全国民の願いも虚しく、ジャーナリストの後藤健二さんがイスラム国を名乗る者の手によって殺害されてしまった。2月1日の早朝(日本時間)ネット上にその映像は世界(日本)に向けて配信された。黒装束に身を纏い、自らを「ジハーデイ(聖戦士)」と名乗る男は、鋭い刃物を振り翳しながらカメラに向かい日本政府に対し声明文を声高らかに読み上げた。
その内容は安倍首相を名指しするなど過激な文面で構成されており、後藤さん殺害が終わりではなく、日本にとって『悪夢の始まり』と語っている。これはまさしく日本に対する『宣戦布告』と受け取ってもよいだろう。
人質事件発生以来、日本政府はヨルダンに現地対策本部を置き、情報収集や人質解放に向けて全力を注いで来たが、イスラム国に対し交渉の切り札を持ち合わせていない為、ヨルダン政府に頼らざるを得ないといった他力本願的な対応に、私たちは何ともし難いやりきれぬ思いと歯痒さを抱いていたのではないだろうか。
ネットワークを巧みに操り、あらゆるプロパガンダに利用する様はあの『ヒトラー』を想起させる意味においては、『イスラム国』が単なるならず者の集団ではない事は明らかである。そしてまた今回の邦人人質事件が絶妙のタイミングで安倍首相の中東訪問時に発生した事は、裏を返せば安倍政権の失策が齎した結果とも思えるのである。
「テロには屈しない」と「人命が最優先」この相反する二つのジレンマに立って、身動きが取れず、自ら窮地に追い込まれた日本政府は後藤さんを見殺しにしたのである。
テロリストの言葉を受けて、苦渋に歪んだその表情から込み上げて来る悲しみと怒りを懸命に堪えている安倍首相の口から「後藤さんを解放する代わりに私が身代わりになる」くらいの力強い言葉を発して欲しかった。それこそが『国民の命を守る』頂点に立つ者の姿である。
紛争地帯に赴き、その地域の惨状や生の声や映像を私たちに届けてくれるジャーナリストや戦場カメラマンは、武器こそ携えていないものの、一人の兵士そのものである。正義と勇気と行動力、その使命感に燃える後藤さんの姿に私はサムライ魂を垣間見た気がする。
そして更に付け加えるとするならば、平和や命の尊さをリスク覚悟で訴える彼らの命が、理不尽な暴力によって奪われるなどと言う事は絶対にあってはならないし、阻止すべきである。アルカイダやタリバンさえもその残虐性に目を背けると言う過激テロ集団『イスラム国』がなにゆえ誕生したのか、その背景に『湾岸戦争』や『イラク戦争』が複雑に絡んでいるとするならば、アメリカをはじめ世界各国も内省しなくてはならない点も多分にあるだろう。何れにせよ今は唯々、湯川遥菜さんと後藤健二さん両氏のご遺体が家族の元に一刻も早く帰って来るよう、心より願うとともにお二人のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。
