大野純司のブログ -20ページ目

若くして癌で亡くなった姪のご主人

 カンザス州の州都であるトペカに住んでいる家内の姪のご主人は、まだ48歳ですが、末期の癌で、いつかお見舞いに行こうと思っていました。ハワイでは、7月からワクチン・パスポートで自由に旅行することが可能になりましたので、早速行ったのですが、長男はそのお隣のミズーリ州のセントルイスで生まれましたので、ついでにセントルイスにも40年ぶりに一緒に行くことにしました。

 私たち夫婦は、1979年末から1984年末までの5年間、ミズーリ州のセントルイスで過ごしました。知っている人は一人もいませんでしたが、大学院に進むために引っ越したのです。長男が生まれ、2歳まで育った家は、かなり古くて傾いていましたが、40年経っても、昔とほとんど変わらない姿で残っていたのは、驚きです。日本なら私が買う前に既に解体されていたでしょう。

 息子は、セントルイス・カーディナルズの大ファンで、特にウェインライトというエースピッチャーが大好きです。彼は熱心なクリスチャンで、ネット上で聖書勉強会をしていますが、息子も時々参加しているようで、かなり具体的なアドバイスをしてもらったこともあるようです。セントルイスに二晩泊り、カーディナルズの試合を見て、私たちはトペカに向かいました。

 トペカの親族とは、セントルイス時代から会っていないので、家内の姉夫婦以外は、大人になってから会ったことはありません。もちろん、姪のご主人に会うのは初めてです。時々写真を送ってくれるので、癌の様子はある程度分かっていました。私たちが行く前から、白血球数が、正常値の上限の倍以上の24.4で、下がらなければ全ての治療を止めると聞いていましたので、もういつ亡くなってもおかしくないと思っていたのですが、私たちに会うためにレストランに来てくれると聞いて、少し驚きました。

 首には手術の後を隠す包帯がしてあり、顔は右半分が膨れ上がっており、舌は移植手術をしたので、ろれつが回らず、時々姪御に通訳をしてもらわなければいけません。食事はチューブなので、レストランで何も食べることはできませんが、ジュースは飲めるというので、スラッシュを頼みました。しかし、飲むというよりは、流し込むという感じで、舌もほとんど残ってないので、味はあまりわからないそうです。

 白血球が多いのは免疫が低いからだそうで、感染を防ぐためにマスクをしていましたが、目はスマイルしています。ちなみに、ハワイと違って、屋内でも、マスクをしている人はほとんどいませんでした。がんの痛みはないのかと聞くと、もう慣れたとのこと。二人の写真を撮りましたが、彼の笑顔がよく見えるように、マスクを取ってもらったところ、逆効果でした。癌で変形した口が笑えないので、ちょっと怖い形相です。

 今まで、メッセンジャーでのやり取りしかしたことがなかったのですが、今回はゆっくりとお話ができました。彼らが初めて会ったのは、姪が13歳、ご主人が16-7歳の頃で、なんとその頃彼はホームレスでした。姪のお母さん、つまり家内のお姉さんが、可哀そうに思ってお世話してあげたのが知り合ったきっかけでした。その後彼は他の女性と結婚し、二児を儲けましたが、離婚し、13年前に姪と結婚して、5年前にクリスチャンになったそうです。現在は、黒人が牧師をしている市内の教会に通っています。

 私たち夫婦は、疲れのせいか風邪をひいて帰ってきました。翌日、ご主人がICUに入るという連絡がありました。医者から、最後になるかもしれないので、家族親戚に連絡するようにと言われたそうです。2日後、彼は一度息を引き取ったのですが、看護師が蘇生しました。彼の最後の願いは、姪と二人だけで話をして、その後、人工呼吸器を取って欲しいということでした。彼の願い通り、その日の夕方、彼は亡くなりました。まるで、私たちがお見舞いに行くのを待ってくれていたかのようなタイミングでした。彼が私たちから得たことはないでしょうが、私たちは多くを学ぶことができました。

 人の人生は、話を聞いてみると、色々なドラマで満ちています。映画にしたら、どの人の人生でも、感激するドラマになるでしょう。でも、全ての人生がハッピーエンドというわけではありません。悲劇もあります。ティムさんの人生は、短く、苦難に満ちていましたが、あの笑顔を見ると、ハッピーエンドであったに違いありません。

下半身裸のホームレス女性の命を息子が救った件

 息子は、男性ホームレスシェルターのクリニックで働いていますが、ある日、三十代半ばの下半身裸のホームレス女性が来て、散髪をしてくれと言ったそうです。シェルターでは、バリカンで髪を刈る以外、散髪をしてあげるということはありませんが、息子がその仕事を買って出ました。そのままの格好で散髪するわけにも行かないので、老人用のおむつをつけさせました。

