熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -12ページ目

沖縄の5度目の民意を無駄にしてはなりません

昨日、地方自治法第74条に基づく住民の直接請求によって制定された沖縄県による「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票」が行われ、即日開票の結果、移設反対という県民の意思が表面されました。
 
報道各社は、この県民投票について多くを伝えていました。
 
◆時事ドットコム
沖縄県民投票、移設反対7割超=投票率52%、玉城知事得票上回る-安倍首相に伝達
◆朝日新聞デジタル
埋め立て反対の民意「明確に示され、重要な意義」玉城氏◆毎日新聞 デジタル毎日
 
ただ、投票率が全有権者の半数程であったことも問題視されていました。
◆読売新聞オンライン
投票率52% 広がり欠く…沖縄県民投票
 
これについて、沖縄の地元紙では次のように伝えていました。
◆沖縄タイムス プラス
「意思を示しても変わらない」県民投票行かなかった人、理由は諦め 複雑な沖縄の現実
 
そして、投票結果が出た翌日でしたが、投票結果に法的拘束力は無いため、辺野古沖の埋め立て工事は変わらず続けられました。
◆琉球新報
43万人の「反対」無視 政府、埋め立て工事強行 「民主主義国家か」市民抗議 
 
 
   
私はこの民意は尊重されるべきで、今後予定されている沖縄県知事と内閣総理大臣との会談は、辺野古埋立工事を停止した上で行われるのが筋だと思います。
 
そして、今回の県民投票の結果は沖縄の基地問題を国全体の問題として考える、重要な契機としなければならないと思います。国土面積の約0.6%の沖縄県に、米軍専用施設面積の約70%が集中しているという事実を国民が“異常である”と理解し、国全体に関わる安全保障の問題を我が事として考えなければならないと思います。
 
米軍基地の過密は沖縄県の東アジアにおける地政学的事由は理解できますが、政府は戦後の米軍による沖縄占領下の状況を黙認してきた不作為は無かったのかを検証する必要があります。そして、政府は必要と考えられる安全保障の中で、沖縄でなければならない役割と他地域で分担できる役割を提示し、国民的議論を喚起する必要があると思います。
 
今回は普天間基地問題に関わる5度目の民意の現れです。(参考:毎日新聞 2019年2月24日)
もう先送りはできません。
(以上)
 
→根本潤ホームページ「30年の仕事

もっと本を読んでおけばよかった

私は、安積図書館をよく利用します。自宅から近い事もありますが、小説の背表紙に“おすすめ”というシールが貼ってあるため読んだことの無い作家の入門書として本を借りられるからです。
今日も安積図書館に行ってきたのですが、時間に余裕があったために、館内の半分は占めていると思われる児童書コーナーを見て回りました。
驚きました。絵本が背の低い棚にこれでもかというほど差し並べられていたからです。
 
この雑然さが、大型書店より物量は少ないにも関わらず、インパクトがありました。
私は体を動かすのが大好きだったので、ジッとして絵本を読んだ事はほとんどなかったと記憶しています。だから、この蔵書を見で『世の中にはこれほどの絵本があるのに、お前は読んでこなかったのか。惜しかったな』と言われているようで、悔しい思いをしました。
 
  
私は今までの人生で二つの悔いがあります。その一つがもっと本を読んでおけばよかった事です。
30代半ばで政治に取り組むようになり、本を読む機会が格段に増え、活字を負うスピードが上がり、読書量が増えました。そこで思ったことは、人は人生のその時々で読むべき本があるという事です。その時だから、得られるものの効果が違うのではないかと思っています。絵本などはその典型です。
 
私は、特に学生時代に読むべき本を読まなかった事を悔やんでいます。その最たるものは、「資本論」です。ほとんど理解できなかったかもしれませんが、貨幣や労働、資本、市場などの社会・経済の理念やその概念、マルクスが世に影響を与えた世界観に触れておけばよかったと悔いています。学生時代にはチャレンジする時間も精神的余裕もありました。
この他にも“デカンショ”の哲学書など、手に取ったものの読み切れなかった本もあります。これら古典と呼ばれる基本書は、現在発行される書籍で多く引用されていて、それを目にするたびに、知るべき事を知っていない自分を恥ずかしく思っています。
 
