少し前のこと、仏陀と同じような境地になったかも、悟ったかもしれないと心が浮かれていました。



今でも、同じ心境のままで、特に変わりはありませんが、日常に浸透したかなと思っています。



どんな感じかというと、「今ここ」の状態にすぐなり、今この瞬間が満たされているなという感覚です。



この前、自分で驚いたのは、ある神社に家族で行った時のこと。



風鈴がたくさんある神社でしたが、風がなく、風鈴が鳴っていませんでした。



風鈴の音が聞きたくて、いつ鳴るだろうかとずっと耳をすませていました。



ふわっと風が吹いたときに、風鈴が一斉に鳴り出しました。



私が「風鈴の音がすごいよ」と長男に伝えると、長男が「セミと風鈴の音がすごいね」と言いました。



私はその時、はじめてセミが鳴いていたのだと気づきました。



風鈴に耳を澄ませすぎて、他の音がシャットダウンされていたみたいです。



「今ここ」を存分に味わっていたなぁ、と思いました。



昔と比べて、世間体や他人の目に対しての思考がだいぶなくなったので、感性が研ぎ澄まされているのだろうなと思います。




また、別の日のこと。

夏休みなので、家族でプールに行きました。



浮き輪に乗ってぷかぷかと浮かんで空を見上げていると、とても気持ちが良くて、眠ってしまいそうになるほど。



空と一体化しているようで、とてもリラックスできました。



周りは、たくさんの家族連れで、楽しそうに過ごしていましたが、浮かんでいるときは、その声も聞こえないくらい、ぼーっとしていました。



長男は、私に「何を考えているの」と聞いてきたので、「空を見てるよ。気持ちいいよ」と伝えると、私の足を持って浮かぶアシストをしてくれました。


次男は、私のお腹の上に仰向けで乗っかり、同じように空を見てリラックスしていました。



今の自分は、すごく地球を楽しんでいるなと思います。



時間も忘れ、今に没頭できる自分が嬉しいし、一緒に楽しんでくれる家族に感謝です。









お出かけの帰り、車の中の会話です。



双子男子が、窓の外を見ながら、

「月がついてきてるね」と言いました。



長男が小さい時も似たようなこと言ってたなぁ、と思い出しました。



すると、今度は、双子女子が車が止まったときに、

「〇〇達がとまったら、月もとまるんだね」と。



この子たちは、自分を中心に世界が動いていると感じているんだなぁ、と思いました。



まだ思考よりも感情優先の、右脳優位な頭。



今ここを楽しんでいるのが、いろんな場面で伝わります。



美術館や博物館、静かなレストランであろうが、おかまいなしに、「静かにしたくない」と騒ぐ。



行きたいところは限られてしまいますが、できる範囲でいろんなことも経験させてあげたい。



でも、まだ自分中心に世界が回っていて、世間体や周りの目なんて考えない、自分の感情優先な子どもに我慢を強いるのは可哀想です。



静かにしないといけない場所なんだと本人が納得できるように伝えながらも、子どもの感情も守っていきたいなと、脳の仕組みから思った出来事でした。



最近、5歳の娘が、自分でノリツッコミをしていて面白いなと思うことがあったので、残しておこう思います。



ある日のこと、双子と私で昼ごはんを家で食べていました。



ひよこの絵が書いてあるふりかけを双子男子が選びました。



双子女子

ひよこの味のふりかけにしたんだねひらめき

えっやばっ!!あんぐり



私「ひよこ味じゃないよ。たまご味だね」



このふりかけを見て出た言葉です。

可愛い日常の一コマです。



別の日のこと、子ども達からの風邪がうつってしまい、私は早く寝ようとしていました。



娘は、私の側で、頭をなでながら、「大丈夫?」と言ってくれていました。



「あたまが重たい」と私が言うと、

娘が「ちょっと運んでみよう!」と私の頭を持ち上げようとして、「うわっ、重たっ!!」と言ってました。



重たいの意味が違うんだけどな、と思いながらも可愛いなと思う出来事でした。




子ども達はいよいよ夏休み☀️

楽しい夏が始まります🌻



一緒にいる時間が増えるので、いつもに増してドタバタすると思いますが、何気ない日常も楽しみながら、たくさん思い出をつくろうと思います。



子どもに負けず、私も思いっきり夏を満喫します✨












以前行った場所の写真をパソコンで私が見ていると、長男が「この写真綺麗だから印刷して」と言ってきました。



長男は、印刷した写真をジェミニを使って油絵にしていました。



できたのが、こちらの絵。



真ん中にいるのが夫。

すごくきれいな夕日で、ウユニ塩湖のように反射していて綺麗だなと思った写真です。



ジェミニは、写真を油絵やスケッチの絵など、いろんな絵に加工してくれ、本当に凄い時代だなと思います。



そして、長男は、AIを面白がって使っています。



どんどん進化していくAIを、子どもたちも当たり前のように吸収して、一緒に成長していくんだろうなと思います。



学校でも授業でプログラミング?を学んでいるらしく、家でも自分で簡単な動きを作ってゲームのようなことをして遊んでいます。



今の小学生はすごいです。



授業参観で、自分のことについて発表する授業がありました。子ども達が一人ずつ前に出て、スライドを使って説明していました。



私が大学生の時にしていたことです。

しかも、一人で前に立ち発表するなんて、いろんな面で自分の小学生の時とは大違い。



今の小学生は、英語やタブレットの授業をこなしています。どんな大人になっているのか。日本の将来は明るいのか。



子ども達の成長が楽しみです。

サカナクションさんの「夜の踊り子」は、今、小学生の間でものすごく流行ってるみたいですね。



我が家でも、よく聞くようになり、ノリノリで歌えるいい曲だなと思っています。



この曲が流行ったのは、インドネシアで高速の船の先頭で立って踊るボート少年の映像に、「夜の踊り子」の曲のリズムがピッタリ一致してるから。



ショート動画を見ると、CG映像かと思うほど高速で、命がけだし、とても勇敢な少年だなと感動します。






色んな動画で、男の子の素顔や練習風景を見ると、こんなに可愛い男の子が頑張っていたんだなと、ウルウルしてしまいます。





調べてみると、インドネシアのスマトラ島内陸部の地域の伝統的なボートレース「パチュ•ジャルール」とのこと。



村同士の誇りや結束を高めるボートレースであり、船造りは、森から木を運搬することから始まり、村の長老が指揮をとり、儀式を行う、スピリチュアルな意味も込められてるそう。



