タイトル修正しました(還元→環流→還流・こっち・・!!)
結弦くん、 国民栄誉賞受賞おめでとうございます
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あなたのファンであることを誇りに思います。
あなたの輝きが、多くの方に希望と光を与えてくれてます。
いつも、いつも、ありがとう。
そして、そのあなたこそが、
いつもしあわせでありつづけますよう、願っております。
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かなり出遅れましたが、わたしもつぶやかせてもらいました ![]()
スケーターとしての姿だけでも、
こんな素晴らしいスケーターは、後にも先にも出てこないだろうと、至るところで、
ビッグスケーターや海外の解説者、皆さん、口ぐちに語ってくださっています。
国民栄誉賞のお話が出たとき、辞退しろとか受賞にふさわしくないとか、
ケチをつける方々がいらっしゃいました。
ケチをつける理由は、勝手につくり上げた妄想だったり、憶測でしかなかったり、
オリンピックを連覇している人が他にもいるのに与えられないのがおかしいとか、
一面だけを取り上げて比較するものだったり、根拠に欠けるものばかりでした。
仮に、国民栄誉賞を辞退していたとしても、
彼が表彰されるに値するだけのものを具えたひとであることには変わりなく、
賞があとからついてきてるだけなんですよね。
この賞をきっかけに、
羽生結弦という青年の人間像を、誤解なく認識してくださる方が増えることを願ってます。
少なくとも私の周りでは、
フィギュアスケートファンでない人、彼の特別なファンでもないごく一般のひとからでさえ、
嬉しいことばを聞くようになりました。
「私はTさんの演技が好きだけど(結弦くんより以前の時代を知ってるようです)、
でも、結弦くんは、別格ね。持っているものが違う・・![]()
結弦くんの演技に、たましいを感じる。ものすごく、凛としてるし」
薬局の医療事務系のお姉さまは、目をキラキラさせて言ってくれました‥![]()
酒で身を崩し、一度死にかけた苦労人、アルバイトのおっちゃんなんか、
1年前から言っていたのです。
「結弦くん、オリンピックでも凄いことになると思うけど、
オリンピックの後にも、凄いことになると思うよ。」
よくわからないけど、何かが違うと言っていました。このおっちゃん、ときどき鋭いんだ。
2年前に足の怪我のことで通った整骨院の先生も、ときどき何か感じるのかなあ、
「彼の滑りは、きれいだね。・・なんか、持ってるものが違う。」と。
特にファンではないこういう方々でさえ、他の人たちとは次元が違うと、感じてくれる。
演技がただうまいだけのひととは違うものを、感じさせてくれる。
それを感じる人が、わたしの周りでさえ、確実に増えているんですよね。
今、薬局内でも、結弦くんのことをつい口にしまうんですけど ![]()
そうしたら、
薬局長が、傷心中であるにもかかわらず、
近くへ買い物に出かけた際、号外を3部ももらってきてくれたんです![]()
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もう、びっくりでした ![]()
なんだかいろんな方が、お祝いを言ってくださる。
誰も文句のつけようのない、国民栄誉賞の受賞です。
ほんとうに、おめでとうございます。
授賞式後、報道陣の取材で、受賞の感想などを聞かれた彼は、
自分ひとりでとったかのような驕りなどなく、記念品を辞退する聡明さもさることながら、
日本人としての誇りを世界の舞台で届けていく想い、
自分を一つの駒と見なし、多くのためにこの賞を生かす誓い、
受賞を背負っていく覚悟、
名前の通り、凛としたその姿に重なる、いつもながらに内容の濃いことばでしたね。
(大勢の皆さんが手を振る画面が、なぜかいっぱいの花々に見える
)
彼にしか言えないことばだなと感じた箇所がいくつもあります。
その中でも、特にすごいと感じたところは、次のことばでした。ピンク色にしました。
―あらためて、授与が決まった時、どんな気持ちだったか。
「まず、大変恐縮な気持ちが多くあった。
ただ、国民栄誉賞をいただけると聞いた時に、やはり自分は、自分の報道とか自分の結果とかスケートとか、そういったものを通してみなさまの力がみなさまに還元されているんだなというふうに思えたので、