 女性の髪は虱だらけで、虱の卵が糊のように頭髪に絡まって、固まっています。散髪用のはさみはありませんので、普通のはさみで切っていたのですが、なかなかはかどりません。すると突然、頭皮が直径3センチくらいぽろっと取れてしまい、出血し始めました。女性はヒステリックに騒ぎはじめましたが、食事を出してあげると収まりました。医者が頭皮を見て、100%息子のせいではないと言ってくれましたが、彼はショックでその日は早退しました。

 家に帰ってからも、その女性のこと、また彼女が彼やシェルターを訴えたらどうしようかなどと、心配していました。職場で起きたことですので、息子が個人的に責任を問われることはないとディレクターが言ってくれましたが、シェルターが自分のせいで訴えられたらどうなるか、心配だったのです。

 私たち家族は、数年前、ロサンジェルスの教団本部にある教会に行って、ボランティアをしたことがあります。この教会は、貧しい人たちのためにいろいろな活動をしているのですが、どのようにしているかを勉強することが目的でした。そこで一つ聞いたことは、多くの活動をしている組織を、全て別々の非営利団体にしているということです。何かの理由で訴えられても、その活動をしている団体のみが訴えられ、他の活動を守ることができるからです。

 私は以前、訴訟の通訳をしていたのでわかりますが、米国では、原告が悪玉で、被告が善玉と言うこともよくあります。つまらないことで訴えられると、被告は、勝算が高くても、訴訟に高額の費用が掛かりますので、適当な額で示談にすることがよくあり、それが根拠のない訴訟が多い一つの原因になっています。

 この女性は近くの病院に行って治療を受けましたが、なんと双子を妊娠していて、二人とも胎内で亡くなっていたということが分かりました。そのため出血が止まらず、貧血になっていたのです。病院に行っていなければ、路上で死んでいただろうということでした。この出来事で自分の命が助かったということを、この女性が理解できているかどうかは分かりませんが、どうやら訴える気はないようです。

 先月のブログに書いたホームレスのMさんも、大きな問題なくうちに住んでいます。一度迷子になりましたが、息子が職場から帰る途中ばったり出会って、無事に帰ることができました。本人に迷子になったという自覚があったかどうかは不明です。

 Mさんがうちに住むようになってから分かったのですが、彼の服や靴や、唯一の楽しみであるラジオは、息子が自分のお金で買ってあげたものでした。もちろん、シェルターのホームレス全員に衣料品を買ってあげているわけではないですが、自分の息子ながら、ちょっと見直しました。彼はしょっちゅう職場からいろんなものをもらって帰るのですが、それは彼がいつもいろいろ人に上げているからかもしれません。

 シェルターのクリニックには、医学部や看護学部の学生がボランティアに来ることがよくあります。息子は、先月卒業したあるボランティアから、息子とその他のスタッフ宛のサンキューカード(お礼をするときに使うカードで、クリスマスカードのようなもの)をもらいました。

 「〇〇さんとクリニックのスタッフの皆さん、この1年ボランティアさせていただいて本当にありがとうございました。皆さんは信じられないような働きをしておられ、この島の何千もの人生に触れています。皆さんのチームと一緒に地域社会に仕えてきたことは、決して忘れません。また、皆さんから学んだことは、一生大切にします。またお会いできることを願っています。感謝を持って。…E.W.」

ホームレスと一緒に住むことになった件

 息子はホームレス・シェルターのクリニックで働いています。と言っても看護助手で、准看よりもまだ下です。大学は看護科に入りたかったのですが、看護科に入る学生の多くは、既に医療関係の仕事をしている人が多く、息子は勉強について行くことができませんでした。日本と違い、高校を卒業して、何年か仕事をしてから大学に戻る人が多いのです。息子は、社会学を専攻することにし、予定通り卒業したのは良かったのですが、卒業したころは、リーマンショックで不況の真最中でした。

 仕事が見つからないのでホームレス・シェルターでボランティアをし、半年後にパートで雇われ、そのまた半年後にフルタイムになったのですが、給料はよくありません。多くの人がそれを理由に辞めていく中、もう十年働いているのですが、クリニックで働いているので、また看護科にチャレンジしたいと考えるようになりました。

 しかし、看護科に入るためにはその前にいくつかの必須科目を取らなければなりません。10年前はこの必須科目が難しくてパスできなかったのですが、一学期に一科目ずつ取り始めることにしました。しかし、もうすぐというところでパンデミックになり、結局1年半休学してしまったのです。オンラインでは取れない授業もあるのです。

 この秋の学期から、ライブ授業が再開されそうなので、また授業を取り始めるかどうか迷っていたのですが、一つの問題は授業料でした。今は一学期に一教科ですから問題ありませんが、必須科目を取り終わったら、仕事を辞めてフルタイムで勉強しなければなりません。卒業するまでお金が持つかどうかが問題でした。