船体にはワニや虎、サソリなど村の誇りをかけた華やかな彫刻が施されます。

日本の神輿と似たような側面を感じます。



先頭で、「踊り手」を務めるのは、主に子どもたちで「チアリーダー」的存在として漕ぎ手を鼓舞し、彼らの踊りは、チームに精神的な力を与えると信じられています。



先頭で自分の役目を果たす男の子や、その男の子を支えるボートの漕ぎ手である大人達。



この世界を全力で生きてるな、素敵だなと勇気をもらえました。



また、このサカナクションさんの「夜の踊り子」の歌詞も素敵だなと思います。



「イメージしよう。イメージしよう。自分が思うほうへ」という歌詞。



引き寄せの法則みたいだなと思いました。



最近は歌詞とかを聞くと、引き寄せの法則のほうに結びつけてしまっている自分がいます。



なので、私の頭の中は、当たり前のように引き寄せの法則が入っているのかなと思っています。



この素晴らしい動画に出会えたことに感謝です。



ある日のこと、お出かけ先で、以前好きだった曲が流れているのに気づきました。



この歌なんの曲だろうと思って調べて、宇多田ヒカルさんの「道」という曲だと分かりました。



サントリーの天然水のCMにも使われていた曲です。



この曲がまた好きになり、リピート再生するほど聞くようになりました。



この曲の歌詞に「あなた」というワードが何度も出てきます。



「あなた」は誰のことを指しているのだろうと考えるようになりました。



歌詞の解釈は、聞く人によって違うと思うし、宇多田ヒカルさんも、聞き手によって自由に解釈できるように曲を作られてるとは思います。



でも、私の中で、これだ!!と思うものが見つかったときは、「お母さんわかったよ!!」と長男の肩を掴み、体を揺らして、興奮してしまうほど嬉しかったです。



長男は、「あっ、よかったね」と苦笑いでしたが。





宇多田ヒカルさんの「道」の歌詞はこちらです。



黒い波の向こうに朝の気配がする
消えない星が私の胸に輝き出す
悲しい歌もいつか懐かしい歌になる
見えない傷が私の魂彩る

転んでも起き上がる
迷ったら立ち止まる
そして問う あなたなら
こんな時どうする

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
一人で歩いたつもりの道でも
始まりはあなただった
It's a lonely road
But I'm not alone
そんな気分

調子に乗ってた時期もあると思います
人は皆生きてるんじゃなく生かされてる

目に見えるものだけを
信じてはいけないよ
人生の岐路に立つ標識は
在りゃせぬ

どんなことをして誰といても
この身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でも
あなたの声が聞こえる
It's a lonely road
You are every song
これは事実

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
どこへ続くかまだ分からぬ道でも
きっとそこにあなたがいる
It's a lonely road
But I'm not alone
そんな気分



「あなた」は誰のことを、思い浮かべましたか??



私の歌詞の解釈を少しだけ記録しようと思います。



この曲の歌詞は、私のために書かれた歌詞かと思うほど、今の自分の気持ちにしっくりきています。



最初の歌詞の「悲しい歌もいつか懐かしい歌になる。見えない傷が私の魂彩る」というところ。



今までブログで、次元上昇した、や変わったと書いてきましたが、本来の自分を思いだすと、悲しくて辛かったことも忘れるわけじゃないけど、懐かしいと思えるくらいの出来事に変わっています。 



