天皇陛下殿は、何を隠しているんだろう?🤔🤫🤭
天皇陛下殿は、何を隠しているんだろう?🤔🤫🤭
DNA🧬の検査から、親族を見つけることができるようで...😃
いましたよ!親族が🤭・・👬👭👬👭
かなり遠くの親族が🤗・・
私のDNA🧬に近い人達が
269名の該当する親族らしい方々が、いらっしゃるようで・・
そのうち15名程の方々が、🔍検索サービスに、参加してくださっています。
(お名前はプライバシーの保護から省略します)
0.20%前後の割合で、DNAが一致してるそうなんだが🙄
どれぐらい一致してるのか見てみよう!🤗
DNA親族検索サービスでは、遠縁の家族や先祖を見つけることができるようだ
DNAセグメントのアルゴリズムを活用することで、潜在的な親族適合が検出される。
セグメントが一致した場合
その長さからどれくらいの昔に祖先を共有していたかを
予測することができるようだ。
このようなセグメントは、identical by descent(IBD)断片と呼ばれ、
一致するDNAセグメントの長さと親族の関係について、
一致するDNAセグメントの長さが長い場合は、
共通の祖先が比較的最近であることを示し、
短い場合は、より遠い祖先が共通するであることを示します。
一般的に、兄弟・姉妹間で共有されるセグメントは40%から60%です。
一方、伯父・叔父または伯母・叔母と一致するDNAは20%から30%で、
いとことの共有DNAは5%から17%になります。
SNSで、その割合を出してくれていた人がいたので借りてきた!
どんだけ〜☝️😆
0.20% って9世代ぐらい前の時代、
約300年前の親族の可能性があるようだ
そこで、チャットGDPに
この時代、何があったのか聞いてみた!
...っまぁ、内容はともかく・・
江戸時代だよ!
幕府だよ!
約260年も続いた江戸幕府だよ!😇
だけども、上記の検索サービスに挙げて下さった方達は、
琉球地方や九州とは関係なさそうなのだが...
前のブログで書いた
曽祖父の姓は「肥後」
肥後国(現 熊本県)に縁とゆかりがあるとすれば
薩摩藩として琉球統治に派遣されてきた「肥後国」出身者だったかもしれないし
薩摩藩を全国に派遣された人たちの中にもいたかも🤔
海外にも薩摩藩を留学させている🥸
umm... 謎は深まるばかり🤔
だけどロマンがあるな💕🥰
🧬遺伝子検査パート2 『母方遺伝子編』
母ちゃんの母ちゃんの母ちゃんの母ちゃんを無限に辿ると・・😳
私の母親から譲り受けたハプログループF (mtDNA ‘’ミトコンドリアDNA‘’)は、現在、東南アジア最大規模の人口を持つグループであるとされている。
高頻度で見られる地域は・・
・ニコバル諸島(50%)
・インドのアルナーチャル・プラデーシュ州(31%)
・ジャワ(28%)
・小スンダ列島(23%)
・中国大陸の長江以南(特に雲南省のラフ族77%・広州26%)
・ベトナム(26%)
・ラオス・フィリピン(29%)
・台湾原住民(27%)
・日本(5.4%)などである
全体としてオーストロアジア系民族やオーストロネシア系民族で高頻度で見られ、中央アジアとメラネシアでは低頻度である。
アメリカ大陸では検出されていない。
北アジアでもほとんど観察されないが、例外的にケット人においては23.7%の中頻度で観察される。
ロシアのシベリアのケメロヴォ州のショル人に見られる。
ハプログループF (mtDNA)(ハプログループF (ミトコンドリアDNA)
私の母方のX染色体(ミトコンドリア)を辿ってゆくと、約23万年前に誕生した、ハプログループL(ミトコンドリア・イヴ) として南部のボツワナで発生しました。🧬
随分とボツワナで何万年か過ごした後に、コンゴ辺りに北上して来たんだね🤔
この後の、アフリカを旅立った女性先祖はこのハプログループL(mtDNA 🧬)の子孫だそうだ。
ジブチ辺りに移動して、ようやく出アフリカを果たし、ユーラシア、オセアニア、アメリカ大陸に広がっていった。
とうとう7万年前にユーラシアとアジア圏の間に到達しましたけど、イランとイラクの北東部に位置していてトルコにも近く、ここでユーラシアに別れた分派と東南アジア・オセアニアへ続く人々に分かれて行ったみたい。
分かれていった欧州の方達、スラブ系のみなさーん元気ですかー😃
