睡蓮のひとりごと(仮)

睡蓮のひとりごと(仮)

ひとりごと、むにゃむにゃ

一応書いておくと。

 

攻撃されなければ反論しない。実害なければ何も言わない。

 

頼まれた演奏と頼んで出してもらった演奏は違う。

 

そういう前提で耐えきれないので書いている、書くことがひとつ心の治療という説もあり、日記にすればいいけれどブログの方がなぜか書ける。

 

反戦とか9条とか、言ってこなければ何も言わない。言ってくるからでは議論しましょうというとだいたいできない、その、私を甘く見ていた表情が凍るのを、やっぱりねと思って見ている。喧嘩するつもりはない、ファクトを示せ、こちらに発表はないというと陰謀論で言ってきたりする。

 

この日に演奏してくださいと打診が来る。だいたい日程が空いていればOKするんだけれど、OKするとこうしなきゃ、ああしなきゃ、昔はこうなのよ、今の若い人はと言われる。

 

引き受けた途端立場が逆転するからイラっとくる。

 

頼んで出してもらっているところには基本何も言わないけれど、それでも飲食店の接客としていかがなものかというときは意見している。逆にいうと意見できないところは二度と出ない。こちらが間違っていれば「そこは違います」と言ってくれるし演奏についても的確な意見をいただいて、改善点をもらって伸びたところもある。

 

まあ。昔からのルールといって途中で入ってきた人がルールを作って昔からといっていることもあり。私が反論すると「わがまま言っちゃダメ」みたいに言われるのでここに書いてしまう。

 

SNS上でどの党に投票するのはバカとしか言えないとか、どこの党以外は投票してはいけないというのも個人の権利の侵害ですから。あとは、出た選挙結果について、実際押しかけて自分の思い通りに倒してやろうというのも、他人の権利の侵害ですので。

 

周りに、どれだけ自分の政党がどう言った政策で良いと説得できるのか。そうなれば投票に反映されるというのが選挙システムであり、その政策がないから政策のある方に投票するだけだ。私も多少新しい世代なのだと思うけれど、政策そのものだと思い、絶対入れない政党の選挙公報も必ず目を通すようにしている。選挙に関しては選挙公報とその電子版が一番本人たちのそのままの主張を入手できるのだ。

 

前回のみ。寝坊して選挙に行けないということを防ぐため期日前投票に行ったけれど、選挙公報が早めに入手できればと思った。ネットだとやはり検索で偏りが出るので、嫌なものでもちゃんと読むように、そういう意味では紙の選挙公報がいちばん便利だったりする。イマドキ紙ってもったいないけれど。ある意味偽造もできないし本人たちが発信しているので、レイアウトやフォント含めてね。

 

自分はほとんど知らないけれど、サカナクションの人が政治を歌えと言われたことに反論する動画がでていて。俺バカだけどと前置きしながらだったけれどそう言わないとどうしようもなかったんだと思う。平和は望んでいるよ、でも、どうやったら平和になるかわかんないもんって、本当にその通り、それをいう時私はバカだからっていうの同じ。プロだからとんでもない数の政治を歌えという圧になるんだと思う。意見を遮断したくても仕事だから遮断できない。

 

平和平和といえば平和になるのかって。それは全世界が武器を放棄して現在の領土で満足して過去はネチネチ持ち出さないことでしょうね。最後のが一番大事かもしれない。今の時代は敵討の敵討で戦争が止まらない。身内の死を誰かが返さず昇華しなければいけないけれど、それは出家するくらい大変なこと。自分は家族の死を諦めたけれど、いまだにその元へ行きたいと思うことがある、それを外部に向けたりは、今はしていないと思う。

 

最近は、無理なものは視界に入れないというようにしているけれどね。そうすると無視されたみたいな顔をする人がいる。超面倒。その場にいてもそこに何もないかのように、お人形が障害物になっていると思って避ける。

 

突っ込んでは行かないけれど。もう残りの人生はああしろこうしろと言われたくないですし。こう考えないとバカとか目に見えるところで言われるのもスルーできるほど強くもないですしね。バカはバカだがバカの基準がわからない。

 

議論はするけれど指示丸呑みはできない。

 

一応、メモとして。

本来のこと書きたいのに1ヶ月。

 

そして、以前よりさらに動けなくなっている。

 

