カケラバンクオフィシャルブログ「先の見えないこの時代で」Powered by Ameba -13ページ目

歌が上手くならない人へ③

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ここまで歌にとっての、
の重要性を書いたので、
最後は体について。
 
ボイトレに通う方の多くは、
とにかく姿勢が悪い。
 
そして体が硬い。
 
スマホやパソコンを覗き過ぎなのか、
運動不足のせいなのか、
両方とも原因なのか、
背骨の歪みがよく見られる。
 
よく駅のホームで首を直角に折り曲げて、
携帯を見ながら電車を待ってる方がいる。


それを見つける度に注意したくてウズウズしてしまう。


っていうのも、


頭はだいたい体重の1/10なので男性だと約6Kg。


それが猫背やストレートネックによって、
首の角度が60度傾くと、
首と肩で27kgを支える事になる。


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27kgって言うと小学校低学年の子を肩車してる感じ。


90度傾けてる方は、
小学生の高学年を肩車してるレベル。


歌にとって無駄な首と肩の筋トレを、

日々数時間かけてセッセとしてしまってる。


だから首を直角に折り曲げて、

携帯を見てる人を見つけると、

声をかけたくなる。


きっと霊感のある人が、

背後霊のついてる人を、

街中で見つけた時ってこんな感じなんだろうな笑。


なのでレッスンの始めは、
まず首と肩のストレッチを入念に行って貰う。


そんなの関係ないでしょ?
って顔をする方には下の図を見て貰う。

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発声は内臓の上にある、

横隔膜などを使って、
肺から息を口に送り込み、
喉仏周りの声帯を動かし、
口の奥の空間を軟口蓋と舌で作る。


例えば肩甲舌骨筋(けんこうぜっこつきん)、

という筋肉は舌と肩の後ろの肩甲骨を繋ぐ。


って事は肩こりによって舌も硬くなり、
発声時の響きが滑舌の悪さに繋がって行く。


だから体の硬い方は、


発声練習の際に、
ファルセット出して見ましょう、


とか、


地声で高音出して見ましょう、


とか伝えても、

顔を歪ませたり顎を前に出したりして、
強引に声帯周りをコントロールしようとする。


駄々をこねて抵抗している子どもを、
おもちゃ売り場から引きずるように。


もし実際子どもが泣き叫んだらどうするか。


一番は優しく柔らかくソッと、

言い聞かせる事だと思うので、

自分の体とも同様に日々丁寧に、

会話をしながら優しく接して貰う為に、

柔軟体操の方法を伝える。


歌とは誰かに感情を伝える手段として存在する。


だからこそその前にまずは、

自分の感情や内臓や筋肉という、

未熟な駄々っ子と日々、

コミュニケーションを入念に図らないと、

音程もリズムも滑舌もコントロール出来ない。


20年近く歌を歌ってきてつくづくそう思う。


3回にわたってボイトレ論を書いてみた。


心・技・体。


この3つは複合的にちゃんと繋がってる。


だからこそ長い時間をかけて、

その全てを向上させる為に、

地道に磨き続けた結果、

その人のパフォーマンスに、

聴き手は鳥肌を立てると思う。


そしてそこに拍手が生まれ、

そこに憧れが生まれ、

そこに感動が生まれる、


と僕は確信している。

※上記写真:櫻井幹也(京都・伏見)

 

