日本人とユダヤ人の「偶然」。。
 
これだけの「偶然」が重なると、もはや「偶然」では済まされなくなるね!
 
古代の昔から、大勢のユダヤ人が渡来してきていた証拠だよね
 
紀元前722年に古代イスラエル王国が滅んで、紀元前660年に神武天皇が即位して建国とした起源は、何を意味するのだろう?

天皇陛下殿は、何を隠しているんだろう?🤔🤫🤭
 
・主に関東地方の古墳から多く出土する「武人埴輪」が、正統派ユダヤ教徒のファッションとよく似ているが、偶然かもしれない。
 
・山伏(修験者)が額につける兜巾が、ユダヤ教徒が儀式で額につける小箱のテフィリン(ヒラクティリー)とよく似ているが、偶然かもしれない。 
 
・稲荷神社などの赤い鳥居は、『旧約聖書』出エジプト記の「過越」──門柱と鴨居を羊の血で赤く塗った話とよく似ているが、偶然かもしれない。
 
・神社の氏子が神輿を担ぐ様子は、古代ヘブライ人の祭祀階級であるレビ族が「契約の箱」を担いだ様子とよく似ているが、偶然かもしれない。
 
・皇位継承のシンボルである「三種の神器」(鏡・剣・勾玉)が、「契約の箱」に収められたという「モーセの石板・アロンの杖・マナの壺」と似ているが、偶然かもしれない。
 
・エルサレム旧市街のヘロデ門に刻まれた紋章は、皇室の紋章である菊の御紋(十六弁菊花紋)とよく似ているが、偶然かもしれない。

 引用元:「日本とユダヤの古代史&世界史 - 縄文・神話から続く日本建国の真実 − 茂木誠(著)、田中英道(著)」


 

 

【二分したユダヤ人が東に向かった過程】 
 
北イスラエル王国(10支族)紀元前722年 
(多神教の影響を受けたグループ) 
 
南ユダ王国(2支族)紀元前586年 
(厳格な一神教を守ったグループ) 
 
【古代日本に伝わったキリスト教
・アタナシウス・・ 一神教(三位一体説)
→・カトリック・正教会 

・ネストリウス派・・多神教(景教徒)
→弓月国(中央アジア)ー 秦氏(弓月君)
→倭国(日本) 

 
【Google Earthで辿る軌跡】 

エルサレムからアッシリアに滅ぼされてその後の足取りは不明だが、
東に広がっていた10支族のうちの一つが、
中央アジアに移動してくる
(ウズベキスタン・タジギスタン・キルギス) 

弓月国・・現在の伊寧市(グルジャ)
現在中国新疆ウイグル自治区あったとされる。 
 北にはバルハシ湖(現カザフスタン)があり、 
 南にはタカラマカン砂漠(新疆ウイグル自治区) 
東にはアルタイ山脈があり、
鉄の産地で弓月国では製鉄(武器や農機具)を
作るのが盛んであった。 

 
19世紀北からロシア移入、
カザフスタンを取り込み、
新疆ウイグルを統治していた清王朝との間で、
国境が結ばれ、
弓月国のあった場所は東西に分割された。
現在は中国側にある。 
ユダヤ人はこの場所を離れて、
東へ移動する。 
(一説によると、シルクロードを作るのに、この辺りの民族が加勢されていたので、それを嫌がってその土地を離れたか?) 
 
しかし、厳しい旅路となり、ゴビ砂漠横断では、その過酷さゆえ約40%の者が亡くなったとされる。 
生き残った人々も疲れ果ててしばらく中国の開封市に留まり、多くのコミュニティーを作った。 
しばらくその地に定住して、エルサレムに見立てた神殿なども造った。 
 その後に、朝鮮半島 南西端の百済(くだら)まで来て、倭国(日本)に渡ろうとしたところ、
新羅(しらぎ)に邪魔されて、倭国の応神天皇に助けを求め、兵隊を送り瀬戸内辺りを通って、秦氏達は大阪湾に到着した。 

