motoのブログ -20ページ目

先生の言葉。

親愛なる精神科医、ひー先生が前にこんなことを言っていた。


『motoさん、もしあなたがこの先大切な人を失ったとして、

ひどく落ち込むことがあるとするでしょ?

それって病気だと思う?薬でどうにかなるものだと思う?』


答えはNoだ。


先生はあまりにも病気という名に頼り、なにかあるとすぐに薬に頼る

わたしを諭してこう言った。


人間、生きていれば苦しいことつらいこと、我慢できないような苛立ちを

覚えることはいくらでもある。

その反対として、快楽を感じること、嬉しいこと、はしゃぎたくなるようなことも

たくさんある。


先生は、たいていの感情は病気じゃないと言いたかったのだろう。

当たり前のことだと。生きている限り普通の感情だと。


晴天の霹靂のように頭の中を通り抜けた言葉だ。

目からうろこの思いだった。


そうだ、生きていれば困難に感じることはいくらでもある。

たまに起きるプラスの感情をご褒美に生きている。

なんだかくよくよ考え、嫌な気持ちになるとすぐに薬に頼る自分が、

ひどくかっこ悪く思えてくる。がんばらなくちゃいけない。そう思った。


今度こそ、大丈夫。病気に勝てる。いやそもそもわたしは病気じゃない。

ひー先生だって、『あなたはうつじゃない』と言っていた。

ただわたしが自分の負の感情に甘えて薬を不必要にねだっていただけだ。

昔読んだ本に書いてあった精神病にあこがれていただけだ。


甘えるために病気の名を手に入れようとしただけ。

ひー先生はそれを見抜いていた。


それからいつも『わたしは病気じゃない、これは一過性のあるべき感情だ』

と思うようにした。

こういうことを言われたら頭にくるのは当たり前。病気じゃない。

こんな目に遭わされたら誰だって嫌な思いをする。病気じゃない。

だから、薬には頼らない。自然に感情が治まるまで我慢をする。


気がついたら、ひー先生のもとに通わなくなって3ヶ月が経っていた。

ひー先生の格言(?)を信じて暮らしていたら病気のことも忘れていた。

われながらものすごい進歩だ。


先生のあの言葉は多分、一生忘れない。いや忘れるはずもない。

もとちゃんにもこの言葉を教えてあげたかったな。

『当たり前のことじゃん!』といわれかねないけど。いやきっと言う。


わたしを混沌から目覚めさせた言葉。宝物の言葉。


いい人にめぐりあえて、わたしは幸せものだ。



新型うつと知人の共通事項

新型うつ病というものが流行しているらしい。

従来の「がんばれといっちゃいけない」「死につながる」・・・というものでは

どうやらなさそうだ。


医者が気分転換に海外旅行でも・・・と言ったら、周りの感情を気にせずに、

治療目的ということでおおっぴらに旅行をしてしまう。

医者がゆっくり休みなさいと言ったら、それを盾に好きなことをする。


傍から見たら、ただの怠け者。甘ったれ。責任能力なしの駄目人間。


いやー。motoの周りに1名、その『新型うつ』にぴったりと当てはまる人

います。


彼女は元同僚。つい数ヶ月前に自主退社した。

付き合いだしたのは、わたしがうつになって休職から復帰したときから。

「実はわたしもうつなんだ・・・・motoちゃんならわたしの気持ちわかるよね!」

と近づいてきた。当時のわたしは完全に疲れていたのとやはり仕事上の悩みを

打ち明けられる人がほしかったのがあって、そういう存在を鬱陶しいとも、

怪しいとも思わなかった。


次第に彼女はモンスター化した。

先述したが、彼女は主治医に海外旅行を勧められ、実行。

当然会社の人間もそのことを把握していて大激怒。

そこで反省するのかと思ったら・・・・・。


「だって医者が海外旅行を薦めたんだもん!なにが悪いの?」

「だいたいこんな病気になったのは、会社と浮気した元ダン(旦那)のせい!」

「会社はわたしが苦しんでいるのに気がつこうともしない、ひどい。最悪」


・・・・・・もー言いたい放題。


