【通学路61(了)】金透小学校
4月7日、入学式の翌日から始めたこの活動も、今日が最終日となった。私はこの小学校を最後に決めていた。
自転車に乗り始めて約15分で、今日の目的地、金透小学校に到着した。

校舎は東日本大震災で被災し、今年3月に改築・耐震等の工事が全て終了。色とりどりのブレースが校舎に温もりを与えていた。

周辺には歴史ある建物がある。
北には1579年創建の善導寺(浄土宗)。

西には1170年創建と言われる如宝寺(真言宗)。国の重要文化財に指定されている「笠石塔婆」と「板石塔婆」がある。
東には郡山合同庁舎。1930(昭和5)に建てられ、1968(昭和43)年まで郡山市役所として使われた。

この裏には21世紀記念公園がある。日東紡郡山第一工場跡地に2003(平成15)年開園した。
...金透小学校は1873(明治6年)に「盛隆舎」として開校。翌年「郡山小学校」に改称。1876年に木戸孝允により「金透学校」と命名。
その後は、
「郡山尋常小学校」
「郡山第一尋常高等小学校」
「郡山金透尋常高等小学校」
「郡山金透尋常小学校」
「郡山金透国民学校」
と名称が変わり、1947(昭和22)年に現在の名称になった。今年26名の一年生を迎え、総児童数は176名という。*出処:金透小学校HP 「学校長よりご挨拶 」 「沿革史 」
市による通学路の合同点検は行われており、2箇所の危険箇所が指摘されている。*参考:郡山市HP 「通学路の合同点検(2013年10月27日)」 「危険箇所図
」 「対策一覧表
」
...通学路の様子。
国道を渡るには地下道(2004(平成16)年5月完成)を使う。傾斜は緩やかで子ども達の小さな歩幅でも支障はない段差だ。エレベーターもある。

この地下道は堂前地下横断歩道が正式名称だが、「金透こみち
」という愛称がある。

地下道を超えると一方通行の県道6号(郡山湖南)線を歩くこ事になる。学校に面している区間は歩道があり、幅も広い。

この歩道を途切れる交差点から先が危険箇所(番号1)に指摘されている。カーブが続き、見通しが悪くなる。歩道が途切れた後は、ブルーにカラー化かれた路側帯が続く。 *写真は反対側から撮影
交差点を右折(写真では左折)したあとに登る坂の様子。危険箇所(番号2)に指摘され、路面全体がカラー化されていた。
この交差点を超えると「一心坂
」になり。昔は“一心に登らなければならないほどの”急な坂であったという。今は坂と呼ぶのが適当かどうかと思える、かすかな傾斜となっている。
この坂の途中、地裁郡山支部の角に交差点がある。文化通りとさくら通り、うねめ通りを結ぶ市道(麓山一丁目久保田線)が交差するため、交通量は多い。危険箇所には指摘されていない。
歩道は市道の文化通り側にあるだけで、三方は路側帯。駅まで15分程度の文教区・官公庁街ということを考えれば、せめてこのような交差点は四方に歩道を整備して歩行者溜りとなるスペースを確保するべきだと思った。
...21世紀記念公園から学校に続く市道(清水台一麓山一丁目線)は公園の脇は幅広の歩道がある。
しかし、合同庁舎の北側の区間、約50mは歩道が無くなり路側帯だけになる。横断歩道の正面は合同庁舎の敷地だが、そこには復興公営住宅のモデルルームが建っている。

このモデルルームが役目を終えた後、合同庁舎の土地の一部を利用して道路拡幅と歩道整備をするべきではないだろうか。公園につながる道という特性を考えても整備する理由にはなると思った。
路側帯を歩き、交差点を過ぎると。再び歩道がある。一方通行で、保護柵(ガードレール)も設置されていた。この歩道は国道4号線まで続く。

この道の先、学校の前には交差点があり、両側に石垣があるため見通しが悪い。また、カーブミラーが無いため、停止線を越え安全確認する車が多いため危険があるという印象を受けた。ここには校長先生が立哨・誘導されていた。

