みんなが幸せが真の幸せ♪♪♪

 

 心より愛と感謝をこめて

 

 1本の通りをはさんで、光と影が同時に見えた。

 昨年6月、米サンフランシスコ市を訪ねた。ツイッターや配車大手のウーバー・テクノロジーズといった名だたるIT企業の本社が並ぶエリアのすぐ横は、路上生活者が占拠し、失業者が昼間からたむろする。テンダーロイン地区は繁栄から取り残されていた。

 

 IT企業に勤める高所得者が市内の不動産価格を高騰させ、8千人以上が住まいを追われた。取材で会った市議は危機感を隠さなかった。「路上生活者に、IT企業に勤めていた人は少なくない。誰しも明日のわが身だから」

 

 人工知能(AI)に代表されるテクノロジーの進化は、人類を幸せにするのだろうか――。1年の取材を通して問い続けたことだ。希望よりも、持つ者が富を独占することに絶望しかけていたとき、あるベンチャー企業と出会った。

 

 「グローバル・モビリティ・サービス」(GMS、東京都港区)は、金融とITを融合したフィンテック分野を手がける。今年1月、サイドカーつきのバイクタクシー「トライシクル」の運転手102人を招き、フィリピン・マニラでパーティーを開いた。

 

 誇らしげな顔で壇上に並ぶ彼らが抱えているのは、額縁に入ったバイクの所有者証明書。彼らは、経済的な信用がないためにローンが組めず、これまで自分のバイクを持てなかった。それをテクノロジーが変えた。

 

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 最低運賃10ペソ(約20円)のトライシクルは庶民の足であり、手に職のない貧困層にとって数少ない働き口でもある。同国内で約400万台が走るが、その6割は自力でバイクを購入できず、借り物で営業している。使用料などを払うと、丸1日働いて手元に残るのは500ペソ(約1千円)ほど。家族を養うにはとても足りない。

 

 フィリピン中央銀行の昨年の調査では、銀行口座を持つ世帯は全国民の2割超にとどまる。ローン審査の通過率は1割ほどに過ぎない。

 

 車を買うローンを組めず、安定した収入は夢のまた夢。貧困から抜け出せないからカネを貸してもらえない。そんな悪循環を断ち切ったのは、GMS社長の中島徳至(53)が作った手のひらサイズの機器だった。

 

 その機器をバイクに取り付けると、走行距離やその日の収益、運転の安全性など約20項目のデータが集められる。これを点数化し、提携した金融機関約10社に提供。従来の物差しでは貸せなかった人を優良な融資先に変えた。

 

 パウロ・バルアメダ(47)は4人の子どもを育てる。借りていたバイクが古く、故障はしょっちゅう。ご飯にしょうゆをかけて食いつないだ。毎朝4時から働いても、一向に生活は豊かにならない。

 

 そんな生活が、融資を受けて新車のバイクを買って一変。家まで買えるようになった。大学で会計学を学ぶ娘のパウラ(18)は、流暢(りゅうちょう)な英語でこう言った。「私が一生懸命勉強すれば両親を助けられる。卒業したら、今度は私がお返しをする番です」

 

 2015年以降、1万人以上が利用。約500人が完済し、返済できなくなった人は1%にも満たないという。

 

 ■持たざる人に融資、勝者総取りに「待った」

 「まじめに働く人の『頑張り』をテクノロジーで可視化すれば、今まで閉ざされてきた金融の扉を開けられる」。GMS社長の中島は力を込める。「持つ人のためのフィンテックから、持たざる人のためのフィンテックに挑戦したい」

 

 「信用」の積み重ねは、未来への可能性を広げる。集めたデータはプラットフォームに蓄積され、学費や住宅といったローンの与信にも使える。「金融機関にとっても貸し倒れが少なく、持続可能な形で貧困の連鎖を断ち切るきっかけができる。テクノロジーは、意思をもって育てればいい」と中島は話す。

 

 GMSは昨春から日本でも事業を始めた。

 静岡県浜松市に住む女性(35)は今月、GMSのサービスを使い48回払いで69万円の中古のミニバンを買った。

 

 10年ほど前、洋服などの買い物のために消費者金融から約250万円を借りた。その後、債務整理をしたことで「ブラックリスト」に記録が残った。

 

 勤める衣料品関係の工場には早朝や深夜のシフトがある。3人の子どもの送迎もあり、車がほしかったがローンが通らなかった。

 

 ようやく手に入れたミニバンを前に、女性は鍵を大事そうにギュッと握りしめた。

 

 日本でも、約3割の人が経済的な理由などから自動車ローンを組めないのが現状で、毎月200人ほどがGMSのサービスを申請する。サービスの代理店の一つで、女性が車を購入した浜松市内の中古車販売店には、岩手や広島など全国から駆け込んでくる。

 

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 「6人に1人が貧困ライン以下の生活をし、一人親世帯の過半数が貧困状態」。それがこの国の現状だと、グラミン日本会長の菅正広(63)は言う。

 

 バングラデシュに1983年誕生したグラミン銀行は、貧困層向けの少額融資「マイクロファイナンス」の先駆けだ。日本にも2018年秋に進出し、これまで3組15人に融資している。その7割はシングルマザーなどの女性。残りは、就職氷河期に社会に出て正社員になれず、ウーバーイーツの配達員といった不安定な仕事を掛け持つ人たちだ。

 

 「失業や病気をきっかけに、社会保障から漏れ落ちた人へのセーフティーネットがあまりにも少ない日本で、社会(課題の解決をめざす)企業が一つでも増えればいい」と菅は語る。

 誰もが等しく幸せになるチャンスを与える――。テクノロジーには本来、そんな使命が期待されている。巨大IT企業の「勝者総取り」が加速する今、小さな光が見えた気もした。=敬称略(牛尾梓)

 

 <シンギュラリティー> 人工知能(AI)が人間を超えるまで技術が進むタイミング。技術的特異点と訳される。そこから派生して、社会が加速度的な変化を遂げるときにもこの言葉が使われ始めている。

本日 朝日新聞 朝刊 より