見えないほどに染み付いている心の奥の傷は、変われたきっかけ。

過去の経験があったからこそ、今の変われた、元の自分に戻れたという魂の喜びにつながっているのを感じます。



「調子にのってた時期もあると思います」という歌詞。

私の全能感だったときの状態に似ています。



「人は皆生きてるんじゃなく生かされてる」という歌詞は、まさにワンネス。

自分を生かしてくれている源である宇宙のこと。



「人生の岐路に立つ標識は在りゃせぬ」という歌詞は、人生に別れ道などない。自分が選んだ選択がベストであるということ。




そして、私が考えた末にたどり着いた「あなた」は、宇宙や神のような存在という名の私自身のこと。



私は、半年前、絶望の末、次元上昇したと考えています。そして全能感を感じました。

また絶望し、その後悟りの境地にたどり着いたと思っています。



すると、ワンネスを体感できたというか、いつでも思い出せる状態になりました。



ワンネスとは、この世の全ては1つであるという概念。私が宇宙であり、宇宙は私。私は宇宙の1部で、山や川の自然も私。



でも、いつもワンネスの気持ちでいるわけではありません。いつもワンネスの状態だと、山にこもって生活しなければいけなかったり、廃人になってしまうようです。



私はワンネスの土台を持った状態で、このドタバタの現実世界を生きるということに着地できたようです。



自然などを見ると、すぐにワンネスの感覚になれます。



どういうことかというと、この海や川は私であり、この素晴らしい私を体験するために今地球にいるんだなと感じている状態。



意味不明かもしれませんが、変な宗教に入ったわけではありません。




「心の中にあなたがいる

いつ如何なる時も一人で歩いたつもりの道でも

始まりはあなただった」という歌詞。



「心の中にあなたがいる」というのは、あなたは宇宙のことなので、宇宙といつも一緒だということ。



「始まりはあなただった」は、始まりは宇宙のことだと捉えたら、理解できます。



「一人で歩まねばならぬ道でも

あなたの声が聞こえる」という歌詞は、

現実世界を生きる上で、肉体を持っている以上、究極的には、誰しも1人で生きていかなければいけません。



そんな時でも、自分という存在は、宇宙そのものであるから、全てとつながっている。

だから1人ではない。目には見えないけれど、ずっと宇宙は支えてくれているということ。



「どこへ続くかまだわからぬ道でも

きっとそこにあなたがいる」



私は宇宙そのものなので、どこにいっても、どんな時でも、大いなる存在の宇宙に守られています。



英語で、孤独だけど、孤独じゃないという歌詞も、私は宇宙そのものなので、一人と感じる時も、孤独ではないということ。



文章で書くとよくわからない感じになってしまいますが、私が思う「あなた」は、この世界を作った神や宇宙という存在のことを表しているのではないかと考えています。



もしそうだとしたら、宇多田ヒカルさんも、私と同じような視点でいろんな景色が見えているのかなあと感じました。



私の解釈であって、宇多田ヒカルさんがどう考えているか分かりませんが、このことに気づいた時は、飛び上がるほど嬉しかったです。



これほどまでに、私の人生の歩みとシンクロしている曲に出会えたことに感謝です。



宇多田ヒカルさんに届くといいな✨




「私の好きな育児書」という本を読みました。




いろんな人が紹介する育児書や絵本の紹介があり、たくさん読んでみたいと思う本がありました。