彼女にちょっとでも苦言を呈しようものなら。

「ひどい!わたしの気持ち分かってもらえると思っていたのに!」

「motoちゃんは上司に恵まれているからわたしの苦しさが分からないのだわ!」


・・・・・・さらに言いたい放題。


おいらもそれなりに苦労して、つらい思いして、気がついたら病気になっていて。

精神病院に3回も入院したりしたことは激昂すると忘れてしまうらしい。


てか、そもそも人の苦労とか感情を考える想像力が欠如してしまっているのだろう。

はっきり言って人間的に未熟すぎる。子供を深夜の居酒屋やバーにつれまわし、

反抗すれば精神が病んでいるとこぼす。。。わたしにも自由が欲しいと母であること

を放棄し男と関係を持ち続ける。


もうどうにもならない。本人いわく自分は非定型うつなので、楽しいことには素直に

反応できて、嫌なことには過敏に反応してしまう、そうだ。

確かにそういう病気があってもおかしくはないだろう。

ただ、彼女に欠けているのは、病気に立ち向かおうとう姿勢。


これがなければお話にならないとわたし的には思うのだが。



さてさて、彼女は一年の無給休職を迫られ自主退社したのだが、

そのときの言い分も凄い。

「仕事の教え方が悪い」

「わたしは病気なんだからもっと長い目で見て欲しかった」

「わたしには悪のレッテルが貼られているからそういう目でしか物事を判断

 してもらえなかった」


要するに、わたしには一切の過失もなく、会社の一方的な判断で退職に

追いやられた・・・・と。


わたしも悪い奴なので、「そうだね、あなたは全く悪くないよ!ひどい会社!」

という事を言う。

腹の中では当然正反対のことを考えているのだが、反論するのが面倒。

こういう人間は何を言っても暖簾に腕押し。ぬかに釘。



というわけで付き合うのがはなはだ億劫になったので、携帯のアドレスから

情報を全て削除してしまったので、もうこちらから連絡を取ることはできない。

自分をもっと快方に向かわせるためにも縁は切っておいたほうがいい。

そう判断した。


ひー先生は「また大胆なことを・・・・」というだろうけど、こういう判断は

早いほうがいい。


きっと彼女は関係を持った男の斡旋で仕事を見つけて、別天地で働く

ことだろうから、もうわたしには必要ない人物なのだろう。


従来のうつ病とは全く違う形の新型うつ。

これは理解されるのにだいぶ時間がかかるだろうし、そもそもそれは本当に

病気なのか!という疑問も残る。


社会不適応者に対する新たな病名ができてよかったね、と

意地悪なわたしは思う。


そのうち精神疾患にかかっていない人間がいなくなったりして。






いじめられたら。

今日は誰とも話すことなく一日が終わろうとしている。

笑ったのはPCの前でだけ。


笑顔を臆面もなくさらしだせるのは、我が家のぬいぐるみペットの前と

お笑い番組をみるモニターの前だけ。


こんなに笑っていることもあるんだよ。

笑い泣きすることもあるんだよ。


どうだ、あんたらには分かるまい。


わたしがどれほど笑って、どれほど癒されて。

気が狂っているとあんたらはわたしを笑うだろう。


だから、決して見せないよ。遠くを眺める目しか見せないよ。

不機嫌な目と顔しかみせない。

もとちゃんの前でだってわたしは不機嫌だ。

好きなあの人の前でだって陰鬱な表情だ。


わざとそうしているわけじゃない。生身の人間を前にして笑えない。

話すのが怖くて、黙り続ける。


話したら攻められる。いじめられる。けなされる。悪口を言われる。

だから話さない。笑わない。表情を出さない。


いじめられている人、やってごらんよ。

誰かを攻める前に、じぶんから攻められないようにするんだよ。

暗い奴と思われたって、話して傷つけられるよりよっぽどいい。


やってごらん。わたしはやっている。わたしは取り合えず成功している。


さて、もうちょっとネットみて寝よう。

今日はどんな夢をペットたちは見せてくれるかな??