カルチャーパーク
曇り空の日曜日。朝、気分転換に自転車を漕ぎだす。
駐車場は広い。朝早いのにも関わらず、多くの車が駐車していた。
体育館をのぞくと、バスケットボールの練習中をしていた。
広場には青々とした芝生が広がっていた。
天気が良ければ、もっと爽快な光景だろうと思う。
広場の中央には小川が流れ、起伏と相まって、自然が演出されている。
料金は、全て「子ども100円、大人200円」。リーズナブル。
芝生の庭の外周を走る「豆汽車」。トンネルもある、なかなか良い雰囲気
カルチャーパークは可能性のある施設だと思った。
大人が楽しめる空間、飲食処などがあれば、家族で一日中楽しめる場所かもしれない。
休憩施設を整備すれば、お爺さんお婆さんも楽しめる。
もちろん、子ども優先だが、このロケーションと施設は、もっと有効に活用できる可能性があると思った。
ドリームランド。今度は晴れの休日に来て、賑わいを見たいと思う。
*追記(2015年5月5日)
快晴となった子どもの日。カルチャーパークを訪れた。
多くの家族連れでにぎわい、ドリームランドでは遊具で遊ぶ子ども達の歓声が響いていた。
旧都路村と浜通り
朝、郡山市内でピックアップされた時から、強い日差しだった。
田村市船引町の現場でも一日中、太陽が照りつけた。作業はちょっとした問題があったが、順調に進んだ。
今日の福島民報では同じ田村市の都路町の記事が3面に記載されていた。
国直轄の除染が今月末に終わる事を説明した住民説明会で、避難指示解除準備区域 に指定されている同町の避難指示を解除するための協議を開きたいと、内閣府参事官が表明したことを伝えている。
避難指示が解除されれば、原発事故後に警戒区域に指定された自治体では初めて、生活することが可能になる(現在は宿泊は認められていない)。
夜のNHKニュースでもこの件を取り上げていた。
ある農家が昨年作った農作物からは放射性物質が検出されなかった事が示された。農地の安全性が理解できた。
しかし、除染が終わったものの、空間線量率が毎時0.23μSvに届かず、再除染を求める住民の声を伝えていた。
森林に囲まれた環境で、住宅除染だけでは線量低減に限界があるのではという印象を受けた。
そして、私が初めて知った事がある。
ニュースでは『買い物は富岡町、病院は大熊町。農作物を卸し、販売する市場は大熊町』と伝えていた。
都路地区は、田村市になる前は「都路村」だったが、生活圏・経済圏は浜通りに組み込まれていたという事。車のナンバーも「いわき」だった。
今後、農作物を流通させるには郡山市となるが、農家は心配しているという。家には戻りたいが、生活を支えていた基盤(買い物、通院等)が利用できない。
避難指示解除後の帰還に、大きな支障となる事は間違いない。この問題は田村市だけで解決できる問題ではない。
田村市と関わりが深い郡山市に福島県も交え、帰還に備え、問題を一つ一つ解決してほしい。
残される1,039人...双葉町役場機能いわき移転
田村市船引町は青空が広がった。
今日、全住民が避難している双葉町が、埼玉県加須市から避難されている方が最も多い(1,522人)いわき市に役場機能を移した。
2011年3月18日、さいたまスーパーアリーナで次々やってくるバスから降りる双葉町の方々の姿が思い出される。
*2011年3月18日 さいたまスーパーアリーナで筆者撮影
役場機能県内移転は、県内に避難した多くの町民が望んでいた事。
いわき市のJR植田駅近くに移設されたことで、町民の利便性が高まると思う。
埼玉県内には1,039人の双葉町民が残っている。
避難生活から2年3カ月。地域に根付いた方、もう移動(引っ越し)はしなくないという方、様々な理由で埼玉県に留まる事を決断した方がいるとも聞く。
双葉町職員は大変だと思うが、埼玉県内に残った1,039人の方々のケアを引き続きお願いしたい。
*追記
◆福島民報 翌日付け 紙面(社会面)より