この本を読んで、1番印象に残ったところは、小児科医の毛利子来さんの育児書に対する思いです。



毛利さんのインタビューには、こう書かれていました。



本来、育児書なんてなくていいんです


「このごろの親たちは、専門家から得た知識をその通りに実行しようとするでしょう。

あげくには、発育が悪い、落ち着きがない、多動だ、自閉的だらと言われ、心配させられている。見ていて気の毒でしたから『もっと自分の流儀でやればいいよ』ということを言いたくてね。そういう思いで「育育児典」を書いたんです。

毛利さんは、専門家の言葉より、それぞれの親の流儀と生活の事情に沿った子育てが大切だといいます。

「育児書を読んで、その通りにすれば絶対いい子が育つと思ったら大まちがい。性分によってできることとできないことがある。育児は事情によってもできることとできないことがありますからね。育児書通りにやろうと思うのは、ものすごく無理がある。親は悩むし、子どもも辛いから、それぞれのやり方でやったらいいんじゃないかな。」



私も、長男の子育ての時は、目の前の赤ちゃんに対して正解ばかり求めていた気がします。



全てが初めてで、何もわからないから、専門書や育児書を読み、少しでも気になることがあれば不安になる。



心配しなくていいよ、大丈夫だよって言ってくれる人は周りにあまりおらず、自分でインターネットで検索しては不安になっていました。



公的な場に相談すれば、大丈夫だと思うけど、お母さんが不安に感じているなら発達診断を受けてみるのもいいのでは、と言われる。



毛利さんは、子育てでもっとも頼りになるのは、本より親同士のおしゃべりとのことですが、その通りだなと思うことがあります。



長男が幼稚園入園前に仲良くしていたお母さんは少なく、1人目の子育て中の方が多かったです。



子どもの多動や癇癪を心配し、療育相談などしてる人もいました。



なので、私も気になる点があれば、色んなところに相談したり、不安を抱えた子育てだったなと思います。



今、子ども3人育てて、色んな子を見る機会が増えて思うことは、みんな個性があって、発達や成長もそれぞれ違う。今、停滞していてもグンと伸びる時期があるし、得意不得意は違う。



たくさんのお母さんと話すことで、みんな似たような悩みを抱えているんだなと、知ることができ安心できます。



安心すると、子どもに大らかに接することができるし、優しくなれる。

子育てに安心感って大切だなと思います。



それなのに、育児書や専門家の意見にすごく縛られていました。



ありのままの子どもの可愛さをしっかり味わい、心配ばかりしなければよかったと、長男に関しては特に思います。



他の子と比べたり、本を見て普通の平均の子にしようとするのではなく、個性を大事にして、その子の可能性を信じ、これからも成長を見守っていきたいです。





ジェーン•スーさんの「へこたれてなんかいられない」を読みました。




本を読んですごく面白い人なんだろうなぁと思いました。



自分のことを冷静に感察し、いろんな物事を深く考える人。



50代の方らしく、体の不調の事についてなども書かれていました。



私が1番知らない世界だったのが、インプラントのこと。



ジェーン・スーさんのインプラントの経験から、歯にしても、体のどこか調子が悪いということは、メンタルに不調をきたすし、健康であることは、すごくありがたいし、大切なことなんだなと感じました。



