熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -14ページ目

歩道の安全は街の成熟につながる

私は自転車を利用しています。東京と埼玉県で20年暮らしたため車を持たない生活に慣れてしまい、郡山市内の生活も不自由しないため、自家用車も持っていません。今日も自転車で内環状線を走りましたが、歩道を完全に塞ぎ続ける車2台と脇道から一時停止を無視して歩道を突っ切った車1台に出くわし、歩道に対するドライバーの意識を考えました。
 
駐車場から道路に出る場合、歩道を通らなければなりませんが、歩道を完全に塞ぎ続けなくても、体を前掲し首を動かせば出るべき道の車両状況は分かります。私は佐川急便でドライバーをしていたので、『体を使えば視界は広がる!』事を実感しています。しかし、今日歩道を塞ぎ続けていたドライバーは二人ともシートに体を付けていました。
脇道から一時停止を無視して内環に入った車には恐怖を覚えました。内環の交通量を見ながら進み、『行ける!』と思いアクセルを踏み込んだのでしょう。しかし、その車は前方の赤信号でしばらく停車していました。
私は、この3人のドライバーから、歩道軽視の意識を感じました。
 
歩道を車で塞ぎ続けられれば、後続車がいれば、安全な歩道から離れ車道を通る必要があります。足腰の悪いお年寄りやベビーカーを押すお母さんは、歩道と車道の段差を二度も乗り越え迂回しなければなりません。自転車は塞ぐ車を傷つけまいと車道に大きく出てしまう事もあります。
歩道前はおろか、一時停止標識を無視して歩道を突っ切れば、自転車との事故の可能性は増し、歩行者は恐怖を感じ外出機会を控える可能性もあります。
 
郡山市の道路は、幅の広い歩道が多く、快適に歩いたり、自転車を走らせられるインフラが整っています。しかし、車主体の交通文化で、この歩道が活かされていないと私は感じ、惜しいと思っています。
 
私は、街が成熟し、賑わいを創出し、人を惹きつけてゆくためには、歩行者や自転車が安全に安心して通行できる環境が必要だと考えてます。福島県内でそれが可能なのは、郡山市だけだとも思っています。
バイパスと旧4号国道をつなぐ比較的まっすぐな、うねめ通り、さくら通り、文化通り、静御前通り、そして南北に走る内環状線と東部幹線の人口集積地の道路状況。点在する広い公園。郡山駅周辺にまとまった繁華街。以上の都市インフラは秀逸で、国内の政令指定都市以外では上位に入る街並みを持っていると私は考えています。この街並みを、市民が行き交い、言葉や笑顔を交わす事でさらに街は輝き、風格を漂わせてゆくと思います。
郡山市は、歩行者や自転車が安全に安心して通行できる環境を整備することで、人を惹きつけ、賑わいを創出し成熟した街になってゆくはずです。
 
福島県全体が車社会で、郡山市だけが変わってゆくのは容易ではありませんが、まずは市内の人口集積地を走行するドライバーが、歩道の安全環境を守る意識を持って欲しいと思います。
(以上)

→根本潤ホームページ「30年の仕事
 URL:https://nemo-jun.amebaownd.com/

政治家の「結果責任」と「説明責任」

また、五輪大臣の発言が問題となり、“失言責任”が問われていますが、このような政治家の資質問題が国会でやり取りされる事の方が大問題だと思います。
政治家が問われなければならないのは、「結果責任」であり「説明責任」で、議会や議員はこの二大責任を通して、有権者の信託に応え、政治文化の醸成に努めなければならないと、私は考えています。
 
『政治は結果責任』です。重大な結果に対しては、政治家は辞めるのが責任の取り方です。福島県の場合、原発事故の責任を取って関係自治体の首長や立地推進した議員、誘致から増設を受け入れに携わったり黙認した福島県議会議員は事故対応が一息ついたときに辞めるべきでした。結果の甚大さを考えれば当然だと思ったのですが、事故から8年を経ようとする現在でも多くの首長と議員が未だ残っているのが現状です。
また、「結果責任」を取って辞職しても、強固な組織票を持ち、その組織が別の候補者を立てられないなどの事由がある場合、『選挙で禊を受ける』など白々しい事は言わず、結果責任を重く受け止め政界から完全引退すべきだとも思います。政治家を支える側も、政治の「結果責任」に重きを置いて日頃から政治に関わり、“次の人”を探しておく必要があると私は考えています。
 
ただ、原発事故ほど大きな結果に対して政治の責任を問うのは当然として、他の政治に関わる全ての事案に対して結果責任を問い、都度辞任を要求していては政治・行政が滞り、人々の生活に支障がでてしまうという弊害もあります。そこで、重要になってくるのが「説明責任」です。
福島県の場合、過度な人口減少は「結果責任」を問われるような重要な政治案件ですが、政治家(首長、議員)が「説明責任」を真摯に果たせば代替えされると私は考えています。いうまでもなく、この「説明責任」は限られた支援者や有権者ではなく、郡山市選出の県議会議員であれば郡山市民と福島県民、そして多大な復興予算を税などで搬出している国民に対して果たされるべきです。
説明責任」をすることで、失敗した政策に当該政治家がどのように関わったかが分かり、選挙公約と政策結果が比べられ、当該政治家の評価ができます。さらに、有権者はそこから政治・行政の実情が分かり、政治・行政の可能性と限界、市民の役割などを考える契機を得られます。
説明責任」を果たした政治家は、反省を踏まえた新たな政策を調査研究し、有権者の声と共に、行政を正し働きかけ、議会質問を練ってゆきます。
政治家が「説明責任」を真摯に繰り返す事で、失政が未来の良政に転換すると私は考えています。
 