 そこで考えたのが、ルームメイトでした。私たちが同居しているマンションは、私たち夫婦と息子が半分ずつお金を出し合って買ったもので、2LDKです。彼の部屋でルームメイトと住めば、彼には家賃が入ります。その候補に上ったのが、2年間シェルターに住んでいるMさんでした。

 男性用シェルターは、大きな部屋にベッドを並べた兵舎のようなものです。Mさんにとって、普通のマンションに住めるというのは夢のような話でした。彼は月$770ほどの年金がありますが、一応その中からシェルターに食費を払っていました。彼のお金を管理しているソーシャルワーカーに、いくら部屋代を取ればいいか相談したところ、$730でどうかと言われたそうです。それでは$40しか残らないじゃないかと言うと、あまり残るとマリファナを買ってしまうので、残らない方が良いというのです。

 この周辺で部屋を借りると、バストイレだけで共同キッチンの小さな部屋が$800くらいします。そのような貸し部屋は、汚くて安全ではないところが多いです。食事その他すべて込みで$730ですので、Mさんにとっては良い条件だし、息子も、食費などは家賃から出さなければなりませんが、いくらかの収入になるので、ウィンウィンです。

 というわけで息子がMさんを連れてきました。Mさんは、こんな贅沢なところに住めるのかと、喜んでくれました。ハワイではごく普通のマンションですが、彼にとっては贅沢なのでしょう。車に乗せてあげると、バックするときに、モニターに後方が写るのを見て、このテレビはすごいと驚いていました。まるでタイムマシーンで何十年も前の世界から来たような感じです。

 しかし、お会いして心配なことがありました。まだ62歳だそうですが、ちょっと痴呆があります。毎日散歩をするらしいのですが、息子が言うには、ひとりで散歩すると、道に迷うかもしれないというのです。携帯電話を買ってあげようかと言うと、そんなものは使えないと言います。片手の3本の指が曲がったままで、料理もできないので、3食全部作ってあげなければなりません。長い時間、一人にしておくことができないのです。

 家内は週三日、孫の家でベビーシッターをしていますので、私が昼ご飯を作ることになります。それは良いのですが、家族で旅行をすることはできなくなります。今はコロナで中断していますが、毎年家族ぐるみでタイの孤児院に行って、サポートしている子供たちに会いに行くこともできなくなります。カンザス州の家内の姪のご主人が末期の癌で、夏にワクチン・パスポートができたら、お見舞いに行く予定ですが、それもできません。息子はそれでもいいというのですが、家内に聞いたところ、いつもの調子で何も全く気にしていない様子です。

 というわけで一緒に住み始めたのですが、困ったことが起きました。Mさんが、みんなに迷惑をかけるので、シェルターに戻るというのです。ソーシャルワーカーに相談したところ、彼はシェルターでも同じことを言っていたので、気にするなと言われました。

 Mさんの気持ちを一番和らがせているのは、常に何も気にしない家内です。Mさんは人見知りが激しく、対人恐怖症ではないかと思いますが、家内はそんなこと気にしないでしょっちゅう話しかけ、たわいもないことでゲラゲラ笑っています。

 昨晩は、枝豆を湯がいて食べていたら、それは何だと言うので、大豆だと言うと、大豆ってそんな形をしているのかと言って驚いた様子。アメリカは大豆の輸出国ですが、さやに入ったままの大豆を見たことがなかったようです。試しに食べたところ、おいしいと言って、普段は小食なのですが、ずいぶんたくさん食べてくれました。

 彼はフロリダ州出身ですが、なぜハワイに来たのかと聞くと、6年か10年前にクルーズ船で来たというのです。いつだったか、はっきり思い出せないようでした。その頃はクルーズ船に乗るほどお金があったのかと思ったら、船で皿洗いをしていたそうです。仕事を首になったのか、自分から辞めたのかは知りませんが、ハワイで下船して、そのまま住み着いてしまったそうです。

 私は、ホームレスの方を引き取るには、法的に面倒な手続きが必要かと思っていましたが、そんなことはありませんでした。以前、6LDKの家に住んでいたときも、ホームレスになりかけた人、なりそうな人を何人も住まわせてあげたことがありましたが、いったんシェルターに入った人を引き取るには、色々手続きが必要だと思っていたのです。こんなに簡単なら、将来大きな家に住むことがあれば、何人かお世話できるかもしれないと思いました。

 ちなみに、法律では、家族親戚以外の人で一緒に住めるのは3人までです。何でそんな法律があるのかと思う方もいらっしゃるでしょうが、住宅難のハワイでは、家を建築許可なしに建増しして、一部を貸す人が多いので、それを取り締まるためのものです。

 ホームレスは、住むところがないだけでなく、ホーム、つまり「いえ」じゃなくて「うち」と呼べるところがないのです。ハウスレスではありません。ホームレス・シェルターは、シェルターであって、ホームではありません。我が家がMさんのホームになれることを願っています。