他にも印象に残ったところを、書き残したいと思います。



「スターの視線の先」より

スターって、こうやって作られていくのだろう。人の手で形式を作り、白羽の矢が立った人間を舞台に上げ、大切に名を継承していく。

それこそが、伝統文化と呼ばれるものの特性かもしれない。長い歴史に組み込まれた選ばれし者の双肩には、我々には想像もできない重さの責務が乗っかっている。

伝統芸能だけではない。株式会社の重役だって家族だってそうだ。社長も父も母も初めからそうだった人はいない。誰もがどこかで、襲名しているのだ。役を担うって、皆の期待を一身に背負うってこと。やるべきことを、やるってこと。

私はそこから逃げ回っているけれど。



「美談でのコーティング」より

美談でコーティングされた女と子どもの善意は、根本的な問題や責任の所在を曖昧にし、その場しのぎの情緒を満足させるために消費されがちというだけではなかろうか。

銃後の母は、最前線の人間が強いられる無茶と必ずセットであることも、絶対に忘れてはいけない。「いい話」の陰では、医療関係者やエッセンシャルワーカーが多くの犠牲を払っている。全く美談ではない。



「自分にしかできないこと」より

へりくだれ、おもねれ、という話ではない。あなたが私を気にかけてくれていることを、あなたが私に期待を持って接してくれていることを、私は心から感謝しているという態度を常に示す必要があると言う意味だ。形式だけではない、実態のある礼節。

なぜそれが必要かと言えば、実体のある礼節は相手を安心させ、幸せな気持ちにさせるから。メールで使う言葉ひとつ、挨拶ひとつに謙虚かつ繊細な態度は宿る。言わなくてもわかるでしょ、は恋愛や家族といった人間関係において同様、通用しない。

この定め事を理解している人にやってくるチャンスは、どんどん大きくなっていく。



「流れになったら」より

いま思えば、この時にやめておけばよかった。

提案されるたび、2、3回はやんわり断った。その間にも友人に話を聞いたり自分で調べてみたりしたが、知らない病院でお世話になるより、私の口腔内をよく知るかかりつけ医に任せるのが適切な気が徐々にしてきた。積極的選択というより、消極的消去法である。

ところで。先日、とある女友達がとても響く言葉が授けてくれた。「兆しのうちは引き返すこともできるが、流れになったらもう誰にも止められない」と。

インプラント治療はまさにこれだった。



この本は、「婦人公論」の連載を大幅に加筆•修正したものだそうです。



読み応えがあり、50代になった自分を想像できるような面白い本でした。



「マンガでわかる引き寄せの法則かずみんスタイル」という本を読みました。




引き寄せの法則の本は、今までにたくさん読んだことがあります。



最近は引き寄せの法則について、なんとなく腑に落ちている自分がいます。



昔は、叶った自分をワクワクした気持ちで想像するとか難しいなぁって思っていたのが、今は、わかる、そういうふうに考えたらいいよねみたいな感じで思えます。



例えば、最高の形で願いは叶うとかも、そこにたどり着く方法は考える必要がなくて、必ず自分はそこにたどり着けると思って安心した自分でいることなど、今まさに自分がやっていることかなぁと思います。