 
【秦氏が伝えた現代に残る技術】 
 
現在の大阪は、太古の昔、ほとんどが遠浅の海で、水害も多かった。 
そこで、秦氏達の農耕技術(鉄製農耕具)を作って、干拓していった。 
そして、緑豊かな耕地に生まれ変わった。 
 
川を引き、干拓して余った土や泥を積み上げて山となり、干拓技術を使って古墳に使った。 
後に、干拓してくれた王様や大王、天皇を葬る記念碑としての古墳となった。(近年の解釈) 
日本が誇る、日本の巨大な「前方後円墳」は、秦氏がもたらしたテクノロジーに他ならない。 
 
機織りという名は、秦氏がもたらしたから・・ 
 
神社の鳥居の赤く塗られる神社は、八幡神社などは、秦氏の関係で、
「八」っていう文字は、ヘブライ語で「ヤハウェ」と意味にとらえることもできる。 
 
ヤハウェ【Yahweh】旧約聖書の神の名。
ユダヤ教では直接名を呼ぶのは恐れ多く聖四文字「YHWH」としている。 
 
稲荷とは「INARI」「INRI」はキリストが十字架の刑になった時の罪状書きの頭文字 
(ラテン語:IESVS NAZARENVS REX IVDAEORVM)である。 
 日本語では「ユダヤ人の王、ナザレのイエス(ローマの王と名乗った反逆罪の意)」と訳される。 
 
聖徳太子のブレーン(有職者・顧問)になったのが、秦氏で「秦河勝」 
 
平安京は「平和の都」ヘブライ語で、「エルシャローム」エルサレムと音的に読めないこともない。 
こんな偶然が重なるとも思えない。 




【様々な人物が裏図ける日ユ同祖論】 
 
日本とユダヤが繋がっている仮説 

いつ頃から言われ始めたか? 

江戸時代はキリスト教禁教令が出ていた 

明治時代に入って、解除されて宣教師が入ってくる 


 
スコットランド人の宣教師ニコラス・マクラウド氏 
(日本人が失われた10支族の末裔だと唱えた。1875年長崎で「日本古代史の縮図」出版) 
布教活動をしながら、古い日本の宗教に興味を覚え、日本の神社や文化に触れるうちに 
旧約聖書の内容に酷似していることに気づく。それが欧州などに知れ渡る。 
 

19世紀当時、

国際金融資本家(金融ユダヤ)が、

拡大していた時代に、

日本の権力者階層の中でも、

金融利権に結びつけて、

欧州などで迫害を受けていたユダヤ人難民救済の雰囲気があった。 

その中でも

河豚計画ふぐけいかく)」1930年代に、

満州にユダヤ人難民を受入れ計画があった。 

ユダヤ人の、財力や情報ネットワークを使って満州経済を発展させる計画があった。 
 


WW2では、

表向き日独同盟を組んでいたが、

ドイツ(当時ナチス)のニュルンベルク法(ユダヤ人の市民権はく奪)により

ユダヤ人迫害は、

日本政府、帝国軍も

きっぱりと反対し賛同していない。 

世界(特にアジア近隣諸国)で、

戦時中の日帝軍は、

ナチスドイツと同様な、

アジア近隣諸国の人々に対して

迫害をしていたという論説(デマ)が広まり、

軍艦島や佐渡金山の世界遺産登録などで

強制労働があったと言われる所以がそこにある。 

日本は、むしろユダヤ人を助けた立場だということを

歴史的に見直さなければならない。 



 
敗戦後、(60年代)米国のユダヤ教の教師でラビのマーヴィン・トケイヤー氏 
(米軍の従軍ラビとして訪日し、ユダヤ人と日本人の比較文化論を発表。ヘブライ語を話す皇族の三笠宮崇仁親王と親交をむすんだ。) 


 
(70年代)イスラエル言語学者のヨセフ・アイデルバーグ氏 
(イスラエル言語研究科。ウクライナのオデッサ生まれ。日本語とヘブライ語との共通性を見出し、1974年、研究のために京都の護王神社の見習い神官になる。) 





 
日本にユダヤ人が渡って来た時期】 
 
北イスラエル王国(10支族)紀元前722年 
・アッシリア捕囚→消息不明(東へ移動した可能性) 
 
