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コスパだよ、ライダーは! CB650Rと時々登山(ダンチマンのブログ)

バイクと登山のブログです。時にギターを弾いたり釣りに出掛けたり、キャンプもします。モータースポーツ大好き。家族の記録も兼ねております。ごった煮ブログです。

登山中の最大の楽しみ、夕食です。

トンカツ!
これは嬉しい!しかも肉厚!


受付にあったイラストと比較。
これはイラスト負けしてませんね。

そしてご飯をおかわりしている時、それは突然やってきました。

いきなり、地面を突き上げるような揺れが起き、小屋全体がビシッ!と音を立てて揺れ始めました!

地震!

それほど大きくはないけども…、長くないか…?

3・11の時も最初は小さな地震から始まって、いきなり大きな揺れに変わりました。一瞬あの時の記憶が甦りました。

幸い、2分程度で収まりましたが、数分後、再び、ビシッビシッ!と揺れ。

その後はとにかく何度も揺れました。小さなものもいれれば10回程度も。
こんなに断続的な地震にあったことはあまり経験ありません。

その後、わかったことですが震源は槍ヶ岳直下。

槍ヶ岳山荘のブログがその時の状況を記してくれています。


なんと震度5弱。山荘の被害が殆どなかったのは5弱を記録したのはおそらく一瞬で、揺れの大半は震度3位だったからではないでしょうか。
しかし、ブログからは落石でかなり道が崩落していることが分かります。日中の時間帯だったらかなりの確率で人的被害が出ていたことでしょう。

そして、これ↓


よく動画で捉えたと思う。撮影者の方は冷静でしたね。

涸沢もこんなことになっていたとは。


これは恐怖だったことだろう!

余震を考えるとしばらくは槍の穂先には登らない方がいいでしょう。ジャンダルムや大キレットあたりも道が壊れてなければいいのですが…。

その後余震は深夜まで続きました。

翌朝、朝食。



うん、イラスト負けしてないし、美味しい!

今日は燕山荘を経て中房温泉まで降ります。
天気良し。


槍方面には朝7:30頃にヘリコプターが来ました。昨夜の北鎌パーティーの救出が目的のようです。かなり長い時間ホバリングしてました。こればっかりは登山者を責められませんね。とにかく人的被害がなかったことが救いです。




大天井岳~燕岳の道に崩落箇所はなく危険な思いをすることもなく通過できました。

さぁ、燕岳(つばくろだけ)が見えてきました。


燕山荘(えんざんそう)に到着。山旅もまもなく終わりです。

燕山荘ではモツ煮込みを発注。

合戦小屋にて。

燕岳は人気ですね。沢山の人人人。ワクチン接種も進んで皆さん行動し始めたんですかね。

中房温泉から少し先の有明荘にイン。


3日ぶりの風呂に入ってから~、これね。


初日こそ、小雨続きでしたが概ね天候に恵まれ素晴らしい山旅となりました。

次に山に向かえるのはいつになるかな。連休前半は
1人で遊びまくってしまったので、家庭への負債が貯まってしまいました。当面はそちらの返済が優先されることでしょう。

おわり




常念岳を下り、再び常念小屋に戻ってきました。
北上し、大天井岳を経て今夜の宿、大天井ヒュッテに向かいます。
山小屋だとテントがない分、楽ですね。テント泊だと食料込みでどうしても17,8キロの荷物になってしまう。

ナナカマドが赤い実をつけていました。、

安曇野の町が望めます。


標高2,500~3,000mはあと2週間位で紅葉のピークになるでしょうか。



歩いてきた道を振り返ります。


ほい、登頂。

大天井岳山頂は比較的広いので、賑わってました。三連休ですしね。

ここを訪れるのは2度目です。


そそくさと陽キャ登山家で溢れる山頂を後にし、大天井ヒュッテを目指し、標高を下げます。少し道が悪いが、注意すれば何てことはない。

かなり降りました。
大天井ヒュッテに到着。ヒュッテと大天井岳

ここでカメラの話を1つ。
私が使っているのはキヤノンのEOS80Dという一眼レフです。

これね。

他のカメラ同様、設定で色味を変えられます。

↓風景モードをつかうとこんな感じ。

↓スタンダード

ブログだとなぜか分かりにくいですが、風景モードだと色味が強すぎてあまり好きではありません。スタンダード1択で固定してます。

日が暮れてくるとまるでフィルターでもかけたようにあたりがピンク色に染まりました。


小屋での楽しみは勿論食事!
受付にイラストがあって分かりやすい!



さて、メシメシ!

