今年の夏も、終わりに近づいてきました。

大雨の影響か、秋の入り口がいつもより早く来た感じがします。

 

前記事では、大変読みにくいものを提供してしまいました (_ _*) ha~

8月に入ると、原爆や終戦のことがやっぱり真っ先に浮かぶんですよね。

でも結弦くんのことも書きたいし。で、結び付けちゃうの。で、ああなる。ha~

(アメリカを悪く書いちゃったけど、どこも同じだよね・・多少訂正しました )

 

今ですね、ブログのことをもう少し何とか、

もうちょっと読みやすくできないか、デザインを見直してるところです。

(・・あたまん中を変えない限り何やっても同じ気もするけども。)

 

 

 

 

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いよいよ、結弦くんのアイスショーが迫ってきましたね。

 

24時間テレビ44  想い~世界はきっと変わる~

 

 8月22日(土) 13:45 ~ 14:15 (?)

 

 

結弦くんのメッセージ・・

 

 

 内容は以下の通り・・

笑えなかったり苦しい時だったり、たくさんあるんですけど、

それでも前を向いて一歩ずつ歩いて行こう、という想いが届けばいいなっていうふうに思って

たくさんの方に支えられて僕は滑っているんだなと強く思っているので、

僕が滑っている = 皆さんと一緒に滑っている

皆さんの力と皆さんのエネルギーみたいなものと一緒に滑りたいなと思っています。

 

 

 

 

 

今年はどのプログラムを見せてくれるのかな。

「震災から10年の節目に」とあるので、気になって。。

 

結局、過去の映像など、今日に先立ち、流れをもう一度追いました。

すでによく知られているところだと思いますので、自分用のまとめです。

 

今ある結弦くんは、被災地のことなしには語れない。

震災直後に立ち上がるときに起きた、結弦くんの葛藤。

被災地の人間の自分が、スケートやってていいのか、という自責の想い。


 

 

 

 

2011年の震災直後、結弦くんはスケートしてる場合じゃないと、あきらめた。

でも同じ高校の野球部の頑張る姿に刺激され、やる気を出す。

 

将来を嘱望されていたことで声を掛けられ、都築先生のいらっしゃる

横浜のスケートクラブで、震災から10日後に、練習を始めていった。

 

この幸運が、返って彼を苦しめることとなった・・

 

 

 

この時の(12回目の)「逃れていて」という響きが・・

詰まってましたよね。。

 

 

他の人ならどうだったろう。

こんなに悩んだだろうか。

 

普通だと、申し訳ないと思いながらも先生方々の好意なのだからと、

感謝してそのまま流し、普通に練習していくんじゃないんだろか。

(自分ならありそうだと思ってしまった・・)

 

そこで踏みとどまって考える、結弦くんの深い人柄が伝わってくる、

わたしたちが知る羽生結弦選手の、大きな始まりを教えてくれる、

ここは大事な大事な、場面ですよね。

 

 

 

それから、ちょうど神戸で4月9日に行われるチャリティーに呼ばれて、

アイスショーに出演した。

 

 

後ろで、うつむいている宮本さんがいる。

リンクインする結弦くんは、顔を上げる・・

 

能登さん、よく捉えたよね。 (´;ω;`)

 

 

 

 

そうしてホワイト・レジェンドを演じ切った時。

凄い歓声が沸いて・・

 

都築先生の解説のことばがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

湧き上がる拍手に心が動いて、自分はスケートしていいんだと、

スケートしていく気持ちに変わったんだよね。

この、傷ついた白鳥が立ち上がるプログラムホワイトレジェンド。

演じたことで、まさに自分が立ち上がることになった。

 

だから、都築先生の言われるように、スケーター羽生結弦にとって、

忘れることのできないプログラムになったのでしたよね。

 

羽生結弦というスケーターの大きな根源になったと思う

大事なので繰り返しました。

 

 

4月からは八戸を借り拠点としアイスショーで練習を重ねて行って。。

7月24日にアイスリンク仙台が再開されて、結弦くんは仙台に戻るのね。

 

アイリンに戻ったとき、久々に逢った

 

この抱きしめ方が・・

なんかもう、ため息がもれました・・

 

結弦くんの、愛情の深さ。

すごく、すごく、感じるシーンでありました (´;ω;`)

 

 

 

結弦くんは、この後もしばらく悩んだのね。

 

被災地の希望とか言われることに、重荷を感じて。

 

 

馴染みのお店のおじちゃんに、「がんばれ東北」て書かなくていい、

自分が頑張る、そうしたらみんなが喜ぶ。って言われて、解放され、

 

そして、2012年の世界選手権で銅メダルを獲った時、

 

 

自分が支えてるんじゃなくて、みんなに支えられていたんだって、

お母さまに言われて気が付いて。

 

3月に怪我をしたまま試合を迎えました

自分だけの力で進もうとしていた自分に

皆さんの頑張れという声で力を与えてくださいました

その時ようやくわかりました

僕はひとりでスケートをしているわけではない

ひとりで生きているわけではないんだと

       (東北ハウス応援団就任のときのメッセージより一部抜粋)

 

ソチで結果をとって恩返しにつなげることができたのも、独りでは

できなかったと、皆から力をもらっている自分を、感じるようになった.。。

 

ここがひとつの区切りの時期になるのかな、と思います。

そして。

 

 

オリンピックで、正直、金メダルとったからって、何もできていないことに、

無力感を覚え、

 

 

その気持ちを抱えたまま、被災地を訪問した時、

 

 

 

 

応援の寄せ書きをくれていた石巻の湊中学の生徒たちに喜ばれ、

自分の金メダルが被災地の多くの人をを元気づけていることを知り、

 

