プールサイドの人魚姫 -141ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

カード生きる上で欠かせない薬「ワーファリン」これを飲み忘れ或いは飲み過ぎると脳梗塞、脳内出血などの危険が倍増する。そうでなくとも機械弁と心房細動で常に血栓が出来やすい状態だからこんなカードを持ち歩いている。何処かで倒れた時、直ぐ分かるようにするためだ。おかげさまでまだ一度もこのカードが役に立った事はない。カード以上に大事なのが、薬の携帯。何処で何が起こるか分からない。巨大地震にでも合って家に帰れなくなったらさあ大変。地震で助かっても薬がなければ終わりだ。持ち歩く物は常に自分の命を支える薬。
うらべ従兄の脳内出血がかなりショックで、気分が落ち込んでしまった。土日は殆ど睡眠を取っていない。そんな状態でのメンタルヘルスだった。2週間に一度のペースが今は一週間に一度に変わった。受付の女性が「痩せたねー」と一言。確かに痩せた。だが、一時期は薬の副作用などでかなり太ってしまい苦しかった。それを思えば今の方がよっぽどましである。私は今「うつ状態」ではない。その逆なので、先生は少しブレーキをかけろと言う。飛ばし過ぎは禁物。いずれ自分の身体に返ってくる。何処かパーキングに寄って心の休憩をした方がよさそうだ。メンタルヘルスへ行く事にいまだ抵抗感を持っている人、何も特別な場所ではなく、羽根を休めるくらいの気持ちで寄ってみるといい。人に相談できない事はここで全部吐き出してしまえばいい。心の許容量は人によって違うけれど、悩みを抱えたまま一人でいることは、心のエネルギーを消費するだけだから。

美奈子マイク片手に
ベッドの上で
発声練習していたね
自分の寿命を知っていた?
だからあんな嘘ついて
強がり笑顔作ったの
白い血液赤くなれ
元気ですよと言いながら
月の裏側散歩する
そのまま兎と戯れて
二度と帰らぬ人ととなる
歌っておくれよもう一度
殺意のバカンス
腰振って

アビディK-1選手の喧嘩屋こと「シリル・アビディ」に顔が似ていることから「アビディ」となった。目付きが恐いし性格もかなり凶暴。でもこの方女性なのです。ポッポは男性なのでいいカップルと思いきや、ポッポは知らん振り。アビが近づくと逃げてしまいます。二人が仲良く遊んでいる所見たことないです。前回の記事で落ち込んでいるポッポを紹介しましたが、この二人の距離は縮まらないようです。鷹に見えるのは私だけでしょうか?
ギターフルートを吹きたくなった(ハービーマンになったつもり)ので、神保町にある中古楽器店につい先日行ってみた。「中古のフルートあります?」「いや、無いね。手に入らないんです」「因みに値段は?」「材質によりますよ、中国製なら安いです」「材質?」「質が悪いと音もスカスカですよ」成る程と思い諦め「レキントあります?」「今日丁度一本入ったばかりで」「ヤマハ?」レキントギターを手にしながら、店の奥に眼をやると黒いギター?が飾ってある。「これ売り物?」「いや、飾り物です」「ちょっといい」手にとって見ると、なんと軽いし、小さい。音がまた不思議で、シタールのような、マンドリンのようでラビシャン・カールを思い出した。1965年頃の物らしい。ラベルもないし、メーカーも分からず、どうやってこの店に流れついたかも不明。謎のギター、だがこれ形はギターだが、楽器としては成り立たない。チューニング出来ないのだ。人を馬鹿にしているようで面白い。しかし夜中にこのギターの音がして、思わず眼が覚めた。おそらくこの持ち主(作った本人)はこの世にいないだろう。これぞ世界に1本のギター(ゲター)である、アーメン。
静岡藤枝に在住の従姉「三千代」から電話があった。「政人が脳内出血で入院したよ」えっ?10日ほど前携帯に電話があったのに?自宅で倒れ救急車で運ばれたようである。しかもなんと静岡市立病院・・・。そして今日は父の命日。こんな偶然が重なっていいものだろうか。私は19歳の時、1回目の手術は静岡市立病院だった。この病院には色々な思い出が詰まっている。ブログでは言えない話が沢山あるし、ここで失恋し、出来た詩が「偽りの蒼い空」文芸社が、青春の詩人ランボー、ヘルダーリンを彷彿させると大絶賛した作品だ。今この病院に従兄が入院している、父の葬式の時、31年前の11月5日に会ったのだ。サッカーで鍛え上げられた、ジュビロ磐田の前身であるヤマハ発動機でサッカーをやっており、FWの神戸と有名だった。小学校からサッカー少年で、静岡中の高校から引っ張りだこ。新聞をよく賑わせていた。元スパイダーズの「井上順」などと六本木でよく飲んだと笑っていた。30年以上会っていない。元サッカーの英雄はベッドで意識もはっきりせず、口も利けないと言う。ふざけるな、返せ、私の従兄をあの英雄を返してくれ。明日、教会へ行くので神のパワーを貰って来よう。そして又その病院の門をくぐるのだ。サッカーボールに命を吹き込む為にね。

