きょうはこんな感じで(仮)

きょうはこんな感じで(仮)

ピアノを弾いて歌います。どちらかというと叫んでます。

なんか、楽しく過ごそうとか思えている私が夢のようです。


辛いことはあるんだけど…。自分の感覚が変じゃないと思えることもあって。


表現者という言葉があるけど、私も最初は使っていました。便利な言葉なんですよ。叫んでいれば表現者になれる部分。


だけど、あるギタリストの人に、表現者というのはある一部の人たちが使う言葉で、ミュージシャンと表現者は違うという話をされてから、そういえば私、表現したいわけじゃないんだよなっていろいろ考え始めました。


表現者っていうのは例えば音楽ならば音楽を使って自分を表現するわけだけど、そういえばそもそも信念なんかないんだよなとか思いました。表現者という概念を外した方が自由になれた。


芸術家、アーティストであれば話は別です。芸術家は逆、自分を使って芸術を作り上げる人のこと。


音楽が人間のための道具なのか、人間が音楽の道具なのか、似ているようで真逆なことなんです。


まあ、我慢がなければどっちでもいい話なんだけど、表現者という言葉を使って偉そうな話をしてくる人がいると気になってしまったり。


自称表現者の方のくだらない蘊蓄。ただし。プロの人がそういう話にも波風立てずに付き合うのをみると私ごときが荒立ててもいけないという部分もあります。


ただ、これやってると本当に上から目線で否定的なことを言ってくる人もいて落ち込んだんだけど。


こないだ露骨にインプロだと興味を示さない人もいることに少し驚いて、そりゃ私が否定的なこと言われるのも仕方ないわなと開き直れたわけです。そのインプロが素晴らしいものだったし。


今、やろうとしてるのは自分の曲だけど表現とか考えてない。それが楽しい。私の考えつかないアイデアが出てきてワクワクしてる。それができるのは、積み重ねてきたものがあるからだよ。


ってなんか考えてました。



月末に飛び込んできたお話で、尻込みしていたものをやることになって、半分は出来上がってやりたいことができると思えました。


もうスケジュールにあるので秘密にするまでもなく、29日にバロンさんと小川京子さんと私で出演します。初めてソロじゃない4th、で、ひさしぶりのソロじゃない演奏。


バロンさんと曲を合わせるためにスタジオ入りました。めちゃくちゃ楽しい。私、ソロにこだわっていたわけではないので、しかもかなりカッコいいことになっていてスタジオのときは素直に笑えます。


最初は。どうしていいかわかんなかったんだけど、で、自分が責任持ってやらなきゃみたいなプレッシャーがあったんだけど、今はバロンさんに引っ張ってもらってるとこある。私はドジだしあんまりしっかり者ではないことに初めて気付きました。気づくの遅すぎ。


ライブは、まだ先かな、みたいに思っていたのですが、4thの柳川社長から先週お話をいただいて、流れに乗る形になってます。人に頼るのが苦手だった私が、みなさんに頼って、正直不安も打ち明けてライブする流れになってます。


いや、いろいろ申し訳ないので、いいんですか?というお話はしたのですが、反面自分の中で今やらないとチャンスを逃してしまうような気もしたのです。


なんだか、楽しい。


まとまらないけど。


とりあえず今の流れ。



昨日ライブしました。来てくださった方、ありがとうございました。そしてみなさん、申し訳ありませんでした。


1.きらきら

2.パラルリラ

3.闇の入り口

4.バベル

5.雷鳴

6.スターシード

7.インナーチャイルド

8.明日のためのうた


雷鳴のイントロで一番端の鍵盤が凹んで戻らなくなりました。


見に来てくださった方がいるライブで反省しすぎるのも申し訳ないけど、今回は凹みました。


というか、自分の弱さでもあって。


生き方の問題でもあって。


今、私を認めてくださる方はたくさんいて、優しくしてくださる方もたくさんいるのに、否定の声ばかりが大きく聞こえてしまう。


好きな人に好かれたくて自分じゃない自分になろうとしたり、愛されたくて無理をしてしまったり、一喜一憂したり。精神的にもおかしくて。


自分が自分を愛せていなくて、家族も愛せないのに誰かに愛されたいとか、そこで無理していたところ。自分の弱さというか脆さが出てしまい。


もう来月で47になると思うと、このスパイラルから抜けられないような気がしたり。


愛されたい、頼りたい、甘えたい、苦しくて苦しくて頑張って多分それなりの力は手に入れたんだけど、そこの弱さだった気がします。


本当は、愛されたい。何もここまでボロボロにならなくても愛されたい。仕事もボロボロになるまでやってしまうのが実は先月末で、自分がボロボロになるまでやらないと愛されないと信じ込んでしまう。


