いわき市出身の佐藤安太氏が生み出した「リカちゃん人形」
昨日、アルバイトで現場のあるいわき市に向かうため、磐越自動車道を走行中の車内で二人の先輩が話をしていました。要約すると、小野町にある老舗ラーメン店である「仙台屋食堂」に行きたいが他周辺に見るようなところはあるか、という問いに対して「リカちゃんキャッスル」はどうか、というものでした。さすがに、男同士で行くのは抵抗があるということで、他は?他は?...と話は結論が出ないまま終わりを迎えました。
そして、アルバイトを終え夕方に帰宅すると、ラジオから「リカちゃん人形」の生みの親である、玩具メーカー「タカラ」の創業者である佐藤安太氏が、去る2月26日に亡くなったというニュースが流れていました。この偶然には驚きました。
佐藤安太氏は小野町と隣接するいわき市三和町の出身。「リカちゃんキャッスル」が“生みの親”の生誕地でなく、小野町にあるのは、「タカラ」(現在は㈱タカラトミー)の福島工場が立地していたからです。
工場では「ダッコちゃん」などのビニール製品が作られ、1968(昭和43)年から「リカちゃん人形」の製造が開始されたと言われています。そして1993(平成5)年5月3日、“リカちゃん生誕25周年”記念日に工場は「リカちゃんキャッスル」になり、工場機能に加え、生産工程の見学ゾーンやカフェ・ショップ、ミュージアム等が整備されました。
「リカちゃんキャッスル」はリトルファクトリー㈱が運営していますが、㈱タカラトミーからライセンス受けた国内唯一の生産拠点になっています。
「リカちゃんキャッスル」は夏休みには1か月に約2万人が来場すると言われています。国内のみならず海外にもファンを持つ「リカちゃん」の集客力の高さが伺い知れます。
私は、年間を通して人を呼び込むために、佐藤氏の故郷であるいわき市と、福島県の中心であり小野町と磐越道でつながる郡山市にアンテナショップを設けるのはどうかと思います。福島県の二大都市で、人通りの多い場所にMade in FUKUSHIMAの「リカちゃん人形」に触れられる場所を設ける事で、コアなファンだけではなく、新たなファンが開拓され、「リカちゃんキャッスル」を訪れる客が増えると可能性があると思からです。通年で一定の集客が見込めれば、飲食・物販などの観光産業も興るはずです。
そして、アルバイトを終え夕方に帰宅すると、ラジオから「リカちゃん人形」の生みの親である、玩具メーカー「タカラ」の創業者である佐藤安太氏が、去る2月26日に亡くなったというニュースが流れていました。この偶然には驚きました。
佐藤安太氏は小野町と隣接するいわき市三和町の出身。「リカちゃんキャッスル」が“生みの親”の生誕地でなく、小野町にあるのは、「タカラ」(現在は㈱タカラトミー)の福島工場が立地していたからです。
工場では「ダッコちゃん」などのビニール製品が作られ、1968(昭和43)年から「リカちゃん人形」の製造が開始されたと言われています。そして1993(平成5)年5月3日、“リカちゃん生誕25周年”記念日に工場は「リカちゃんキャッスル」になり、工場機能に加え、生産工程の見学ゾーンやカフェ・ショップ、ミュージアム等が整備されました。
「リカちゃんキャッスル」はリトルファクトリー㈱が運営していますが、㈱タカラトミーからライセンス受けた国内唯一の生産拠点になっています。
「リカちゃんキャッスル」は夏休みには1か月に約2万人が来場すると言われています。国内のみならず海外にもファンを持つ「リカちゃん」の集客力の高さが伺い知れます。
私は、年間を通して人を呼び込むために、佐藤氏の故郷であるいわき市と、福島県の中心であり小野町と磐越道でつながる郡山市にアンテナショップを設けるのはどうかと思います。福島県の二大都市で、人通りの多い場所にMade in FUKUSHIMAの「リカちゃん人形」に触れられる場所を設ける事で、コアなファンだけではなく、新たなファンが開拓され、「リカちゃんキャッスル」を訪れる客が増えると可能性があると思からです。通年で一定の集客が見込めれば、飲食・物販などの観光産業も興るはずです。
そうすれば、冒頭の“他周辺に見るようなところはあるか?”という問いさえもなくなるのではないかと私は考えました。
「リカちゃん人形」を生み出し、故郷に近い地に、国内唯一の製造工場をもたらしてくれた佐藤安太氏の功績に心から感謝申し上げるとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。
課題多き福島県、福島県議の役割は重要です
今日から3月になりました。震災から間もなく8年を迎えようとしている中、地元紙・福島民報が昨日付け紙面で「福島の今」という見開きの特集を組んでいました。
統計項目では、震災前か集計の終わっている年までの数値の推移が記述され、この8年の経緯が分かりやすくなっていました。挙げられていた項目は以下の通りです。
・県内推計人口
・県内農業産出額
・県内合計特殊出生率
・県内総生産
・12市町村の住民登録人口と避難者数
・福島第一原発の今
・県内の空間放射線量の推移
この特集は3月11日まで続き、以下の内容を予定しているようです。
3月 1日 避難区域
3月 2日 避難生活
3月 3日 社会基盤
3月 5日 中間貯蔵施設・環境再生
3月 6日 福島第一・第二原発
3月 7日 賠償
3月 8日 農林水産業再生
3月 9日 新産業創出
3月10日 健康・放射線管理
3月11日 教育・震災遺構