とりあえず、近く起きることが終わればとは思っている。

 

ネガティブな情報を多く入れすぎてグラウンディングができない感じというのが正直なところだけれど、根本的問題の精算と思っていて、現政権も私が理想としていた通り動いているような気がする。はっきりと方向性を示した結果、周りが自爆していく、なんの手も下していないけれど、明るみに出ると言う感じ。

 

辺野古の事故を一番みていた。一部メディアしか報道していない情報を見ていると言うことは私の情報の取り方も偏ってはいるけれど、感情的感傷的何かではなく気付かされることがある。誹謗中傷デマ、それを両者が言っている。被害者側が嘘をついていると家族が死んでいるのに誹謗中傷呼ばわり、デマ呼ばわりされることもある。

 

なにしろ。事実か国や船舶免許を持っている人の分析も嘘になってしまう、海保や米軍も敵になっている時点で法律守るも何もないんだけれど、彼らにとってはそれが正義。デモしている人も機動隊は悪。警察に抗議。ヘルメットかぶって凶器をもって、それが正義。賛同しない人は悪、バカ、騙されている。

 

もうどうやったって彼らが正義、彼らに賛同しない人が悪、無理な気がした。

 

政治的な内容を含むライブ告知をしてきた人がいて、先日酔って、反論した、9条関係だけれど、改憲草案に戦争、侵略、徴兵という言葉が書かれているのか、私はそんな法案見たことないけど、と送ったら、もうその話やめようと言われた。その人自体、音楽そのものには政治をもちこんでいないので尊敬はするが、正直周りの一方的な情報を鵜呑みにして法文解釈を理解していない。音楽やっている人間は基本そこまで法律の専門家ではないはず。聞いた情報をそのまま拡散すること自体が問題なんだがあえてそこは言わずに謝って終わった。正直反論したら意見を言ってごめんなさいと言わなければいけない。

 

本当は、闘うとしてもそういう議論であり、それぞれのファクトを示した上で議論するのが話し合い。それを相手の人格否定までして「真実だから言って当然」反論されたら「正しいことを言っているから排除されようとしている」というのは、そう言う社会では生きられないと思った。

 

自分が絶対正しいというのは、NPDだと思っていたけれど結構多くて、幼稚的万能感と義務教育くらいで勉強が止まっている人だったりする。小学生でも、いじめっ子が勝つようにできている。自殺に追い込んでも殺した方は人権を守られて、幸せになるために爆進してかまわない、なんなら未来ある若者だから。

 

死んだ人間は、悲しいことです、忘れないようにと言いながら、忘れられてしまう。そういう都合の悪いことは忘れて生きていくのが人間、すっかり忘れないまでも薄らいではいく。本当に忘れないで反省できるなら、殺すまで追い詰める前にやめる。

 

私が小さい頃は、殺すまでやってはいけないと言うことだけは教育として徹底していたと思う。それでもクズ教師はいるけれど。

 

まあ、日本の教育を受けていないのかもしれないし、それを言うとまた日本人ファーストは差別って反論を認めないと集団で押しかけてくるから。レイシストとそれを聴きにくる聴衆はは怪我させても耳の機能を破壊してもいいくらいのことが保守党、参政党の演説で起きている。しばき隊という人たち。演説には行かず選挙公報で調べるようになったけれど、極力各政党の方針は確認してた上で投票している、そういう立場で現場に行く人間には、選挙権さえ妨害する、どっちが差別だと思う。それを音楽の世界では言えない。

 

「自分たちがおかしいと思うから妨害する」「やられたくなかったら自分たちに気にいること以外言っちゃいけない」

 

それに「きっとこう言っているんだろう」「きっとこう思っているに違いない」、自由に思うことすら許されない。

 

どうなんだろう以前に、もう疲れたよ。こんな世界で生きたくないよ。肉体は生きていても心は閉ざさなければ生きていけないならば、そう言う気持ちだ。

 

そういうのを叩いている方はわからない、綺麗事で「死にたい人なんか誰もいない」と正義ヅラ。でもいうことは「自分たちと同じ考えをしろ」。ほっといてくれないかな。

 

だから、悪い縁は作りたくない。それも多分、分かってはもらえないよね。

 

書くことで少し楽になりそうだったので、書いてみる。怖い夢をみたので。

いろいろ考えていて、はたから見たら狂ってる感じなんだけど。

 