この後、北アルプスを襲った地震により小屋は騒然とすることになります。

その④へ



朝5時前起床
横で仲間が朝の祈りをメッカの方に捧げています。
敬虔なムスリムになったらしい。
山小屋の固い布団で寝た後にカチカチになった腰を伸ばしているだけにも見えます。

さて、朝食を終えて外に出てみます。

おっ、今日は期待できそう。

西には北アルプスのランドマーク、槍ヶ岳が見えますね。

スカイラインがはっきりしてきました。


サンラーイズ!

モルゲンロートです。












イェーイ!

日が昇ったらザックはおいて常念岳までのピストンへGo!
標高差400mです。



ほい、登頂!

イェーイ!

いやー、雲一つありません。最高。

動画で山頂から360度をご覧ください。

さぁ、次は大天井岳に向けてGo!

その③に続きます。
シルバーウィークの連休を使って山旅に行ってきました。

明け方の中央道をひた走り穂高駅まで。

駅からはタクシーで一ノ沢登山口まで。
登山口にも駐車スペースはあるものの、連休は早い時間に満車になることが多く、狭い林道の路肩に停めるのは避けたいのです。連休の山行はタクシーでのアプローチが無難です。

午前9:20発

台風の影響で霧雨でのスタートとなりました。

コロナの影響で山小屋は間引き運転を余儀なくされています。今回2泊のうち1泊はテント泊となるところ、ギリギリで予約がとれました。
お陰で荷物が軽くなりました。

この日は1日雨。





烏帽子沢沿いに胸突き八丁と呼ばれる急登を上がります。

標高差1,130mを上がり、常念乗越と呼ばれる稜線上のコルに到着。ガスでなんも見えません。

13:20常念小屋着。
 コースタイムを30分ほど短縮して4時間で到着です。

早い時間帯についたので小屋はまだ空いていました。

夕方になり徐々に雲が取れてきました。

大天井岳方面も稜線が見えてきました。

綺麗な虹もかかります。

ブロッケン現象も捉えた(ちょっと分かりにくい)!


午後5時晩飯です。山の時間は下界より早く進みます。
夜8時消灯。

コロナ特別料金で小屋は1泊2食付で1万3千円。
勿論1人1室の個室なんてありません。割高になっていますが、小屋の経営を維持していくには仕方がないでしょうし、連休は満室になることからも需給バランスの結果ともいえます。部屋での飲食禁止の他、共有スペースでのマスク着用など制約はありますが、このコロナ禍でも運営していることは有難いです。

翌朝、午前5時朝食。
バランスが考えられた朝食が嬉しい。
テントだと十中八九、カップ麺だしね。


その②へ続きます。

ネットサーフィンしていたら、こんな記事が。


高市早苗さんのバイク歴


いやぁー、熱いなぁ。
裏六甲のコーナーを攻めていたなんて、なかなかバイク乗りの気持ちをわかってるじゃありせんか。
しかもあの「バリ伝」を読んでいたなんてねぇ。意外です。
政治家としては高速2人乗り解禁を後押ししていたんですね。怪我をしては有権者の方に申し訳ないと今は降りたそうですが、バイクに乗らなくたって怪我することはあるんだし、寧ろ乗りまくってバイク業界を活気づけて欲しいと思いますが、難しいのかな。
どなたが次の総理大臣になるのか、自民党員でもないワタシには選択権はありませんが、少しでも政治の世界に女性が進出して欲しいと常日頃感じております。


そうそう、BikeJINのバックナンバーをみていたら…、

遥かに見える利尻富士も美しいのですが、写っているのは私と同じ05年式ボンネビルではないですか!
オレンジ×ホワイトのタンクカラーが懐かしいな。

でもさぁ、やっぱりサイドスタンドの傾き急だよね。

おわり

去る日曜日。
グレムリン1号、2号がどこかに連れていけーとわめき出す。
大規模遊具が無料で楽しめる東京競馬場はコロナになってから締め切ったまま。近場の公園はもういきつくした。グーグルマップを見てしばし思案。
少し距離がありますがここにいくか。

川崎市生田緑地


学生時代は時々来ていました。

園内には国鉄時代の客車があり、


なかに入れます。
ボックスシートって何か旅情をそそられますね。
私が小学6年生の時、神奈川から札幌まで夜行列車で行ったことがあります。もう夜行列車なんて言葉は死語ですね。その時の車両もこんなボックスシートでした。その年は国鉄の最終年度。上野発の急行八甲田でした。青森からは青函連絡船。函館からは急行ニセコ。2日かかりました。勿論携帯電話なんてありません。友達と二人とはいえ、6年生にはなかなかの冒険だったと思います。座席を確保するために入線前の上野駅のプラットホームに座り込んで、自由席のシートを確保。帰省ラッシュだったので通路に座る人もいたし、それが普通でした。

