ジャスト日本です。
プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。
かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。
プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。
プロレスとは何か?
その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。
そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。
有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。
それが「私とプロレス」です。
是非、ご覧ください!
私とプロレス 山茶花究太郎さんの場合 第1回 「プロレスとの出会い」
選手離脱、体制が変わって今や全日本プロレスはブランド化している
── 山茶花さんが好きなプロレス団体・全日本プロレスの魅力について語っていただいてもよろしいですか。
山茶花さん 自分がちゃんとプロレスを見るようになってハマったのが全日本プロレスでした。当時は四天王プロレスの真っ只中。そこからずっと全日本を追いかけてましたが、そこから三沢光晴さんを筆頭に大量離脱が発生したり、経営危機があったり、体制が変わって今の全日本プロレスは経営母体が全く違うじゃないですか。
── 確かにそうですね。
山茶花さん それでも看板が残っているということはある意味、全日本はブランド化しているんですよね。例えばキティちゃんは、昔は「女子児童向けキャラクター」だったんですけど、今では靴下とかさまざなコラボ商品になったり、男女問わず広い年齢層に支持されているんです。これはもう立派なブランドなんですよ。そういう領域に全日本は突入しているような気がします。創設者のジャイアント馬場さんの影がうっすら見えればそれでいいんですよ。
──それは素晴らしい。新しい見方ですよ。
山茶花さん ありがとうございます。
──昭和、平成、令和と時代が変わっても全日本はスーパーヘビー級の選手たちが集結する怪物ランドなんですよね。
山茶花さん そうですよね。これは僕の趣味の話になりますが、かつてコクサイというモデルガンメーカーがありました。そこはリボルバー(回転式拳銃)のモデルアップを中心に映画やドラマのプロップガンのベースに使われる位のメーカーでしたが、2000年代に工場の火災によって金型が焼失してしまってメーカー活動を終了したんです。その後、別の会社が残った金型を引き取って製造を再開して「コクサイ」のブランドを引き継ぎました。その流れに全日本の歴史は近いのかなと思うんです。
──それは全日本プロレスの金型を引き取っている方が今の全日本を運営しているという意味ですよね。
山茶花さん そうです。金型って大事で、300万円から下手すると一億くらいしますし、そこから商品を量産するわけですから、きちんとメンテナンスをする必要があるんです。金型は常に磨いて油をひいて綺麗にしておかないといけない。これはプロレスラーも一緒ではないでしょうか。
DVDがきっかけでハマったWWE
── 山茶花さんが好きなプロレス団体・WWEはどんなきっかけでハマったんですか?
山茶花さん そうですね、WWEは最初は遠い世界の話で『週刊プロレス』のカラーページでチラッと見る程度で、「なんか派手なアメリカのプロレスだな」くらいの印象しかなかったんです。その見方がガラッと変わったのがTSUTAYAでレンタルされていたWWEのDVDを見てからなんですよ。
── ということは2002年以降ですね。
山茶花さん トリプルH、ショーン・マイケルズ、ブロック・レスナー、カート・アングルが活躍していた時代で、長時間見ていても飽きないんですよ。うちの父親、昭和の日本プロレスや国際プロレスを見てた世代なんですけど試しに一緒に見せたらハマっちゃって(笑)。特にロイヤルランブルが家族全員のお気に入りで、ブザーが鳴るたびに「次は一体誰が出るのか!?」ってみんなで盛り上がってましたね。
──素晴らしいです!
山茶花さん WWEは吉本新喜劇とか一般層が見ていて分かりやすい魅力がありますよね。ロイヤルランブルでは。コフィ・キングストンがリングアウトを回避するムーブとかを見せると、家族で「ブンちゃん(山茶花さんのご家族の間でのキングストン選手の愛称)、今回どうやって残るの!?」って盛り上がってました。
──ハハハ(笑)
山茶花さん 1月のロイヤルランブルで始まって、4月のレッスルマニアでドカンと一度締めるけど、次の日からまた新しいドラマが始まるのがたまらないです。そういえばプロレス知らない友達に『アメトーーク!』(テレビ朝日系)のWWE芸人の回があって、「レッスルマニアはどんなイベントなのか」と聞かれたので、「プロ野球のオープン戦と日本シリーズを一緒にやっている祭典だよ」と説明すると納得してくれましたよ。
──それは的確な例えですね!