まあ、いままで言論の自由という部分で思想信条の違う人も認めないとという立ち位置でやってきたけれど。

 

それやっていると私も同類にされないかと。

 

言いたいことは言った方がいい、と、占星術にあって、それってこういうことじゃない?って。

 

左翼の行動が激化しているし、日本武道館の前で抗議活動とか、いつの時代だよと思うけれど、そもそもその近辺に用事があったら九段下とか、よく行く場所なので、その辺りで機動隊と揉められたら、普通の人の安全も守られない。

 

映像を見ると、中心は若者だけれど老人が圧倒的に多い。申し訳ないけれど社会で自分たちを排除してきたのはこういう人たちだなと思う。必死で、やる気ありますって仕事についても粗探しされてやめさせる、そして正義は勝つ!みたいな満足感で「仕事大変」と騒ぎながら文句言いながら仕事する。彼ら、文句言うような状況をつくっていないと気が済まない。

 

辺野古の件も親世代は私たち世代、そして左翼はひとんちの子供が死のうがどうでもいい、自分たちの活動を最後までやり遂げるとさらに危険な行動を激化させている。本心はそういうこと。

 

ライブの告知で憲法改正許さんみたいなのがきて、そういう人が集まるのだろうなとお断りした。平和憲法改憲反対というのはわかるけれど、それは攻撃されたら黙って死にます、家族や友達が死んでも逆らいませんと言う意味だからね。改憲したいポイントをきちんと指摘して反対しているわけではない。ただ戦争になると言われて、高市首相が戦争したがっているって、それ主語のところ、習近平の間違いだから。

 

自衛の部分で改憲したくて、法律に則って手続きしますと言っているのに、それは実際日本に向かって何かが撃ち込まれているからで、石を埋め立てて島を作ってアジアを怖がらせたり。その人工島を作っていることは貿易の仕事をしているときにここに一発関税がかかるとまずいなという。コンテナ一本にかかる保険とかまるでわからずに言ってるよね?

 

私がやっているのは音楽だから、思想信条問わずスーパーでお買い物していいように、誰がきても構わないはずではある。ただ、同じ考えでなければ割り込むとかそう言う人がいたら別のスーパー選ぶよね。あまり思想を出されると話しかけられた人は帰ってから我慢がストレスになってしまうから。

 

たぶん。ミュージシャンの人たちはそこまで考えていないので、わかっていないで集まって同じこと言うのが一番怖いのよ。あいつ捕まえろ、悪い奴だから殴って蹴っていい、左翼勢力の中でも暴力革命を容認している人たちはそうなので、危険なこと極まりない。いいか悪いかではなくボスがやれと言ったらなんでもやる、そういうバカの同じ心理で高市首相を見ているので、鏡を見ているだけ。

 

相手に投影すると言う現象がある。

 

そういう暴力革命勢力って、絶滅したと思っていたのよね。それが最近になって、隠すことなく街中に出てくるようになった。

 

私が育った時代って、おそらく一番そう言う危険がなくて。天皇陛下の崩御があり、当時の皇太子ご夫妻(今の天皇陛下)の結婚パレードがあっても脇を普通に歩行できた。右翼の街宣車もあったし、ある意味安全だった、その中の音楽で影響されたと言うのと、早い時期から海外のハードロックに興味を持ったので思想的な音楽があったとしてもあまり影響されてなかった。英語が苦手で歌詞がわからずに聞いていたので、歌に乗せて思想信条を語ると言うことに馴染みがない。女の子に振られて傷心して、そんな内容の音楽ばっかりだったので、そのまま憧れてスクールに入ったのが高校生、大学生の時にはもう事務所的な契約書に慣れていたので、決まりに基づいたものをちゃんと読んで署名捺印するという習慣だったわけで。

 

だから、忌野清志郎さんが、みたいな話もよくわからないというのが本音で。ただし、清志郎さんは仕事としては事務所やレコード会社があったから売れて、お客さんがいない時は2人だったと某店長から聞いたことがある。これでお客さんが2人なら、俺がプロになるのは無理だなと思ったくらい、ステージは素晴らしくてお客さんはいなかったらしい。

 