 

翌年には、福島のいわき市の仮住宅にある裁縫教室を訪問し、

みんなが結弦くんの金メダルに元気づけられたこと、

金メダルが役に立っていることを、実感していきました。

 

 

 

 

ケガを抱えての(癒えてないのを隠しての)平昌に出場し、

奇跡の優勝を遂げた時、

 

 

あの時の皆さんたちも、TV観戦で、優勝に湧き・・

 

 

 

 

 

結弦くんはやっと、胸を張ることができると、言ったんだよね。

自分は返すことができたと。

 

これが二つ目の区切りになったのかな。

結弦くんの想い、ということでみると。

 

そして、

 

オリンピックというものを通して、フィギュアスケートというものを通して、

被災地の皆さんとの交流を持てたことも、繋がりが持てたことも、

笑顔や、葛藤や、苦しみを感じられたことも、心の中の宝物です

今年3月11日、被災地方々へ送られたメッセージから一部抜粋

 

ひととの繋がりという宝物ができ、苦しんだことさえも宝物に変わった。

 

 

 

単に被災地を助けるというのではなくて、同じ位置に立つひとりとして、

ずっと、気持ちを寄せ続けてきた想い。

 

その想いには、上から目線なるものが一つもなく、

そうすることが自分にとっての救いだとする結弦くんの純粋さ、清らかさ・・

胸が熱くなるばかりです。

 

 

そして、いま、次の段階に入ったのかな、という気がしてる。

 

 

 

結弦くん自身のこれまでのまとめ、そして満天の星のことからの抜粋・・

僕もその小さな光のひとつになれるよう

これからも努力し続けます

 

今、コロナ禍や自然災害に翻弄され、厳しい世の中をを生きるたくさんのひとに、

あの震災の時のように、

一緒に前を向いて歩いて行こうと呼びかける想いのようなものが、

結弦くんが発信する数々のことばから、伝わってくる、今日この頃です。星

 

 

 

 

 

 

長くなったけれど(画像がいっぱいで)、

今、あともう3時間後に迫ってるというタイミングでの記事アップですが・・汗

 

震災から今日まで歩いてきた結弦くんの想いを、自分なりにまとめてみました。

番組でまとめて下さると思うんですけどね。 (_ _*)

 

 

プログラムはなんでしょうね。

 

笑えなかったり苦しい時だったり

皆さんの力と皆さんのエネルギーみたいなものと一緒に

 

マスカレイド?と思ったけれど、オーディエンスと一緒な感じのもの・・

・・レミエン、レックレもありかな??とか。

 

被災地への想いに重きが置かれるなら花咲く(もれてたので追記)、

世界が変わる、ということで行くなら、クリメモをぜひ キラキラ  と思ってるところです。

                   ↑

                  ※ぜんぶ、NGものでしたね。 

                                                   ホワイトレジェンドのこと書いていながら、苦笑・・               

 

前情報を知らせないというのが、なにかサプライズ企画してるんですかね。

大物がコラボで登場するとか・・?それともお初物とか?

楽しみがわくわくしてます ( ღ’ᴗ’ღ )

 

 

後からまた、感想を追記(又は新たに投稿か?)しますね 星

 

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追記です。観させて頂きました。

・・もう、なんていったらいいんだろう・・

 

美しくて、やさしくて、強い って言ってくださってたけど、

(このタレント名がわからない)

 

 

結弦くん・・

 

 

あの震災の時と今とを重ねた想い

 

立ち上がる姿

(そこからの10年の道のりと、強く生きていこうという想い)

 

 

 

 

笑えない今を笑顔にできるように、という想い         

 

 

ありがとう・・

 

(泣いてます)

 

 

 

 

 

 

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8月も2週目に入り、虫の声がよく聞こえるようになりました。

焦げつくような暑さと雨の前後のムシムシの繰り返しのなか、

少しずつ、季節が秋に向かっているのを感じます。

 

東京オリンピックも無事に終えて、良かったですね。

 

 

 

わたしは、オリンピックの戦いより、JIMINのほうに行ってしまって、

ちょっとだけ旅に出てましたw

ヒロシマの日となって、あわてて別記事にして、書いております。

(そしてもう、9日も終わる・・汗)

 

 

 

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6日の夜中、1年前に一部しか録画できなかった番組の再放送が、ありました。

 

 NHKスペシャル  選

 「証言と映像でつづる 原爆投下・全記録」

 

原爆関連の番組はまだありますが、とりあえず、この一つの番組から・・

アメリカによって、二度にもわたって原爆投下を受けた経緯を知っておきたくて、

少しまとめてみました。

 

 

 

 

原爆投下の指令を出したのは、アメリカ軍の原爆開発計画のトップNo.2でもあった、陸軍のトーマス・ファレル准将。アメリカ軍は、秘密裏に原爆投下の準備を進めていました。

1945年7月16日、人里離れた砂漠で人類初の核実験を行い、その威力に驚愕しながらファレル氏は、一網打尽に日本にダメージを与えることができることを確信しました。

日本による真珠湾攻撃とバターンの死の行進から、何十万のアメリカ兵士を救うことができる、そして、たとえ何が起ころうと、それが正義なのだと、ファレル氏は信じて疑わなかった。

(つまりファレル氏には、これからすることを正義と断定できるほどの、日本への憎しみの感情があったわけです。)

 

グローブス少将とファレル准将

 