山茶花さん WWEは超メジャー団体なので、どんなものだってWWE流にガラッと変えちゃうとこがあるんですよ。それが素晴らしいところでもある一方で最初は「ん?これどうなんだ?」って思うこともあって、その最たるものがECWの再興とかですね。元のハードコアな感じが薄れて、WWEのエンタメ色が強すぎた時はちょっとモヤッとしたかな。でも、慣れるとそれもWWEの魅力だなって(笑)。
お金がないから頭と身体をフル活用したECW
──ありがとうございます。では次はECWの魅力について語っていただいてもよろしいですか。
山茶花さん ECWは最初は『週刊プロレス』のモノクロページで「この団体、崩壊したんだな」って知った程度だったんですよ。ちゃんとハマったのは、たぶん2000年代中盤くらいに、ネットレンタルで借りたECWのDVDで田中将斗 VS ザ・グラジエーター(マイク・アッサム)を見た時に「こんなに凄い団体だったのか!!」と衝撃を受けたんです。
──そうだったんですね。
山茶花さん そこからECWのDVDをレンタルビデオ屋で借りてさらにハマったんですよ。ECWはWWEやWCWに比べてお金がない中で、頭と身体をフル活用してリングで表現してるところに惹かれました。クリス・ベノワがサブゥーを危険な角度のショルダースルーで首を壊すとプロデューサーのポール・ヘイマンが「お前は今日からクリップラー(壊し屋)だ!」と言ったり、タズがシュートファイターキャラでブレイクして、片羽絞め(タズミッション)があんなに怖い技なのかと思い知りましたよ。
──現地実況できちんと「片羽絞め」と日本語で言ってましたね。
山茶花さん そうなんですよ。試合や実況も含めてECWのスタイルには日本のプロレスへのリスペクトに溢れているんです。ECWって、なんか泥臭い魅力があるんですよ。メジャーなWWEやWCWとは全然違う、「お前らにこういう試合が出来るか!」みたいな反骨精神みたいなものが心に刺さりました。
── 先ほどお話にもありましたが、ECWは2001年に崩壊後に、WWEの1ブランドとして復活します。こちらに関しては賛否両論ありました。山茶花さんより「元のハードコアな感じが薄れて、WWEのエンタメ色が強すぎた」とのことですが、改めてWWE版ECWについて振り返っていただいてもよろしいですか。
山茶花さん WWE版ECWは、なんかWWEのフィルターが掛かっていて、元の荒々しさが薄れた感じがしましたね。あくまでもWWEの1ブランドであり、ハードコア革命を掲げていたあの頃のECWではなかったです。テコ入れでクリス・ベノワが入りましたけど…。例えるなら、これはオリジナルではなくカバー曲なのかもしれません。
リングスの魅力
──では次にリングスの魅力について語っていただいてもよろしいですか。
山茶花さん リングスは前田日明さんの存在がデカかったです。プロレスにハマる前から、前田さんの名前はなんか知ってたんですよ。テレビで取り上げられたり、読切漫画「前田日明物語」でめっちゃカッコよく描かれていたのも印象的でした(笑)プロレスに目覚めてからリングスの存在を知って、世界中の格闘家が集まって1つのルールで闘うというのは凄いリングだなと思いました。
──確かに!