この交差点はカラー化とカーブミラーの設置を検討すべきではないかと思った。
...この交差点を渡り、右に曲がった先には金透小学校の校門になる。新築と思えるほど美しい仕上がり。
...これで、市内全ての小学校、分校を含む61校の通学を見終わった。帰りに「たけや」さんで大福を購入。家に帰り、4月からの活動を振り返り、お茶と一緒にこの大福いただいた。あんこの絶妙な甘さもさることながら、餅皮の柔らかさと適度なコシが良かった。最後を締めくくるには最高の一品だった。
【通学路60】三町目小学校
8月とは思えない天候が続く。自宅を出発する頃は厚い雲から細かい雨が降っていた。雨は7時半ごろには止んだが、晴れる気配はなかった。
今朝は西田町の三町目小学校の通学路の状況を確認。
内環状線から国道288号線バイパスに入り、冨久山クリーンセンターを超え、阿武隈川の堤防沿いを走った。
学校の南には県道115号(三春日和田)線が東西に走る。狭く交通量も多い。
東には郡山東部広域農道が南北に走る。こちらは物流道路で大型車両の往来が激しい。
...三町目小学校は1875(明治8年)に三城目鬼生田分校として開校し、1887年(明治20)年に三町目尋常小学校と改称。その後、1893年に逢隈村立、1955年に西田村立、そして1965(昭和40)年に郡山市立となった。今年5名の新入生を迎え、総児童数は52名という小さな学校。*出処:三町目小学校HP 「学校長よりご挨拶 」 「沿革史 」
この三町目小学校を含む、西田町の5小学校(高野、大田、鬼生田、根木屋、三町目)は、三年後に統合される事になっている。
市による通学路の合同点検は行われており、4箇所の危険箇所が指摘され、3箇所が対策済みとなっている。*参考:郡山市HP 「通学路の合同点検(2012年12月19日
)」 「危険箇所図
」 「対策一覧表
(写真
)」
...学校の東で県道115号線と東部広域農道が交差する。昔はここに信号が無く、整備された広域農道側が優先道路と思うドライバーが多く事故も発生していたという。
この交差点から学校に向かう区間が危険箇所(番号2)に指摘されている。西田行政センター前は歩道が整備されていた。
しかし、ここを通り過ぎると、路側帯がほとんどないスペースを歩く事になる。
交通安全員の方二人が子ども達の先頭に立ち、先生が最後尾について学校に向って歩いていた。減速を促す破線の区画線が引かれているだけで、歩行スペースは限られる。
学校に入ってゆく交差点手前は、さらに道幅が狭くなり、対向車が来ると、一方が待機し、子ども達の通過を待っていた。
子ども達はここを歩くことになる。地域の方もこれでは歩けないし、交通量が多ければ自転車の運転も厳しい。統廃合まで3年ではあるが、小学生の通学路という事情だけではなく地域の道の環境改善として、道路拡幅を検討すべきだと思った。
...この県道の先、県道73号(二本松金屋)線との交差点が危険箇所(番号1)に指摘されている。区画線、学校側の横断歩道手前のカラー化など対策が施されていた。
この交差点を超え、学校に向かうと、緩やかな登り坂のカーブで、路側帯も狭い。
坂の途上に横断歩道があり、子ども達はここを渡り左に折れる道に入ってゆく。横断歩道手前がカラー化され、ここには交通安全員の方が二人、立哨・誘導されていた。
こちら側も道路拡幅などを検討すべきだと思った。
...東部広域農道も通学路の全体が危険箇所(番号3)に指摘されている。右(西)側には歩道と強固なガードレールが整備されていた。
このカーブの先の交差点、支道側はカラー化されていた。
今朝、ここを親御さんの付き添いで渡っている子どもの姿があった。左(東)側は狭い路側帯しかなく、ここを渡った方が危険性は低いと思うが、心配な場所となっている。
この付近は親戚が住んでいることもあり、私は小さな頃からこの場所を知っている。私が小学校の頃は歩道はなく、交通量は多くなかった。しかし、今日、短い時間ではあったが、はひっきりなしに大型車両が通り過ぎていた。変化に驚いた。
この交差点を右に曲がり通る市道(竹ノ内桜内線)が危険箇所(番号4)に指摘されている。“交通量が多い”とあるが、私がいた時間はほとんど車を見かけなかった。学校は右奥、木々の向こう側にある。
...危険箇所(番号2)、県道115号線には北100mの位置に並行する道がある。地元の方に話を聞くと、この道を迂回路にする案もあるという。
しかし、舗装されていない農道で、保護者の反対も多く実現していないという。
車をまったく考えず歩く事ができるメリットは計り知れない。ここでも“統廃合まで3年”という問題もあるが、地域の子ども達が安全に歩ける歩行空間を確保するためにもこの道の整備を考えるべきではないかと思った。現在の県道の通学状況を見た後、この場所を見るとそう思わざるを得ない。
【通学路59】芳山小学校
朝起きると本格的な雨が降っていたが出発する頃には、小降りになっていた。今朝は芳山小学校の通学路の状況を確認。自宅を出て、約15分で小学校に到着。
芳山小学校の市道を挟んだ東側には市立第二中学校がある。玄関が向かい合っているため、児童と生徒が同じ方向に向かって登校してくる。
また、西側には安積黎明高校、北にはあさか開成高校があり、小学校周辺では多くの高校生が行き交っていた。
南にはさくら通りが東西に走る。歩道が広く、歩道と車道の間には自転車専用レーンもある。
このさくら通りには西友が運営する商業施設「ザ・モール」があり、その西は水道局と旧豊田浄水場がある。