真珠湾戦争が形勢逆転し、優位に変わったと見るや、7月26日、アメリカは無条件降伏を迫るポツダム宣言を連合国として日本に発令した。そこには、これを拒否した時に、予告なく原爆を落とす、ということが隠されていた。そんなことを夢にも思わなかった日本では、降伏を巡って内部対立が起き、宣言を受諾する意向の東郷外務大臣や昭和天皇に、軍部は猛反対し、決議には至りませんでした。

 

アメリカ軍はテニアン島に実戦部隊を集め訓練を行い、エノラ・ゲイに核爆弾を積み込みます。原爆の威力を評価するために、空爆がまだ落ちていない広島などが選ばれました。そして原爆を落とすまでは、決して広島に他の爆弾を落とさないようにとまで指示されていました。


そして宣言を受け入れる様子がないと見なされた日本の広島に、8月6日、予定の原爆が落とされました。

 

エノラ・ゲイから撮影した直後の上空

 

原爆を投下したアメリカ兵士たちは、その爆破したときの衝撃や巨大なきのこ雲の不気味さを上空から見て、二度と見たくない光景を目にした、と言っていました。これらの兵士は称賛されました。そして投下を指令した時のファレル氏は、とても興奮していたという。。

 

人類史上初めての想像を超える破壊力。日本の軍部に走った衝撃は大きく、日本の敗戦はこれで見えていはすだった。けれど、日本が原爆の威力を知るにはもう1発落とす必要があるという捕虜のことばを理由に、たった3日後の8月9日に次の原爆が長崎に落とされたのでした。


アメリカ軍は原爆の威力を世に知らせるために、長崎への投下の時にニューヨークタイムス紙のウィリアム・ローレン氏に取材させます。そのローレンス氏は、長崎への投下の前夜、日本の夜空の下に眠る多くの民を思い、こんなことを手記に書いていました。

「(前略)私は運命そのものだ。今夜が彼らにとって地球上で最後の日だということを知っている。もうすぐ死ぬ可哀そうな悪魔に、人は同情や憐れみを抱くだろうか。(中略)決してそんなことはない。」

 

番組で見る写真は、あまりに無残で、吐きそうになりました。被爆して、真っ黒こげになって人間じゃない別物の丸焼き(手足も顔もいびつ化している)になって、まるで心など持ってない塊のように顔も変形し、転がっていたり。丸焦げの頭蓋骨となり丸まったままの婦人とか。正視できないものばかり。

 

これはその、黒焦げの亡骸です。

左足と幽霊の手のように曲がった左腕だけにカットしまし

頭部まで全部映っていたのですが、そこまで載せたくなくて。

ごめんなさない汗

「虚空をつかんだ幽霊のような姿」と形容されてます。

 

屈辱的な成り行きに降伏を巡る意見の対立が続いたあと、軍部の抵抗が抑えられ8月15日、ついに天皇による終戦の宣言が行われました。アメリカは、実は第3弾目を用意していました。日本がもし、降伏をさらに先延ばしにしていたら、次には、東京の皇居に落とされるところでした。

 

・・・

 

 

原爆が落とされた翌9月、アメリカ軍は原爆の実態を調査するために来日して各地を回りました。そしてその惨状を見て、初めて、自分たちが行ったことの重さを知らされます。海兵隊のジューオダネル軍曹は、その残酷な光景を撮影していくうちに、それまでの日本人に対する憎しみが消え、同情に変わっていったのでした。。

 

これは、まとも・・

 

ファレル氏は、自分が原爆投下を指令したことの結果を突き付けられた。そして、1961年には、自分の手記に、こうまとめていました。

 

「広島と長崎は、このとてつもなく強力な兵器が、我々によって、そして我々に対して、決して使用してはならない理由を示す、恐ろしい証左である。」

「原爆をコントロールできなければ、そして国々が共に生きることを学べなければ、以下のことばが、いずれ現実となるだろう。」

 

-世界の大都市とそこに住む人々は、徹底的な破壊と、突然の死に直面する-   

 

 

・・・

 

 

なんとも酷い、人類史上最大の汚点。広島、長崎の方々には、ほんとうに、いつまでも忘れるわけにはいかない出来事だったと思います。

 

広島・長崎への原爆投下は必要だったのかと、正当性が議論されるようになりました。つまり、ポツダム宣言で十分有効だったはずなのになぜ原爆を使ったのか・・?ということです。

 

原爆を落とさなかったら、ソ連が攻め入って北海道は大混乱に陥っただろうと言われますが、それは問題のすり替えにしかなりません。

 

特に問題なのは長崎への2発目です。「長崎へのさらなる投下は必要だったのか」世論で上がった疑問に、ファレル氏の上司であるグローブス少将は、犠牲となった兵士の家族から責められるから止めることは難しかった、と理由を述べていました。

 

 

 

 

ここまで至った当時の世界の背景ですが、もともと第二次世界大戦のきっかけになったのは、一つには1929年の世界恐慌があったことでした。路頭に迷う国民を救うための手っ取り早い手段として、アメリカが武器の大量生産を手掛けて行った・・

 

それから西欧の各地でも撃ち合いが始まり、1939年8月のドイツのポーランド侵攻が引き金となり、第二次世界大戦に突入していった(ここはWikiで調べた)。西欧の列強国に肩を並べる如く、領土拡大に突き進んでいた日本の、1941年12月の真珠湾攻撃で、世界大戦が激化していったんですね。

 

日本が恨みを買うような形になったのは残念なことだし、仕方がなかったと思うけど、その恨みをアメリカが返すために採った手段は、もっと、もっと、ひどいやり方でした。

 

なぜ、一般市民なの?と思う。やっぱり威力を試したかったではないの?とか。ファレル氏に対してというより、原爆を開発し計画を進めたトップの人物に対し、疑問が積るばかりなんですね。


 