母ちゃんの母ちゃんの母ちゃんの数十万年前のお母さんは同じお母ちゃんかも🥰
ユーラシアから東南アジアまで移動して来た年数が、約4万年の月日が流れている。
恐らく、大昔の人々はそんなに長生きでは無かったであろうから、1人の人間が15歳〜30歳を生きたとして、百年で3人入れ替わり、千年で30人、一万年で300人で4万年で少なくとも12000人以上の遺伝子🧬を繋いできたことになる。しかも女性子孫だけで🫨クラクラ
やっと、ハプログループF (mtDNA ‘’ミトコンドリアDNA‘’)になりました。🤗
ハプログループF (mtDNA ‘’ミトコンドリアDNA‘’)は、アジアの母なる遺伝子🧬だと分かります。
私の母親からM山のおばあちゃん👵の容姿を見てもなんとなくわかるよね🤭💫
因みに、婆ちゃんの出自は「脇t家」😇
婆ちゃんに姉妹や更には親の姉妹、更にはその先も然りで、これと同じ遺伝子を継ぐものとなる。
あなた方は「アジアの母🤱なのです」
祖母と双子の母親達と末叔父🤭
やっと、🧬遺伝子検査の結果が来ましたー🥳
唾液を採取してジーンライフ社に送ってから、1ヶ月程で、mail✉️にて通達され、
アプリで検査の内容を確認できるようになります。
結果は・・『100% 日本人❣️』 まじりっけ無しです。
あ〜こういうの純日本人と言うのかな🤗
不思議な感じもしますが、結果を考察してみようと思います。
民族構成の推定には、アジアだけでなく世界の民族集団を含む全ゲノム(リファレンスパネル)のDATEを照らし合わせてDNAが解析される。
多くの世界中の人々が遺伝子検査を受けることで、もっと詳しく最新の情報が更新され、科学的発見に大いに役立ちます。
まず、始めに私の父親から引き継いだY染色体は「ハプログループD1a2」と言われてる、
通称「YAP遺伝子」と言われる。遺伝子でした。
この結果を、考察したいと思います。
DNA - Y染色体🧬ハプログループDは、SNS上では結構有名な遺伝子で・・
日本では琉球地方(沖縄・奄美諸島)、アイヌの80%近くに多く見られ、
日本以外では、チベットやアンダマン諸島などで見られる。
先住民族と言われる縄文系をルーツとする遺伝子のDグループです。
奄美の喜界島にルーツがあるので、この内容は納得です。😇
分かっていたけれども、今回ハッキリと結果が出ました。🥳
_φ(・_・
北海道の礼文島においてアイヌ人とは異なる縄文人骨のY染色体が抽出されたことで、アイヌの歴史は鎌倉時代より古くに遡ることは出来ないことが、文献・遺跡・分子生物学から分かりました。
Y染色体(父方由来)ハプログループD1a2a
今から約27万5千年前に、私の遺伝子はアフリカ南部のナミビアで、Y染色体ハプログループAとして誕生したようだ🎂
その後、ハプログループA00を経由する🧬
更に北へと移動します。 ここで24万年前辺りで、ハプログループA0−Tになります😀
ここに来て急に赤道ギニア辺りに南下しています。💦
どんどん移動して行きます。💨💨💨 獲物を追ってたんだろうな💭
すごーい!またまた北に向かいにジェールへ。
ここでハプログループ🧬A1bに変異しました。
遺伝子A1bから2千〜3千年後にハプログループBTに変異したようです。
他の諸説によると、やはり1人の男性から変異したと記述が有りました。
すぐ上のリビアに北上しました。
ここでも遺伝子が変異してハプログループ🧬CTになりました。
原生人類の共通の父方の先祖の遺伝子を「Y染色体アダム」呼ばれてるらしい。
全ての非アフリカ系Y染色体はグループCTに由来するらしい🤔
ここで、ようやく日本人のDNA🧬と深く関わってくるDグループ由来のハプログループDE(YAP)が誕生するわけです。㊗️🎉 初期の研究段階ではアジア起源とされていたが、Dグループが、アフリカ起源とされてきている。ここで既に、私の遺伝子Y染色体が誕生してから20万年経ちました😳
どっひゃー😵 でも、まだアフリカ大陸にいるのね🤗
やったー🙌 ハプログループDに、やっと辿り着きました🎊
約8万年前に、エチオピアで😝
ようやく、アフリカ大陸を旅立ち、中央アジアへ
エチオピアから中央アジアまでの移動経路は諸説ありそうです。
