きょうはこんな感じで(仮)

きょうはこんな感じで(仮)

ピアノを弾いて歌います。どちらかというと叫んでます。

昨日もうひとつ書こうとしていたことがあるけど長すぎてやめました。


戦争がたくさん起きる時代になり。特にガザのことだけど、戦争を起こす心理というのと、根底にある信念というのでは考えるとキリがない。


時代が進んだら平和になるのかと思う時代はあったけれど、結局人間は人間であり、人間同士が生きるには平和にならないのだなと。


考えたら長くつらつらになったのでやめた。


2月で勉強は終わったものの、首肩痛いので鍼にいくのと、呼吸が浅くなりがちなんで腹式呼吸と発声はやり直さないと、と思い。


はっきり言って睡眠不足だったので日々のワークをする前に倒れて寝てしまう、もしくは夜中まで勉強してる日が多かったので。寝る前に毎日5分やるだけで違う。もしくは腕立て何回みたいな回数で区切る。


そしてとにかく、頑張ってきたと自分に言い聞かせる。


のんびりはしていられないけれど、体を戻してから仕事のこと考えた方がいいなと。なんでプログラムやりたかったって、パソコンできるのに評価基準がないみたいな、背伸びしすぎたなと思うけど、課題まで終えたらwebのようなことなのかなと。クリエイティブな人間ではないと思っていたけれど、カラフルな世界が好きみたい。


音楽で、ということをどこかで考えちゃうけど、それで言ったらIT化でいちばん変化してしまったのは音楽で、子供の頃あったレコード屋さんがなくなって、媒体も多様化して、デモのやりとりも媒体がいらなくて、そこのマーケットの作り方としては追いついているのかわからないなと。


誰でも知ってる流行歌が減った分、世界中にマーケットは広げられるようになるし、古い曲を若い人たちが知っていたりする。


そんな大それたことは考えてないにしても、新しい趣味として知ってもらう方法の研究というのもありなのかなと。


またどうでもいいことが長くなる。


まずは疲れを取ってから。

3月。昨日で通学が終わって今日は休みました。厳密には昨日で終わるはずの手続きが保留になっていたのでその手続きがなかなか大変でした。


あと、昨日はライブしたのですが急遽だったのともはや最後の課題制作なんかで朦朧としておりました。そのくらい、今回頑張って、睡眠不足もあったし、一日おきのライブ、お知らせできなくなってましたが、ライブ自体はよかった感じ。


最初芹田さんがビニール紐で何か作ってきたのかと思ったら光る電線でした。光とかスマホで音が鳴る仕組みらしく、それをバイオリンと組み合わせるのでメリハリがでる。


私も。23日はちょっと不完全燃焼だったんですが、学校が終わったせいか力が抜けて、あと27日のイベントもいい感じだったので、気持ちが楽だったというか。


デタラメやるときは基本調和しない音だけでやるのですが、落とす、とか、流れる、とか、そんな感覚です。本当はこういうコードの知識があった方がいいけどなかなかやれてない。さらに終わってからガラパゴス音階とかの話を芹田さん、高幡さんとしていたが当然私は平均律しかわからないと諦めてる話をしました。


あと。ずっと度数のカウントに戸惑っていたのですが、それが、音楽理論が0が発明される前にできているという理由がわかり、こないだボケーっと3度5度のことを考えていたので、わかった💡みたいな。話すの大事。


本当は、ブログ分ける理由を書こうと思ったのですが、書いていてわかった、ブログわけたい理由が、うちの親戚関係ドロドロしすぎて、事実を書こうとすると悪口みたくなるのがイヤだったり。


それが小さいときから大人に相談できずに頭おかしくなった理由なんだけど。今の考えとしては新しいブログを立ち上げて、こちらのプロフィールでは別の名前にして、裏ブログ的に残すつもりです。


学校に行くことで突然気づいたけど、自分は頑張ってきたんだって認めてあげることができて、自分を許すとか愛するとか、できるようになった過程はまだ書きたかったりして。


でも、自分を愛せることで他人も愛せるし、信じられるから情報ももらえて、卑屈さが減って明るくなるのよね。昔よりは明るくなったけど自虐的なとこがあり、相手が女性だと譲ってしまうところがある。


まだまだ、精神的に学びも必要なので、裏ブログとして、補足は新しいブログ立ち上げ後に改めて。


あんまり謙虚すぎるのも、方向間違えると人迷惑というか。なので譲ってしまいそうな女性と会って自分が不安定なときは、とりあえず避けるでも近づくでもなく黙っている、相手がどう関わりたいかが読めた時点で反応を変えている。


頑張ってきたし、だからまだやれるし、周りも素晴らしい。


あともうひとつ、気になってること書きます。

まだ、考え中なんですが。


このブログ、たばたじゅんこ公式から外すかもしれません。


削除も考えましたが、名義を変えて考えます。



実態そのものはかわりません。


あれこれ考えてる割に同意して欲しいわけではなく、音を聞いてもらえればその方がいいみたいな話で。


4月くらいをメドにこっちの名義とか看板を変えて新しくと考えてますのでよろしくお願いします。

ひさしぶりに、なんというか、緊張したみたい。異世界だからマイペース、みたいのが、異世界だから怖気付くみたいな、こういうビビリはむしろ毎回あっていいくらい。


1.いくとせひかりを

2.パラルリラ

3.月の欠けた部分をずっとみている

4.約束の虹

5.インナーチャイルド

6.夜明けならすぐそこに


もはや何を歌っているのかわからないくらいになるのがちょうどいい。人間追い詰められればこうなるとか。


いや、最近気づいて自分の扱いを変えるとこの転換期みたいなもんだとは思います。


気づいたら違う音だったみたいな、ある種の完璧主義が働くのだけど、そうなると完璧は崩れる、何か追い込んでいて答えがでるのは先だろうなとか。


そうやって必死だから声は凄くいいみたいだと思いました。


終演後の話で。やはり私としては何を表現したいとかはないんだろうとか、これも悪い意味ではなく、先日別のとこで話していたジャンルレス、なんなら演奏形態すらこだわりがない、このカテゴリだと人を楽しませる楽しみなんだろうとか思ったり。