アメリカは、自分たちは謝罪すべきではないという姿勢をずっと張っている。自分の非を簡単には認めない、それ、アメリカ(だけではないと思うけど)の文化の地盤にあると思うんですよね(断言はしません、もし間違っていたら、どなたか教えてくださいませ (_ _ *))。

 

日本は今でもまだアメリカに謝罪を迫ってはいないようです。優しいのか、気が弱いだけなのか。ただ、言うべきことが言えない日本の姿、というのはずっとこれまで続いていました。

 

日本の要求があってもなくても、個人的には、すすんで謝罪できてこそ、アメリカは大国の器と言えるんじゃないかと思うんですが。あるべき姿っていうのを、やっぱり当てて見てしまうんですよね。

 

政治に疎いので、日本政府がアメリカに逆らえない何があるのか、よくわかりませんし、政府が核禁止条約への署名と批准をなぜ拒むのか、また、被爆された方々の傷や痛みを無視してはいないかと、考えてしまうんですよね。。

 

 

※肝心なことを書くのを忘れてました。追記します。

 

アメリカのことばかり書いてるけど、日本軍も、残忍なことをしたところがあると思います。そこに向き合って、アメリカに謝意を示したのかな。相手がどんなであっても、誠意として自分側から示していくことが大事ですよね。あまりに基本的なことで、すっかり抜けてました 汗

 

 

 

 

 

 

あ、そうそう、2014年の中国杯でハンヤンとぶつかってケガを負いながら、真っ先にハンヤンのところに謝りに生き、ハンヤンを心配していた結弦くんのことを思い出しちゃったな。

 

 

 

傷付け合ってしまったからこそ(と言っても傷ついたのは体だけど)、生まれる絆もあると思う。

相手が謝ってくれる、というところから、こころからのつながりが生まれるよね。

 

「共に生きる」って、駆け引きですることじゃないと思うんだよね。。

 

そういうことを、アメリカのトップの方々は、お考えにならないのかな。日本は、そういう思想とか哲学とかの土台があるはずなのに、示していくべきではないのかな。

 

お互いの国が本気を出せば、あきらめなければ、戦争をせずに解決する道が必ず開けるという道を開くために。結弦くんみたいに高い意識をもって、頑張っていっていかれることを、願ってます。

 

 

 

 ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・

 

 

先述のジミンも、すごい好青年なんだけど、原爆のきのこ雲と万歳する朝鮮国の人たちの絵のTシャツ。どういう経緯であれ、着てしまった以上は、あれがジミンの正直な思いなのかな???と、ちょっとわからずにおりますが。。

 

日韓のぎくしゃくのことは正直わからないです。日本は確かに虐待した罪があるけど、韓国の主張のように、謝罪がたりないのかしら・・?ジミンもひきずってるんだろうか?

 

でも・・ジミンは日本語で一所懸命語っている動画もありましたので、反日というわけでもないみたいですし。結弦くんがBTSに嵌ってる発言が韓国のファンダムで話題になり、盛り上がってるのを見ると、お二人の存在が日本と韓国の橋渡しになってくれるかもしれない、なんて甘い期待をしています星星

 

 

 

こうしてずっと書きつづっていると、何かと結弦くんが浮かんでくるんですよね。

 

戦争とは全く違う場所だけど、先ほどのように厳しい局面に出くわすこと、たびたび。そして厳しい局面になればなるほど、結弦くんのたたかいは外にではなく内側に向き、乗り超えてきたときには、どこかひとつ大人になった羽生結弦が来てるのね。(郷愁・・)

(・・これ、似たようなことどなたか書かれてたかな?真似したくないのだけど、重なってたらすません~)

 

そんな結弦くんのたたかいが、また始まってる。

結弦くんが今シーズンのたたかいに、向かう気持ち・・しっかり、感じていきたい。。

 

それと、戦争には直接関係ないけれど、現代社会に生きて、出てくる感情・・いろいろありますよね。結弦くんはひと一倍、感情というものに敏感だし、みんなの感情を大切にしてますよね、それがたたかうことと直結してることが多いし、結弦くんのプログラムは、ほとんどが「感情」を裏テーマにしてるのかな、と思うこともあります。

 

 

たとえば「天と地と」ともつながっている感じがしているんですが、どこかで、書きますね。

 

 

 

原爆~戦争の記事に結弦くんのことまで詰め込んじゃって、

なんだかまたまとまらなくて、話が広がってしまいましたが、

またぼやけてるかもしれませんが汗

 

でも、とにかく書いてみました~

UPします・・・星

 

 

  ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・

さらに追記しておきます。8月14日、記事投稿からすでに5日後ですが。

 

ここに載せるべきか迷いましたが・・

 

スポーツと違って戦争は、たたかう理由にあるのは感情的な対立が大きいと思い記事にしましたが、そうではなくて、戦いをしかけている国もあるんですよね。それは知っていましたが、

原爆については、わたし自身、あまり知らないところがありました。

 

アメリカはなぜ謝罪しようとしないのか。駆け引き的と書きましたが、紳士国でもあるとも思っているんですよ。だから、非を認めたら謝罪する、それは当然としているだろう、それなのになぜ、と思っていたところなのですが。。

 

この原爆関連の他の番組「原爆初動調査・隠された真実」を見て、ぼやけていたものが見えてきた気がしました。

 

結局、アメリカは原爆を使いたかった。そして、広島・長崎で実験したかったんでしょう。そして今後も、どこかで使いたいってことなんだと。

 

ちょうど泊りがけの客人が来てたんですが、原爆のことでそんな会話をしたときに、もうそんなことは周知のようなことだと話してましたね・・

 