命日父の死んだその日

父の死んだその日
僕は独りになった
秋晴れの空は冬が間近いことを知っているらしく
冷たい北風を屋根の上に低く滑らせている
父の身体を取り囲む人達の顔がみんな他人に見えて
僕はいつになく身を強張らせていた
枯れ木のように痩せてしまった父の腕や肩が
すっかり僕を蒼白く悲しませた
顔は浮腫んで腫れあがり唇は蒼く
苦しかっただろうに
辛かっただろうに
それなのに
優しい微笑みさえ浮かべているような
父の静かな寝顔
きっとあの世で母に会えたのだろう
僕と暮らすことを夢見ていた父よ
こんなに冷たくなってしまって
死んでしまったら
やり直すことは出来ないのに
今はもう二十歳の大人の僕が
十八の時も十九の時も独りで生きてきて
これからもずっと独りで歩いて行くと思うと
あんまり心が寂しくなるのです

(詩集 天国の地図より)

ぽっぽうつポッポが落ち込んでいます・・・。隣のアビディが余りにもしつこいので疲れてしまったようです。何か悩みでもあるのでしょうか?もしかして「うつ」鳥後を濁さず?パキシルかトレドミン餌に混ぜて与えてみましょうか?ところでオカメインコのクックが亡くなった記事遠い過去で紹介しました。その時ドクターが「鳥もうつになる事はあるでしょう」と言ってましたが、当然です。「脳在るものは鬱を隠さず」なんて諺を今作りました。
ブログブログを始めてもう3ヶ月、多い日は1日300人以上の人達が訪れてくれる。私がブログを始めたきっかけは朝が苦手で起きられない自分を何とかしようと思った事。うつ歴28年は重すぎた、離れてくれない。今年4月職場復帰を果たしたのだが結果は失敗。体重が70→53に落ちてくれたのはいいが体力まで奪って行った。通勤、職場、社会に出るとストレスの波が押し寄せて来る。たちまち私は沈んだ。そして再度チャレンジに励んでいる。心身共にリハビリの毎日。朝5時頃起き先ず、ブログをチェック誰が訪れてくれたのかを見る。大勢の人との出会い、一瞬でも嬉しい。顔が見えなくとも声が聞えなくともそれは関係ない。私の心にエネルギーとなって訪れた人の気持ちが蓄えられて行く。私の方からお邪魔する事もある。私は自分の気持ちを有のまま言葉にするのでたまに批判的な事も言ってしまう事もある。家でも外でも同じ。例えネットだろうと同じ自分でいる。一応相手のプロフィールを見せて貰い、その人がどんな人か想像する。非公開の場合はブログの表現、色使いなどから判断してコメントするようにしているつもりだ。私は本を出したからプロの作家と思っている人が多いと思う。プロとはそれで飯を食える人。私はとても印税では食っていけない。まだ発展途上の身、だから普通の会社員である。だが毎日詩や小説は書いているし、もちろん出版もする。私が死んだらたぶんその後の遺稿は家内が文芸社に送るだろう。皆さんに支えられてここまで来たブログ、読者も190人以上になった。楽しみにしてくれている人たちの為にも私は書き続けるのでお願いします。
17歳「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない」というキャッチコピーに釣られた訳ではないが、最初に購入したギターがこのモーリス。1万2千円。当時の私の給料は2万5千円。如何に苦労して手に入れたギターであるかお分かり頂けると思う。ブルースハープはトンボで1本800円。ギンガムチェックのシャツが流行り、そしてベルボトムと長髪。これがフォークブームの象徴である。拓郎が好きだったので、腕時計まで似た物を買った。青春の歌、マークⅡ、旅の宿。友達オンステージは実況録音盤で実に面白かったし、夏休みは最高だった。私の得意だった「ともだち」完璧にコピーした。井上陽水、六文銭、古井戸、RCサクセションが3人だった。天地真理がアイドルでLP売り上げは惜しくも「元気です」は2位だった。せんこう花火、リンゴはドラマ「同棲時代(沢田研二、梶めいこ)」の挿入歌だった。泉谷しげる「春夏秋冬」ケメの「通りゃんせ」ガロ「学生街の喫茶店」友人と観たコンサート「唄嵐」サディスティックミカバンド、泉谷、チューリップ、ガロ、RC、海援隊がノーギャラで出て「母に捧げるバラード」を歌っていた。今思えばなんと贅沢なライブだっただろう。山下達郎率いるシュガーベイブ、センチメンタルシティロマンス、かぐや姫、はっぴいえんど。映画「旅の重さ」の主題歌「今日までそして明日から」高橋洋子は若く、秋吉久美子も出演していた。