...芳山小学校は1900(明治33)年に現在地より東、現在の芳山公園に郡山町立郡山第二尋常高等小学校として開校。1947(昭和22)に現在の郡山市立芳山小学校となり、1963(昭和38)年に現在地に移転したという。総児童数が260名超える中規模校。*出処:芳山小学校HP: 「学校長あいさつ 」 「沿革史 」
市による通学路の合同点検は2回行われており、5箇所の危険箇所が指摘され、一部対策済みとなっている。 *参考:郡山市HP 「通学路の合同点検(2012年10月29日
)(2014年11月6日
)」 「危険箇所図
」 「対策一覧表
(写真
)」
...小学校(左)の玄関と第二中学校の校門は市道を挟んで向かい合っている。
神明町から学校に向かう一方通行路。交差する道路の通行方向が変わっている。
...学校の東、神明町と咲田二丁目の間を通る市道(大町一桑野二丁目線)が危険箇所(番号3)に指摘さてれている。一方通行だが、交通量は多い。区画線(実線と破線)が引かれ、注意を喚起している。
この先を進むと市道(麓山一丁目久保田線)と交差し、ここを超えると左(南)側に歩道が整備されていた。
学校付近は「ゾーン30」に指摘されているが、標識は小さく、路面標示もないため、分かりづらいという印象を受けた。

この道をさらに進んだ、小学校の前の交差点が危険箇所(番号1)に指摘さてている。「交差点内カラー舗装」が対策案と挙がっているが、まだ対策は行われていない。ここには、中学校の先生が立哨・誘導されていた。
...この市道と南に並行に走る市道(駅前二長者二丁目線)全体が危険箇所(番号5)に指摘されている。一部歩道があるが、狭いために歩道整備ができないという。
右(北)側に区画線(実線と破線)が引かれていた。
学校が近づくと路側帯がカラー化されていた。その他「交差点内カラー化」が対策案として挙がっている。
...文化通り・さくら通り・うねめ通り・あさか街道を結ぶ市道(麓山一丁目久保田線)は交通量が多い。さくら通り以南の区間が危険箇所(番号4)に指摘されている。区間線(実線と破線)が引かれ、路側帯が比較的広い。商店が立ち並んでいるため歩道を設置してもよいのではないかと思った。対策案は挙がっていない。
...学校の南、「ザ・モール」と旧豊田浄水場の間を走る市道(池ノ台長者一丁目線)の一部区間が危険箇所(番号2)に指摘されている。
路側帯は狭いが、カラー化され対策済みとなっていた。
...学校の玄関前の交差点は、この夏休みに変化があったという。電柱が移動し視界が改善された。
交差点の見通しが格段に良くなっているのがわかる。
小学校の玄関を背に見た場合。
子ども達は車や自転車の動きをしっかりと確認できるようになったのではないだろうか。
この電柱移動は、以前からの要望がようやく実現したというが、その効果は高いと思う。
また、この交差点は安積黎明高校やあさか開成高校の生徒が自転車で通行するため、三方に路面標示があった。
私の見た事がない大きなもので、目立っていた。学校での“自転車乗り方教育”と合わせ、このような自転車に特化した標識等な普及し効果が上がる事を願いたい。







