3月26日、出雲市の唐川館で鰐淵寺の国史跡指定祝賀会が開催され、関係者40余名が参加しました。寺伝によると、鰐淵寺は594年に智春上人によって創建されたとあり、重要文化財に指定されている白鳳仏の台座には壬申(692年)の銘が刻まれています。400㌶におよぶ境内地と伽藍跡、中世から伝わる夥しい文書などが「次代に残すべき貴重な寺院の歴史資料」として、本年3月1日、国指定の史跡に官報告示されました。鰐淵寺の史跡調査にあたった出雲市の花谷浩学芸調整監は「鰐淵寺文書は、1つの寺が有する文書で800年を超える歴史年表が描けるもので、国内には例がなく、中世からの寺領がほぼ完全に残されていることも奇跡に近い」と説明し、主催者挨拶で鰐淵自治協会の荒木隆会長は「出雲市には国指定の史跡が11箇所ありますが、鰐淵地区では猪目洞窟に続いて鰐淵寺が2箇所目となり、地域住民として誇らしいこと」と述べ、鰐淵寺の佐藤住職は「多くの皆さんのご尽力で史跡となったが、法灯を後代に伝えるために、今後もご支援をお願いしたい」と述べました。来賓の出雲市の野口副市長は「史跡指定が鰐淵寺の評価を高め、地域振興の端緒となるよう期待する」と挨拶しました。鰐淵寺一帯が貴重な文化財だと評価されての史跡指定であり、今後は今まで以上に行政の支援を得て適切な境内管理がされるよう期待したいものです。

3月25日、日本レスリング協会は、リオデジャネイロ五輪女子75キロ級の代表に島根県出身の渡利璃穏選手(アイシンAW)を選出したと発表しました。女子レスリングの日本チームは吉田沙保里選手や伊調馨選手など何人もの世界チャンピオンを擁する世界屈指の強豪ですが、75kg級だけは昨年の世界選手権で五輪の出場権を逸しました。163cmの渡利選手は従前63kg級の選手でしたが、1日5回の食事で体重を増やし、カザフスタンで行われた五輪アジア予選の75kg級で優勝して出場枠を獲得し、ナショナルチームのスパーリングを経て代表の座を射止めました。アジア予選では右すねの疲労骨折があったそうですが、インタビューで「アドレナリンが出まくって、全然、痛さを感じなかった」と語ったと報じられています。璃穏(りお)の名前は「心の穏やかな子に育つように」とつけられたようですが、今となっては「リオ五輪」にふさわしい響きがあります。ただ、パワーをつけるためには体重の増量が必要で、今後も五輪本番に向け1日5回の食事と厳しいトレーニングが続く辛い毎日となることが予想されますが、メダル獲得をめざして頑張ってほしいものです。

 官公庁や企業の定期人事異動の時期となりました。発令の内示に欣喜雀躍し、満面笑みの人あれば、期待した内容と大きく異なり、悲歌慷慨し、落胆する人もあるでしょう。『知致4月号』には、中国北宋の史家である欧陽修の著した『相州昼錦堂記』にある「夷険一節」が紹介されています。「夷険」は土地の平らな所と険しい所の意で、太平と乱世を表し、「一節」は節操を変えないことですから、意味するところは、「平和で順調な時でも、乱世で逆境な時でも、志に従い、節操を貫くことが大切である」ということです。一般的に、幹部の人事考課は堅実性が重視され、積極果敢なチャレンジは著しい効果の発現時にのみ評価される例が多く見受けられます。例えば、島根県のように「百年河清を俟つ」ごとく、「国の子育て支援や定住対策などへの財源措置を確認してから、事務事業に着手する」という姿勢が『将来の財政リスクに備えるために必要』と評価するのか、『スピード感の欠如によって政策効果を半減させている』とするのかでは、評価は全く異なります。平成28年度は総合戦略の端緒となる年であり、
新しい布陣で、果敢かつ粘り強い取り組みを期待したいものです。