たたかう理由に感情は要らない。

そして、ファレル氏をはじめとした戦士たちの憎しみの感情が、戦う理由に使われる、そう考えたほうが、少なくとも、この原爆投下のことに関しては自然なのではないかと思いました。

 

このご時世、結弦くんのことで浄化したいことがいっぱいなのに、

暗い話で、ほんと、読者の方には申し訳ない・・

 

でも、こういう話も大事だと思うので、ときどき、入ります、お許しください・・ (_ _ *)

 

 

 

 

 

 

 

 

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東京オリンピック、そろそろ開会式が始まろうとしているところです。

 

コロナ禍が大きく影響したんでしょうか。

直前のドタバタ劇が繰り広げられ、関係者の方々は大変だったこととと思います。

延期になったことから、いろんな問題が浮上した大会になりました。

 

 

東京開催が決まったのは、2013年9月でした。

 

東日本大震災の復興を掲げて開催地の名乗りを上げるのは、早すぎるんじゃないか・・

と思いながら、わたし、開催決定に沸き立つ方々を見ていました。

 

普通の地震と違い福島の原発の問題があっただけに、わたしの中では、無理があるように

感じていた、東京大会でした。

 

 

 

2015年に結弦くんがソチで獲得した金メダルを持って福島を訪れた時も、

2016年に岩手を訪れた時も、復興から取り残されているところもあるのを知って、

オリンピック準備にかける費用は復興に回してあげられないものか、と思ったものでした。

 

 

それでも、修造さんと一緒に、東京オリンピック2020に声援を送っていた、結弦くん。

 

 

開催のいきさつがどうであれ、この度のコロナ禍での無理やりな開催に、時の権力者たちの

思惑が渦巻いて、スポーツが利用されているとしても、

 

自分の限界に挑戦する、純粋なアスリートたちに、声援を送り続ける、結弦くんを見ていると、

自分は後ろ向きすぎるなのかな・・、と、オリンピックに向ける気持ちを変えているところです。

 

 

こういう自分ですから、開会式の聖火最終ランナーは結弦くんを大希望・・

 

結弦くんが出れば良しとしする・・という自分の、この、軽さ・・( ゚∀゚ ;) w

 

ストックホルムや国別での体験を経ている結弦くんが、開催に肯定的なのだとしたら、

(あれ・・?肯定的だっけ?選手にはエールは送ってるけど・・?・・)

それなりの確信ができていってのことだと思うので、推しに沿っていくだけです。

(政治家への不信感はまた別です・・)

 

橋本さんというのを思うと、最終ランナーの可能性は低いかもしれないけど、

・・あ、でも・・

 

こないだ、2015年のNHK杯を観たんですけど、橋本さん、彼を認めてはいるんだよね。

世界初の300点越え果たして、優勝メダルを当時スケ連会長だった橋本さんから首にかけてもらったとき、

橋本さんが結弦くんとがっちり手を握り合って、一緒に喜んでたのを見て、意外で、新鮮でした (*´︶`*)。

 

この聖火が福島の被災地から出発したのが「復興」への思いを籠めたものなら、

結弦くんがずっと、被災地のために、寄付や支援を続けているわけでもあるし。。

 

夏冬関係なく選ばれるなら、やっぱり結弦くん、しか考えられないな。。

 

結果して、そのような舞台に立たなかったとしても、結弦くんが、すでに、ジャンル違いの

多くの若手選手に影響を与え尊敬されている、そんな存在になっている。

それを知るだけでも、誇らしく感じます。

(聖火最終なるかならんかは、大したことじゃないのに、気になってるわたし・・?( ゚∀゚ ;) )

 

 

 

その結弦くんが、アスリートたちの、限界に挑戦する姿にエールを送ってらっしゃったね。

 

 

 

そして、東北から、支援への感謝とPRのため、東北ハウスが秋葉原に登場し、

8月7日までリアル、8月24日からはバーチャルで開催されるらしいですね。

 

 

 

 

東北ハウスの応援団に就任した結弦くん。

結弦くんが東北ハウスの開設に寄せていたメッセージ。

 

 

 

被災して、立ち直るモチベーションとなった復興の思い。

同時に抱えていた自責の念と、応援をもらって一緒に頑張るという思いから、

結果を獲って、恩返しができたと思えた時、その時に見たたくさんの笑顔から、

 

あの日の満天の星がフラッシュバックし、

たくさんの笑顔が星々に重なっていたと気づいた、という、

 

「僕ひとりでは、何もできませんでした」

というひびき。

 

もう、涙腺崩壊・・


 

結弦くん・・きみはほんと、ひとを感動させるために、生まれてきたんだね。

結弦くんが初めて(・・かな?)語る、自身のスケート人生のドラマ。

世界中の人に、聴いてもらいたい。。

 

自分独りの力だけではできなかったということばは、

ギリギリの限界まで、やり遂げる人だからこそ、ひびくことば。

 

しかも、そこには結弦くんの、ひたむきな、本当にひたむきなまごころが、

ずっと一緒だったからこそ、その声を聴いたとき、

たましいが揺さぶられ、、こんなにも、涙が出るのかな、と思いました。

 

 

 

 

 

 

さらに、結弦くんは、星々の輝きだけでは終わらなくて。こう言ってる。

 

 

ひとりひとりは小さくても、

満天の星空のように

みんなで集まれば

ひとつになれば

大きな力になると信じています

 

僕もその小さな光のひとつになれるよう

これからも努力し続けます

 

 

結弦くんのことばは、感情を動かし、それを力に換え、一つに集めていく・・

そんな力があるな・・ (浄化力と求心力・・)

なんてことを思いました。。

 

 

 

