リヒャルト・シュトラウス の亡くなった日
リヒャルト・シュトラウス の亡くなった日9月8日リヒャルト・シュトラウス 1864年6月11日 ~ 1949年9月8日リヒャルト・シュトラウスリヒャルト・ゲオルク・シュトラウス(Richard Georg Strauss、1864年6月11日 - 1949年9月8日)は、ドイツの作曲家・指揮者。後期ロマン派を代表する作曲家の一人であり、リヒャルト・ワーグナーとフランツ・リストの後継者と言われている。交響詩とオペラの作曲で知られる。ウィーンのヨハン・シュトラウス一族とは血縁関係はない。Wikipediaグスタフ・マーラー(Gustav Mahler, 1860年7月7日 - 1911年5月18日)■天才リヒャルト・シュトラウス グスタフ・マーラーとほぼ同世代のドイツの作曲家。交響詩とオペラが作品の中心で、指揮者としても知られる。7つの交響詩と約20のオペラが知られている。そのほかに交響曲、協奏曲、管弦楽曲、室内楽、歌曲など多数の作品がある。 主に前半生は交響詩の時代、後半生はオペラの時代といっていいだろう。 1888年の交響詩「ドンファン」1895年の交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」1896年の交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」1898年の交響詩「英雄の生涯」などが著名な交響詩作品。ほとんどがリヒャルト・シュトラウス30歳代の作品である。 そして1905年歌劇「サロメ」1908年の歌劇「エレクトラ」1910年の歌劇「薔薇の騎士」などが代表的なオペラ作品。その後も多数の歌劇を作曲している。 歌曲の作品も多く、1948年の「4つの最後の歌」は最後期の名作となる。 実に60年の長きにわたり作曲活動を続けている。 おそらく、20世紀の作曲家として最大の天才の一人ではないだろうか。多作でありながら、その多くが現在も演奏され続け、愛好され続けている。 リヒャルト・シュトラウスの晩年期には現代音楽の若手作曲家が台頭してきているが、彼ら現代音楽作曲家たちはほとんどが消滅しているというのに、リヒャルト・シュトラウスの作品は生き続けているのは、彼が天才作曲家だからではないか。 後期ロマン派の最後の巨匠というしかない。youtubeR. Strauss: Also sprach Zarathustra, Reiner & CSO (1954) シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」ライナーRichard Georg Strauss (1864-1949)Also sprach Zarathustra, Op. 30 (Thus Spoke Zarathustra or Thus Spake Zarathustra)Fritz Reiner (1888-1963), ConductorChicago Symphony OrchestraRec. 8 March 1954, at Orchestra Hall, in Chicago [RCA]リヒャルト・ゲオルク・シュトラウス交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」作品30(00:05) 1. 導入部 (日の出)(01:36) 2. 世界の背後を説く者について(04:46) 3. 大いなる憧れについて(06:31) 4. 喜びと情熱について(08:21) 5. 墓場の歌(10:36) 6. 学問について(14:37) 7. 病より癒え行く者(19:38) 8. 舞踏の歌(27:14) 9. 夜の流離い人の歌指揮:フリッツ・ライナーシカゴ交響楽団録音:1954年3月8日 オーケストラ・ホール (シカゴ) [RCA]■フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団による名演 映画「2001年宇宙の旅」でこの作品の冒頭部分が使われて一躍有名になった交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」。映画ではカラヤンのDECCA録音が使用された。 だが、音楽的に見るとフリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団の録音が断然優れている。冒頭の部分よりも、後半になるに従って盛り上がっていく音楽に説得力を持たせたのがライナー・シカゴの録音である。 ちなみに、ライナーはシュトラウスと面識があり、ライナーが指揮した演奏会の後、楽屋にやってきたシュトラウスは、ライナーの脇に手を入れて「指揮者は脇に汗をかいてはいかんのだよ」と言われたという。以後、ライナーは極小の指揮ぶりとなったと言われている***