選挙に疲れすぎている政治家
一部強固な地盤を引き継いだ二世議員などを除き、日本の政治家は選挙に疲れすぎてはいないか、これは私の仮説です。
選挙は政治家にとって非常に大切なものですが、数ある政治家活動の一部ですので、ここで政治家のエネルギーの大半がすり減るのは、政治家が本来行うべき仕事がおろそかになり、地域や社会の損失となります。有権者の声を聞くという行為が、地域の会合や祭への顔出しと酒のお酌、時代の変化に対応しようとしない斜陽産業の支援者からの陳情への対応だったり、選挙に向けて実績作りのために道路や橋などのハコものに対する予算獲得に奔走することを求められたら、市民の声を掬い政策を考え現在と未来に責任を持つ政治活動はできないと私は思います。しかし、現実はこのような活動に終始している候補者(議員)は少なくありません。
確かに、政治家も生活がありますので、落選したらただの人になり無収入にはなりなくありませんで、当選するために必死になるのは分かります。また、地域の“受け継がれた地盤”を守らなければならないというプレッシャーもあり、選挙活動が政治活動の大半を占めてしまうようになるのは自然な行動かもしれません。
①政党機能の強化
政党は所属する政治家が政治活動に専念できるようバックアップする機能を期待されています。本来、政策を住民に周知し、議会での政党所属議員の活動報告など記載したビラを配ったりし、日頃から政党を通して各政治家を表に出すようにしなければなりません。また、広く一般市民に開かれた政策報告会やざっくばらんな話ができる“茶会”などを開き、政治家との接点を持つ機会設定は政党が行った方が効率的です。しかし、自民党や旧民主党はこれら政治家のバックアップ業務に不熱心で、年に一回や選挙が近づいてきた時だけに行う程度です。これでは、日ごろの活動が個人の責となってしまいます。 ②政治文化の醸成
これは有権者側の姿勢です。政治家には現在未来の地域社会に責任を持ち政治活動をしてもらい、“顔出しお酌ハコモノ”には拘らないという雰囲気、文化を創る事です。そのためには、日ごろから、現在未来という時間軸を持った政治談議が必要だと思います。最低1か月に一度、政党を問わず政治家を集めて政策討論会を行ったり、1か月に複数回政治家を引っ張り出し茶会を開くなど、住民側からのアプローチで、政治・政策を学び、地域の政治家の人柄や政治信条に理解を深める場です。
この“政治を語らう場”が地域のあちこちに、恒常的に作られることで、地域の政治文化は醸成し、政治活動が評価される体制ができ、政治家は“選挙は政治活動の一部”であると意識し政治活動に没頭し選挙で審判を受けるという、本来の形ができるのではないかと私は考えます。
しかし、これでは一向に政治は良くなりません。私はこの問題を解決するのは①政党機能の強化、②政治文化の醸成が必要だと思います。
政党は所属する政治家が政治活動に専念できるようバックアップする機能を期待されています。本来、政策を住民に周知し、議会での政党所属議員の活動報告など記載したビラを配ったりし、日頃から政党を通して各政治家を表に出すようにしなければなりません。また、広く一般市民に開かれた政策報告会やざっくばらんな話ができる“茶会”などを開き、政治家との接点を持つ機会設定は政党が行った方が効率的です。しかし、自民党や旧民主党はこれら政治家のバックアップ業務に不熱心で、年に一回や選挙が近づいてきた時だけに行う程度です。これでは、日ごろの活動が個人の責となってしまいます。
