのである。

 危険極まりないこのオスプレイが世界で最も危険な基地『普天間』に配備されると言うのだから、呆れ果ててしまうが、事故が起こってからでは遅い。

 原発事故で散々な目に遭っていながら、いまだに確実な安全性を手探りで模索している段階で、これを受け入れてしまうと言うのは実に不快極まりない。

 殆ど一年を通して沖縄のみならず、本土の70%以上の上空に150mというおよそ考えも付かないような低空飛行訓練を行うのである。

 国土の狭い日本はアメリカと違い、島国特有の風土と気象条件があり山間部を飛ぶと言えども、何が起こるか分からない不測の事態を想定しているのだろうか。

 代替機を造るのであれば、世界に誇る日本の優れた技術を駆使して製造した方がよっぽど高性能のヘリコプターが造れる筈である。

 日米両政府はオスプレイの事故調査でその安全性を確認後に試験飛行を実施。10月初旬から普天間飛行場を拠点とし本格運用に踏み切る模様だ。

 日本は駐留アメリカ軍の維持費を大部分負担しており、アメリカにはかなりの資金援助をしている。その返礼が日本国民を危険に晒すと言う事であるならば、日米安保は既に頓挫していると言ってもよいだろう。

 例え無料で乗せてあげると言われても、わたしなら即座に断るが皆さんはどうだろう?それでもタダなら一度は乗ってみたいと思うのだろうか…。


プールサイドの人魚姫-クラゲ

 世論を二分しての大飯原発再稼働であったが、そのフル稼働に待ったをかけたのが人間ではなく、なんと『クラゲ』の大量発生であった。

 誰もが予想だにしていなかった事態に思わず苦笑してしまったが、自然界は人類の叡智を遥かに超える存在でありそしてまた神秘に満ち溢れているという事だろう。

 地震や津波で自然の猛威を嫌と言うほど思い知らされたばかりだと言うのに、原発の再稼働を野田総理は『国民の生活を守る為』と言い放ったが、その言葉に真実味や説得力は最早含まれてはいなかった。

 疲弊する日本経済の再建を最優先に考えた民主党執行部の暴走に他ならないだろうが、15%の節電を余儀なくされた関西電力圏内の地域は、この夏をどう乗り切るかに焦点が当てられ、困惑する市民や原発の恩恵を受けている地元や、工場、企業の思惑が乱れ飛び、再稼働に賛成はするものの、安全対策の確実性に不安を抱く人々は想像以上に多いのが現実である。

 官邸前で行われた先の反対デモの声に対し、総理は「大きな音」と表現する始末。賛否両論の問題については、どちらを選択したにしても反対の声は当然の如く聞こえて来る。それらの声にいちいち耳を傾けていては物事を進める事は出来ないが、総理の発言が人々の声を音と表現した背景に、そのような見識があるとするならば、それは大きな思い違いである。

 党派に属せず、しかもこれまでデモ等とは無縁だった人々はありふれた一般市民たちである。老若男女を問わず、幅広い層の人々が一つの目的で連携し繋がって行く。これは現代に於けるネット社会の現象でもある。

 一見平和に見える日本でも、これまでなりを潜めていた大規模デモや集会が、福島第一原発事故発生以後、各地で相次いでいる。

 その現象を引き起こす起点となっているのが、民主主義を蔑ろにする国民の声が反映されない民意なき国政への不満であるだろう。

 7月16日の集会では、過去最大規模の原発反対集会が開かれ、参加者数は10万人を超えたとも言われており、運転再開の撤回や廃炉を強く訴えたばかりである。

 国民の意思表示に対し、電力会社や政治家たちにとってみればやはり『耳障りな騒音』としか聞こえていないかも知れないが、大飯原発や北陸電力志賀原発について、専門家が指摘している原発直下の活断層の存在は、安全を脅かす大きな威嚇になっているのも事実であり、早急に現地調査をする必要に迫られてはいるものの、これは全く順序が逆なのである。

 本来であれば、安全が保障されてからの再稼働である筈なのに対し、大飯原発は電力会社の曖昧な調査をそのまま鵜呑みにしてのフル稼働に走った。

 『国民の生活を守る』の意味が全くの口実でしかなく、再調査に至っても電力会社に委ねてしまうのであれば既に結果は明らかであり、電力会社優先の再調査は稼働に問題はないとの回答であり単なる時間稼ぎに過ぎず茶番劇となるであろう。

 ここはやはり何処にも属さない公平な立場の識者たちで構成された第三機関を発足させての再調査に踏み切るべきであり、そうでなければ国民の不信を払拭する事は不可能である。

 大津市の男子生徒が自殺したいじめ問題についても、漸く野田首相本人からのメッセージが届いたものの、政治がこのいじめ問題に今後どう向き合って行くのかその本気度が試されている。原発事故が原因で自殺に追い込まれた人もいるが、これもまた捉え方を変えてみれば東電が招いた殺人でもある。罰せられない企業やそして教育関係者たちに対し、行政トップの指導力が全く発揮されていない現実を見ると、政治生命を懸ける総理の言葉が絵空事にしか聞こえて来ないのである。民主党離れが加速する野田政権の声は虚ろな空回りで何の説得力も有りはしない。