紙切れ一枚の幸せ。 | プールサイドの人魚姫

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うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


プールサイドの人魚姫-健康診断

 夏が勢いを増して照り付ける太陽が眩しい季節。連日の猛暑で外に出る気分にはなれずにベッドに横たわっていた午後、スマフォの呼び出し音に猫が驚いていたのを見て笑ってしまった。

 電話の相手は7月6日に2次面接を受けた、池袋のサンシャインシティ60内にある某大手IT企業だった。

 「神戸さんの電話でよろしかったでしょうか?」歯切れの良い健康な若い女性の声である。「実は是非当社と致しまして、神戸さんと一緒に働きたいのですが…」。

 事実上の内定である。「メールアドレスをお持ちでしたら早速、内定通知書と関連書類を送らせて頂きますが」。

 「やった!」とわたしはベッドの上でガッツポーズをしていた。失業手当を貰う為に、5月から就職活動を始めていたものの、主治医からはドクターストップがかかったままであり、体調も余り思わしくなかった。

 然し、生活のためには現金収入がなければ食べては行けない。詩集などの印税は微々たるもので、何の足しにもならなかった。

 正直なところを言えば、この身体で就活はかなりしんどいものであった。失業給付の期間は一年あるので、来年の5月まで仕事がなくとも何とかなると、いつもの『ケセラセラ』だった。

 6月末に受けた面接は4社、何処も名の知れた大手企業。前職の時もやはり某大手オートリース会社で、総務部に配属されていた。

 然し、長い期間に渡り病床にあったわたしの身体は僅か3ヶ月で悲鳴を上げてしまった。心不全の再発とそしてそれに伴ううつ状態でわたしの身体は見事なまでに沈んで行った。

 ただ、会社の善意でリハビリ出勤が許された。つまり期間を設けてフルタイム出勤出来るように、トレーニングする事である。

 午前11時までに出社すれば給料は保障されるが、午後になってしまうと出勤扱いにはならなかった。そして2010年12月に三井記念病に緊急入院となる。

 これ以上の仕事は無理だとドクターストップがかかったのである。昨年の2月に退職届を出し、暫くは傷病手当金で生活を凌いだ。

 自宅療養を続けていても心臓病は改善されず自分の未来を諦め始めていた。傷病手当の期間が終了し、失業手当に切り替える。失業保険の延長申請を出していてよかったとつくづく思った。

 自分の身体の事を考えてみれば、とても働けるとは思っていなかったし、失業手当を貰う為の就活ポーズだった。

 内定は頂いたものの、最終判断は入社時前の健康診断の結果にかかっている。結果が悪ければ内定は取り消し、それは仕方のない現実であり病気だらけの身体で良い結果が得られる訳がないのである。

 2年前に受けた同じ板橋区内の病院へ行った。数か月前からわたしは食生活を大幅に変え、外食は出来るだけ避け、一日の摂取カロリーも1000キロカロリー以内に留めた。

 豆腐、もやし、卵、メカブ、モズクなどの海藻類をメインとし、肉類は一切止めた。炭酸飲料も糖分の含んでいるものを止め、ノンアルコールビールに切り替えた。

 そしてその効果が漸く現れ始めたのが6月の中旬からであり、体重が見る見る内に落ちて行き、かなり心臓が楽になって来た。

 少し歩くだけでも息切れがし、階段を見ると恐怖心さえ抱いていたのだが、今では短い階段であれば一気に走って登ってしまうほどである。4月に東洋大の法律学科に入学した娘が新潟から東京へ移って来たこともわたしの回復に繋がっているが、それだけでは説明が付かない診断結果なのである。

 画像の数値を見て頂ければお分かり頂けると思うが、γ-GTP(ガンマGTP「肝機能数値」)の値が若干高めなのは大量の薬剤を服用しているからである。

 それ以外の数値を見れば健常者と何も変わらない。むしろわたしの方が健康的と言っても良いくらいだ。心電図はやはり正直で心臓の状態を正確に表している。心房細動、期外収縮などの不整脈はつき纏ってはいるものの、更に驚いたのは胸部レントゲンの画像であった。

 2年前のデータが残っていたので、その画像と今回撮影したものと比較してみると、明らかに心臓が一回り小さくなっていた。

 つまり2年前よりわたしの心臓の状態が改善されていると言う事である。ナースセンターで血圧と脈を測定したのであるが、あり得ない結果が表示された。

 通常よりも低い数値とその脈拍数に唖然としたが、これは不整脈の為、機械が正確に動きを捉える事が出来なかったのだと思い、看護師に「この数字あり得ないですよ、頻脈なので安静時でも90~100です」と機械のせいにした。

 「そうかも知れないわね…」そう言いながら看護師がわたしの左手首に指を添え、脈をとり始める。「いや、そんな事もないみたいよ…」「えー!嘘でしょ!信じられない?」外来に響き渡るほど大きな声でつい叫んでしまったのである。

 脈拍が70台と言えば小学4年生の時に弁膜症になったが、それ以前の正常な数値だったからで、検診前夜は深夜まで起きており、寝着いたのが午前3時であった。睡眠時間が短く寝不足になるとそれは心臓に負担となって症状が顕著に表れる。

 不整脈に踊り狂う心臓はその場で胸を抑えたくなるほどに暴れ出す。ところが、その朝は妙に静かで、病院に着いた時もまるで借りて来た猫のように大人しく、病気の存在を忘れるほどであった。

 診断結果はもちろん『通常勤務可能』である。ただ、面接時に病気のこと、入院回数、心不全などの事は包み隠さず全て話し、フルタイムでの勤務は不可能と伝えてある。

 それでも尚、採用すると言うのだから余りにも話がうま過ぎて困惑するほどだ。10~16時の勤務で実働は5時間、給料は税込で25万円、月一回の病院外来時は休み、完全週休二日制、裁判員休暇まである。

 時給に換算してみると1時間2500円…。そして、夏の暑い時季は避けて、10月1日に入社でも良いとの事。強運の持ち主だと昔から多くの人たちに言われて続けて来たが、まさに『強運』としか言い様がない。

 過去の記事でわたしは自分の病気について「わたしの病気は、悪くなる事はあっても良くなる事はない」と言い切った。しかし、今この言葉を撤回しなければならないだろう。

 たかが紙切れ一枚であるが、それが齎した幸せを今噛みしめている。どんな病気でも大きな困難であろうとも最後まで諦めない、それが未来の扉を切り開いてくれることもあるのだ。『奇跡的』と言ってしまえば簡単だが、その奇跡は待っている者には訪れない。

 奇跡を生み出す努力をすることが大切なのである。10月までの2カ月間は、衰えた体力と筋力のトレーニングへ時間を充てようと思っている。前回の失敗を繰り返さない為にも…。