今回の開会セレモニー担当者の入れ替わり劇の問題になった方々の人選問題もあるし、

五輪関係者だけを特別扱いする政府の矛盾した姿勢に、世の中のいろんな闇が見えて、

いやになるものがありますけど、

 

あの、小山田圭吾氏にしろ、小林健太郎氏とかのことも、犯した内容は許容されるべきでは

ないけど、でもこころから償ったのであるなら、また活躍の機会が与えられてほしいし。

(ひとは学ぶために生きてる・・過ちから、学ぶことができたなら、大きな宝になる・・そこが大事)

 

菅さんだって、わたしはほとほと嫌になって見てたけど、あの、生気を失ったような

目を見ていると、大丈夫かなあと、この方も、言えない事情を持ってそうで、

気の毒でもあります。

 

責め合ったり、分断したりするのはしかたないことだったと思うけれど、

融和を目指すっていうか、合意点というのを見いだしていくこと、

積極的にやっていくこと、忘れちゃいけない。。

 

 

 

結弦くんのメッセージにある、

 

 

 

 

これね・・

 

東北の皆さんから結弦くんが得た力とは違うかもしれないけれど、

日本で、世界で、今わたしたちに求められてるもののヒントになるのではないかな。

 

いや‥求められてるのはずっと同じだったけど、気付く機会変えるきっかけがなかった。

コロナ禍の困難な状況って、それに気づく、変わるいいチャンスだったんではないかな。。

 

今からでもいいので、

桑田さんも、「ここから始めよう」と歌ってくれてるし。

 

世界のいろんなところから来られる選手の方々が、こんな状況だからこそ、

融和の土台をいちばん持っているこの日本で、共に過ごされる、時間、空間のなかで、

共感しあい、共に感動できる温かいものを、この大会で得られることを、

 

ほんとに、ちっちゃなことでもいいので、光るものを感じて行かれることを、

こころから願ってます。(*´︶`*) 星

 

 

 

 

結弦くんは、大きな光だよね。

 

わたしこそ、ちっさい光のひとつに、

せめて、なれるように、言い聞かせます。星星

 

 

 

 

 

  ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・

 

 

そうそう、前記事、なんか壊れてる感じでした。。(つ﹏⊂)

あとから修正しましたが、結局整理ついてないまま記事にしたなと反省・・

(ちょくちょくやらかしてるね 汗 ほぼ毎回か・・?汗)

 

どこかで修正してまた触れるかもしれません。

あれでもいいね下さった皆様、ありがとうございます (_ _*) ブルースター 

 

 

 

 

 

 

 

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衝撃のマスカレイド楽日から1週間。

 

初回放送、観た時も、次の夜を観た時も、落日も、

涙がにじみ出し、ため息の繰り返し。

しばらく、ボーっとしてました。。

 

TOSHI さんの生歌とセットでなければ演じないだろうと

タカくくってたんですが、みごとにやられた。

もう、TOSHI さんも、びっくりでしたよね (。´艸`。)

 

ほんとは、Number を読む前に

記事をUPしてしまいたかったんですけど、

 

なんだか、書いてるうちに書きたいことが、

どんどん変わっていくので、今日になっちゃいました。

 

 

 

 

 

 

静かな、表情で始まる、

哀愁を帯びた大人のマスカレイド・・

 

 

 

え・・と、

結弦くん、マスカレイド選曲のことに触れていましたね。

 

Quadruple Axel 編集部 のツイで紹介されていた一問一答が

なかなか貼れないので、こちらで・・

 

 


 

―「マスカレイド」を選んだ理由は?  

 

「なかなかこのプログラムは

演じる機会というのがなかったですし、

ただあのときとは違ってもっと大人になって、

もっと表現したいことだったりとか、

もっと客観的に何か感じてもらえるものが

この世の中だからこそ増えたんじゃないかなと思い、

自分のなかで演じたいなと思い

このプログラムにさせていただきました」

 

 

 

結弦くん、公演の演技直前の自己紹介でこんなことも言っていたね・・

今シーズンに向けての抱負ね。

 

「昨シーズンは特殊な状況下でしたが、

これからの人生全てにつながる、

大切で大きなものたちを学びました。

そして今季は、自分の最大の夢に向かって、

全力で努力していきます」

 

 

 

ちょっと控えめに・・

若杉さんのこれ、ぜったい買い、だったな・・泣

 

 

 

 

 

特殊な状況となった昨シーズン。

「大切で大きなものたちを学んだ」って。

 

スケートやる意味を自問するところまで追いつめられたけど、

悩まされたのは、その前からずっとだったよね。

 

コロナ事情もあって、それがまた、さらなる不条理を呼び込んで、

その後のセセンで、そして国別でのアクシデントが輪をかけて。

 

一方で、こんな状況でも、スケートしていいんだ、

自分の好きなスケートで皆とつながれば光を生み出せるって、

スケートする意義を確信できた。

 

 

 

良いことも悪いことも全部、学びの糧にできた結弦くん。その上で、

 

北京金への期待をバッサリ、斬り捨てるように、4A宣言したときは、

口にしたくない思いを胸にしまい込んだようにも見えた。

 

 

 

 

この3年間、結弦くんは充分すぎるほど、苦痛を味わった。

味わった分、結弦くんは技術がさらに磨かれただけでなく、

にんげんとして、懐がさらに深くなったように見えます。

 

懐が深くなったってことは、ひっくり返すと、

それだけ、声に出して伝えたいことは、てんこ盛りで、

懐の奥に、しまい込んだものが増えたってことよね。

 

(追記:もちろん、それは、悪い意味でのことばかりでもない・・)

 

 