また、落選した場合の生活保障を用意できるのも政党です。落選後は党員として雇い、次期選挙に向けて政治活動を支えたり、議員活動の結果として“議員不適”となった場合、政党が窓口となり働き口を確保するなどが必要です。現在は、自民党や旧民主党などは政党支部長(衆議院議員)の個人的な援助があったり、大半は自らが就職活動をしています。これでは選挙に費やす精神的労力が増してしまいます。私は、落選の場合も政党が支えるという体制を作る事が、政治家の政治活動の質を高めると考えています。
これは有権者側の姿勢です。政治家には現在未来の地域社会に責任を持ち政治活動をしてもらい、“顔出しお酌ハコモノ”には拘らないという雰囲気、文化を創る事です。そのためには、日ごろから、現在未来という時間軸を持った政治談議が必要だと思います。最低1か月に一度、政党を問わず政治家を集めて政策討論会を行ったり、1か月に複数回政治家を引っ張り出し茶会を開くなど、住民側からのアプローチで、政治・政策を学び、地域の政治家の人柄や政治信条に理解を深める場です。
この“政治を語らう場”が地域のあちこちに、恒常的に作られることで、地域の政治文化は醸成し、政治活動が評価される体制ができ、政治家は“選挙は政治活動の一部”であると意識し政治活動に没頭し選挙で審判を受けるという、本来の形ができるのではないかと私は考えます。
『政治家にとって選挙は全て!』と言い放つ人は多いように、選挙が大変重要です。だから、この選挙の過酷に耐えられない資質の人間が候補者にはなってはなりません。しかし、現在の選挙が政治家を疲弊さえているのも事実です。昨今言われている議員のなり不足や、女性議員の少なさもこの“疲弊”が影響していると思われます。
より良き社会の実現のため、政治家が政治活動に集中でき、それが評価されるよう、政党が本来の仕事をして有権者が本来の仕事を政治家に求める社会になるよう、私も動いてゆきたいと思います。
(以上)
(以上)
→根本潤ホームページ「30年の仕事」
URL: https://nemo-jun.amebaownd.com/
政治はすぐには変わらない
私は、政治は説明と納得の“積み上げ作業”と思うので、すぐには変わらないと考えています。
選挙は、各政党や候補者が示す公約を説明する場で、有権者が納得して投票します。
選挙の後は、過去の合意の積み重ねで動いている行政に対して、選挙公約を説明し、行政官やその行政施策に関わる関係者・関係団体と交渉し納得を得て、新たな政策施行を目指します。この際、選挙公約は全て叶うものではなく、時間をずらす、哲学は変えず方法だけ微調整するなどの妥協が必ず発生します。
政治家は、この妥協点を有権者に説明し、不安や不満を和らげて納得を得ます。また、ここで有権者側から提案があれば持ち帰り、行政側に説明をし、納得を得て政策に反映させる。そして、再び妥協の内容と今後の見通しを有権者に説明する。...
日本は民主主義の国家ですので、選挙結果も民意ですが、すでに走り出している行政も民意の集積です。政治家は、選挙結果で得た有権者からの信託を権力とせずに、言葉と行動の力の源泉として行政と有権者の間で説明と納得を得る作業を繰り返してゆく必要がある、と私は考えています。この積み重ねによって政治が変わり、より良き社会が実現するはずです。
選挙の後は、過去の合意の積み重ねで動いている行政に対して、選挙公約を説明し、行政官やその行政施策に関わる関係者・関係団体と交渉し納得を得て、新たな政策施行を目指します。この際、選挙公約は全て叶うものではなく、時間をずらす、哲学は変えず方法だけ微調整するなどの妥協が必ず発生します。
政治家は、この妥協点を有権者に説明し、不安や不満を和らげて納得を得ます。また、ここで有権者側から提案があれば持ち帰り、行政側に説明をし、納得を得て政策に反映させる。そして、再び妥協の内容と今後の見通しを有権者に説明する。...
