カモメ横切る みなもの上に
恋のしずくが 落ちました
焦がれる心に 波紋が揺れて
つかみそこねた あなたの笑顔
あああ~ 恋に恋する神田川
今日もひとり 立ち尽くす
夢の続きを 見たくて今日も
橋のたもとに もたれて待つわ
たったひとつの 約束だけど
忘れるなんて 出来ないわ
あああ~ 恋と涙の神田川
揺れる心に 波しぶき
あああ~ むせび泣いてる神田川
あなたの声が 木霊する
カビ臭いほど病んでしまったこの身体には
どんな潤滑油を差せば自由に
そして身軽に動いてくれるのだろう
錆び付いた関節のすき間から
苔むした積年の想いが
微かに音を立てて漏れ始めている
自由が闊歩していた化石の日々に
両手を合わせ引き寄せたい衝動に
駆られるのである
弾ける若さを振り撒きながら
私の前を歩いて行く
その女のなんと滑らかなことよ
長い闘病生活を余儀なくされてきた著者が、
生きる糧とした詩作。
魂の叫びの集大成!
「僕の前に/暗い影を落として/過去の記憶が横たわっている/
それを乗り越えようにも/僕の足は/竦んでしまって/一歩も動かない
(僕の前に)より――。
幼い頃に心臓弁膜症に罹り、長い闘病生活を余儀なくされた著者の
20歳から28歳までの作品を収録。
まさに死の淵から這い上がるような病の苦しみを背景にした、
痛切ながらも鮮やかな青春物語であると同時に、
心のバイブルとも言える詩集。
出版社/文芸社/神戸俊樹 著 定価/1,260円(税込)
/版型/四六上/頁数/108
発刊日/2005.3.15/ISBN/4-8355-8813-4
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発刊を重ねる毎にスケールアップしているムジカは、ジャンルフリーの総合芸術雑誌である。詩、小説、短歌、俳句は言うに及ばずイラスト、絵画、写真、漫画と多岐に渡っており、その一冊を僅か数時間で読み終えてしまっては勿体無いほど充実した内容となっている。
商業誌としての地位を確実に築きつつ、更に販路拡大も積極的に行っており、ネット書店の大手Amazonとも契約を結び02号から購入可能となった。写真でも分かるように、書店によっては00号から陳列しているケースもあり、ムジカに寄せる期待度の大きさを窺わせている。
02号の特集は、津軽三味線奏者として海外でも高い評価を得ている『山本竹勇』とムジカ代表『葛原りょう』両氏の対談。21ページに及ぶその内容は、津軽三味線は勿論の事、『音楽』『文化』『言葉』などについて本音で二人のアーティストが熱く語りあっている。
「ジャンルを超えて多くの無名でありながら、懸命に創作活動を続けている有望な作家の輩出と、その活動の場」としてムジカを提供する事を掲げる葛原氏の願いは切実である。既存の文化に毒され、使い古された言葉はもう要らない。斬新で刺激的な作品をムジカは求める。
02号から設立された自由投稿欄の『ムジカ新鋭衆』は、意欲的な新しい書き手の発掘の場でもあり、前線で活躍中の作家陣を選者に迎えるなど、本格的に動き始めた。
作品投稿・問い合わせ先はこちらまで→「bungei_musica@yahoo.co.jp」。
MUSICA’S ARTIST
芦川雄二、網代浩郎、天野幸道、石川幸雄、市堀玉宗、大島健夫、大山真善美、岡田美幸、尾貝歩、恩田皓光、加藤さおり、加部洋祐、神戸俊樹、木下竣介、葛原りょう(高坂明良)、窪依凛、小池正規、齋藤俊介、齋藤洋由紀、颯木あやこ、佐藤真夏、嶋岡晨、鈴木涼花、仙波枕、高木清志、滝口泰隆、タシロタマミ、塚越孝広、都月次郎、Tokin、冨田拓也、富永正寿、中園直樹、長野香子、中村安伸、成宮アイコ、花尻万博、久留素子、藤貫一銭、堀本裕樹、松本州勇山、三木基史、森川雅美、森田直樹、山本たくや、吉田友佳(敬称略)
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A5版/200頁/カラー6頁 ISBN978-4-9905964-2-2 本体880円(+税)
特集:津軽三味線奏者 山本竹勇 発行・丘のうえ工房ムジカ
昨年12月の退院から僅か2ヶ月余りで再入院。年頭に掲げた『今年は入院0を目指す』は早々に脆くも崩れ去った。2月初旬辺りから体重が徐々に増え始めた為、かなり食事に気を使っていたのだが、やはり限界だった。