そういった意味でも今回の明るいニュースがみなさまにとって明るい光になっていたら嬉しいなと思ったし、そういう存在にこれからもならなくてはいけないとあらためて思った。
だからこそ、言葉で表すのはすごく難しいけど、
1人の人間としてだけじゃなくて、1つの存在として、羽生結弦っていう存在として、みなさまの力が僕に注がれていて、その力がみなさまにまた巡っていってということになるためには、
その期待に応えなくてはいけない。
そして、その期待に応えられるだけの努力、技術、芸術を持っていなくてはいけないというふうに強く思っているので、これからさらに身を引き締めて頑張っていきたいなと思っている。
ありがとうございました」
これまでの素晴らしいスケーターの先輩達でさえ、いえいえ、それだけでなく、
これまで輝かしい成績を残し、国民栄誉賞を受賞された偉大な功績を残した方々でさえ、
みなさまの力が僕に注がれていて、その力がみなさまにまた巡っていって
こんなことばまで発したひとは、これまで、見たことがありません。
・・というより、この先しばらくはまだ、出てこないのではないでしょうか。
自分という個体を超えて、媒体としての存在であろうとする結弦くん。
2017年の世界選手権で優勝した後の、FaOIを思い出します。
ファンの観衆との間で見せてくれた、互いへの感謝とお返しの応酬。
それと似ています。
感謝を返せば返すほど、それがさらなる感謝になって、自分に返ってくる。
自分をめぐり、自分から出ていって、みんなのもとに還る時、
感謝がともなうと、さらに大きなエネルギーとなり、みんなのもとに還って行く。
彼は、体験か何か、つかんでいることがあるのではないでしょうか。
ちょっとシャーマンみたいな巫女さんみたいなものを思い浮かべます。
でも、結弦くんは、それとはちょっと違うものだと、思います。
普通の人間として、まっとうに生きているだけ。
住してるこころの世界が高いと、そういうところにつなげていけるんです。
(あ、それと、感謝が籠められてるところが、大きな違いかな。・・追記‥!)
我欲的な「自分」というのが、わたしのような凡人と比べると、ほんとにと少ないひと。
だからこそ、ちからを生み出せるのだと思います。
日本人の文化を支えてきた、「自分が」を無にしていく精神文化。
彼が日本人としての誇りを大切にしているなかに、それに徹しているところがあります。
「無私」の生き方って、最終的には、力となって、生み出していくものがありますよね。
結弦くんは、体現しながら、それを私たちに教えてくれている。
まるで、そんな使命を持っているかのような、これまでの道筋でした。
そういう生き方ができるからこそ、
たとえ苦しい時が続いても、まちがいなく春がやってくる。
苦しみを超えた分だけ、まちがいなく、大きくて永続的な春になる。
FaOIの最終日に見せてくれた「春よ来い」は(録画です)、
すべてのもの、人へ、氷へ、
大地へ、大自然へ・・・
そうして春を頂いたことへの、大きな大きな、感謝を感じました。
そうして、自分にいただいた春のちからを、
目の前で観てくれている皆さんや、
観れてなくても気持ちを向けてくれている皆さんに、
自分の存在を通して、巡っていきますようにと、
そのための祈り、自分の誓い、
そんな壮大な想いを、感じて、またしても、またしても、
泣けてしまってました。
(あ~~~ もう。。結弦くんの演技に、涙腺がすぐにこわれるんです、わたし・・)
ほんとうに、私たちは、
容姿の端麗さやスケートの素晴らしさも、
あ、それと強さも可愛らしさもぜんぶ、合わせてですけども、
信じられないほどの凄い人を、リアルタイムで感じさせてもらって、
そんな出会いをさせてもらっていることに、ただただ感謝するばかりです。![]()
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ほんとうに、このたびの受賞、
結弦くん、あらためて、おめでとうございました。![]()
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さ、さて・・これ書いたら、
これから、録画の空き容量確保にがむばります・・![]()
仕事は・・けっこう正念場・・・かな。
ブログは・・そろそろ・°・・
・・
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