風呂でガン泣き、か・・

(結局、読んじゃったよ・・)

 

 

 

 

 

TOSHIさんの「マスカレイド」を歌う前半の声は、

すごくやわらかくて、ぬくもりに満ちていて、

滑っている結弦くんを、柔らかく包むようで、

 

胸の奥に押し込めてきた思い(荒れた感情のほう)

が表に出てくるのを、促しているかのようでした。

 

TOSHIさんの鋭い歌声で、その思いが切り出され、

結弦くんがそれを、

 

こちらは7/10(土)のほう 昼・夜どっちだったかな

 同日のもう一方、ここクローズアップじゃなかった

 

引きはがして、叩きつけて、

 

 

 

 

最終日には、焼き尽くして、

 

ついに、宇宙の彼方に、葬り去った・・ → 宙にほうった

 

かのようでした。

 

もう、ほんと・・

 

 

最終日7/11(日) 画面の揺れが・・(_ _*)。

 

 

あ~~ すごかったーーー

 

妙な、すっきり感・・

 

 

あの絶叫は、本人も予定していたわけではないでしょう。

 

でも、タイミングも、あのハイトーンも絶妙。

こういうところが、結弦くんの感性の凄さ。。 は--- ・・

 

TOSHIさんは「不死鳥の雄たけび」と仰ってたね。

 

 

 

 

 

 

公演のまえに結弦くんは、こんなふうにも言っていた。

 「今回の僕の演技は、

エネルギーをすべて出し切るところをぜひ見て、感じ取ってください!」

 

 

北京の金以上に美4A。ってことは、大変な目標だと思う。

試合の日程も大変だし。

チキちょーって思ってる(思ってるのはわたし)。

 

そんな大変な条件下、結弦くんが、ぜんりょく で努力していく、

っていうのは、少なくともちょっとやっただけでネを上げる、

わたしみたいなもんの全力とは、わけが違う。

 

それをぜったいに成し遂げる、ということは、

あの平昌の時以上の準備と、出し切るエネルギーが必要かもしれない。

 

あとたった 1/8 というと、すぐにでも実現できそうに聞こえるけれど、

その 1/8 が、どれほど、大変なことか。。

 

想像を絶するレベル。。 タメイキ・・・

 


 

(ここから、けっこう直してます・・スミマセン汗汗)

 

なぜか、ANAさんのあのCMを、ちょっと、思い出してしまってる。。

 

    あまりにすてきなので、また貼っちゃいました  (_ _*)。

 

 

何度も何度も繰り返す同じ動きが、

不純物を捨て、最も純粋なものを作り上げていくみたいで、

奇跡はこうやってつくられていたのかって、言っていた、

 

珠玉のCM.。

 

 

 

なんだか、美4A入りのプログラムのことが、はまるんですよ。。

4A跳んで終わり、じゃないしってところがもう、

誰もできない、信じられないレベル、奇跡扱いでいいと思う。

 

今、4Aをものにするために、綿密な見通しをつけて、

基礎から見直していて、やるべきことも見えているそうだけど、

地道な作業、とても大事にしてるんだな、と想像させられる。

 

余談だけど、体型が元に戻ったのも、筋トレの見直しがあったからで、

わたしはホッとしてる~(๑´ڡ`๑) ハート

 

 

 

そして、新しいシーズンが始まり、4Aを跳んでいくとき、

伏せている感情がついて出てくる。

結弦くんは、そんな感じがしたのではないか・・と思う。

 

結弦くんの純粋な努力を踏みにじる。

これでもかというくらい、彼を追い詰める。

(・・平気でいられる?)

 

結弦くんが自然に呼吸できるスケートという場所で、

自分の呼吸をしていくために、

 

感情を吐き出しておきたかったのではないか。

と、思えてならないです。

 

 

 

 

 

追記します:

 

結弦くんの2年前のマスカレイドでは、TOSHI さんの中にあったものを

完全に昇華させたものだった。

 

今回の結弦くん自身のマスカレイド、少し違う気がする、かな。。

昇華させたというよりは、・・なんて言えばいいかな。

(宇宙に葬り去った、はちょっと訂正・・しました)

 

結弦くんが胸の中にしまった感情は、

今シーズン、状況が変わらない限り、この先も続くのでは・・?

それを、ずっと、伏せ続けながら、このシーズンをやっていく。

 

4Aへの大きな挑戦を続けるとき、

同時に振り払い切れずついてくる、負の感情。

 

その感情と共に、今シーズンやっていく、という覚悟。

ひょっとして、そういうことかと、思えてきました。。

 

(だいぶ直しました・・汗7/20)

 

 

 

 

 

 

昨夜、ニコ生放送があって視聴致しました。

 

龍玄としのニコ生@秘密の花園 アプリコリベンジSP!

 

TOSHI さん、DOI のときはテレビ朝日で収録中で、

やはり知らされてなかったので、

 

すっごい驚き、なんてもんじゃなかったようで、

「羽生選手はいたずら好き」とのコメントも入っていて、

うれしそうでした。

 

ゆづラブをその場ではあまり語りすぎないように、

抑えてるようなんですけど、

嬉しいのと驚きの余韻がすごくて、

 

ことばなくのけぞるわ、

途中でろれつが、??になったりで、

混乱してるっていうか、

「こわれた?」と書き込みされてました。

 

 

 

そして、最後には、なんと、弾き語りのマスカレイド・・・!

それが、もっのすごく、籠められていて、

 

なんていうか・・

いやもう、わたし、ボロ泣きしました。。

 

結弦くんに聴かせてあげたい。(聴いてたらいいなあ)

やさしい、やさしい、癒しのマスカレイド。

 

結弦くんを思って歌っているのが、

すっごく伝わってさせて、

思わず、ありがとうコメント、しちゃいました・・!!

