いろいろすっきりしまして。
ライブの直前に体調が戻ると言う特異体質の最終形かと。2日前。
こちらは表のブログで書こうかと思います。
インナーチャイルドというのを数年前からやっていたのですが、その最終形が大変な形で出てしまったような。
ずっと不安と恐怖の人生だった、それが全部わかって、一度自分中心で自分の体を大事にする。心も、という状態になって。
今月末くらいには働き始めたいと思いつつも、少なくとも40年近く抱えてしまったものだから、そう簡単にはいかないかもと思いながら、日々の行動から変えている。
何か。戦後のおかしい状態がエスカレートしたところでボロが出ていると言うのが国会で。
なるべく怒らないように、何を教えてくれているのだろうと思って見ている。
古賀さんの自衛隊発言は、「そんな小さい子供に自衛隊の存在を教えるべきか、そのために予算を使うのか」と言うところなんだろうと思うけれど。それでも言っちゃいけないところで炎上して、それに対して責任を取らないんだなって。あと、戦後の先生達と言うのがそうなのかもと思って。歴史を受験のためにしか勉強しなかったけれど、戦前の先生達は入れ替わってしまったらしい。愛国心とか教えてはいけない、結果反戦で攻撃的な人が増えたので、自分もその攻撃をうけたという。
本当は、戦後の復興について重きを置いて教えればいい。つまり、戦争のなかった時代を中心に教育すれば良かったのではと思う。戦争は決して忘れてはいけない、と、言い続けると戦争が起きると言うのはホ・オポノポノ的な話。私が小さい頃に流行ったピンクレディはとにかく阿久悠さんの訳のわからない歌詞、近未来的な歌詞というのがあり、言葉がわからなくてもリズムがいい。その、言葉がわからない音楽をやるのが一番平和だし、私自身はその影響はあると思う。
書きたいことはいくつかあってまた分けるかもしれないけれど。
貧しい人と豊かな人というのを分けて考えると言うのが、何か日本を貧しくしてしまったのではないかと。
私自身は、親の金でなんとかできるのは基本学生までと思う。私が学生の時もたくさんいたけれど、一度家業を手伝ってから大学に入るとか、会社からお金を出してもらって大学に行くとか、優秀であればそう言う人も結構いた。うちの大学は体育館まで非常に歩くので、中国からの留学生で、一度働いてからきたと言う人もいた。バイト先にも中国の人がいたけれど、今と違っておっとりとした、困っていれば助けてくれる日本語の上手なお姉さんだった。シフトが埋まらなかったり、大量注文が来れば、「起きられればね」と来てくれて、どんな仕事も嫌がらずやってくれた。
つまり。貧しいからなんでも寄付や援助でやってあげなきゃいけないだと、ありがたみがないし、むしろなんでこの程度になってしまい、女性の権利もなんでもそうなんだけれど。方法はいくらでもあって、それに感謝できる人が運のいい人なんだなって。
書きながら、私自身が周りに卑屈になるような、どうしようもない人だったので、何も返ってこなくても罪滅ぼしで行動を気をつけようと思っている。
私の母限定でいえば。全くもって可哀想な育ちの人ではなかったんです。かわいそうという恩恵を受け続けたので中毒状態になっていたと言うか。それが母だけではなく母の兄弟姉妹という人がみんなそうで、おばさんが30年前に亡くなった妹のことを、いまだに酷い目に遭ったと言い続けているのを聞き飽きて気づいた。どちらもおばさんではあるのだけれど、30年前に亡くなった人のことを亡くなってからも恨み続けて、一生に数回しか会わない私にもずっと話し続けて、この一族の人生、結構やばいなって思ったら、おそらく親戚中に私の話を聞いてくれる人はいないだろうって。
一度は悲しくなったけれど、まあ、ほっときゃいいしと思ったら楽になった。母が恨んでいることも大したことではない。
それでも、お母さんがかわいそう、お母さんに感謝と言ってくる人は山ほどいたのだけれど、自分が生きていたいのかと考えた時にはそちらが優先だなって。
続きで書いておくのは。この、お母さんがかわいそうというパターンで、自分が一番という人を引き寄せていたということ。
最近会う人はいい関係が多いけれど。私に会うことがうれしいとか、ありがとうとか、そういうことを言ってくれる人が増えたり、表向きだけでもいいんです。こちらにある程度合わせてくれたり、過剰な負担にならないようにとか。
何人かの変な人というのは、会っても会ってやっているとしかめっ面したり、何かちょっとした話でキレてしまったり、言ってみればモラハラDV気質の人、人間関係なんてこんなもんかと思っていたけれど、この人たちっておかしい人たちなのねって。
気合いが足りないからとかそういうので仕事を休まなければいけなくてかつ10万近く出て行ってしまう話があり。メールで超長文のお説教をいただいたけれど。彼女の話がおかしかった。
当時事務職なので、休む日によっては仕事の内容が重要な日というのがいくつかある。別に休んでも何も言われないのだけれど、そこを休むとあとあとトラブルが起きた時に大変だから出勤しておきたいというのがある。彼女の場合は、いかに上司に許可を取るかしか考えていない。休めないとは、上司のOKが出るか出ないかではないのだよ、なので長期の職場なのだよとは面倒なのでいわなかったけど。なので彼女はずっと私が後ろめたくて後で謝ってくるものといまだに思っている。
あの、なんかわからないけれど。相手が謝って和解してくるものだと信じて疑わない人がいるのだよね。
それ、子供の時のパターンだなと。
そういうの、直感で近づいてくるので、私もずっと罰当たりな運の悪い行動でずっと生きてきてしまったということだな。
あまり無理しないで気づいた時に運がよくなる行動をするようにはしているけれど、外に出るのは怖いので少しずつ。目についたゴミは拾うとか、何か買う時にお店の人に感謝しながら買うとかそういうこと。ひとつひとつ意味があるとわかるのと、体調が良くないとできないので、以前は体調が悪すぎた、体調が良くなるということほど幸せなことはないと思ってます。