 
 
政治家が「結果責任」を果たし辞める事で、有権者が政治の役割や投票の重要性を認識し、「説明責任」を果たす事で有権者は社会の現状を考えるきっかけを得て、市民・政治・行政の協業でより良き社会を目指すのではないか、と私は考えています。「結果責任」も取らず「説明責任」も果たさない政治家は、政界から身を引くべきです。
 
もはや高度成長は望めない成熟化した社会となり、人口減少、高齢化、少子化、男女協業など、時代の変化から発生する政治課題が増え続けています。私は、この解決には政治文化が必要だと思っています。そして、政治文化は政治家が「結果責任」と「説明責任」を果たし、そのサイクルを続ける事でしか醸成しないと考えています。
(以上)

→根本潤ホームページ「30年の仕事
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介護を他人に任せてもいいんだよ、という雰囲気・文化

昨夜、介護職員として働いていた時に施設利用されていた方のお通夜に参列してきました。焼香し、ご家族と話をした後、お顔を拝見させていただきました。あまりの穏やかやな表情に、笑顔がこぼれてしまい、『お疲れさまでした』と語りかけました。
 
氏は、いわゆる“手のかかる”方でした。体に障がいを持ち、車椅子を利用していましたが、自立心があり活気に満ち、自らブレーキを外し自操したり、立ち上がろうとしたりを繰り返しました。夜は、大声を出し続ける、床や壁を蹴る、体をくねらせながら廊下に出てくるなど、3時間と熟睡する事はほとんどありませんでした。
私は氏に他利用者以上に関心を持ち、90歳を超えても、活気があり、肌の張りと動く体の部位の堅牢を持ち合わせている氏の生命力に、感心と敬意を持って接しました。
 
しかし、私の感じ方は9時5時(実際は違うが)で帰る事ができる介護職員のもので、家族は違います。
当時、生活支援員や家族と接することのある事務方から、氏の自宅での姿を聞いて、身内が相手だけに施設以上に奔放に振舞っていたという実感を持ちました。
そして、昨夜、ご遺体を前に、当時の事を思い浮かべながら氏の事を語る家族の表情や言葉から、想像以上に過酷な家庭内介護だったのだろうと察しました。
 
 
介護職員は、仕事として、決められた時間に利用者の生活支援・身体介助をします。にもかかわらず、ご家族はこちらが恐縮するほどお礼を述べられます。認知症や過度な我がまま、心無い言葉などで、大変な状況の介護を行われている方ほど、その傾向は強かったと感じています。
それは介護職員を、家庭内介護者の負担を肩代わりしていると考えている面が強いと私は考えました。
これでは家庭内介護者の義務感が続いてしまい、遠慮や後ろめたさを感じ、気が休まる事が無くなってしまいます。
 
私は介護サービスが分担の意識で利用され、介護保険法が目指した、家庭内介護者が必要と思うサービスを買い、対価(介護保険料の前払い、実費部分負担)を支払うという“買い物”感覚が根付き、地域の雰囲気や文化になる事が望ましいと思います。
現在、要介護度が増す80代90代の方の多くは、当時の平均年齢の低さから親の介護を経験していないと思います。また、家族意識が強く、親の面倒は子や嫁が見るという文化の中で生活してきた方です。
しかし、平均寿命が延び、“長生き病”である認知症も増え、明らかに時代は変わりました。親の面倒が多様化し、長期化した現在、家族内で介護してゆくのには物理的限界あります。この限界の越えて介護し続ければ、介護者の精神を疲弊させてしまいます。
平均寿命が延びたのは、国民が良く働いたからです。そのおかげで国は豊かになり様々な民生の仕組みを作りました。その一つが介護保険法です。過程の物理的限界を分担し、老いも若きも人間らしく最後まで生きられるようにした仕組みですので、全ての国民が誰に遠慮することなく利用していいのです。
 
介護保険法施行から来年で20年を迎えますが、未だ介護サービスを『使わざるを得ない状況です』『面倒掛けますが、使わせてもらいます』などと、恐縮しながら利用される家族が少なくありません。また、サービスを使う利用者も『こんなところに来させて!』『世話が面倒だから、放り出したんだろ!』と不満を口にします。
放棄や逃避ではなく、社会全体で介護を分担する時代になった事を、地域や社会で言い合い続け、介護分担の雰囲気や文化が一日でも早く根付く事を私は望み、自分で出来る事を行って行きたいと思います。
 
 
...氏の遺影は巨大な鯉を釣り上げ、満足そうな表情を浮かべるものでした。ご家族に話を向けると『そうだったんです...』とにこやかに話しをしていただきました。
介護の終点で、故人を囲み、疲労感解放感を漂わすよりも、笑顔で在りし日を振り返られるのが理想であり、それを目指す政治行政でなければならないと、私は思いました。
(以上)