南ユダ王国(2支族)紀元前586年 
・バビロン捕囚 
・ローマ支配 
・離散(ディアスポラ) 
 
 
◎ニニギ 九州降臨 
↓ 
初代 神武天皇=カムヤマトイワレビコ 
 ヤマト遠征  
神武 VS 長髄彦 (ながすねひこ)― ◎ニギハヤヒ(大和) 
 
神武天皇 紀元前660年 橿原で即位 
 
↓欠史8代 (伝記がない) 
 
10代 崇神天皇(ハツクニシラス) 
↓ 
 
【天孫降臨は2回あった?という仮説】 
ニニギとニギハヤヒは互いに天孫降臨していた? 
 
北イスラエル(10支族)→ニギハヤヒ(天孫降臨)? 
南ユダ王国(2支族)→ニニギ(天孫降臨)? 
 
古文によると、ニギハヤヒとニニギは兄弟とされる。 
北イスラエル(10支族)と南ユダ王国(2支族)も兄弟であり、ヤコブの子達であり子孫になる。 
日本神話と言うのは、本当にうまく世界の神話をぼかしてるな~と思う。 
 
旧約聖書では、神とヤコブが(シュモウ、現在は相撲の言語とされる)をして戦い、ヤコブが勝ち、 
イスラエル(イスラ・エル(Ysra-el))は、「神と闘う人」という意味の名前と土地も与えられた、 
パレスチナの場所に。。だから彼らは選民意識が高く、イスラエルと言う国の場所にこだわりがある。 
 
古代イスラエルと日本の建国が見事にリンクしている。。


やはり茂木 誠氏は、伝え方がうまい。教育者として、歴史全体から考えているし、
日本史に繋がる世界史実が、あるわけだから、
日本史や世界史を単体で理解しても歴史は紐解けない。 




今日のユダヤ人は

アシュケナージ系もスファラディ系も

20~30%は日本人と同じく

YAP遺伝子配列からなるE系統であるが

J系統やR系統なども同じくらいの割合でみられる。

ユダヤ人もまた

混血している

特に西暦70年のエルサレム滅亡のあと

ユダヤ人は祖国を失い世界に離散した。

元々のユダヤ人の定義は

「父がユダヤ人であること」だった。

しかしその後ユダヤ人の定義は

「母がユダヤ人であること」

に変わっていった。

これはユダヤ人は迫害を受け

レイプされるユダヤ人女性も少なくなかったから

その場合

本当の父親が誰であるかわからないことも多く

「母がユダヤ人であること」という定義に変わった。

そういった悲しい歴史も有り

男系で伝えられるY染色体遺伝子は薄まり

ユダヤ人男性のY染色体DNAには

いくつかの系統が入るようになった。

よって

ユダヤ人は遺伝子的には混血している。

それでも彼らは

宗教的にユダヤ人としてのアイデンティティを保ってきた。


埴輪が出土した時

「帽子を被り、 鬢をクルクルと垂らした人物像」

が出土した時点で、

もっと大騒ぎしても良かったんじゃないかな。。。






【日ユ同祖説】日本人とユダヤ人の深い関わり DNA一致率40%【田中英道】【未来ネット】


イスラエル🇮🇱の報道番組で、

「イスラエルの失われた10支族」

その行方を特集した番組が報道された。

日本から久保有政氏が出演したようなので見たいと思う。

久保氏とはどう言う人なのか端的に記述しておく

プロテスタント系の聖書解説家で

池袋キリスト教会初代牧師。

レムナント・ミニストリー代表。

日ユ同祖論に於いては

キリスト教徒の立場で独自の解説で異端児的な立ち位置である。

賛否両論あるが… 

全てを否定することもできないと私は思っている。

田中英道氏や茂木誠氏の発言とリンクする部分も多い。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E4%BF%9D%E6%9C%89%E6%94%BF