山茶花さん だから「これ、絶対見たい!」ってなったんですけど、秋田じゃレンタルビデオ屋にリングスのビデオが全然なくて。母がWOWOWに加入していた職場の同僚に頼んで、リングスのビデオを録画していただいてました(笑)。初めて見た時、プロレスと格闘技の間みたいな独特の雰囲気にハマりました。
──そうだったんですね。
山茶花さん 高校に入ってから活動範囲が広くなって、そこで新しく見つけたレンタルビデオ店でリングスのビデオを見つけて借りるようになりました。あと新旧UWFも後追いで見てましたね。リングスって国別に所属が分かれていて、対抗戦の緊張感やそこからくる不穏な空気にドキドキしていました。それと国別の個性の付け方が上手かったですよね。立ち技ベースで荒くれ揃いのオランダ勢、複雑にも程がある関節技を見せるロシア勢に、前田さんの格闘人生の原点の一つである空手で猛威を振るったグルジア(現ジョージア)勢みたいに。リングスジャパンはその中で初期の長井さんの奮闘や山本さんがヒクソンと戦って名前を上げたり、田村さんの移籍があったりしてまた違ったドラマが好きでしたね。
三沢光晴さんの魅力
── ありがとうございます。では山茶花さんの好きなプロレスラーについて語っていただきます。まずは三沢光晴さんの魅力です。
山茶花さん 三沢さんは特別な存在なんですよ。エルボーを中心に試合を組み立てる技術とタフさ、相手との駆け引き、リング上での存在感、全部が「これがプロレス!」と思わせてくれる不世出のプロレスラーです。でも生観戦した時は、残念ながら三沢さんが6人タッグで負ける試合ばっかりだったんですよ。
──なかなか三沢さんが勝つシーンは生観戦では見れなかったんですね。
山茶花さん 三沢さんがプロレスリング・ノアを旗揚げして以降はDVD買い集めて、何度も見返してました。2009年に三沢さんが亡くなった時は、本当ににショックで…プロレス界にデカい穴が開いた感じでしたね。でもジータスで全日本やノアの試合は見続けて、三沢さんの魂がまだリングに生きてると思いましたね。
── 三沢さんが亡くなって今年(2025年)で16年なんですよ。
山茶花さん 早いですよね…やっぱり三沢さんは偉大ですよ。今でも三沢さんの試合を見るたび、プロレスの奥深さに引き込まれてますね。
プロレスをもう一度好きにさせてくれた救世主・棚橋弘至
── では棚橋弘至さんの魅力について語っていただいてもよろしいですか。
山茶花さん 棚橋さんは、僕の中でプロレスをもう一度好きにさせてくれた救世主みたいな人です。1999年のモヤモヤ期、プロレスから離れそうになってた時に、2002年の棚橋さんの「僕は新日本のリングでプロレスをやります!」と宣言したのが心に刺さったんですよ。2006年以降から何度もIWGPヘビー級王座のベルトを背負って、いろんな批判やプレッシャーの中で新日本を支えてた姿が本当にカッコよかったです。
──同感です。
山茶花さん 棚橋さんの試合見ながら、「プロレスってやっぱりスゴいな」って再確認できたんです。でも、オカダ・カズチカ選手が出てきてから、棚橋さんが少しずつ後ろに下がっていくのは切なかったですね…。でも、それもプロレスの歴史の流れならばって納得してます。
──確かにそうですね。
山茶花さん 棚橋さんといえば2001年から赤と白のショートタイツで躍動していた時代があって、ハーフハッチ・スープレックス・ホールドを使っているのが印象的でした。棚橋さんがいたからプロレスをもう一度好きになれたので本当に感謝しかないです!今の新日本プロレスがあるのは棚橋さんがいるからですよ。
──それは棚橋さんが聞いたら喜びますよ。
山茶花さん 誰かがいなくなれば、誰かが出てくるということを見事にプロレス界で体現したのが棚橋さんだったと思います。
──ちなみに2023年に当ブログで掲載した棚橋選手と作家・木村光一さんの対談をご覧になられたそうですね。
山茶花さん はい。昭和プロレス至上主義のような方々っていらっしゃるじゃないですか。2000年代にプロレスがK-1やPRIDEにひたすらしゃぶりつくされている時に、「あの時にプロレスはいっそ消えてなくなればよかったですか?」って問いかけてみたいです。リアルタイムで視聴した昭和プロレスファンの思い出の中に、ただ美しく残ればいいのか。今のプロレスを全否定して、昔のプロレスをひたすら賛美する人たちがSNSにいるので…今のプロレスに対する悪口を聞くのは、やっぱりつらいじゃないですか。過去あっての現在だし、未来は過去があってこそだと思うんです。
──そうですよね。あの対談は今のファンにも昔のファンにも届けばいいなと思ってやらせていただきました。