昼間に。影響受けた人のインタビューみていて、意識せず似たような作り方をしているんだろうなと、感覚的に入り込んでしまう部分だったりする。


あとは。こないだも書いたんだけど、体の一部分がなくなってる感じ、戻るのかわからないけれど。それが月の欠けた部分なのかもしれない。


自分の書く曲は、意味がわからず書いてから、あとから事象が起きてしまうことが多い。


パラルリラとか約束の虹というのは、今回思っている情勢を重ねて歌ったけど、これは後から実現したことでもなく、自分の中での普遍かもしれなくて、荒っぽくて不器用なんだけど平和を祈っている。やはり昼間に考えていたことで。


昼間に考えすぎて疲れたかもしれなくて。


ある意味今の年齢になり、一区切りだから、いっか、と思う。男性には露骨に訪れない区切り、かつ、女性でもこの諦めで区切る人は少ないかも。独身の更年期というやつなんだが、もう苦しいんだし好きなこといっちまっていいかなと。


その上で今できる最上の演奏ができればよし。


1日あけてまたライブなんだけど、ちょっと体を休めます。


おやすみなさい。



今日、なんとなく自分のために生きることがわかったような。


人間は、幸せになるために生きてるんだよねって。それが絵に描いた餅みたいに現実感がなかったんだけど、やっとわかったりします。


問題は、幸せ=お金、みたいな考え方の押し付けみたいなのがあったけど、それを言える人のほとんどは、基本的なとこは満たされているというとこ。


3ヶ月学校に通って。はっきり言って甘く考えてましたが頭がついていかないし、ギューギューに詰め込んで、来週課題を発表して終わる。課題が間に合うかわからないんだけど、プログラムを走らせてはうまく走らない、自宅環境との違いも勉強と頑張ってるのと、付随的に学んだこともやるので自分で勉強する部分もあり。


この付随的な部分だけをやる学校もあるので、今の学校のカリキュラムはかなりハードなものだと思います。


その中で。全く予想していなかった人との出会い、みんな失業という人生のどん底をみているので、助け合える。引き寄せなのか、とんでもなく優秀な人たちが巡り巡ってこの場所にいる。


私は学生のときに、こういう人との繋がりを学んでこなかったし、それどころじゃなかったんだなって思う。父が亡くなったことを周りに言えずに抱えていたので、思いのほか、勉強してなかったんだと思う。


高校レベルの数学にはいまだについていってない…


でも出来ることが増えると嬉しいし、みんなでできるようになるのが嬉しい、そんな平和で頑張る状況にいるのが幸せなことなんだなって。


母の問題を多少解決したけど、絵に描いたような、お母さん大変だったんだ…(涙)みたいのではなく、人に勝ちたいというのと、お金がもらえるといえば飛びつくような、そういう人だったので、自分の力でずいぶんやってこれたなという。


子供はどこかで親を越える、そうでないと今みたいな時代の流れで考えないと取り残される時代には、本当に生きていけない。それが自分の人生を生きること。


昔のやり方で今の考え方を潰しちゃうと悲惨なことになるのが風の時代だったりする。


あと、特にこの一ヶ月、我慢していたことがあって、心を鬼にして勉強に集中したの。そしたら体の一部分が常に欠けているようで、それだけ大事だったのだとわかった。


ある時期に保険屋と関わったのもかえっておかしい人たちがわかったんだけど、かわいそうな母のために自分の人生を譲ってあげる、みたいなとこはあったんだと思う。そういう意味で兄が犠牲になっているとこはあるんだけど、死に物狂いでなんとかしようとすればなんとかなるあたりでは、兄は兄自身の問題だ。


問題としては。日本のシステムが、何かしらの連絡先を家族と指定することで、家を借りるときと仕事によってはいまだに保証人を求めるとこがある。連絡先については、事故とかで死んだり意識不明のときに連絡先がいるのは致し方ないことかとは思う。


これを頼むとうちの家族は、不動産屋より上になったような、娘の勤務先で偉くなったような態度になってしまい、頼むのが嫌だったんだが。


はっきり言えばいいじゃないって思った。あなた方の立場は上ではないと。通常私が生活していても、普通は娘がお世話になっておりますというもので、それが多分わからないだけ。


どんなに喚き散らされても、それが世の中なんだと、世の中に身分なんてものはないのだと、そして単なる連絡先なのだと説明すればいい。


自分を大事にっていうのがだんだんわかってきてから、不思議といいことが起きて、昨日てるさんに会えたのもそうだし、バスがタイミングよくきたり、コンビニの外国人のお姉さんが「これ、美味しかったよー」って私の買ったものにポジティブなこと言ってくれたり、あり得ないことが次々と起きて、ありがたいとはこういうことなんだなと。


自分を愛するという良い波動。


本来の自分に戻ったら、ちゃんとあったのねって思う。


あとNAKAYOSHIさん経由で本格的なカメラで撮っていただいたライブ画像が届きました。








険しい表情も柔らかくなるんだなって結構感動。


明日は下北沢LOFTにてライブします。