イスラエル🇮🇱を見て思うこと

日本🇯🇵は古代からあらゆる国の人々がやって来た他民族国家でありながら

単一民族と言われるぐらい同化していった国で

世界を見ても類を見ない国だ。

しかし

ユダヤ人のようにかつては欧州に何百年も住み

その国々のアイデンティティを持ちながらも

ユダヤ人のルーツを持つだけで迫害され

ホロコーストが起こり

殺戮が繰り返されて来た歴史を振り返ると

自分の国を持ち

殺されるくらいなら

戦う選択をする

そういった道もあるかもしれない


一方…


日本は地政学的に海に囲まれた海洋国家であり

国境を接していないので防衛費が抑えられ

経済など他にお金をまわすことが出来た。

近年は

中国や北朝鮮が表向き脅してくれるので

目覚めた人も多いかと思う。

自分達の国と民族をどう考えるか

イスラエル🇮🇱に

学ぶところは有るかも知れない。



イスラエルTVが報道した「イスラエルの失われた10支族と日本」(久保有政出演/解説)




以前から、日ユ同祖論の話には興味があって

とんでも陰謀論説が界隈を賑わせているが

真剣に研究をしている学者の方達が沢山いて

進化論に立つ学者と創造論に立つ学者が激しく対立しています。



ユダヤ人の

・アシュケナジム系(白人) 30%

・セファルディム系(アラブ) 30%

・ミズラヒム系(アラブ) 30%




これらのハプログループのE系統(YAP遺伝子)が各30%程度づつ保持している。

一方、グループDEから別れたD1a2a(YAP遺伝子/縄文系)の日本人の約40%の配列を保持し

親戚関係にあたるY染色体ハプログループEは

古代ユダヤ人に多くみられる系統で

(北アフリカや欧州でも見られる。あくまでもここでは古代ユダヤ人の話としておく)

双方はYAPという変異を持っていることを述べた上で

日ユ同祖論はあながちデタラメではないという証左であり

生物学では動物の形態から進化の系統樹が構築されてきた(ダーウィンの進化論)も

DNA解析の進歩により「人類の進化の答え合わせ」が進んでいると思う。

【全編】DNAでわかった日本人とユダヤ人の親戚関係(久保有政・解説)



DNA🧬の検査から、親族を見つけることができるようで...😃

 

いましたよ!親族が🤭・・👬👭👬👭

 

かなり遠くの親族が🤗・・

 

 

 

私のDNA🧬に近い人達が

 269名の該当する親族らしい方々が、いらっしゃるようで・・

そのうち15名程の方々が、🔍検索サービスに、参加してくださっています。

(お名前はプライバシーの保護から省略します)

 

0.20%前後の割合で、DNAが一致してるそうなんだが🙄

 

どれぐらい一致してるのか見てみよう!🤗

 

 

DNA親族検索サービスでは、遠縁の家族や先祖を見つけることができるようだ

 

DNAセグメントのアルゴリズムを活用することで、潜在的な親族適合が検出される。

 

セグメントが一致した場合

 

その長さからどれくらいの昔に祖先を共有していたかを

 

予測することができるようだ。

 

このようなセグメントは、identical by descent(IBD)断片と呼ばれ、

 

一致するDNAセグメントの長さと親族の関係について、

 

一致するDNAセグメントの長さが長い場合は、

 

共通の祖先が比較的最近であることを示し、

 

短い場合は、より遠い祖先が共通するであることを示します。

 

一般的に、兄弟・姉妹間で共有されるセグメントは40%から60%です。

 

一方、伯父・叔父または伯母・叔母と一致するDNAは20%から30%で、

 

いとことの共有DNAは5%から17%になります。

 

 

SNSで、その割合を出してくれていた人がいたので借りてきた!

 

 

どんだけ〜☝️😆

 

0.20% って9世代ぐらい前の時代、

 

300年前の親族の可能性があるようだ

 

そこで、チャットGDP

この時代、何があったのか聞いてみた!

 

 

...っまぁ、内容はともかく・・

 

江戸時代だよ!

 

幕府だよ!

 

約260年も続いた江戸幕府だよ!😇

 

 

 

だけども、上記の検索サービスに挙げて下さった方達は、

 

琉球地方や九州とは関係なさそうなのだが...