法律ちゃんと読んで反対する箇所を指摘するとか、経済のどの部分をどうするかがわからず、ただ反対とか給付金とか言っている人たちって、雑で本当のところをわかっていない。さらにタチが悪いのは、自分たちがちょっと何かを知っただけで「俺しか知らない、俺って頭いい」ってなってしまうところ。いくら説明してもいや、こうなんだと、陰謀論を譲らないので。

 

全体的に書いているように、そう言うことを私に教えてあげようとかそう言う人じゃなければいい。政治的なことを言うなといっても「いや、言わなきゃいけない」とか、そこも譲らなくなってきたのでもう無理ってなっている。

 

いいから、黙れ。純粋に音楽を聞きたくないなら。聞きたい人の権利を邪魔しないでください。

 

これ、参政党の選挙演説の妨害にも似ていて、「聞きたい人もいるんだよ」と言っても表現の自由、言論の自由の侵害だ=って暴力振るって骨折させちゃう奴。ハウリング音を鳴らしたり水蒸気を撒いたり、毒性はないのだから自由だって、地下鉄サリン事件の反省とかどこ言ったって話じゃ。

 

麻原彰晃も、選挙に負けたからあの行動をとったわけで、それまでは、駅前の選挙活動とかもどうにもおかしいけれど危害を加える人たちではなかった。開票でボロ負けしたから犯罪行為に走った。マスコミのデマでたくさんの人が苦しんだ。

 

そう言うものに、関わっていると思われたくない。

 

真理党の選挙活動は目の前で見ているから。踊って歌ってと言う選挙活動なのも、同じなのよね。

 

私は、本当に音楽がやりたい、ちゃんと働きたい、それだけです。

 

何度でも伝えていきます。

 

怠けていて、でも前みたいな罪悪感はなくなった。必要な情報が入っていて整理して自分に戻るためのことをしているだけ、それを書いていたらそう言うブログになってしまった。

 

野党は特にネットのデマに若者が騙されているとは言うけれど、切り抜きが一番、タイトルとして知りたいことを書いている。テレビと同じく印相操作をしたいだけだ。安住淳元議員や岡田克也元議員の国民をコントロールする、ちょうどいい時代のはずの30代、この人たちが政権を担って若者は騙されていると知る権利も発言権も奪って、気に入らない若者はパワハラ三昧で無職にしてゴマすって裏で意地悪に加担した人間を残した、その結果だ。それでもある会社の実情は50代以上が会社の半数を占める。

 

新聞なりテレビで、知らせたいものと知らせたくないものを判断して、解釈まで固定してから発信している。都合のいいところだけを切り取る。

 

沖縄県議会の島袋議員の質問とその質疑、その部分をほぼそのまま流している動画があり、それでもネットのデマに騙されているというのか。

 

沖縄は、共産党が与党、自民党は野党という位置付けなのが沖縄らしい。そして野党として反論する、沖縄らしいと思うのは、端々に本気の本音がでるところで、ヤジ飛ばすのも言論の自由だからいい、でも人が一人死んでいるのにそのヤジはなんだとキレ散らかす。これが野党というもの。今の特に立憲、中道あたりはこういう人たちの猿真似にしか見えない。週刊誌片手に下品なスキャンダルを引き出す。岡田克也氏なんざそれで台湾有事発言を作り上げて国際問題にまでなっているのだから、それを戦争反対戦争反対、高市反対と騒ぎ立てるミュージシャン。都合のいいことしか信じないミュージシャン。自分がお仲間内で英雄になれる団結を深めるだけのライブ企画。

 

どこの省庁にどう確認しているのか、何をどう協議していつ実現するのか、ご本人は興奮していると言っていたが無駄のない必要な質問を詰め込んだ内容だった。私は島袋議員の意見に賛成するが、賛否どうあれ、これが議論、そこに何言ったかわからないけれどヤジ飛ばす共産党女性議員。共産党の正体が分かった気がする。

 

座り込みをすれば、デモをすれば、言ってみればダダこねて動かなければ大概のことは通る。暴力も殺人も自民党がけしからんからといえば英雄になってしまう。戦前から全く変わらないのが共産党。GHQが潰し損なった上に拉致監禁犯を無罪にして政治家にした結果がこれだ。革命の英雄を崇め奉って、命が絶える直前まで逃げられないようにしていたぶり続ける、その過去があるから何もいえなかった。彼らに処刑されるくらいなら自分で死んだ方がいいと思うのはそのためだ。

