この道50年
いわゆる釘師として50年近いキャリアのある方がいた。
ここ数年は、ハンマーを握っていないようですが、まだまだ元気で
ご活躍のようです。
何年か前に、人を介してご紹介いただき、限られた人しか知らないことであるが、
ある企業の業績に多大な貢献をもたらす案件も出してくれた。
その後、人をご紹介させていただいたりして、何度かお話をさせていただいた。
昔の全国行脚の話から、実際の当時の調整や開店の話。
パチンコ店経営者との付き合い方などは興味深く、私には参考になった。
この方と(3年程前だったと思うが)お話させていただいたことを最近よく思い出します。
当時ある店舗の二代目経営者さんから、業績回復のためのアドバイスを求められ
それに答えた内容であった。
その手法は、シンプルに書けば、玉を出すということであった。
また実際にその手法で稼働が上がっているとのことだった。
当時その話を聞いていてた私は少し疑問を感じていた。
当時は玉を出すことについて、極端に制限のある店舗の営業に携わっていたこともあるが、
業界の方なら解ると思うが、玉を出さずに稼働を上げる手法が多かったからだ。
いわゆる新台から利益を取る、販促力を高め集客して利益を上げるといった手法である。
業績UPにスピードを求められる立場では、効率が良かったこともあり、一般的でもあった。
この方を業界の大先輩として、尊敬していた私は、何人かの同業者や店長を含む調整者に
この話をして、意見を求めた。
結果は、私が感じた疑問とあまり変わらない意見ばかりであった。
昨年位から、パチンコ営業の何かが違ってきている。
エリアの数値の落ち方や動向に怖さを感じる機会が増えた。
データに表れる以外に、肌で感じるものもある。
必然的に調整や営業にバックアップを入れる機会が増えた。
計画も保険をかけた予算組になってきている。
お客様から必要以上の利益を取ってはいけない…
それにつれて局面ごとの粗利の上限値について考えることも増えた。
気づいてみれば、疑問に感じた玉を出すという手法と同一線上に、頭の中身がある。
あの時聞いた会話を覚えている。
『オーナーと喧嘩して釘を開けた…』
『受けるなら100%営業を任せてもらう約束をした…』
『最近のイベントや新台の大量導入なんかインチキだ…』
『客を痛めすぎたら駄目だ…』
すべてを肯定するつもりはないが、一流の調整者が半生以上をかけて持った
その慧眼は間違いではなかったのだろう。
あの会話を掘りさげることなく、数字に固執し追いまわされた己の未熟さを感じたりもする。
自身がテクニックや数値に拘って、業績が上がったことを否定する気はないし、
頑張って伸ばしたと思うが、結果として業界のためになっていなかったとされる手法に
乗っかったことは、反省も含め総括しなければと考えている。
親孝行も生きているうち。
お客様に喜んでもらえるのも、遊んでもらっているうち。
少し早く気づいたおかげで、昨年はなんとかアレンジし対応出来た。
まだまだ顧客満足には程遠いが、目指すモノはイメージ出来ている。
やっぱりなんだかんだ言って、喜んで貰いたいわけですよ。
懐かしい話ですが
200?年に発売されたある機械。
いわゆるゆるキャラがリール図柄に採用されており、当時のバリバリの
機械から比べると、パッとしないスペックと見られたこの機械。
実はコンセプトに則り、京都議定書の図柄を採用するなど、このメーカーの
イノベーターとしての面目躍如といった機械であった。
パッとしないといっても、現在の5号機の倍近いビッグボーナスに、純増役2.5枚の
ATがついており、おまけに天井の魅力もあって、今からみると充分爆裂機だったと思います。
この機械は、私にとって記憶に残っているある理由がある。
この機械(バレバレですか?)のスペックや、コンセプトの先進性を話したい訳ではない。
最近の若い店長さんは、ご存知無いでしょうが、10年前は展示会に行くと車代が出る
ケースがありました。
金額は会議費程度ですが、ちょっとした小遣い稼ぎにする輩もいたとかいないとか。
記憶が定かではありませんが、この機械が私の最後のポチ袋だったと思う。
この車台の出所は、メーカー以外に販社が持ったこともあるようです。
今から思えば、業界バブルを象徴していると思います。
こういった慣習は、何も展示会だけではありません。
10数年前、ある業界団体の役員をさせていただいたことがありますが、その定例会合でも
車代が支給されました。
ちょっとした金額だったのですが、あまり意味の無いと思えた決算報告書と同様に、しょせん
こんなもんかと斜めに見ていた記憶があります。
そんな時代や慣習はもう来ないと解っていますが、経験出来たことがマイナスにならないよう
常に引きしめる良い思い出になっています。
この道40年
あるメニューの無い料理屋の店主。
この道40数年で、その道の創世記から包丁を握る。
今では考えられない程の、繁盛店(昼だけで10回転もザラ!)を切り盛りしてきた
経歴を持つ。
この店主が博打好きで、札束を握りしめ日本を飛び出した昔話が面白い。
普通ではあり得ない凄い経験を、淡々と語りながら調理を進めて行く。
料理の蘊蓄を語る訳でもなく、栄光を語る訳でもなくで、たまにそれを知る常連が
連れてきた相手に、この大将はねぇ…と話し出すと、ニコニコと照れている。
出される料理はそこいらの高級店を凌ぐ天下一品の数々。
ミシュランに載ってもおかしくは無いとさえ思う。
時にはお客さんと喧嘩をしたり、放蕩三昧でかなり奥さんに迷惑をかけた末に、
晩年最後の罪滅ぼしにと、構えた小さなオープンキッチンの店で一人腕をふるう。
この店主の唯一と言って良いセールストークがただ一つ。
『おっちゃんみたいな小さな店は、一生懸命頑張らないとお客さん来てもらえないから…』
自分の腕や食材、提供する料理に絶対の自信を持っていると思うのだが、そこで
戦っていない姿勢・商売に頭が下がるしとても勉強になる。
40数年の経験からくる答え、『頑張って喜んでもらいたい』に顧客は反応する。
客商売として尊敬するし憧れる。
自分自身を含め、我々の業界でこの答えを持ち実践出来ている人間はと考えさせられる。