 

前のブログで書いた

 

曽祖父の姓は「肥後」

 

肥後国(現 熊本県)に縁とゆかりがあるとすれば

 

薩摩藩として琉球統治に派遣されてきた「肥後国」出身者だったかもしれないし

 

薩摩藩を全国に派遣された人たちの中にもいたかも🤔

 

海外にも薩摩藩を留学させている🥸

 

umm... 謎は深まるばかり🤔

 

だけどロマンがあるな💕🥰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

🧬遺伝子検査パート2 『母方遺伝子編』

 

母ちゃんの母ちゃんの母ちゃんの母ちゃんを無限に辿ると・・😳

 

私の母親から譲り受けたハプログループF (mtDNA ‘’ミトコンドリアDNA‘’)は、現在、東南アジア最大規模の人口を持つグループであるとされている。

 

高頻度で見られる地域は・・

 

・ニコバル諸島(50%)

・インドのアルナーチャル・プラデーシュ州(31%)

・ジャワ(28%)

・小スンダ列島(23%)

 

・中国大陸の長江以南(特に雲南省のラフ族77%・広州26%)

・ベトナム(26%)

・ラオス・フィリピン(29%)

・台湾原住民(27%)

・日本(5.4%)などである

 

全体としてオーストロアジア系民族やオーストロネシア系民族で高頻度で見られ、中央アジアとメラネシアでは低頻度である。

アメリカ大陸では検出されていない。

北アジアでもほとんど観察されないが、例外的にケット人においては23.7%の中頻度で観察される。

ロシアのシベリアのケメロヴォ州のショル人に見られる。

 

    

 

 

 

ハプログループF (mtDNA)(ハプログループF (ミトコンドリアDNA)

 

 

 

私の母方のX染色体(ミトコンドリア)を辿ってゆくと、約23万年前に誕生した、ハプログループL(ミトコンドリア・イヴ) として南部のボツワナで発生しました。🧬

 

  

 

 

 

 

随分とボツワナで何万年か過ごした後に、コンゴ辺りに北上して来たんだね🤔

この後の、アフリカを旅立った女性先祖はこのハプログループL(mtDNA 🧬)の子孫だそうだ。

  

 

 

 

ジブチ辺りに移動して、ようやく出アフリカを果たし、ユーラシア、オセアニア、アメリカ大陸に広がっていった。

  

 

 

 

とうとう7万年前にユーラシアとアジア圏の間に到達しましたけど、イランとイラクの北東部に位置していてトルコにも近く、ここでユーラシアに別れた分派と東南アジア・オセアニアへ続く人々に分かれて行ったみたい。

 

分かれていった欧州の方達、スラブ系のみなさーん元気ですかー😃

母ちゃんの母ちゃんの母ちゃんの数十万年前のお母さんは同じお母ちゃんかも🥰

 

    

 

 

 

 

ユーラシアから東南アジアまで移動して来た年数が、約4万年の月日が流れている。

恐らく、大昔の人々はそんなに長生きでは無かったであろうから、1人の人間が15歳〜30歳を生きたとして、百年で3人入れ替わり、千年で30人、一万年で300人で4万年で少なくとも12000人以上の遺伝子🧬を繋いできたことになる。しかも女性子孫だけで🫨クラクラ

 

    

 

 

 

 

やっと、ハプログループF (mtDNA ‘’ミトコンドリアDNA‘’)になりました。🤗

 

    

 

 

 

 

 

ハプログループF (mtDNA ‘’ミトコンドリアDNA‘’)は、アジアの母なる遺伝子🧬だと分かります。

私の母親からM山のおばあちゃん👵の容姿を見てもなんとなくわかるよね🤭💫

因みに、婆ちゃんの出自は「脇t家」😇 

婆ちゃんに姉妹や更には親の姉妹、更にはその先も然りで、これと同じ遺伝子を継ぐものとなる。

 

あなた方は「アジアの母🤱なのです」

 

 

 

 祖母と双子の母親達と末叔父🤭

 

 