 

それでも。自称ミュージシャンのデモに参加したとか、汚い自民党の裏側とか署名活動ご協力お願いしますみたいなSNSが流れてくる。自民維新に投票しちゃダメとライブハウスのスタッフが拡散する。投票は権利なのに、個人の権利は許さんと堂々と言ってくる、そういうライブハウスがたくさんある。

 

戦争反対と言い続けていると戦争になる、ホ・オポノポノ的にいうとそういうことなんだ。戦争を憎む気持ち、そして誰かのせいにしてそいつを追放すれば平和になる、自分は正義で他人事、みんなが自分自身の問題として捉えてクリーニングしないと戦争さん来てくださいと言っているのと同じこと。要は正義感と憎む気持ち、それぞれの心の中にある憎しみや争いがそのまま世界に投影される。

 

議論とか、音楽とか表現とか、そういうものの猿真似をするミュージシャンとはなるべく関わりたくないなと。猿真似だからさ。

 

あと、高市首相を汚く書いた絵とか、安倍元首相の襲撃とか、人が苦しんで死ぬのを、遺族が悲しみに暮れるのを、悪が裁かれた、自分たちは正義だ、できるだけ長く苦しんで死ね、血まみれになる人を見るのが快感で、昭恵さんは悪者だから悪者の妻は苦しめと、そういう正義の味方で悪を懲らしめるのが気持ちいいっていう気持ち悪い趣味なんでしょ。自分たちは怪我一つしてない、楽器持って音楽やってなんなら地方まで回れちゃってそれでも足りない、金持ってるやつが悪いって、正義で成敗で気持ちよくなっちゃう、山上被告は被害者だから可哀想、バカ以外に言いようがないよね。ほとんどが、山上被告のやり方で単独犯ではやれないと思っている、ということは金で動いているのはあんたたちだよね、どこから金が出てるんだと言いたい。

 

ライブハウスがそんな場所だと思われるのは本当に嫌だし。そんなことのために音楽やってない。だから表現者という言葉が嫌いなんだ。

 

ネガティブ極まりない波動ですし。

 

そんなものに集まるのは変質者なわけで。

 

ポジティブな何かを作り続けたいと思う。

なんか、サボってる。いいのかと思うけれど、もはやどうしていいかわからないからもがかないということにしている。

 

一昨年の4月に焦って仕事を探して、昨年4月に契約切られて大揉めになって、なので同じことはするなと自分の中で堰き止めている感じ。多分、前より体調がいいから治ったような気がしているけれどもうしばらくしたら体調がもっと良くなるかもと言うのと。

 

好きな格好をして、好きなように生きてみるということを少ししてみたらどうなるのかと。結構やることはある。ベランダの手入れをしているとこの季節はたくさん変化があって、お花や葉っぱにどうしたらいいですかと問いかけている。近所のスーパーやお店も、平日の昼間に出歩ける私を変な目で見る人はいない。いたとしても「仕事探してます」と言えばいいと。言えばなにかチャンスがあるかもしれないし。

 

YouTubeいっぱいみていて怠け者な感じするけれど、さっき見たもので情報を抱え込まない方がいいというのがあって書き出してみる。

 

まあでも本当のところ、活動家と関わりたくないというのと、政治に活動家が関わってほしくないと言うのがシンプルなところで。それと音楽に活動家が関わってほしくないと言うのと。

 

結構歌って踊るというのが活動家あるあるなんですが。

 

そう言う方向って、初期に避けてきたもので。そこそこ仕事としてちゃんと受けているライブハウスならばそんなには偏ったりしないもので。そう見せていてもお客さんの安全は守る、出演者はお客さんじゃない、そういうのがはっきりしていて。

 

お店もプロだったし今もそういった部分が見えるところを基本にやりとりさせてもらっている。こないだある場所でお話をしていて、初めてだし、そういう政治的な批判をする人たちだったら正直お店として断ろうと思ったという本音を聞いた。選挙の結果からも、ほとんどはそうなのです。活動家の本人たちは正義だと疑わずにやっているのは知っている、正義感に燃えているのも知っている、でも、反社会的な考え方なのだということ。暴力団の人たちが自分たちのルールで運営しているのと同じ。かなり厳しいし筋は通っているらしい(よく知らないけれど)。ライブハウスで正義を翳している人たちは、言ってみれば脅して逆らってこない相手に牙を向く、いわばチンピラだったりする。

