日本語のひとつひとつには意味があって、
「は」は二つにわかれたものを示し
「る」はそれを一つにする、という意味がある。
「はる」は離れていたものを一つにするということだとか。
ボイトレに通ったとき、インストラクタさんが教えてくれた。
近年の結弦くんの発表する作品って、・・あ、EXプログラムって、
ほんとに深いテーマのものばかり。
「春」の解釈について聞かれて、結弦くん、
「日本のみなさんが思う春」と答えていたけれど、
「節目」とか「よくなるきっかけ」も、言っていたっけ。
ひとそれぞれ、いろんな場面を思い浮かべるでしょう。
わたしもいっぱいあります。
わたしにとっては、たとえばこのブログのことでいえば、
頻繁に記事を上げれたらなあ、と・・ちょっとまた一時休ししなきゃいけないかな、
もっと書きたいんだけどなあ~と思っているところなのですが、
こういうことだって、「春よ来い」ってことです。
人間関係で、課題もあって、ずっとうまくいかない相手(女性)の方がいます。
周りから悪縁だねって言われるくらい、けっこう、泣く日も多かったかな。
年々、わたしもカヅヨクなって、自分で氷を解かせるようにもなってきた。でもまだまだ。
仕事がちょっとハードかな。
ブログを書くプライベートな夜の時間を確保したら、やっぱり仕事が行き詰ってきた。
4月に薬局が始まってからかな。
薬局の仕事に終始時間をとられ、もう片方の職務を夜に頑張らなきゃならない事態に。
そして、この広い世界に来てほしい「春」がありますよね。
世界平和・・というと、ありきたりだけど、武器を持つ持たないだけではなくて、
この世に占めている、わたしたちにんげん同士の感情の融和・・
わたしは、これがいちばん大きいことだと思います。
小さくは、日常でのうまくいかない人との融和。
フィギュアスケートのファン同士のにらみ合いもそうです。
同じ羽生選手のファン同士のあいだでも、・・なんだかあるようなのを見かけたし。
人類にとって、最終的な課題は、感情の融和だと聞いたことがあります。
わかれていたものがひとつになる
・・・感情の融和・・・
これがいちばんの は・る
はなれていたものがひとつになる
ではないのかな。
・・なあんて・・![]()
結弦くんが「春よ来い」について描いた人生観が何であるか、
もうそうが止まらなくて、前回の記事からあれこれ続きを書こうとするたびに、
私の書きたいことがコロコロ変わり、しっくりいかずにいたのですが、
薬局の仕事で相手先とのやりとりをここ何日かやっていて、ふと、
相手側に安心をしてもらう努力とか、相手側が望むことに、こちらができるところまで、
具体的にそっていく努力、いろんなことを職場で話し合っていると、
なんかね、結弦くんの「春よ来い」のことが浮かんできたんですよね。
春よ、来い。
春よ、来い。
これ、自分の夢やいいことが、向こうからやってくるのを待っているんじゃなくって、
悪い状態を好転させる努力を、自分側からやって行こうね、という、
そのためのおまじないのことばなのかもしれないなと、思いました。
来てほしいと思う人自身の、努力。。
それは人に言うことでなく、自分がすることだと、結弦くんは、思うだろうから、
自分に誓う、あれはそういう舞いではないかと、思えてきたんです。
「祈り」でもあり「誓い」でもあるような。
そして春へ向かって生きていく、ということは、なんてすてきなことだろう。
あ~~ 私、弱いけど、強くなれるってことだもん、・・てね。
課題がいろいろあるってことは、春をいっぱい感じれる機会が多いってことだから。
↑
追記・・!!
あの、ハイドロで氷をつかんでキラキラをまいていく結弦くん。![]()
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みんなに見せてくれる結弦くんに、
底知れぬ表現の発想力・・ だけじゃないよ、
美しいものを提供しようとしてくれるまごころみたいなのを感じちゃいますね。
もう、なんて子なんだろう、と思ったところから、わたしのもうそうが、
彼の「誓い」のような想い、にまで、行きついちゃったんです・・(*≧m≦*)
結弦くんには、すでに大きな春が来ましたよね。でも、
自分ひとりが幸せでも、みんなが幸せでないと、
結弦くんは、本当に幸せを感じられない人なんだろうな。![]()
これはもう、わたしのなかの、確信になってしまってる。
あ・・これ、・・泣いてるのではなくて、
お花のかぐわしい香りをかいでるんだったのかも。(//・_・//)
なんだかまとまりませんが・・
読んでくださりありがとうございます。
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