写真はネットからの引用

その時の車両は↑これ。

とにかく車内は密集していたので、自然とコミュニケーションが生まれました。特にボックスシートだと向かい合うこともあり、話しかけやすい雰囲気があったと思います。
「どこまで行くの?」
「6年生2人で?凄いね!」
「お菓子食べな。」
向かい合った大人達は色々と気にかけてくれるばかりか遅くまでトランプで遊んでくれました。あの時の日産座間工場に勤めていた男性、青函連絡船の前で別れたけど元気にしてるのかな。もう35年前の話です。
今ではそんな鉄旅はないんだろうなぁ。

立派なD-51もあります。綺麗に塗装されています。

こうしてみると車輪でかいな。C-62とかはもっと大きいんだろう。

メタセコイアの林


枡形山
16世紀には枡形城があったそうです。
城のあったところには展望台。あれ?こんな感じだったっけ?

遊具もあってグレムリンたちも満足。


展望台からみる景色。天候が良ければスカイツリーや筑波山も見えるようです。
使ったお金は駐車場代400円のみ(笑)。ありがたや。
ただ駐車場は結構並びますね。20分ほど待ちました。



この日はスーパーで買ったイカのねぎ塩焼きを作って自分のご褒美としました。

おしまい




その① からの続きです。


歌に出てくるバイクの車種を特定しようと絶版車カタログをみながらあれこれ考えています。

さぁ、3曲目です。
中村あゆみ「真夜中にランナウェイ」(1986年)
 


「夢を待ちきれない…」
「大人になんかなりたくない」
「いつまで夢に生きていけるの」
「傷つくことに背を向けないで」

将来に対する不安と期待が入り交じっていることから、まだまだ多感な十代のカップルが主役と思われるこの歌。
「背中にしがみつけば  舞い降りる星の雫」とあるので、夜中にタンデムしていることが分かります。

86年に十代で買えるバイク…。50cc以上…。

これか!
suzuki ハスラー TS80(1981)

発売当時の価格15万4千円。
歌がリリースされた86年と現在の初任給比較で1.45倍になるので今の価格で22万円。5年落ちの距離のいった車体ならおそらく中古なら8万円程度(今の価格で12万円程度)で手に入ったはず。バイト代をつぎ込めば高校生でも手が届いただろう。
ただ2stの後部座席だと彼女の服にオイルがつかないか心配…。


4曲目
同じく中村あゆみで「boy's on the road」(1990年)
 


「3・・・2・・・1・・・GO!!」
で始まるこの歌は完全にバイクが主役。全編レースシーンを切り取っており、NHKの8耐総集編のテーマソングに使われていました。

市販されていないバイクは先のカタログには載っていないので、ネットから引用します。

やっぱ、これでしょ。

YZR750
TECH21カラーは近年、復活しましたね。
いゃー、格好いいなぁ。


5曲目はこれ。

浜田省吾「J BOY」(1986年)
 


バブル真っ只中の日本をサラリーマンの視点から切り取った歌です。
「仕事終わりのベルに」「夕暮れ時」「俺はネクタイほどき…」で始まり、「出世競争(サバイバルレース)に疲れた同僚は家庭も仕事も投げ出して逝ってしまった」と続きます。
終業のベルがなるということは比較的時間管理に厳格な製造業でしょうか。ただネクタイをしていること、熾烈な出世競争が繰り広げられていることから工場労働者ではないはず。ノルマを背負った営業マンでしょう。

バイクは以下のシーンで出てきます。
「午前4時、眠れずに  彼女をベットに残し バイクにキー差し込み 闇の中  滑り込む」
「水平線  昇る太陽の中  突き抜けたい」

彼女と寝ているのなら実家や寮ではなく一人暮らしか同棲か。同僚は既に結婚して家族がいる。厳しいノルマを背負っていることから、社会人としての経験もそれなりに積んでいるとすると、おそらく年齢は30過ぎか。であればそれなりに経済力はあるはず。

これか!

kawasaki GPZ750R(1985)

とまぁ、歌詞から色々と想像するのは意外と楽しい作業でした。

そういや、トップガンマーベリック、一体いつ公開されるんでしょうね…。

その③はどこかで…。



大分過ごしやすくなってきましたね。
夜、オフィスを出ると秋の空気を感じます。
そんな折、会社帰りに音楽を聴いていてふと思いました。
「バイクが出てくる歌って昔からあるけど、車種まで特定されたことってないよなぁ」と。
歌詞では普通名詞として扱われるバイクを固有名詞として特定できないものかと考えました。