“災害から8年”という事を考えた場合に、これほど項目が並べられ、記事が組めるという事が過去にあったのかと考えると、福島県の置かれた特殊性を痛感せざるを得ません。
ただ単に『震災から立ち上がる』だけでは済まない県民が多く居て、“廃炉40年”というこれからの事も考え合わせると問題は複雑です。さらに、ここに少子高齢化や都市部への人口流出、労働力減少・外国人労働者増加が重なります。行政負担は大きく、“現在”への対応で精一杯で“将来”に向けた取り組みが不十分になる可能性もあります。そうなると“将来”を考え、未来への責任を負える政治家の役割が大変重要になってきます。
今秋に福島県議会議員選挙があります。まずは、現職議員が震災後何をやってきたのか、何をしてこなかったのかを吟味し、旧態依然な活動をしている議員には退場してもらわなければならないと私は思います 。
今月前半は、震災後8年の課題が多く報道されます。多くの有権者の方々には、その課題と現職福島県議の動きを見比べ、秋の県議選への判断材料の一つとして欲しいと思います。私も、県議会のホームページなどを通して、確認したいと考えています。
(以上)
(以上)
→根本潤ホームページ「30年の仕事」
URL: https://nemo-jun.amebaownd.com/
考え方や志向性、哲学を示し「俎板の上の鯉」になる
私は、政治とは政治家の考え方や志向性、哲学によって行われるものだと考えています。
政治家は「俎板の上の鯉」にならなければならないと私は考えています。有権者にできるだけ情報を与え、判断してもらわなければなりません。自分の政治信条や哲学はもちろんの事、政策は外注しても並べられる事はできるので、その政策を採る考え方や30年後50年後にどのような効果があるのかを示さなければならないと思います。現職であれば、何故そのような議会質問をしたのか、会期外の時間はどのよな調査・研究を行ったのか報告しなければなりません。
しかし、残念ながらそのような議員は少ないようです。郡山選出の福島県議会議員9名に至っても、ホームページなどでは“ある会に参加した”、“どこそこに行った”程度の記述しかなく、議会報告会も広くアナウンスされたものではなく、限られた支援者対象に行われていると私は理解しています。 時代が多様化し政治的課題が多い中で、低投票率やこのような政治家が居続けると問題が先送りされてゆきます。そして、この尻ぬぐいは我々40代や、その子や孫が請け負う事になるでしょう。私は、そのように危惧しています。
多大な予算を使い、国民の多くが信頼している“お上”こと行政は大きな力を持ち、そこに有権者の信託を受けた政治家は“調査権”などを行使してゆきます。また、予算や政策を精査し正すばかりでなく、新たな政策を提示したり、議会質問などの議会活動を通して行政の方向性に関わってゆきます。政治家ができる本来の仕事は『何をやっているのか分からない』という類のものではなく、私たちの生活をより良き方向に向かわせる力を持っています。
私は政治への関心を高め、自らが候補者になった場合にも「俎板の上の鯉」になり得るように政治哲学を中心に、今後も情報発信してゆきます。そして、有権者が政治をあきらめず政治に参加し、情報に基づいて投票行動ができるような雰囲気を、まずは作ってゆきたいと考えています。
(以上)
市役所職員であった、会社社長である、弁護士であるなどという仕事の実績をもって『ならば、政治家は務まるだろう』と私は思っていません。高度成長は遠い昔の出来事になりながら“分配”に強い関心を示し、少子高齢化や女性の社会進出、地域格差などの問題を解決できずにいる政治的不作為は、哲学を持たぬ方が政治に就いているか、持っていたとしても候補者選定や選挙では伏せてきたことに由来しているのではないかと、私は仮説を立てています。
私は、出来るだけ自分の考え方や志向性、哲学を提示したいと、先月末からこのブログで記述してます。私がどのような姿勢で政治に臨んでいるのかを判断して欲しいと考えているからです。
しかし、残念ながらそのような議員は少ないようです。郡山選出の福島県議会議員9名に至っても、ホームページなどでは“ある会に参加した”、“どこそこに行った”程度の記述しかなく、議会報告会も広くアナウンスされたものではなく、限られた支援者対象に行われていると私は理解しています。
これでは、有権者は判断材料を無くし、政治家を選べなくなり、投票率は下がってゆきます。しかし、強固な組織票に守れた候補者はこれを改善しようとは思いわず、俎板の上に載る事はせず、自ら判断した引退の時期まで議席に座り続けます。
多大な予算を使い、国民の多くが信頼している“お上”こと行政は大きな力を持ち、そこに有権者の信託を受けた政治家は“調査権”などを行使してゆきます。また、予算や政策を精査し正すばかりでなく、新たな政策を提示したり、議会質問などの議会活動を通して行政の方向性に関わってゆきます。政治家ができる本来の仕事は『何をやっているのか分からない』という類のものではなく、私たちの生活をより良き方向に向かわせる力を持っています。
私は政治への関心を高め、自らが候補者になった場合にも「俎板の上の鯉」になり得るように政治哲学を中心に、今後も情報発信してゆきます。そして、有権者が政治をあきらめず政治に参加し、情報に基づいて投票行動ができるような雰囲気を、まずは作ってゆきたいと考えています。
(以上)
→根本潤ホームページ「30年の仕事」
URL: https://nemo-jun.amebaownd.com/