恐らく中央アジアをはじめ、中国大陸、東南アジアから日本にかけて広範囲でハプログループDを持った人々が生息していたんだろうね。キルギスや新疆ウイグルの人々は日本人に似てると思うし、ブータン(大半はチベット族)は日本人そのものに見えるしね🤔 陸繋がりの土地は、侵略などで争いがあって、Dグループはいなくなっていった。
海洋民族のアンダマン諸島の人々や🇯🇵先縄文系の人々、山間部に生息していたチベット族の人々は生き延びたのでしょうね😇
辿り着きましたー🙌感無量です。
この先祖遺伝子🧬検査では、4万8千年前あたりからこの地にいた先縄文人がルーツだと考えられますが、この日本に人が住みはじめたのが、一般の文献だと3万2千年ぐらいだとよく言われていますね。最近の研究では伊豆諸島の神津島で3万8千年前の地層から石器が見つかったようで歴史が塗り替えられているようです。😇
昨今の研究データによると、アンダマン諸島の辺りから、沿岸拡散ルートで南、中央の朝鮮半島、北のオホーツクルートで日本大陸に入ってきて真ん中辺りで交わっていったと考えられる。
・・一方で内陸拡散ルートで大陸に入っていた人達とがいたようだ。
自分のルーツを探る旅に出かけてきました🤓✈️🧬
自分のルーツを探ることは自分のアイデンティティの確立に役立つ。
最新の遺伝子情報と豊富なデーターベースを組み合わせて検査をすることで、人類の移動経路と人間を構成する民族の歴史を明らかに出来る。
祖先遺伝子検査キットHaplo2.0(現在haplo3.0)では、唾液を採取し、母親から遺伝するミトコンドリアDNAと、父親から息子にのみ遺伝するY染色体上にあるDNAを解析し、自らのルーツを辿れる😇
🧬先祖を調べる遺伝子キット(GeneLife(ジーンライフ)」シリーズの「GeneLife Haplo3.0」
私のルーツである曽祖父の話からしたいと思う。
名は「肥後T」さんといった。かつて大学で教鞭を取っていた。
ある時に、学生のいさかいに巻き込まれ亡くなったそうだ。
その頃、祖父は既に生まれていたのだが、学生中に産まれた子だったので結婚は認められなかったと叔父達から聞いた。
未亡人となった先代の曽祖母と祖父は、出自のK島家に入る。
元々K島家の傍系家系、つまりは分家のK島家の跡取りがいなかったのでそのような形になったようだ。したがって、我々のルーツを遡ると、大もとのK島家には繋がらないのである😅
祖父から始まったK島家の遺伝子「DNA - Y染色体」を持つ男系は、すべて曽祖父の「肥後T」さんから遺伝子を受け継いでいるのである。🧬この遺伝子はまだ続いているから面白い😇
祖父の子にあたる女系子孫にはY染色体は継承されないので、「肥後T - K島系」のルーツは追えない。
今回、遺伝子検査で知りたかったのは、日本人のルーツは既に正確なDNAの解析が進み、ネット上に沢山の文献がある。私の両親は共に琉球の出身なので、そのルーツの疑いの余地は無い。しかし「肥後T」さんの先のルーツが不明で戸籍が無いそうだ。そこで先祖遺伝子検査をすることにした。いつの日か、ご親戚に出会えることを願って・・・
幼少期の祖父
また、ミトコンドリアを探ることで母親方のルーツを探ることが出来るので、男性はY染色体で父親方を、ミトコンドリアで母親方を追えるのである🤓
女性が持つのはX染色体のみで、母親の母親を〜永遠にミトコンドリアを遡るとルーツがわかる。😇 母方の出自はM山家で、祖母は脇T家になる。
肥後という名の分布図
https://name-power.net/fn/%E8%82%A5%E5%BE%8C.html
【名字の由来解説】
①桓武天皇の子孫で平の姓を賜った家系である平氏(桓武平氏)、
②中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)良門流、秀郷流、隆家流、
③小野氏などにもみられる。
④現鹿児島県である薩摩藩。
⑤現熊本県である肥後などにみられる。
「後」は位置関係を表す。また子孫という意味もある。
検査の結果が出たら、もう少し研究したいと思う🤓
🇩🇰デンマークの旅行会社が行なったDNA実験。最後にはまさかの展開が待っていた。

































































