【第6話】 ~スラムダンクで最も愛された監督~
皆さんはスラムダンクで
最も愛された監督を知っていますか。
それは猛将「田岡 茂一」監督です。
沖縄出身であれば、これを書かずにはいられない。

花道の初めての練習試合となる綾南戦では
花道に浣腸 (?) されたり、盗み聞きされたりと
散々な目に遭っている。

しかし花道の才能にはうすうす気づいており
「あの10番は鍛えれば、ものになる」と
赤木キャプテンに言いかけていたことからも分かる。
県大会における海南戦では
高頭監督と終生のライバルだったことが判明。
「神奈川に田岡あり」と自負するほど
現役時代は強かったことも明かしている。

そして県大会の準優勝を決める湘北戦では死闘を演じた。
強く印象に残った場面が魚住の回想シーンだ。
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バスケ部に入部した当時の魚住は
体がでかいだけの、何も持たない選手だった。
フットワークすらも、ついていけなかった
いつも監督に怒鳴られ、先輩には疎んじられ、体力も限界を迎え
とうとう田岡監督に「辞めます」と言った時のことだ。
田岡監督は魚住に本心を明かす。

初めてチームの中心になれる男を得たのが魚住であることを伝えた。
「でかいだけ」結構じゃないか。
体力や技術は身につけさせることはできる。
だがお前をでかくすることはできない。
例えオレがどんな名コーチでもな。
立派な才能だ!
魚住よ。
お前が3年になったとき
綾南初の全国大会出場。
オレはそんな夢を見ているんだ。
このエピソードは指導者や親であれば
心打たれるものがあるだろう。
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実は田岡監督にはモデルがいる。
それが「安里 幸男」先生だ。
彼の半生はまさに「勇猛果敢」である。

沖縄は貧しい。
沖縄には情報も乏しいし、環境も整っていない。
沖縄の人たちは背が低いし、日本本土からも遠い。
背が高く、洗練されていて
技術的に優れた県外に比べると、かなり見劣りする。
そういう諦めと絶望感を常に抱えている沖縄にとって
子どもたちに夢や希望を与えることは難しかった。

沖縄本島の北のてっぺんには辺士名高校がある。
沖縄市や名護市よりも北の辺地にある高校に
バスケットコーチとして入ったのが「安里 幸男」先生である。
背の低い選手たちは、ひたすら走らされた。
走って、走って、走りまくった。
こうしてスピードとスタミナがついた上で
素早いパス回しと、レイアップシュートを極限まで磨く。

辺士名高校の選手は背も低く、
技術的に優れている訳ではなかった。
しかし相手はスピードやスタミナに追いつけず、
ガンガン点を打たれ、心身ともにへばっていった。
相手がどれだけ強くても、背が高くても、技術的に優れていても
こちらについていけなければ、宝の持ち腐れである。
こうして「辺士名旋風」と呼ばれるバスケットの革命が巻きあがった。
その指導を確かなものとしたものが、安里監督である。

時が経ち、徹底的に戦術を磨き、
背が高い選手も揃えた安里監督は北谷高校に立っていた。
目指すは全国制覇である。
しかし当時の高校バスケットボールの絶対的王者は「能城工」である。
ビッグタイトルである高校総体(インターハイ)、国体、
全国高校選抜(ウインターカップ)を50回制覇した能代工業高校は
3年連続3冠を達成し、高校9冠無敗の偉業を成し遂げた
化け物のようなバスケ部である。
伝説の高校バスケ部に挑んだ北谷高校は、死闘を繰り広げる。
そして1993年、能代工から招待された
「第6回能代カップ高校選抜バスケット」大会で
ついに能代工に勝つのである。
激戦を制した末の、ギリギリの勝利であったが
全国ナンバーワンのバスケ部に勝ったのである。
それでも安里監督は本当に厳しかったようです。
おばあちゃんになった沖縄出身の元国体選手から話を聞くと
毎日ビビりまくって、練習をしていたそうです。
猛将の名に恥じない安里先生は
時に厳しく叱責し、時に優しく諭し、
チームや地域の活動に多大な貢献をしてきました。
そして今でも沖縄バスケットのことを気にかけ
指導者育成の場を設け、指導を続けています。
しかし現実は甘くない。
沖縄の高校バスケット部は
まだ全国高校選抜で優勝したことがない。
全国の高校バスケット部と
互角以上に戦った時代は過去のものととなり
今では成績も低迷している。
唯一の救いは、当時の北谷高校の選手たちが
琉球ゴールデンキングスに来てくれて、
外国選手の活躍も相まって
素晴らしい試合を展開していることである。

子どもたちに夢や希望を与えたい。
勝って自信をつけてさせてあげたい。
頑張ればプロのスポーツ選手や
アメリカのNBA選手になれるかもしれない。
そんな希望を与えられないものか。
安里先生の半生は、私たちに様々な提言をしてくれる。
スラムダンクでは脇役の名物監督である田岡監督。
でも沖縄のミニバスに関わる私たちにとって
希望の星であることは今も変わりないと思っております。
ストーリー以外でも熱く語れる「スラムンダンク」。
見ていない人は、ぜひ見てほしいです。
(そして好きな方は、熱く語ってほしいですね)
↑ この本もお勧めです!










































