やっと、🧬遺伝子検査の結果が来ましたー🥳

 

唾液を採取してジーンライフ社に送ってから、1ヶ月程で、mail✉️にて通達され、

アプリで検査の内容を確認できるようになります。

 

結果は・・『100% 日本人❣️』 まじりっけ無しです。

 

 

あ〜こういうの純日本人と言うのかな🤗

不思議な感じもしますが、結果を考察してみようと思います。

 

民族構成の推定には、アジアだけでなく世界の民族集団を含む全ゲノム(リファレンスパネル)のDATEを照らし合わせてDNAが解析される。

 

多くの世界中の人々が遺伝子検査を受けることで、もっと詳しく最新の情報が更新され、科学的発見に大いに役立ちます。

 

 

 

 

 

まず、始めに私の父親から引き継いだY染色体は「ハプログループD1a2」と言われてる、

通称「YAP遺伝子」と言われる。遺伝子でした。

 

この結果を、考察したいと思います。

DNA - Y染色体🧬ハプログループDは、SNS上では結構有名な遺伝子で・・

日本では琉球地方(沖縄・奄美諸島)、アイヌの80%近くに多く見られ、

日本以外では、チベットやアンダマン諸島などで見られる。

先住民族と言われる縄文系をルーツとする遺伝子のDグループです。

 

奄美の喜界島にルーツがあるので、この内容は納得です。😇 

分かっていたけれども、今回ハッキリと結果が出ました。🥳

 

_φ(・_・

北海道の礼文島においてアイヌ人とは異なる縄文人骨のY染色体が抽出されたことで、アイヌの歴史は鎌倉時代より古くに遡ることは出来ないことが、文献・遺跡・分子生物学から分かりました。

 

Y染色体(父方由来)ハプログループD1a2a

 

 

  

 

今から約27万5千年前に、私の遺伝子はアフリカ南部のナミビアで、Y染色体ハプログループAとして誕生したようだ🎂

  

 

 

 

   

 

その後、ハプログループA00を経由する🧬

 

  

 

 

更に北へと移動します。 ここで24万年前辺りで、ハプログループA0−Tになります😀

 

  

 

  

 

ここに来て急に赤道ギニア辺りに南下しています。💦 

どんどん移動して行きます。💨💨💨 獲物を追ってたんだろうな💭

  

 

  

 

すごーい!またまた北に向かいにジェールへ。

ここでハプログループ🧬A1bに変異しました。

 

  

 

  

 

遺伝子A1bから2千〜3千年後にハプログループBTに変異したようです。

他の諸説によると、やはり1人の男性から変異したと記述が有りました。

 

  

  

 

すぐ上のリビアに北上しました。

ここでも遺伝子が変異してハプログループ🧬CTになりました。

原生人類の共通の父方の先祖の遺伝子を「Y染色体アダム」呼ばれてるらしい。

全ての非アフリカ系Y染色体はグループCTに由来するらしい🤔

 

  

 

 

 

ここで、ようやく日本人のDNA🧬と深く関わってくるDグループ由来のハプログループDE(YAP)が誕生するわけです。㊗️🎉 初期の研究段階ではアジア起源とされていたが、Dグループが、アフリカ起源とされてきている。ここで既に、私の遺伝子Y染色体が誕生してから20万年経ちました😳 

どっひゃー😵 でも、まだアフリカ大陸にいるのね🤗

 

  

  

 

やったー🙌 ハプログループDに、やっと辿り着きました🎊

約8万年前に、エチオピアで😝

 

  

  

 

ようやく、アフリカ大陸を旅立ち、中央アジアへ

エチオピアから中央アジアまでの移動経路は諸説ありそうです。

 

  

  

 

恐らく中央アジアをはじめ、中国大陸、東南アジアから日本にかけて広範囲でハプログループDを持った人々が生息していたんだろうね。キルギスや新疆ウイグルの人々は日本人に似てると思うし、ブータン(大半はチベット族)は日本人そのものに見えるしね🤔 陸繋がりの土地は、侵略などで争いがあって、Dグループはいなくなっていった。