以下お付き合い下さい。

参考にしたのはこれです。
絶版車カタログ(1960~1990)
英知出版(96年発行)

ではカタログ片手に一曲目。

「十五の夜」

歌の説明は不要でしょう。87年のリリースです。
車種を特定するには歌が作られた年代を知る必要があります。実体験に基づくものだとすれば尾崎氏本人は65年生まれなので80年ということになります。

歌の印象から何となくネイキッド系のゼファーあたりを想像していたのですが、ゼファーが登場するのは89年。80年はHY戦争全盛期で、バイクに求められていたのはひたすらにスピードとパワーだったはず。ではカウル付きバイクかとなりますが、乗り手が15歳となると当然無免許。無免許でいきなりシフト付きのバイクを操れるとは思えません。
更に盗んだバイクとなると普段から防犯への意識も低く、管理状態も良好とはいえない、つまりは日常の足代わりとして使われていた車体と想像されます。

オートマで無免許でも乗れて、趣向性の低いバイク…。

これか。

ホンダ、ロードパル(1976年)

どうだろう。

と、ここで「十五の夜   バイク   車種」で検索したらまさか本人が語っていたのね。びっくり。

興味がある方はググってみてください。
私の推測もビンゴとはなりませんでしたが、いい線行ってませんか?

実は今まではこの歌を聞くたびにバイクを盗まれたオーナーのことを考えてしまいあまり好きにはなれませんでした。ところが、盗んだのは彼の創作で実際はお兄さんの所有物だったそうですね。

「借りたバイクで走りだし~♪」としてしまうとやっぱりメッセージ力が弱いですね。
「盗んだロードパルで走りだし~♪」とすると何を盗んだのか分からなくなります。
きっと推敲した結果、あの歌詞が生まれたのでしょう。


続いて~、これ。

「未来予想図Ⅱ」

89年のリリースです。作詞作曲は吉田美和。ドリカムファンではないので吉田女史の実体験なのかは分かりません。
「卒業してから三度目の春」で始まるこの歌。リリース当時の89年だとすると3年前は86年となります。当時の女性の4年制大学進学率は15%以下、短大進学率と合わせても35%に届いていません。過半数は高卒でした。仮に高卒として21。今の彼氏はその時と同じとあります。彼の年齢が非常に重要なのですが同い年としましょう。86年、彼氏は18。免許は大型は試験場の一発勝負の時代ですから中免が妥当でしょう。18歳が買うのならやはり手の届きやすい中古ということになります。且つ車検は避けたい。タマ数も大切。

これか!
HONDA VT250F(1984年)。
実は後継のVTZ250を乗ったことがあります(兄のものでした)。なかなかパワフルなんです。VTは最近までバイク便で見かけていたほどエンジンは頑丈です。

歌詞は「今はルーフからの星を見ながら走ってる」と続きます。ルーフがサンルーフのことなのか分かりませんが、バイクに屋根はないのでクルマのことでしょう。
順調に交際を続け3年経った今の足はクルマとなったことが伺えます。一方でVTは売りに出されたのでしょうか。あの時バイク便でみかけたVTはあの未来予想図で出てきたバイクと同じ車種だったかも。

続く………。


10個で300円。



水200ml
酒200ml
みりん大さじ3
醤油大さじ3
チューブ生姜小さじ2
砂糖小さじ1

落し蓋

弱火で

15分

しばし冷ましてから…、

出来上がり!

もうちょっと安いといいけどね~。


2年に1回、車検の年にフューエルワンを入れています。

ガソリンの1%、とりあえず100mlをば、






フューエルワンの効果はネットで沢山出てきます。1,500円少々ならば子持ちリーマンライダーにとってもお財布に優しい。

続いて、ワークマンでイージスリフレクトを物色。
もう冬物が並んでいました。

パンツをお買上げ。
ワークマンのサイズはワンサイズ上になります。
ワークマンフリークにとっては常識ですが、サイズ表記は一般のアパレルと同じにした方がいいと思うんだけどなぁ。

左が今回購入したイージスリフレクト。
右がイージスプロ。

イージスプロは釣り用に転用するかな。

ワークマンはマジ神。
アマゾンとワークマンがないともう生きていけません。

そうそう、買い物ドライバーのついでにスーパーでこんなものを見つけた。

サワガニが売っていたよ。
一匹50円。


冷凍食品と一緒にかごにのせられる生きたカニ。

食用から飼育用になりました。

娘2号、「まだ死なないの~?」

飼うんじゃなかったのかい!