 

辺野古の件で再確認だったんだけど。女子高生が亡くなったとかそういう感傷的、感情的な話は個人の想いであってさ、それと別の基本的なところ。海上保安庁を敵視するなら、自分たちでの人命救助のルールくらい持っておけよと思ったりして。結局、全員海に投げ出されて、118に通報したのは生徒たちということで、結構118をみんな知らないから、おそらくスマホで調べたんじゃないかなと思う。大人たちが教えていたら大人が通報していただろうし、陸地にいるスタッフと携帯で繋げることもできていただろうし、アマチュア無線のようなものを持っていても不思議はないのだし。

 

どうやら、海上保安庁の制止を押し切って波浪注意報も無視して海に出たんだから、ただ、海上保安庁としては若い活動家が載っていると思って近くをマークしていたらしいので救助できたらしい、産経新聞の記者さんをインタビューするという今野忍さんのYouTubeで時系列も文字で明示しながら説明していたのでネットのデマでは済まされない。産経新聞さんと海上保安庁では普通に普段も取材する関係だと思うので。海保側の動画もあるらしい。一方、生徒たちの撮影した動画は救急車に乗る前に削除させたとか。

 

その、証拠はなければいいとか、対策はしないとか、そういうところがチンピラなんであって、本物のヤクザの闘争なら自分たちの身は守るくらいの組織力があるはずなので。そこまでやっていれば真剣に社会を変えたいのねとも思う。社会を変えたいと言う割に無責任なのが活動家の嫌いなところだったりする。

 

危ないから海に出るなと言っていただけで、海保的には闘うとかやっつけるとかそんなつもりないから、公権力に潰されるとか被害妄想で動いていたりするので。

 

こないだ、活動家の行動が隠さなくなったことが気持ち悪くなって、よど号ハイジャック事件のWikipediaを調べてみたんだけれど、本人たちは真剣なのに詰めが甘いというか、あれだけ迷惑かけて北朝鮮から日本に帰りたいとか言っていたり、別に命をかけているわけではないのに人の命や権利は軽く扱うという。

 

ライブで曲を通して、クソだなんだと叫んでいる連中、空気汚すから自分たちだけでやっとくれと思う、そしてその界隈ではトラブルではなく人が死んでしまう。現金包めば尻尾を振るとか考えてるのもいて、それって裏金じゃんって思うし。現金手渡しなら誰でも喜ぶだろうって、その発想で自民とか維新とか叩いているけれど、彼らは鏡をみて鏡の中の自分に言っているだけなんだ。本当に国のために、真剣に仕事している人たちは、そんなこと考えてないと発言を聞いていればわかる。理解できないから誤魔化されていると思っているだけだ。叩く人たちは基本他責だし勉強嫌いな人が多いから。自分のわからないことを言っている=嘘をついているとか、それずっと私がやられていたことだし。嘘つきといえば攻撃できる。真実はなんであれ自分と違ったら全部嘘、嘘つきにする。基準は全部自分の頭の中なのだ。自分こそ正しい、自分こそ正義。

 

ここまで言えなくて。昨年、どうしたものかと考えていたら、左翼マークを自らつけていたせいだと思うけれど、対バンの怖そうなすごい人がMCで言いたいこと全部言ってくれて。ゲラゲラ笑ってたらその人去っていった。「もうきてあげなくていいですね」とか言われたので「私の音楽が純粋に聴きたければ来てください」と返した。当たり前です。彼らは私の演奏を聴きに来ているわけではなく、お金を払ってあげているから仲間になろうと言うそれだけ。みんなが集まるなら自分も行くべきとかそういう動機だったりする。

 

それを全部排除したら。お客さんなんていないのかもねって。だとしたら、あんまり音楽やっている意味ってないのかなとは思っている。

 

あとは推し活の人だけれど、その方がよっぽど健全だったりするので。

 

それは去年のことだけれど、昨年末から日に日におかしくなっていくのでね。どうしていくか、本当に悩んだりします。

 

自分の周りの音楽の世界がこんなだから、居場所を変えれば案外うまくいくんじゃないの?って思ったりもします。

 

あと2週間くらい休んでみようかな、が、何度か続いているような気がします。