私は、具体的な願いがあるわけではないですが、毎日幸せな気分で、私や関わる家族全員にとって最高の形で願いは叶うと信じることができています。



叶えたい未来があって、その未来になったときに子ども達の学校のこととかどうなるかなど、考えたらキリがないので、そこは特に気にせず叶えたい未来だけを妄想しています。



宇宙はその人にとって最高の方法で、なおかつ完璧なタイミングで願いを叶えてくれるから。



私が心から引き寄せの法則を腑に落とすことができているのは、自分を信じることができるようになったからだと思います。



本来の自分を思い出す効果は、絶大です。



以下、本の中で大切だと思った言葉です。



大事なのは「どんな出来事が起きるか」ではなく、起きた出来事を通して「自分がどう感じるか」



心配よりも安心に目を向ける。

悩むよりもより良い未来に意識を飛ばす。



現実を見る割合は3割、幸せな妄想を楽しむ割合は7割。これくらいまで妄想を楽しむ、いえ、アホになる時間が増えれば、現実も望むままに変わっていく。



見なくてもいいものを見たくなってしまうのは、脳が刺激を欲しがっているから。

不安、心配、怒り、嫉妬と言う感情を、わざわざ自分から感じにいって、それで快感を感じてしまう。

不安や心配、怒り、嫉妬の刺激を脳に与えて満足感を得るより、喜び、楽しみ、好き、癒しを脳に与える。



自分の現実を作っていくのは、「自分がどんな現実を選ぶか」。幸せな未来を選択して、見つめ続けて、自分の未来を作り上げていく



最後に、ダイエットを成功させる方法についてやってみようと思うことが書いてありました。



かずみんは、スーパーモデルの私のDVDを頭の中で再生したそうです。



痩せた達成感や褒められたときの喜びの感情を湧き出させ、無意識が痩せた私に近づこうとし、普段の行動から変わっていく。



そして、特に苦労することなく5キロのダイエットに成功したのとこと。



頭に映し出すのは太っている自分ではなく、理想的な体型になっている自分。食事を控え目にすることもストレッチをする時もウォーキングをしている時も、体から湧き出てくるのは楽しいという感情。



引き寄せで大切なのは、どんな行動をしたかではなくて、どんな気持ちで行動しているか。



どんな瞬間も、今の自分ではなくて、スーパーモデルの私として行動してみようと思います。



さっそく、携帯の待ち受けを理想とする体型のモデルの人に変えました。



引き寄せの法則でダイエット、やってみます🎵





こちらの本を読みました。

「その手がおぼえてる」



母親目線での、子どもが赤ちゃんの頃、幼児、小学生、大人になって巣立つ日、色んな出来事を綺麗な絵と文章で綴られている絵本です。



母さんの髪はすっかり白くなった。

思い出は砂のようにこぼれ落ちていった。

けれど、たった1つしっかり覚えていたことがある。

あなたと一緒にしたすべてのことを

あなたと一緒にいたすべての時間を。



あなたはじぶんの人生をあゆむ。

母さんのことを考える日もあったけれど

あなたはあなたを生きていくのだ。



この文章のところで、毎回泣いてしまいます。



将来、子ども達がそれぞれの人生を歩むようになった時、私は子どもたちと過ごした思い出を胸に抱きながら、自分の人生を過ごしているんだろうなと想像した時、ウルウルしてしまいます。




今、私は子ども達と過ごすドタバタな日を毎日、味わいながら楽しく生活しています。



悟りの境地になってから、この世界を美しく感じる心が以前よりアップし、子どもの可愛さやありのままを受け入れる心が私の中に育っているのを感じます。



長男は、私の思考の話をすると、「ありがとう」と言ってくれます。



私が変わり、長男も変われたことへの感謝だと思います。



長男も学校が過ごしやすくなった、攻撃されなくなった、学校楽しい、と変化をとても喜んでいます。



私が誕生日の時に、長男は手紙を書いてくれました。



そこには、「これからもだいすき」という言葉。



これからも、というところが、長男に信頼されているんだというのが伝わってきて、本当に嬉しいです。



長男は、夫も理解できない宇宙や悟りの話を理解できる唯一の存在で、素晴らしくありがたい私へのギフトだと思っています。



でも、私が変わらなかったら、長男の精神性の高さに気づくこともできませんでした。



この絵本を読むと、長男が大人になり巣立っても、たまに戻ってきたときに、星空の素晴らしさから、宇宙へと思いを馳せ、色んな会話を楽しみ、とても幸せな時間を過ごせそうだなと想像し、嬉しくなります。



今、私の地球を楽しむことを思い出した精神が、子どもの未来を明るくしていくと心から信じられます。



長男とは地球を楽しむ同志として、これかもハッピーな毎日を過ごしたいです。