(初めてです、自分にびっくり・・!!)

 

 

 

結弦くんとTOSHIさんって、ほんと、

どっか深いところでつながってるんだなあ・・

と思いましたね。

 

この先もどこかでまた、

お二人の絡みがあるかもしれないので、

楽しみにしていようと思います。 (*´︶`*) おっきな愛2

 

 

 

 ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・

 

前記事からだいぶ空いちゃいました~ は~

 

マスカレイドの感想とか、もろもろ、

書かれている皆様のブログ、まだ拝見してなくて、

これからボチボチ伺うかと思います・・.。(_ _*)。

 

 

 

 

 

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前回の記事から、3週間近くにもなりました。は~~

 

世の中は、今日もあふれる、ゆづ情報・・

ファンの数がハンパないからね。

 

ミューズだし、エモいし、気高いし。

そこに見えなくても、みんなが、思いを馳せる。

馳せるひとが、あとを絶たないね。

 

 

この3週間のうちに・・

 

海外のレミエン人気勃発事件、起きてましたね。

 

DOI の先行挑戦は当然のごとく外れ。

一般なんか、お約束の瞬殺 (初めから放棄)。

 

Toshi さんに、共に前へ展に、田んぼアートに、

カレンダー、写真集、スケート誌、田中さん能登さん講座・・

 

楽天での結弦くんのメッセージ・・(*´︶`*)

あと、えーと・・

 

情報が追い切れてません。ゆづファンは、目が回る・・汗

 

 

 

 

  ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・

 

 

 

 

 

 

さて・・

 

世の中のトレンドな話題から思いっきり外れますけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

仙台での凱旋パレードで、小海途さんのカメラに収められた、

金メダルとのツーショット。

 

 

 

 

 

 

すごい1枚だな、と。

 

 

 

 

 

こうべと一緒に下りていく、金メダル。

首掛けリボンが、頬と口元を覆って、

 

彼の目とメダルだけが、

見る人の目に、飛び込んでくる。

 

 

 

 

 

空間へ飛び出した金メダルは、

気持ちよさそうに揺れて、

 

結弦くんのこれからを、

一緒に揺らしているかのようで。

 

 

 

一点を、じっと見つめる、結弦くん。

 

見つめる一点は、

メダルなのか、空間なのか。

 

 

 

結弦くんのこれまでと、

これからの人生が、重なって・・

 

彼と一緒に、メダルと一緒に、

お辞儀をしているようで。

 

 

 

「どんなことも受け止めて、歩いて行きます」

 

覚悟が聞えてくるような、彼の眼差しに、

こころがふるえたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               

平昌優勝から1年が過ぎ、タマアリのあの戦いを経て、

Toshiさんとのコラボに、わたしたちが沸いていた頃。

 

2019年6月11日に発売された、

「YUZU’LL BE BACK /Dancin' on The Edge 2」

 

その中の1枚でした。

 

                      ボケてるな~ 汗

 


 

この BE BACK のお写真から2年。

お辞儀の日から3年のあいだ。


いいことももちろん、いっぱいあったし、

酷なこともいろいろあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

タマアリ・セセンは、2018 GPロシア杯での捻挫からの復帰戦だった。

不可解なルール改変と偏向ジャッジが、ますます進んでいき・・

 

2019年の師走には、結弦くんだけが、過密な大陸横断の連続で。

全日本でまさかのV逸。

 

試合から得たものは、との酷な質問に、「ないです」と。

笑いながら答えた結弦くんは、泣いたあとの目をしていた。

 

 

 

 

このときの結弦くんを見るのが、いちばん辛かったな。。

 

その後、スーパースラムを達成したけれど、

満面の笑顔に見えなかったのは、わたしだけだろうか。

 

 

 

 

 

 

ストックホルム周辺の日々は、コロナ禍の影響。

どんなに大変だったことだろう。

 

不利な条件、アクシデント・・てんこ盛りの3年間。

なのにずっと、大事な試合でメダルを取り続けてきた。

 

どんなに、凄いことか。

 

ネイサンや他の選手が、同じ条件だったら、

同じ結果を残せただろうか。

リアルタイムでそこを伝えるメディアとか、あったっけ?

 

 

 

            4A挑戦が楽しそう 微博よりスクショ・ボケテてますが・・

 

 

 

 

結弦くんの中では、今も蒼い炎が燃えている。とわたしは思う。

燃え方を少し変えているだけ。

 

乗り越える壁は、自分がつくる。

誰にも邪魔はさせない、崇高な壁。


あのひとたちは、きっと怖いのだろうな。

純粋な「価値」を知る見ることが。

 

 

 

 

 

 

確実にうまくなってるんで、羽生結弦。

 

 

 

この3年間、彼が受け止めてきた苦しい戦いは、

彼の進化を、かえって、後押ししました。

 

年末の、あの驚愕のフリーが、朝飯前。

もう、そういうレベルだよ。

 

 

 

今年の、あのセセンと国別でのアクシデントは、

神さまの為せる、カモフラージュ。

サプライズ倍増計画、そういうことね。

 

結弦くんも、なんか言ってたもんね。 (๑´ڡ`๑)v ゆづ、ガンバー 星

 

 

 

 

 

  ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・

 

 

 

 

もうすぐ、第3弾。楽しみです。

 

カメラマンさんたちの写真集は全部買うようにしてます。

(それぞれのお人柄とゆづ愛に、おさいふの口がゆるむ・・)

 

 

 

表紙見てるだけで、もうドキドキしてます。葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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