山茶花さん 木村さんはアントニオ猪木さんに近い方でしたし、古いプロレスファンの代弁者的立ち位置にいるイメージがあったんです。まさかその方と棚橋さんを繋ぐとは…棚橋さんと木村さんの対談を実現させてくれたジャストさんには本当に感謝しかないです。しかも緊張感がある内容だったんですけど、対談はロジカルな会話をされていて素晴らしい内容でした。
天龍源一郎さんの魅力
──ありがとうございます。では好きなプロレスラー・天龍源一郎さんについても語ってください。
山茶花さん 僕がプロレスを見る前から天龍さんの名前は知ってました。天龍さんのプロレスを見始めたのはWAR時代で、新日本との対抗戦がひと段落ついて、大仁田厚さんと電流爆破デスマッチや冬木弘道さんとの抗争を繰り広げていた時期です。
──そうだったんですね。
山茶花さん 本当に荒くれていて乱暴なんですけど、一本道を歩いているプロレスラーだなと。天龍さんの生き様がカッコいいんですよ。オカダ・カズチカ選手を引退試合に選んだ際に、一人新日本プロレスのリングに現れてリング上で受け身を見せた時は本当に痺れました(笑)。様々な大物レスラーに勝ちを重ねてきた記録だけでなく、CSやネットの時代になって鶴龍対決やサベージ戦をやっと見たり、またSNSで天龍さんの様々な逸話を知ったりして。元々好きな選手ではあったんですけど、改めてこの時代になって好きになったという感じです。引退近くに放送された天龍さんのドキュメント番組のタイトルが、「すべて天龍の生き様」だったのですが、まさに、という感じですね。
ショーン・マイケルズの魅力
──ありがとうございます。では好きなプロレスラーであるショーン・マイケルズの魅力について語っていただいてもよろしいですか。
山茶花さん ショーン・マイケルズは真のエンターテイナーですよ!1998年に一度引退して2002年に復帰してから見るようになったんですけど、本当に攻めも受けも身体を張ったプロレスをしますよね。イリミネーション・チェンバーの金網上からダイビング・エルボードロップを見舞ったり、スイート・チン・ミュージックのキレとか、空中技の美しさ…彼は別格です。
──同感です。
山茶花さん あと試合のクオリティーに外れがないのがショーンの魅力です。それから引退試合となったレッスルマニア26(2010年3月26日)でのアンダーテイカー戦は、プロレスの歴史に残る名試合ですね。最後、アンダーテイカーが「立つな」と首を振っているところをショーンが思いっきり顔を張って、首をかっ斬るポーズを見せて「やれるものならやってみろ!」と挑発して、アンダーテイカーが一気に白目になってジャンプしてツームストン・パイルドライバーを決めて勝利したときは正直ゾッとしました。
──アンダーテイカーに介錯されたショーンは以前、リック・フレアーの介錯人をしているので、介錯した人は誰かに介錯されるのかもしれませんね。
山茶花さん 歴史の数珠つなぎですよね。
クリス・ベノワの魅力
──ありがとうございます。では好きなプロレスラーであるクリス・ベノワの魅力について語っていただいてもよろしいですか。
山茶花さん ベノワは、新日本時代から見ていたので思い入れが深いです。ダイビング・ヘッドバット、スープレックス、クリップラー・クロスフェースの精度、めっちゃ鳥肌立ちました。テクニックの化身ですよ!アメリカではECWを経てWCWに移籍しますけど、なかなか上に行けない印象でした。WWEに行ってからは、実力で一歩ずつトップにのし上がっていったのが嬉しかったです。
──確かに!
山茶花さん 2004年のレッスルマニア20で、ベノワがショーン・マイケルズ、トリプルHとの3ウェイを制して世界ヘビー級王座を獲得した試合後に親友である当時WWE王者のエディ・ゲレロが登場してベノワのベルト奪取を祝って抱擁したシーンは感動しました。でもその数年後…
──2007年6月24日、CMパンクとのECW王座戦に出場予定だったベノワがPPVを「家庭の事情」を理由に急遽欠場。翌25日にジョージア州の自宅で妻のナンシー・ベノワと息子とともに遺体で発見されました。捜査の結果、ベノワが22日に妻を縛ったうえで絞殺、翌23日には息子に薬物を投与し意識を失わせた状態で窒息死させた後に、自宅地下のトレーニングルームで首吊り自殺したと断定。自宅における多重殺人事件と自殺事件であると発表されました。アメリカでは無理心中という概念がないので、残念ながら彼は殺人者なんですよね。
山茶花さん そうなんですよ…WWEでは今後もベノワについて語ることはできないのかもしれませんが、彼の名前を語れるのがSNSのような場所なんですよ。ベノワの技術は今でもプロレスの教科書だと思います。人生の結末は残念でしたが、彼の功績は今でも色褪せないのではないでしょうか。
(第2回終了)