2月14日の夜、三井記念病院の救急外来へ電話を入れ『心不全の症状が出ている』事を看護師に伝えると、これまでとは違い「タクシーで来れますか?」と意外な返事。話している感じから救急車を呼ぶほどではないと判断したのだろう。
入院グッズを大きなバッグに詰め込み、タクシーを呼んだ。土曜日の夜と言う事もあり、渋滞する事もなく道路もスムーズで1時間も掛からず病院へ到着。「じゃ、お大事に…」運転手の労いの言葉を背中に受けつつ、夜間受付のドアを開けた。「神戸さんですか?」薄暗いロビーに居た警備員が声を掛けて来た。
夜間受付の女性事務員がやって来て待合室に通される。重たいバッグが心臓に更に拍車を掛け、立っていられないほど息切れも酷く、受付の椅子に座り込んでしまった。事務員が運んで来た車椅子に移り、救急外来の処置室へと入って行った。
当直の医師と研修医、そして循環器内科の医師が、いつものように私の心臓を調べあげて行く。レントゲン、超音波、心電図、血液検査…。前回入院した時のデータと照らし合わせつつ、「今回の方が重症かな…」と意外な言葉が返って来た。
いつも「もっと早く来なければ駄目」ときつく看護師から言われ続けていたので、自分ではかなり早目の来院だと思ったのだが…。多少辛くても強がって見せる自分が今回も裏目に出たのかも知れない。酸素吸入と左腕に点滴を施し、ベッドのまま入院棟へと運ばれた。
病室も前回と同様で循環器病棟の715号室。その部屋はまるで私の為に開けて待っていてくれたかのように静かに佇んでいた。土日に掛けての入院だった為、担当医が決まるのは月曜日だったが、それもまた前回と同じS医師であった。
検査の為、車椅子で移動している最中に私のリハビリ担当で理学療法士のY先生と鉢合わせ、顔を見るなり「あれー、かんべさん、戻って来るのがちょっと早いんじゃないの?」笑みを浮かべながらの挨拶に「そうですよねー、早すぎです…」と私もまた照れ笑い。
入院4日目、循環器内科部長が数人の医師を引き連れて私の元にやって来た。開口一番「手術についてですが…」と、いきなり心臓の手術について触れて来た為、「とうとうこの日が来たか…」と腹を括った。短期間で心不全を繰り返し、入院を重ねて行く内に心臓はダメージを受け続け、回復力も弱まり内科的治療も限界点に達しようとしていた。
これ以上薬を増やす事も出来ず、薬そのものの効き目も思う様に効果を上げて来ない。この辺が潮時で、外科的治療に踏み切った方が良いのではないかと言う医師たちの見立てである。心不全の病根となっている『三尖弁逆流』『収縮性心膜炎』この2つについて外科的アプローチを行う訳であるが、手術をしたからと言って26年前に受けた『僧帽弁置換術』の時の様に、状態が劇的に改善されると言う保証は何処にもなく、3回目となる開胸術の為、医療ドラマに度々登場する『癒着』が激しく、それらを剥がして行く作業がかなり手術事態を難しくする事も予想が付いた。
次の日から手術を前提とした術前検査が始まった。『CTスキャン』『弁透視』『肺拡散能力』等など。そして是が非でもやっておかなければならない検査が『心臓カテーテル』。慌ただしい検査の連続をよそに心不全の状態は徐々に改善され、23日に一般病棟の14Fへと移った。
そして27日、午後1時30分、心臓カテーテル室へ。この部屋に入るのは、2008年6月、不安定狭心症で緊急入院し、カテーテル治療により右冠動脈にステントを入れ、辛くも一命を取り止めて以来、7年振りの事となる。左手首の動脈と、両足付け根の静脈と合わせ3箇所からのカテーテル。局部麻酔だから意識は鮮明で、医師や看護師の言葉や行動が手に取るように分かった。検査は予定通り約2時間で終わり、後はベッド上で4時間の絶対安静へ。
足の方は4時間が過ぎれば自由に動いてよいのだが、手首の方は圧迫止血バンドを装着した部分が痛み出して余り良く眠れなかった。次の日の夜、担当医から検査結果の説明を受けた。余命1年の宣告を言い渡された時のような緊急を要する状況ではない為、今回は手術を見送る事にした。但し、年に2、3回と入院を繰り返す様であれば手術を受ける事になるだろう。
まな板の鯉が切られて元気を取り戻し、再び大きな池に放たれて勢い良く泳ぎ回る…そんな姿を想像しながら、手術を前向きに捉え希望の灯火として受け止めようと思っている。ワーファリンの効き目が中々安定しなかった為、予定より2日遅れて3月7日退院となった。
皆さんにご心配をお掛けした事をお詫びするとともに、今後も末永く見守って頂けると有難いです。どうぞ宜しくお願い致します。
管理人 神戸俊樹