このまま、綺麗な花の咲く川の岸へ行ってしまえたらいいのになあって思ってしまったりします。


あと、こんな自分になってしまったのは自分のせいだと追い込んでしまう部分もあります。本当は育ってくる何かの状況でこうなっているんだけど、誰かのせいにしてはいけないと追い詰める。


演奏自体はそんな思いをぶつけた音で二度とできないいいライブだと思ったけど、自分の弱さに今日になって気付かされるのでした。


とにかくピアノが直れば少し持ち直すと思いますが。心の弱さを克服するために、サボっていたトレーニングも、練習も、しなきゃいけないです。基礎力と信頼です。






美しく見せたいというのもありましたね。美しく見せたいから苦しい顔になるけど、体はしなやかに見えます。お写真ありがとうございます。


少し落ち着くために休みます。


昨日ライブしました。ありがとうございました!


1.月の欠けた部分をずっとみている

2.雷鳴

3.止まったままの時計

4.深い夢のなかで

5.明日のためのうた


ひさしぶりにstudio  logicのnumaちゃんを使いました。移動に優しい子。


夕方から雨の予報。先週からハードな平日を送っていてふらつくので、CP-4を持って行ったら大怪我しそうで。


しかし、numaは買ってみて思うけどピアノの音色が得意でない。白黒の鍵盤は並んでいても使い方がまるで違う。


ということで、前半をすべていつもの弾き方捨ててみました。


実は、声も鍵盤も音量大きくして音量もいじっています。


褒めていただけたけど。やりながら全く思い通りにならない、このあたりが、勝手にディレイをかけ続けたり、勝手に音色つくりやがったり、ペダルもいうこと聞かないし、野生動物園みたいな状態だったのが本当のとこ。


いかに守りに入っていたかわかる。たまには壊してみるのもいい。


昨日の流れはすごくよくて。石井さんがギターでノイズ、といっても9割抑えて最後でバーンとくる、小川京子さんは歌わず。弦の音色が聞こえるギターではなくもはや音、ヘンテコな私、で、圧倒的な歌唱力な優さん。


離れすぎず、群れすぎず、全編きいて飽きない感じだと思いました。乖離してしまうものがない。


高いハードルを常に越えようとしないと楽しくないんだけど、共演者みなさん、高いハードル。みなさん音わかってくれる人でよかった。


numaとまたやってみたいと思いました。難しいけど。



昨日は怖くないナチュラルな顔してた。




実はワンピースではなく、背中のあいたカットソーと新しい緑のスカートを合わせてます。


明日から、遊ぶ。


楽しいといいな。

隣の隣の人が叫んでいて私が精神不安定になる。


側でみていると昔の自分に気付かされる部分があって複雑でもあります。うるさい以外は構わないのだけど。


怒りの矛先がわからなくなって八つ当たりしている。これって私にもあった状況です。これに気づくのに5〜6年くらいかかって、理解できたら解決を探しやすくなりました。それでも完全には解決しないのだと思います。


問題が過去だった場合には解決できずに解釈するしかないからです。


怒りの原因が理不尽なもので、自分が悪かったことで片付けると人格が崩壊する。だから、あれは理不尽だったんだという理解が必要なんだけど、精神科の治療は酷くなると投薬しかなく、投薬がキツすぎるとさらに幻覚を起こすという悪循環。


多少良くなった状態でないとカウンセリングなんかの認知療法には進めない。


日本では医学的に認められていないバッチフラワーが効いたと私は思ってます。ヒーリングとかなんならスピリチュアル的なものも効くけど、本気で治りたいと思わないと、ちょっとお値段が張る。


怒りの矛先がわからなくなる部分で思うのは、信用されないことかもと思ったりします。自分が信用されない経験を積み重ねてしまうと人間不信になります。多分。いまだに私も親の話をすると誰からも信用されない。「毒になる親」という本があるけれど、その中に出てくる「家の中に怪獣がいる」という状態は誰にも信用されない。


いろいろ考えていて、一時期狂った私を誰もが見捨てていたことがありますが。某ライブハウスの店長がそれでも出演させてくれて、「死ぬなんて言っちゃいけないんだぞ笑」って笑ってくれて、スタッフのみなさんも引き攣ってはいたけれど黙って演奏させてくれて。あとからあの頃ひどかったとは言われたけど笑い話にできるというのが救いだった気がします。


それがなかったら、入院になっていまいる人たちとは会えなかったかもしれないです。


そうなったら、今問題の人みたいに叫んで生きていたと思います。多分入退院を繰り返したとも思います。


何の生き甲斐もない生活では狂ってしまうのですが、理解されなくても仕方ない。たくさんの人が精神疾患に対して生まれつきと誤解している以上、一定数治らない人がいるのは仕方ないです。


なんとなく考えてグルグルしてしまうので書いた自分のためのブログ。