※ボイトレ希望の方は info@kakerabank.com

PS:先日大阪のスクールEXPG STUDIOで、

初のギターのワークショップを10代の子達にしてきました。

レッスン中ギターが好きなんだなって言う、

その子達のまなざしに少しウルっとしてしまいました。

http://expg.jp/info/detail.php?info_id=2936&school_id=5&category_id=1

空と殻

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弘に薦められたので、

昨年のアカデミー賞7部門に、

ノミネートされた映画、

「メッセージ」を借りて見た。


内容は一切聞いてなかったので、

冒頭で宇宙人が地球に襲来した時、


「え?ベタベタのパニック映画?」


ってとまどったけど、


一向に予想したような、

ドンパチするシーンは一切なく、

主人公の女性言語学者が、

宇宙船の中に入り異星人と、

コミュニケーションを図る為の、

試行錯誤を描いた哲学的な作品だった。


過去と現在と未来のシーンが、

次々と入れ替わるので見てると、

「時間」という概念がなくなっていった。


そしてラストにかけて、

時間も空間も人類も、

それぞれが溶けていき、

まるで仏教の「空」のような物語だった。


ちょうど先週に、

2001年の芥川賞作家でもあり、

臨済宗の副住職でもある、

「玄侑宗久(げんゆう そうきゅう)」さんの、

「現代語訳 般若心経」を読み終えてたので、

この本の中にあるキーワード「縁起」を感じ、

そのシンクロニシティにゾクっとした。


この玄侑さんは「苦の根源は”私”」にあると説く。


「私たちの体や精神作用は全て自性を持たず、

これはいわば縁起における無常なる現象なのだ・・・


だから、生じたり滅したりもしないし、

汚れたり綺麗になったりもしない。

また減ることも増やすこともない。

(私たちがそう感じるのは、

ただ縁起によって出逢う無常の現象を、

概念によってそのように解釈しているだけなのだ。)」


という般若心経の現代語訳を読んだ時も、


「櫻井幹也」という、

誰かが名付け誰かに呼ばれ、

誰かに認知されてる肩書、

誰かに思わせたい自分という、

「殻」が薄くなった。


そう言えば、


「空」も同じく「から」って読む。


どれだけ生きても最後は「から」になる。


いや元々からっぽだったのに人は、

言葉や数式や筋肉という「殻」をつけて、

それで何か強くなったと錯覚していく。


そう今は気付いたから、


ニュースに連日流れる、

「権力」や「財力」や「人気」を、

持っている人達が、

「自分」という「アイドル(偶像)」を、

かたくなに守ろうとした結果、

不祥事を起こしてるのを見て、


生きている中でもっと、

「自分」を消す時間を、

増やしたいってつくづく思った。


20代の僕にとっては音楽は、

セルフカウンセリングの役割と同時に、

自分の「名声」や「お金」を増やす為でもあった。


だから自分の唄を、


「伝えたい!」


「伝えなきゃいけない!」


って常に欲求不満でいらだってた。


けど今の僕にとっては、

音楽は「自分」を消す為にほぼ存在してる。


「無我夢中」って言葉の真意に気付いたから、


社会的地位が上がっても夢は叶わない。


夢の中に入るには自分を無くす事しかない。


って今なら思う。


よくシンクロクロニシティが起きると、

幸せの前兆って言われてるけど、

やっと意味が分かった。


シンクロニシティなんて、

目の前で一瞬一瞬起こってるのに、

自分自分ってなって余裕がない時は、

それに気づこうともしてないし、

全然気づけない状態になる。


自分から離れる癖をつけないと、

色んな物の共通点にはやっぱ気付けない。


だから自分をなくせばなくすほど、

世界との繋がりを感じられ幸せになる。


そんな事を「メッセージ」のエンドロールを見ながら思ってた。


伝えたいって思う気持ちを、

なくせばなくすほど伝わって行く。


7月29日少しでも自我が消えますように。

※上記写真:櫻井幹也(京都・伏見区)

夕暮れ時に月と星が同時に見れました。


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【暗闇トリップvol.9】


会場の四隅に四組のアーティストが陣取る。
灯りは各アーティストの前に設置された4本のキャンドル計16本のみ。


その中で一曲ずつ生音をバトンタッチして行く。
その都度キャンドルライトが一本ずつ消える。
四週し終えた時そこは真っ暗闇。
 

その中で歌を聴いた時、
あなたは何処にトリップしますか。

kurayami

[日時]7月29日(日)OPEN:12:00 / START:12:30

[場所]東京・代官山「晴れたら空に豆まいて」

[料金]3000円  

[出演]玉城ちはる / カケラバンク

[予約]https://www.kakerabank.com/live/

現代語訳般若心経 (ちくま新書) [ 玄侑宗久 ]
¥842
楽天

「許さない」気持ちを許す



生徒さんと弘に、
強く薦められてたので、
映画「グレイテスト・ショーマン」を見て来た。

1人で映画館なんて15年ぶりぐらい。
あんなに泣くとは思わなかったなぁ。

2時間で何度も涙がこぼれた。
音楽のエネルギーを改めて教えてくれた。

帰り道サントラまで買ってしまった。
サントラなんて「ドリームガールズ」以来12年ぶりだった。

劇中の曲全てが琴線に触れたけど、
やっぱり主題歌「This is me」は、
何度も涙腺を刺激してきた。

「言葉の刃で傷付けるなら
洪水を起こして溺れさせる」

サビの歌詞にもあるように、
人は人を傷つけるし、
傷付けられた人は、
又違う誰かを傷つけたくなる。

うらみ・ねたみ・ひがみ・にくしみ。

それらは簡単に連鎖していく。

それを断ち切る事は本当に難しい。

差別もいじめも虐待もネグレクトも、
日常的に今日も何処かで起こってる。

そんな世界で僕は、
有名人でもないから、
一曲で世界は変えられない。

だから身近な目の前の人だけを、
変える事だけに今は専念してる。

映画の中では、
主人公たちに対して反対する人が、
敵として沢山登場する。

でも僕はその登場人物を、
敵とは思わなかった。

「許したくない人がいる、
その人自身をも許す」

それが出来る自分に、
今なれてる事に気付けた。

誰かを恨んでいる人その者を、
許せない自分をも許す。

誰かを認めない人その者を、
認められない自分をも認める。

親になってからそれを、
日々積み重ねた結果、
目の前の人と自分の中にある、
色んな性質を少しずつ、
許して認められるようになってった。

だから今なら言える。

身近に敵がいた、
20代の頃の僕には、
愛は分かってなかった。

あの時言ってた「幸せ」って、
ただの強がりだったって。

被害者でも加害者でもない、
境地に立って初めて、
それをつくづく感じられてる。

この気持ちを1人でも多くの人に伝えたい。

いや、

そんな欲張りにはもうならない。

目の前の人だけに向けて僕は、
又新しい歌を作ろうと思ってる。

それを聞きたいって人が1人でもいれば、
それだけでちゃんと喜べる自分に今なれたから。