日本は民主主義の国家ですので、選挙結果も民意ですが、すでに走り出している行政も民意の集積です。政治家は、選挙結果で得た有権者からの信託を権力とせずに、言葉と行動の力の源泉として行政と有権者の間で説明と納得を得る作業を繰り返してゆく必要がある、と私は考えています。この積み重ねによって政治が変わり、より良き社会が実現するはずです。
私は埼玉県と福島県で政治や議員活動に注目してきましたが、選挙を除いて、説明と納得の積み上げ作業をする政治家(議員)をあまり見かけませんでした。選挙後に行われる県政(市政)報告会は支援者など関係者対象に行われ、各政党や議員の活動報告ビラは議会での議決内容や議会質問など行政のホームページでも見られるものが大半です。
政治はすぐには変わりませんが、必ず変わります。私は、そう信じて政治活動を行っています。
(以上)
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議員となる候補者の選び方を変えなければならない
私は、選挙での候補者選びを変えなければ、政治は変わらないと考えています。
ある小説の一文を引用させていただきます。
(前略)
「議員も市長も同じだ。選挙に出るなら、まず地元にあいさつ。それから関係団体にあいさつだ。それ抜きで勝手な真似をしたら、この町の民主主義はぶち壊されてしまう」
(中略)
「選挙ってのは積み上げだ。地元で、そして職場や職能団体や関係団体のあいだで、誰もがこんどはあいつだ、ってことになったときに、立候補するものだ。地元にも、仕事関係にも、何の相談もなく立候補していたら、この町の民主主義は終わるんだ。...(後略)」
*引用:佐々木護著「カウントダウン」 p179
この物語は、リゾート開発の失敗などから財政再建団体に陥ってしまった地方都市の若手市議(1期)が、一部の支援者から市長候補に推され、六選を目指す現職を破り当選するという内容で、上記の言葉は、この若手市議に対して現職市長側の人間が言ったものです。
私はこの候補者を決める過程を表した言葉に頷きました。2010年から政治に関わり、活動してきた中で体験し見聞したものと一緒だったからです。
このような“民主主義”の過程を経て候補者となり、組織票に守られ議員となった方々は政治家としての仕事をしてきたのかを考えた場合、結果を見ればNOと言わざるを得ません。“成長神話”を前提とした政策を採用し、問題を先送りしてきました。特に、予測されていて方々から問題提起があった、少子化、社会保障費の増大、労働人口の減少にこの議員が対策を施さず問題のまま放置したのは大きな責任です。政治は結果責任で、それに対する各議員の説明も無いとなると、候補者選びは失敗だったということになります。この結果責任は国会議員だけではく、県議や市議などの地方自治体議員も同じだと思います。
私は候補者選びは、“あいさつ”、“積み上げ”などを過度に重視するのではなく、政策課題に対する考え方を競わせて決めるべきだと思います。
公職選挙法に抵触せぬよう、「政策勉強会」等の誰でも参加できる会合を開き、次期選挙に立候補したい、または推したい人間が壇上に上がり、少子化や高齢化等、地域や社会が抱える問題に対する考え方や採るべき政策を述べる。また参加者からも質問をしてやりとりする。この会合を3年程度続ければ、知力・胆力を備えた候補者に絞られると思います。そこで、関係者が人間性や体力などの要件を加味して多数決を採って決める。このようにすれば、候補者選定は透明化され、候補者も“公約”が顕わになり結果責任を問いやすい。そして何より、“政策論争”を通じて、地域の政治を考える力や政治家を志そうとしている人間の見極めなど、地域の政治文化が育まれると私は思います。
このような地域の政治文化が根付けば、政治への関心が高まり、投票率も上がり、有権者の候補者に対するチェック機能によって、候補者や現職議員の淘汰も進むはずです。そうすれば、地域や社会が抱える問題を先送りする事無く、本来の政治家の役割をする議員が増えてゆくと私は考えます。
このような地域の政治文化が根付けば、政治への関心が高まり、投票率も上がり、有権者の候補者に対するチェック機能によって、候補者や現職議員の淘汰も進むはずです。そうすれば、地域や社会が抱える問題を先送りする事無く、本来の政治家の役割をする議員が増えてゆくと私は考えます。
地域内でので“あいさつ”や“積み上げ”は大切です。しかし、選挙で集票に力を発揮するキーマンに対して過度に“あいさつ”や“積み上げ”を強調する候補者や現職議員が、良い政治をするとは私は思いません。さらに、それが当然だと思っている有権者のままでは政治家は育たず、時代の変化に政策が対応できず、問題の先送りは続きます。
私は、多数の議員や候補者、候補者予備軍を持つ自民党や、今や大分落ち込みましたが旧民主党が、次期選挙の候補者選びを変える事が日本の政治を改善させ、より良き社会の実現に結び付くと考えています。
(以上)
→根本潤ホームページ「30年の仕事」
URL: https://nemo-jun.amebaownd.com/