海洋民族のアンダマン諸島の人々や🇯🇵先縄文系の人々、山間部に生息していたチベット族の人々は生き延びたのでしょうね😇

 

  

  

 

辿り着きましたー🙌感無量です。

 

この先祖遺伝子🧬検査では、4万8千年前あたりからこの地にいた先縄文人がルーツだと考えられますが、この日本に人が住みはじめたのが、一般の文献だと3万2千年ぐらいだとよく言われていますね。最近の研究では伊豆諸島の神津島で3万8千年前の地層から石器が見つかったようで歴史が塗り替えられているようです。😇

 

    

 

 

昨今の研究データによると、アンダマン諸島の辺りから、沿岸拡散ルートで南、中央の朝鮮半島、北のオホーツクルートで日本大陸に入ってきて真ん中辺りで交わっていったと考えられる。

・・一方で内陸拡散ルートで大陸に入っていた人達とがいたようだ。

 

 

 

自分のルーツを探る旅に出かけてきました🤓✈️🧬 

自分のルーツを探ることは自分のアイデンティティの確立に役立つ。

 

最新の遺伝子情報と豊富なデーターベースを組み合わせて検査をすることで、人類の移動経路と人間を構成する民族の歴史を明らかに出来る。

 

祖先遺伝子検査キットHaplo2.0(現在haplo3.0)では、唾液を採取し、母親から遺伝するミトコンドリアDNAと、父親から息子にのみ遺伝するY染色体上にあるDNAを解析し、自らのルーツを辿れる😇

 

 

 

🧬先祖を調べる遺伝子キット(GeneLife(ジーンライフ)」シリーズの「GeneLife Haplo3.0」

 

 

私のルーツである曽祖父の話からしたいと思う。

名は「肥後T」さんといった。かつて大学で教鞭を取っていた。

 

ある時に、学生のいさかいに巻き込まれ亡くなったそうだ。

その頃、祖父は既に生まれていたのだが、学生中に産まれた子だったので結婚は認められなかったと叔父達から聞いた。

未亡人となった先代の曽祖母と祖父は、出自のK島家に入る。

元々K島家の傍系家系、つまりは分家のK島家の跡取りがいなかったのでそのような形になったようだ。したがって、我々のルーツを遡ると、大もとのK島家には繋がらないのである😅

祖父から始まったK島家の遺伝子「DNA - Y染色体」を持つ男系は、すべて曽祖父の「肥後T」さんから遺伝子を受け継いでいるのである。🧬この遺伝子はまだ続いているから面白い😇

 

祖父の子にあたる女系子孫にはY染色体は継承されないので、「肥後T - K島系」のルーツは追えない。

 

今回、遺伝子検査で知りたかったのは、日本人のルーツは既に正確なDNAの解析が進み、ネット上に沢山の文献がある。私の両親は共に琉球の出身なので、そのルーツの疑いの余地は無い。しかし「肥後T」さんの先のルーツが不明で戸籍が無いそうだ。そこで先祖遺伝子検査をすることにした。いつの日か、ご親戚に出会えることを願って・・・

 

幼少期の祖父

 

 

また、ミトコンドリアを探ることで母親方のルーツを探ることが出来るので、男性はY染色体で父親方を、ミトコンドリアで母親方を追えるのである🤓

女性が持つのはX染色体のみで、母親の母親を〜永遠にミトコンドリアを遡るとルーツがわかる。😇 母方の出自はM山家で、祖母は脇T家になる。

 

肥後という名の分布図

https://name-power.net/fn/%E8%82%A5%E5%BE%8C.html

 

 

【名字の由来解説】

①桓武天皇の子孫で平の姓を賜った家系である平氏(桓武平氏)、

②中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)良門流、秀郷流、隆家流、

③小野氏などにもみられる。

④現鹿児島県である薩摩藩。

⑤現熊本県である肥後などにみられる。

「後」は位置関係を表す。また子孫という意味もある。

 

検査の結果が出たら、もう少し研究したいと思う🤓

 

 

🇩🇰デンマークの旅行会社が行なったDNA実験。最後にはまさかの展開が待っていた。