  
先日、地元紙に県内の高校生の半数以上が1か月に1冊も読まないという記事が掲載されていました。
 
 
「朝の読書推進協議会」のホームページによると、県内高校の実施率は39%(昨年12月3日現在、回答データ)なので、もし“朝の読書”が無かった場合、“不読率”は上がってしまうかもしれません。
私は、福島県の高校生にはできるけ多くの本を読んで欲しいと思います。最低でも、多くの方々が挙げている“読んでおいた方がよい本”は、手に取り目次を読むだけでも良いので、手に取って欲しいです。もし、大学に進学する事があれば、時代の風雪に耐えた古典をできるだけ読んで欲しいです。
 
  
読書は想像力や構想力、論理力が見につくのはもちろんの事、他人の人生や経験で得られた知見に触れ我が物にできるという面もあります。他人の生き様に触れ、世界の広さと他人と関わり合いながら生きてゆく社会の本質を知る事もできると思います。全ては文字を追うからこそ得られると私は考えています。これから本格化するAI時代にあって、読書する人間が共存してゆけるのではないでしょうか。
 
私はこれからも沢山の本を読みたいと思うとともに、私と同じく悔いる事の無いよう、早いうちから、できるだけ多くの本に触れる事を多くの子ども達に伝えてもゆきたいと思います。
(以上)

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比例代表議員の離党は、議員辞職であるべきです

自民党の比例代表選出の現職衆議院議員が女性から告訴されたという出来事がありました。これに関しては捜査関係者により、事実関係が明るみになる事を期待したいと思います。

これについて、私は当該議員が離党届を出しながら議員辞職しなかった事も、正されるべき問題だと思っています。

比例代表で国会議員になり、離党しながら議員辞職しないという問題は、私の住む郡山市でも起こっている事なので他人事ではありません。

 

比例代表の国会議員は、政党に対する得票で当選した議員です。私は、自らの意思や都合で離党した場合は言うに及ばす、所属政党が解党した場合も議員である資格は失われており、即刻議員辞職すべきだと考えています。“無所属(比例代表選出)”などという肩書は、日本語としておかしいとも思います。

私は、政治の主たる担い手である政党を軽んじ、政党の価値を下げている比例代表選出の離党議員の行為が許せません。

 

議員は一人一人の有権者が書いた名前が必要数に達したという重み(信託)によって、その身分が立ち、有権者の代表として活動ができるのです。比例代表で選ばれた議員は、自分の名前が書かれた投票用紙が足りず落選するところを、所属政党が得た得票の助けを借りて当選できたのです。政党に下駄を履かせられて議員の身分を得た人間が、離党しても議員の身分で居続けるのは、おかしいです。『当該議員が居たために得た政党の得票もあるから辞める必要はない』、『当該議員の所属政党に対してもそうだが、(比例代表であっても)議員個人に対して投票された場合もあるので議員辞職の必要はない』などの意見はありますが、政党所属(名簿記載)の候補者に対して議席が割り当てられる比例代表という原則を考えた場合、それら『議員辞職の必要なし』という理由は“こじつけ”にしか聞こえません。

 

確かに「公職選挙法99条の2第1項」では“離党後、当選時にあった他の政党や政治団体に所属する場合は当選を失う”と規定しているだけで、“離党→無所属”、“離党→当選後に結党された政党や政治団体”は不問にされています。

しかし、これはこの規定が定められた選挙制度改革の際に踏み込めなかっただけで、比例代表選出議員の離党後の処遇はグレーなのです。ならば、私は政党の恩恵を受け議員になったのであれば離党後は直ちに議員辞職し、比例代表名簿の次席の候補者に議員を譲るのが本筋だと考えています

 

私は、政治は政党が担い、その政党は人材(候補者)育成をし地域社会の開かれた政治文化を醸成する必要があると考えています。比例代表選出離党議員の議席への固執は、著しく政党政治への信頼を失わせ、政治文化の目を摘んでしまいます。

現在、議員という身分にしがみついている比例代表選出離党議員は、直ぐに議員辞職して、新たに頼るべき政党を探しそこで候補者になる(比例名簿に名を載せる)努力をするなり、無所属で立候補するなりするのが政治家であると思っています

(以上)

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